面会
ブリュンヒルド、ミュディア、ハスティの三人は、カルセドニーに会うため牢獄へ。
牢獄は、城から離れた位置にある専用の建物だ。
城塞のような堅牢さ、警備兵の多さ、そして何よりその武骨な雰囲気は、まだ学生であるミュディア、ハスティにとっては馴染みのないものであり、外観を見るだけで緊張さえする。
だが、ブリュンヒルドは違った。
「お、おい」
ハスティが止めるが、ブリュンヒルドはスタスタと歩いて牢獄入口へ。
そして、入口を守る衛兵に言う。
「ブリュンヒルド・アルストロメリアです。面会を希望します」
「あ、アルストロメリア公爵令嬢!! はっ、お待ちください」
衛兵は敬礼し、慌てて中に入って行く。
驚くミュディア。すると、ハスティが思い出したように言う。
「そういや、牢獄の管轄はアルストロメリア公爵家だったな。忘れてたぜ」
「私の名前を出すつもりだったけど……その心配はなかったわね」
牢獄の管轄……もっと正確に言えば、牢獄内の囚人を処刑するまでが管轄だ。そこまではさすがに、アウリオン公爵家のハスティも知らない。
すると、衛兵が数名慌てて戻り、ブリュンヒルドに敬礼した。
「アルストロメリア公爵令嬢、面会希望とのことですが……」
「カルセドニー・マルセイユ。彼に話があります。すぐに面会室の用意を」
「か、かしこまりました」
ブリュンヒルドの威圧に押され、衛兵は走り出す。
父ライオスと同じ髪色、眼が、衛兵たちが普段見るライオス・アルストロメリア公爵と同じで、雰囲気もそっくりだったせいか緊張していた。
そして、衛兵に案内され面会室へ。
「面会室……初めて入ったぜ」
ハスティがキョロキョロして言う。
面会室は、囚人との面会をするための部屋だ。部屋の中央に鉄格子の仕切りがあり、囚人とふれあうことは許されないが、話をすることができる。
すると、囚人側のドアが開き、衛兵に連れられたカルセドニー・マルセイユが入って来た。
そして、ブリュンヒルドを、ミュディアを、ハスティを見て驚いている。
「……やあ、みんな」
「カルセドニー……」
「ブリュンヒルド。すまないね……こんなことになってしまって」
カルセドニーは、申し訳なさそうにほほ笑んだ。
ブリュンヒルドは顔を伏せ、スッと目を細め、カルセドニーを連れてきた衛兵に言う。
「そこの衛兵、下がりなさい」
「え、あ……しかし、規則が」
「下がりなさい」
「は、はい!!」
ブリュンヒルドに威圧され、衛兵は部屋を出た。
そして、鉄格子を掴んでカルセドニーに近づく。
両手を拘束されたままのカルセドニーも、ブリュンヒルドに近づいた。
「……必ず、助けるから」
「……ありがとう、ブリュンヒルド」
カルセドニーは拘束されたままの手を伸ばし、鉄格子に触れていたブリュンヒルドの髪にそっと触れた……そして、ひとつまみし、そっとキスをする。
「無理だけはしないでくれ。僕は……」
「カルセドニー……それ以上は言わないで」
「……ブリュンヒルド」
鉄格子に見つめ合う二人。
そんな二人を見て、ミュディアもハスティも言葉をかけられなかった。
◇◇◇◇◇◇
一分後、ミュディアがついに言う。
「……カル、いい?」
「ああ、ミュディア。きみにも迷惑を」
「そんなことはどうでもいいの。それより……ヘミング子爵についてだけど」
ミュディアは、これまでの話をカルセドニーにする。
カルセドニーは「リカルド伯爵が……」と呟き、首を振った。
「当然だけど……僕は誓って殺してなんかいない。きみたちの考えるように、ヘミング子爵は父と友人だった。ヘミング子爵に挨拶はしたけど、殺す理由なんてないし、僕は当時七歳だ」
「だよなあ……逮捕されたのがアホらしいぜ。こじつけもいいところだ」
ハスティが言うと、カルセドニーは苦笑する。
「ハスティ・アウリオン。きみにも迷惑を……」
「そんなのいい。オレ、お前に負けたなんて思ってないしな。また決闘する以上、勝ち逃げなんてさせるつもりねぇよ」
「……ありがとう」
「へへ、ここ出たら美味いメシでも奢ってくれ」
ハスティが笑うと、カルセドニーは頷いた。
「カルセドニー、何でもいい。当時、あなたがヘミング子爵を殺していない証拠……何か思い当たることはない?」
「…………」
カルセドニーは考え込む。そして、ミュディアに聞いた。
「ヘミング子爵の死因は何だかわかるかい?」
「斬殺ね。胸を斬られたあと、心臓を一突きされて絶命……七歳の子供にできるわけがないけれど、あなたなら可能かもね」
「確かに、カルセドニーの剣技は七歳ではあり得ないほどの腕前だったわ」
訓練を共にしたブリュンヒルドだからわかる。
カルセドニーは、少し考え込み、思い出したように言う。
「……もしかしたら」
そして、ミュディアを見て言う。
「戦争開始前、恥ずかしながら僕は父との最後の稽古で怪我をしてね……ヘルメス王国に戻る前に、城下町の医院に行って治療をしたんだ。もしかしたら……僕の診療記録が残っているかもしれない」
その話を聞き、ブリュンヒルドはハッとする。
「医師の診療記録の保存期間は十五年が義務付けられているわ。恐らく、カルセドニーの治療記録も残っているはず。それがあれば、ヘミング子爵殺害時、カルセドニーは手を怪我していたことを立証できる……!!」
「おっしゃ、それを取りに行けばいいんだな? 場所は?」
「確か……ハモス治療院だ。父は貴族専門の医師が嫌いで、わざわざ城下町の医院に行ったのを覚えている」
「ハモス治療院なら、息子さんの代に変わってから大規模な建て替えをしたわ。治療記録も残っていると思う……ミュディア」
「ええ、行きましょう。殺害時の日付と、カルの治療記録の日付を確認すれば、カルに殺害が不可能だったと立証できる。そのあとは……」
「リカルド伯爵、ですね」
「ええ。もし、リカルド伯爵がカルに罪を着せようとしているなら、彼とその周辺を洗えばきっと、彼が何らかの情報操作を行った証拠が出てくる……ヘドウィグ、カティアに期待しましょう」
そして、ミュディアはブリュンヒルドに言う。
「……ブリュンヒルド。先に行くわ、カルに言いたいことがあるなら、今のうちにね」
「……え?」
「……オレも先に。じゃ、あとでな」
二人は出て行った。
そして、残されたブリュンヒルド、カルセドニー。
「あの、カルセドニー……」
「……ブリュンヒルド」
再び、二人は鉄格子に近づく。
そして、ブリュンヒルドは言う。
「……私、あなたに伝えたいこと……そして、言わなくちゃいけないことがあるの」
「……どっちも、大事なことかい?」
「ええ。とても、とても大事なこと」
「……期待して、いいのかな」
「…………」
カツンと、カルセドニーは鉄格子に頭を付ける。
「こんな鉄格子がなければ、きみに触れることができるのに」
「…………」
ブリュンヒルドは、鉄格子に手を通し、カルセドニーの頬に触れた。
「あなたに触れてもらうの、嫌じゃないわ」
「……え?」
「私も、あなたに触れるの、嫌じゃない」
「……ブリュンヒルド」
「だから……待ってて。大事なことを、あなたに伝える。全てを明らかにして」
「……」
ブリュンヒルドは、微笑んだ。
慈愛に満ちた、美しい微笑を。
カルセドニーの胸が高鳴る……だが、今は何もできないし、言えない。
「必ず、あなたを助けるから」
ブリュンヒルドは誓い、カルセドニーは強く頷くのだった。
◇◇◇◇◇◇
部屋を出たミュディアに、ハスティは聞いた。
「いいのかよ、二人にして」
「……あんな顔を見せられたら、ね。どうやら……カルにとって私は、守るべき姫であり、戦友……それはずっと変わらない」
「…………」
「あなたは? あなたも、好きなんでしょ?」
「……かもな。でも、オレはもういい。あの顔を見てわかった。オレはあくまで、友達だってな」
「そう。ふふ……」
「なんだよ、笑って」
「いいえ。なんだか私たち、似た者同士ね」
「…………かもなあ」
ミュディアが微笑み、ハスティも笑うのだった。