罪
ブリュンヒルドは家に戻り、すぐに父の書斎へ。
ドアをノックして、制服のまま着替えもせずに入る。
すると、父ライオスが羊皮紙を見ていた。ブリュンヒルドを見るなり羊皮紙を置き、小さく息を吐く。
「お父様。調査の結果をお教えください」
「……やれやれ。着替えもせずにせっかちなものだ」
「申し訳ございません。ですが、時間がありませんので……」
「……座れ」
ブリュンヒルドをソファに座らせ、ライオスは書類の束を手に対面へ。
そして、書類をブリュンヒルドへ渡す。
さっそくチェックをすると、そこに書かれていたのは。
「なっ……これは。カルセドニーが、国内潜入!? イクシア帝国内での情報操作、そして情報源であるヘミング子爵の殺害を……!?」
「ああ、そうだ。カルセドニーは、ヘミング子爵殺害の罪、そして内部情報の不正取得……」
「そんな!? せ、戦時中に他国の情報を得ることが、それほどの悪だというのですか!?」
「……そうではない。むしろ、厄介なのはヘミング子爵殺害の罪だ。ヘミング子爵が殺害されたのは事実だが、誰が、いつ、どこで殺害したのかは不透明なままだった。戦時中ともあり、詳しい調査はされていなかったが……カルセドニーが絡んでいることに間違いない」
「……そんな。事実、なのですか?」
「ああ。しかも最悪なのは、カルセドニーがヘミング子爵を殺害したのは、開戦前という話だ。開戦前なら話は変わってくる。戦争前に、他国の貴族が、我が国の貴族を殺す……それは立派な罪だ」
「……」
「しかも、戦争に関わる機密情報を得てから殺したとなると……戦争犯罪法が適応される。裁判の回数は一度、結果次第では処刑だ」
「……」
「そして最悪なのはまだある。イクシア帝国側もだが……ヘルメス王国側も、カルセドニーがヘミング子爵を殺害したと認めているところだ」
「……認めている?」
「ああ。リガドー・リカルド伯爵……奴も絡んでいる」
ライオスは、葉巻に火を着ける。
「どうやら、リガドー・リカルド伯爵はカルセドニーを嫌っているようだな。ヘルメス王国側が出したヘミング子爵殺害の証拠は、リガドー・リカルド伯爵が出してきたようだ」
「…………」
ブリュンヒルドは、リガドーが笑っていた理由をようやく理解した。
きっと、カルセドニーを殺すシナリオは、最初から用意されていたのだ。
「……これは噂だが。リガドー・リカルド伯爵は、ミュディア王女殿下の婚約者候補らしい。だが、カルセドニーの出現で、その座を降ろされたとか」
「……だから、カルセドニーに罪を被せ、殺す……と?」
「……問題はまだある。カルセドニーに話を聞いたが……カルセドニーがヘミング子爵と繋がっていたことは事実だった。殺しはきっぱり否定したがな」
「…………」
「どうする。このままでは、間違いなく処刑だ。その場合……アルストロメリア公爵家が、手を下すことになる」
「…………」
ゾッとした。
ブリュンヒルドの手に剣があり、両手を拘束され処刑台に固定されるカルセドニーに対し、自分が剣を振り下ろす瞬間を。
「──……っ」
ブリュンヒルドはブンブンと首を振った。
ライオスは、ブリュンヒルドの隣に移動し、頭をポンと撫でる。
「……お前がカルセドニーを救いたい気持ちは理解できる。だが……アルストロメリア公爵家の役目を投げ出すことだけは、許さない」
「お父様……」
「もし、お前ができないなら、私がやる……いいな」
「…………」
「私にできることがあれば、遠慮なく言いなさい」
「……はい」
ブリュンヒルドは、ライオスの集めた資料を手に、部屋を出るのだった。
◇◇◇◇◇◇
翌日、資料を持ってミュディアたちと合流。
ヘドウィグ、カティアの集めた情報と合わせたが、大きな発見はなかった。
ミュディアは指を噛んで言う。
「だめね……何も見つからない」
カルセドニーがヘミング子爵と戦争前に会っていた事実は変わらない。
だが、当時のカルセドニーは七歳になったばかりだ。まさか七歳の少年がヘミング子爵を殺したというのだろうか。
会ったのはカルセドニーの父ガムジンで、カルセドニーは付いていっただけに過ぎない。でも、会ったことに変わりがない以上、そこは決して動かない。
ハスティが言う。
「クソ。そもそも、カルセドニーは戦争が始まる前まで、イクシア帝国にいたんだろ? ヘミング子爵ってのも友達で、親同士が会ってただけじゃねぇか」
「……イクシア帝国の情報を得る代わりに、ヘルメス王国側の情報を得ていた、両者ともに利害関係があったというのが見解だね」
ヘドウィグが言うと、カティアも言う。
「ヘミング子爵が殺されたのは戦争開始直後……開戦のゴタゴタで、子爵殺しをしても碌に調査されることがないっていう意見もある。とにかく、カルが子爵を殺し、イクシア帝国側の情報を得て、ヘルメス王国側の情報も流し、戦局を混乱させたってことになってる。戦争を混乱させた……つまり、戦争犯罪者ってことね」
「……おいおい。マジでどうするんだよ。打つ手、あるのか?」
「あるわ」
と、ブリュンヒルドが言う。
「ようは、カルセドニーがヘミング子爵を殺していない証拠があればいい」
「その通りね。カルの戦争犯罪者として最も重要なのは、イクシア帝国側の情報を得るために、ヘミング子爵を殺したという点にある。カルがヘルメス王国側の情報を流したという証拠は今のところないしね……そもそも、ヘルメス王国側の情報を流したっていう情報源も、何の証拠もない」
「はい。ですので、やることは一つ……どこで、誰が『カルセドニー・マルセイユがヘミング子爵を殺した』という偽情報を流したかです。恐らくですが……その情報を流した者こそ、カルセドニーを陥れようとした者。そしてこれは勘ですが……その者こそ、ヘミング子爵を殺した犯人かも」
ハスティはポカンとし、ヘドウィグ、カティアは驚いていた。
ブリュンヒルドは、ミュディアに言う。
「やはり私は、リガドー・リカルド伯爵が怪しいと睨んでいます。ミュディア王女殿下……失礼ですが、彼はあなたの婚約者候補という話でしたよね」
「ええ、そうよ」
「今では、カルセドニーがあなたの婚約者候補筆頭。つまり、彼さえなければ、再び婚約者候補筆頭に返り咲ける」
「……そうね」
「マジかよ。あ!! そーいうことか!! つまり、王女様と結婚すれば、ヘルメス王国の次期国王にもなれるかもしれねえ!! 狙いはそれじゃねぇのか!?」
「「「「…………」」」」
「な、なんだよみんなして……そんな顔」
ハスティの話は、誰も考えていないことだった。
確かに、ミュディアは第一王女。ミュディアの夫になる者は、国王の椅子に近いことになる。
ミュディアは考える。
「考えもしなかった。まさか……犯人は本当に、リガドー?」
「殿下。私とヘドウィグは、ヘミング子爵周辺と、リガドー・リカルド伯爵を洗います」
「ええ、お願い」
二人は退室した。
ミュディアはブリュンヒルド、ハスティに言う。
「私たちはこれから、カルの面会に行くわ。一度、彼からも話を聞かないとね」
「話って……できるのかよ」
「ヘルメス王国の王女をナメないでよね。彼はわが国の英雄よ? たとえ牢にいても、私の権限で会って話をするくらいはできるわ」
「へえ、さっすが王女様だな」
「……私にそういう口の利き方ができるあなたも、充分すごいけどね」
ブリュンヒルドたちは、カルセドニーに会いに行くため、部屋を出るのだった。