王女との話
ブリュンヒルド、ミュディアは別室へ。
二人きりになるなり、ブリュンヒルドに向けてミュディアは言う。
「ブリュンヒルド。あなたに聞くわ……あなたは、カルセドニーをどう思っている?」
「……え?」
「異性として、愛している?」
「…………」
ストレートに言われた。
ミュディアは真剣そのものだ。だからこそ、ブリュンヒルドも嘘をつかないことにした。
「……好きだと、愛していると言われました。私は……最初に言われた時、驚きしかなかったです」
「…………」
「でも……嫌じゃなかった。私は、私の使命があるから……断ろうと思いました。私なんかより、あなたを想う人がきっといるからと……」
「……それで?」
「……キス、されました」
「え」
これには、ミュディアも驚いた。
そして、ブリュンヒルドは唇をなぞって言う。
「愛していると……想いが溢れて、彼は私にキスをしました」
「……無理やり、されたの?」
「結果的にはそうなんでしょうね。でも……私、嫌じゃなかったんです。むしろ……嬉しかった」
「…………」
「でも私は……アルストロメリア公爵家があるから。私の使命があるから」
「……その使命っていうのは、カルセドニーの想いよりも大事なことなの?」
「……私は、そのために今まで生きてきました」
「それが何なのか、教えてくれる?」
「…………」
ブリュンヒルドは迷った。
処刑執行人。その秘密は、言うべきか言わざるべきか。
迷っていると、ミュディアは自分の胸に手を当てて言う。
「ヘルメス王国第一王女ミュディア。王家の誇りに賭け、その秘密を守ると誓う。ブリュンヒルド……私を納得させる答えをちょうだい」
「…………ミュディア王女殿下」
まっすぐな、強い瞳だった。
きっと、カルセドニーが大事なのだろう。だからこそ、カルセドニーが恋する少女の秘密を、カルセドニーを受け入れられない理由を知りたいのだ。
その真剣な想いに嘘を通すのは、ブリュンヒルドの誇りが許さなかった。
「……アルストロメリア公爵家は、イクシア帝国の処刑執行人です」
「処刑執行人? 処刑って……」
「罪人の首を斬る処刑役。剣の技術も、医術も、罪人の首を斬るために必要なこと」
「…………」
ミュディアは、驚愕していた。
ブリュンヒルドは続けて言う。
「私は、ブリュンヒルド・アルストロメリア。アルストロメリア公爵家の処刑執行人……アルストロメリア公爵家、影の次期当主。罪人の首を斬るために、イクシア帝国に身を捧げた処刑執行人です」
「……あ、あなたが」
「はい。だから私は結婚もしません。石腹という嘘を流し、私に結婚を申し込むようなことがないようにしました。私は表向きには、アルストロメリア公爵の爵位を継ぐお兄様の、将来の子供の家庭教師としての人生を、裏では処刑執行人として罪人の首を斬る人生を送ります。だから……私は、カルセドニーの想いに応えることができない。できないんです……」
そこまで言い、ブリュンヒルドは小さく微笑んだ。
誰かに話すのは初めてだった。
そして、当たり前の幸せが待っているミュディアと、これから処刑執行人として生きるブリュンヒルドの違いを見せつけられたようで、なぜかおかしく思ってしまったのだ。
すると、ミュディアは……ブリュンヒルドに抱き着いた。
「そんな顔で笑わないで!! ブリュンヒルド……あなた、それでいいの?」
「はい。私はもう、十年も前から決めていました。これが私の人生なのだと」
「……でも」
「私は、このままいけば……最初に首を斬るのが、カルセドニーになるかもしれません」
「っ!!」
ミュディアが離れ、驚愕の目をブリュンヒルドに向けた。
ブリュンヒルドは首を振る。
「でも、それは受け入れられません。カルセドニーは……戦争犯罪者などでは、ありません」
「……ええ」
「私が斬るべき首は、彼ではありません」
ブリュンヒルドは拳を握る。
「リガドー・リカルド伯爵。ミュディア王女殿下……彼を調べてください」
「え? リガドー……彼は、剣術部の顧問教官として、私の護衛として留学に参加したれっきとした騎士よ? 何を疑っているの?」
「まだはっきりとしたことは。でも、カルセドニーの逮捕時、彼はずっとそのことを喜んでいるように見えました。見えただけで、何の証拠も、確信もありません……でも、彼は疑わしい」
「……わかった。とにかく、まずは裁判の前に提出される情報を手に入れる。それと……一度、カルセドニーに合わないと。ブリュンヒルド、あなたも手を貸してくれるわよね?」
「はい、もちろん」
ブリュンヒルドは、差し出された手を取り握手。
そして、思わず聞いてみた。
「……ミュディア王女殿下」
「ミュディアでいいって。それで、なに?」
「……あなたは、カルセドニーのことを?」
「ええ、愛してるわ。ずっと……」
「…………」
やっぱり、いた。
自分と同じくらい、カルセドニーを愛している人が。
きっと、カルセドニーは幸せになれる。
だったら……ブリュンヒルドは、その幸せを守るため、できることをするまでだ。
◇◇◇◇◇◇
別室から出ると、ハスティたちがいた。
「で、王女様よ。オレらは何をすればいい?」
「まず必要なのは情報よ。ヘドウィグ」
「はい」
すると、ヘドウィグがぺこりと一礼し前へ。
「あなたは今回の件に関する情報収集を」
「わかりました」
「カティア、あなたはリガドー・リカルド伯爵についての情報収集」
「わかりました」
それだけ言うと、二人は出て行った。
「おいおい、それだけでいいのかよ」
「ええ。あの二人は学生、剣術部の生徒、私の護衛っていう立場だけど、実際は違う。戦争時、イクシア帝国に紛れて情報収集をしていた優秀な諜報員よ」
「ちょ、諜報員!? しかも、イクシア帝国内って……」
「内緒にしてね。あなたたちだから教えたのよ。それと、ヘルメス王国にも似たような子供はいるわ。イクシア帝国側のね」
「マジか……」
ハスティは驚いていたが、ブリュンヒルドは特に驚いていない。
ミュディアは、二人に言う。
「ブリュンヒルド。あなたは御父上……アルストロメリア公爵が何か情報を手に入れてないか確認を」
「わかりました。では、このまま帰宅します」
「ええ、それと……一応、気を付けて」
「はい」
「よっしゃ!! オレは?」
「あなたは、私の護衛。今、私の周りには誰もいないからね。それと、私の元に集まる情報整理の手伝いもね」
「えええ~……マジかよ」
ブリュンヒルドはすでに部屋を出て家に向かって歩き出していた。
(カルセドニー……)
早歩きの自覚はない。だが、歩く速度はほぼ小走りだ。
(私、絶対にあなたを死なせない……私の初仕事があなただなんて、絶対に嫌だから)
処刑執行人は、余計な感情を持つべきではない。
そう教えられていた。だが、ブリュンヒルドはカルセドニーを死なせないため、感情をあらわにして行動するのだった。




