冤罪
ブリュンヒルドは連れて行かれたカルセドニーを見送り、すぐに全力で走り出す。
向かったのは、アルストロメリア公爵家……自分の家。
屋敷に戻り、メイドや使用人たちを無視し、父ライオスの執務室へ。
ドアのノックもせずにドアを開けると、ライオスは待ち構えていたように窓へ身体を向けていた。
「……話があるようだな」
ライオスは、全て知っているかのような口ぶりだった。
ブリュンヒルドは怒りを、そして疑問を投げつける。怒りの矛先が父に向くべきではないと知りつつも、怒りを抑えきれなかった。
「お父様!! カルセドニーが戦争犯罪者として連れて行かれました……どういうことですか!!」
「落ち着きなさい。私も驚いている」
「……戦争犯罪者って、カルセドニーがそんなことするはずない!!」
「落ち着きなさい」
「お父様!!」
「落ち着きなさいと言っている」
怒気を孕んだ静かな声に、ブリュンヒルドは震えた。
父の怒り。感じたことのない怒気に、ブリュンヒルドは口を閉じる。
「……ブリュンヒルド、忘れたのか」
「……え?」
「我々は、処刑執行人の一族……司法の決定に口を挟むなどできない。我々は罪人の首を刎ねる執行者だ。それが、誰であろうと」
「……ま、まさか、お父様。カルセドニーのことを」
「戦争犯罪者は、例外なく処刑だ。それが例え他国の英雄だろうと、戦争の発端、そしてヘルメス王国が納得したなら、処刑は免れん」
「でも!! ヘルメス王国の英雄ですよ? ヘルメス王国側が納得しても、納得できない者だっているはず!! 戦争が終わったばかりなのに火種を付けるようなことをすれば、また戦争が」
「起きない。イクシア帝国もヘルメス王国も、これ以上の戦争は望んでいない。それに……ブリュンヒルド、イクシア帝国側の戦争犯罪者も、ヘルメス王国で処刑されている」
「そんな……」
ブリュンヒルドは拳を強く握りしめる。
ライオスは静かに言う。
「……ブリュンヒルド。お前は、処刑執行人として気持ちを新たにしたのではないか? カルセドニー……たとえ、幼馴染であろうと、その首を刎ねるのに迷いはないのではないか?」
「……」
想像した。
処刑台へ上がるカルセドニー。剣を手にした自分。
目隠しをされ台に固定され、剣を振りかぶる自分。
そして、剣を振り下ろし……。
「──……っ!!」
ブリュンヒルドは首をブンブン振った。
考えたくもなかった。
自分が、カルセドニーを殺す……そんな、あり得ない未来なんて。
「……お父様、お願いします。私は……カルセドニーを、救いたいです」
「…………」
ライオスは、ブリュンヒルドにゆっくり近づき、その肩に手を乗せた。
「……お父様?」
「涙を拭きなさい」
「え、あ」
ブリュンヒルドは、自分が泣いていることに気付いた。
「カルセドニーを救いたい。まさか、お前がそんな必死になるとはな」
「……カルセドニーは、私に温かい気持ちをくれたんです。私は……あの温かさを忘れようとしました。胸の奥に秘めようと思いました。でも……無理でした。あの温かさが失われるのは……怖い」
「…………わかった」
ライオスは、壁に掛けてある黒いコートを羽織り、帽子をかぶり、杖を手にする。
「できる限りのことはする。お前は、ミュディア王女殿下の元へ行きなさい」
「ミュディア王女殿下……?」
「彼女はヘルメス王国の王女だ。現状、この状況を覆す可能性があるのは、ヘルメス王国側の王女である彼女だけ……彼女なら、カルセドニーと面会する程度のことはやるかもしれん」
「わかりました。お父様……ありがとうございます」
「……ふっ」
ライオスは出て行った。
ブリュンヒルドは、強く拳を握る。
(カルセドニー……絶対に、死なせない)
◇◇◇◇◇◇
翌日、ブリュンヒルドは学園へ行くと、道中でヘドウィグ、カティアに出会った。
まるで待ち構えていたかのようだ。
「アルストロメリア公爵令嬢、ミュディア王女殿下がお待ちです」
「そう。私も用があるの……案内して」
「はい。それと、申し訳ございませんが……本日は学園ではなく、王女殿下の別邸へご案内します」
ヘドウィグ、カティアは学生ではなく、王女殿下の護衛としての顔になっていた。
案内されたのは、学園からほど近いところにある屋敷。
警護の門兵が門を開け、屋敷の中へ。
中では、ミュディアだけでなく意外な人物もいた。
「ハスティ……?」
「おう、お前も来たか」
ハスティ、そしてミュディアが出迎えた。
ドアを施錠し、ミュディアは挨拶もそこそこに言う。
「カルセドニーが何らかの策に嵌められ、戦争犯罪者にされたわ。私個人はもちろん、ヘルメス王国側としても絶対に許すことはできない……裏を探るわよ」
「「はっ」」
ヘドウィグ、カティアが敬礼する。
ハスティ、ブリュンヒルドは頷いたが……ハスティは言う。
「オレは、あいつと剣を合わせて、その誠実さを感じた。オレ個人としてはあいつが悪人には見えないし、思えない。でも……戦争に参加した以上、何らかの原因で『戦争犯罪』を犯した可能性はゼロじゃないと思ってる……その辺、どうなんだろうな」
「……戦争をし、人を殺したなら全員が戦争犯罪者よ。それだけで言うなら私だって、ヘドウィグだってカティアだってそう。大事なのは、悪意を持って争いを引き起こすきっかけを作ったかどうかよ」
「……だな。悪い」
「いいえ。疑問や思ったことは何でも言って。むしろ、あなたのそういうはっきり言うところ、好感が持てるわよ」
「……どーも」
ハスティはやや照れていた。
ブリュンヒルドは言う。
「王女殿下。ヘルメス王国側としては、どのような対応を?」
「当然、厳重抗議。それと『カルセドニー・マルセイユが戦争犯罪を行ったという明確な理由の開示』を請求したわ。なにをもってカルセドニーを犯罪者としたのか……その前に、確認させて」
ミュディアは、ブリュンヒルドをまっすぐ見た。
「ブリュンヒルド・アルストロメリア。アルストロメリア公爵家ではない、あなた個人に聞く。あなたはカルセドニーをどうしたいの?」
「助けたいです。彼は……大事な人ですから」
「……そう」
「…………」
ミュディアは頷き、ハスティはブリュンヒルドを見て小さく頷いた。
そして、ハスティ。
「ハスティ・アウリオン。アウリオン公爵家ではない、あなたはどうしたい?」
「助けたい。あいつとはもう一度勝負したいからな!! へへ」
「そう……二人とも、ありがとう」
ミュディアは微笑み、頷いた。
「まずは、証拠が開示されたら確認する。裁判は三回行われるから、そこで何としても無罪を勝ち取るわよ」
「ミュディア王女殿下。この件、私の父も動いています。何かわかりましたら共有しますので」
「ええ……それとブリュンヒルド。少し、私と二人で話がしたい」
「え……?」
ミュディアは、ブリュンヒルドと別室へ移動するのだった。




