試合開始
ヘドウィグ、カティア。
兄妹の試合は一方的だった。学生レベルの強さではない。
驚いていると、リガドーが言う。
「あの二人は学生であり、姫様の護衛でもありますからね……学生レベルではありませんよ」
「…………」
「フフフ、驚きましたかな?」
「ええ。ですが、しばし口を閉じていただけますか。次はカルセドニーの試合ですので」
「おっと失礼……ククク」
どうも妙な指導教官だった。
ヘルメス王国側の指導者であり、ヘルメス王国の元処刑執行人。剣の腕前は間違いなくいいのだろうが、どこかカルセドニーを軽んじているような、むしろ憎んでいるような言動も見えた。
それに、どこか……ブリュンヒルドは、リガドーが何かを待っているような、チラチラとどこかを見ているような動きに気付いた。
が、今はそれどころではない。
歓声と共に、カルセドニーとハスティが試合場へ入った。
女性の悲鳴みたいな歓声が響く。
「英雄は、こちらでも人気のようだ。ところで……あなたはご存じですかな? カルセドニー・マルセイユ。彼がミュディア様の婚約者『候補』であると」
「ええ……」
候補。
やけにそこを強調するリガドーに違和感を感じつつも、短く答える。
リガドーは言う。
「十三で兵を率い、戦争で活躍した英雄……さぞかし立派なことをしたように見えるでしょうな。しかし、奴らの部隊は奇襲専門……騎士にあるまじき作戦を重ね、卑劣な勝利を重ねてきただけ。それがなぜ、あれほどの賞賛を」
「…………」
「それに比べ、私は違います。部隊を率い、正々堂々、正面から敵兵に挑み勝利を重ねてきた。私こそ英雄と称えられるべき……」
リガドーは、ブリュンヒルドに言っているのか、自分に言い聞かせているのかわからない。
ブリュンヒルドは気味悪さを感じつつも、剣を構えるハスティ、カルセドニーに視線を向ける。
『正々堂々と』
『ああ、あんたには負けねぇ』
口元が、そんな風に動いた。
二人とも、微笑んでいるように見えるのは気のせいではない。険悪な仲かと思ったが、それよりはライバルとして剣を合わせるのが嬉しいようにも見えた。
そして、試合が始まった。
◇◇◇◇◇◇
ハスティと、カルセドニーは激しい剣戟を繰り広げるた。
カルセドニーはもちろん、ブリュンヒルドと訓練を重ねたハスティも成長している。
ブリュンヒルドは、二人の力量を測り……呟く。
「……カルセドニー」
カルセドニーが、格上だった。
元の才能に違いはない。だが、騎士として重ねた実戦の練度と、学生の部活では経験値が違う。
剣先の読み合いではカルセドニーが上。読み合い、負けて一撃入るところで、辛うじてハスティが反応し防御している。
いずれ、撃ち負ける……ブリュンヒルドはそう思っていると。
「……ククク」
なぜか、リガドーが口元を歪め笑っている。
(……何がおかしいの?)
そして、リガドーの不気味さ、不審さに僅かに眉を動かした時だった。
ハスティの剣が弾かれ宙を舞い、カルセドニーの剣がハスティの首に添えられた。
『……降参だ』
ハスティが負けを宣言し、勝負は決した。
歓声が沸き起こり、カルセドニーは剣を降ろす。
そして、ハスティに手を差し伸べ、ハスティも握手に応えた。
『やっぱ勝てないか……』
『正直、焦ったよ。戦場でも、これほどの使い手はそういない』
『そりゃどうも、最高の褒め言葉だぜ』
『ああ。今回は僕の勝ちだ。きみならもっと、強くなれる』
『……へへ』
互いに認め合ったのか、二人とも笑顔だった。
ブリュンヒルドも薄く微笑み、二人に向けて小さく拍手した。
「───……ククク」
そして、リガドーがパチパチと拍手した時だった。
「……え、何?」
がやがやと、周囲が騒がしくなった。
訓練場の出入口から、大勢の騎士、兵士が入って来た。
まだ試合中だ。こんな話は聞いていない。
すると、下にいたオスマンが騎士たちを止めるが、騎士が何かを見せると目を見開き道を譲る。
『なんだなんだ、おい』
ハスティが困惑する。
同じく、カルセドニーも。
そして、先頭にいた騎士が舞台へ上がり、カルセドニーの元へ。
『カルセドニー・マルセイユで間違いないな』
『はい、そうです』
そして、騎士が一枚の羊皮紙をバッと開き、カルセドニーに見せつけた。
『カルセドニー・マルセイユ!! 戦争犯罪により逮捕する!!』
『……っ!?』
カルセドニーが、拘束された。
唖然とするブリュンヒルド。思わず観客席のガラス窓に手を付いてしまう。
カルセドニーは、屈強な騎士二人に両腕を拘束された。すると、ミュディアがヘドウィグ、カティアを連れて割り込んできた。
『待ちなさい!! これはどういうこと!? カルセドニー・マルセイユはヘルメス王国の英雄!! 戦争犯罪ですって!?』
『ミュディア王女殿下。これは、我が国の司法が決定したことです。証拠も揃っています。彼は、ヘルメス王国とイクシア帝国の戦争が始まるきっかけとなった事件の首謀者です』
『なっ……馬鹿馬鹿しい!! 戦争が始まった時、カルはまだ六歳だったのよ!? そんな子供が首謀者ですって!? この国の司法はどうなっているの!!』
『事実です。それに……争いのきっかけに、大人も子供も関係ありません。老若男女問わず等しく死ぬ……それが戦争です』
『あなた、私に説教する資格があると思って? いいわ。この件はお父様……国王陛下に報告し、厳重に抗議することにします』
『よろしいでしょう。全ての証拠を提出し、確認してもらいましょうか……連れて行け!!』
カルセドニーが、連れて行かれる。
「……カルセドニー!!」
ブリュンヒルドが窓越しに叫ぶと、カルセドニーがブリュンヒルドのいる教員用の席を見た。
声が届いた……声なのか、祈りなのか、カルセドニーが見た。
『……』
「……あ」
カルセドニーは、申し訳なさそうに笑った。
その笑みが、どこまでも悲しく……は、放っておけなかった。
そして、そのまま駆けだそうとした時だった。
「犯罪者」
「……!!」
リガドーが、先ほどから一歩も動かずにカルセドニーを眺めていた。
「驚きですなあ。まさか、我が国の英雄が、戦争犯罪者だったとは」
「……あなた」
「この国の法律では、三度の裁判で有罪になると死刑でしたなあ。ああ……あなたはもう十六歳。初仕事はもしかして、我が国の英雄となるのでしょうかねえ……ククク」
「…………」
なんの証拠もない。突拍子すぎる考えだった。
ブリュンヒルドは、このリガドー・リカルド伯爵が何かを仕組んだと確信した。
カルセドニーを消すことで何かが有利になると、直感が働いた。
だが、今はそんなことを考えている場合じゃない。
「っ!!」
ブリュンヒルドは部屋を出て、兵士に連れて行かれるカルセドニーの元へ。
すると、両腕を拘束され、多くの兵士に囲まれているカルセドニーがいた。
近付こうとすると、兵士がブリュンヒルドを押そうとする。
「触れるな!!」
殺気を込めた威嚇に、兵士がたじろいだ。
「私はアルストロメリア公爵家、ブリュンヒルド・アルストロメリア!! 道を開けなさい!!」
兵士が威圧され道を開ける。
アルストロメリア公爵家の名を聞き、騎士たちも下がる。
だが、リーダー格の騎士たちは下がらず、カルセドニーに逮捕状を見せた騎士が近づいてきた。
「アルストロメリア公爵令嬢……何か、御用ですかな」
「その男が戦争犯罪者。あり得ないわ」
「ですが、証拠があります」
「見せなさい」
「それは無理です。部外者のあなたに見せることはできません」
「……なら、話をさせて。少しでいいの」
「……いいでしょう。二分だけなら」
騎士たちが道を開け、ブリュンヒルドの前にカルセドニーを連れてきた。
腕を拘束している騎士に手を離すよう命じ、カルセドニーは自由になる。
だが、ここで暴れれば本当の犯罪者となることをカルセドニーは知っていた。
「……やあ」
「カルセドニー……戦争犯罪者、って」
「わからない。僕の何がきっかけで戦争になったのかなんて、わからない」
「……」
「すまない、ブリュンヒルド。戦争犯罪者は例外なく死刑……もしかしたら、もう会えないかもしれない。でも、きみに思いを」
「やめて!! カルセドニー……私は、あなたに死んでほしくない」
「……ごめん。本当にわからないけど、僕は戦争に参加した。多くを殺した……きっと罪はある。その罪が追いついただけ」
「違う!! あなたは」
「時間です」
腕を拘束され、カルセドニーは連れて行かれた。
「カルセドニー!!」
「……」
「私……諦めないから!!」
ブリュンヒルドは決意した。
カルセドニーの冤罪を晴らす。
彼を死なせたくない。心からそう思っていた。




