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銀血姫ブリュンヒルド~処刑執行人の恋~  作者: さとう
第三章

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最終学年

 兄エイルが学園を卒業し、ブリュンヒルドは最終学年となった。

 エイルはそのまま領地へ行き、公爵代理として母と領地運営をする。

 アルストロメリア家が所有する領地は、イクシア帝国の中でもかなり広大であり、エイルはしばらく領地運営に奔走することになるだろう。

 領地へ向かう別れ際……エイルはシグルーンを抱きしめ、泣く妹の涙を拭う。


「婚約者と仲良くね」

「はい。お兄様……帰ってきてくださいね」

「ああ、もちろん」


 そして、ブリュンヒルドの頭を撫でる。


「ブリュンヒルド。後悔のない人生を……ボクはずっと君の兄だし、君のことを支えるよ」

「お兄様……」


 なんとなくわかった。

 エイルは、ブリュンヒルドが『後継者』であることを知っている。

 どこか悲し気な。だけど兄として妹を支えようとする決意が手のひらから伝わって来た。

 

「じゃあ、元気でね。ああ……カルセドニーにもよろしく」


 兄エイルは、そのまま領地へ向かった。

 ブリュンヒルドは遠ざかる馬車を見送りながら思った。


「……後悔のない人生、か」


 きっとそれは、ブリュンヒルドにとって難しく、険しい人生だろうと思った。


 ◇◇◇◇◇◇


 ブリュンヒルドは、十六歳になった。

 相変わらず学園内では浮いている。

 新入生が入り、シグルーンも二年生へ。婚約者との仲も良好で幸せそうだ。

 最終学年になったことで、変わったことが一つ。


「ブリュンヒルド。今日は剣術部に来るのかしら?」

「ミュディア王女でん……こほん。ミュディア、私は剣術部に入るつもりはないわ。それにもう最終学年よ?」


 ミュディアが、ブリュンヒルドを剣術部に何度も誘うようになった。

 模擬戦も近く、ハスティとの訓練は終わった。

 ハスティは「あとは自分でやる」と、ブリュンヒルドとの訓練を急に切り上げたのだ。

 それ以来、ハスティとはあまり会話をしていない。その代わりに、ミュディアが毎日ブリュンヒルドに声をかけるようになったのだ。


「ねえブリュンヒルド。一度でいいの……私と勝負しない?」

「またそれですか……申し訳ありませんけど、私の剣は自己鍛錬のための剣で、戦うための技術ではありません」

「つれないわね。カルに傷を付ける腕前の剣、私も試してみたいのに」

「…………」


 すると、カルセドニーが近付いてきた。


「僕の名前が聞こえたけど、ブリュンヒルドが噂してくれたのかな?」

「カルセドニー……そんなことは、別に」


 ブリュンヒルドは目を反らす。

 最近、ずっとこうだ。

 カルセドニーを直視することができないのだ。それを見たミュディアが言う。


「ブリュンヒルド。話す時はちゃんと、人の目を見ないとね」

「……えっと」

「そんなこと気にしなくていいさ。ブリュンヒルド、ハスティとの訓練はもう終わったんだろう? だったら、僕に少し付き合ってくれないか?」

「……何?」

「剣に塗る油が切れちゃってね。これから買いに行くんだ。よかったら一緒にどうだい?」

「…………」


 今日は特に予定はない。

 ハスティとの訓練も終わったので、あとは帰って鍛錬し、勉強するだけだ。

 

「決まりだ。じゃあ行こうか」

「カル。あなた、浮かれているところ悪いけど……そんな調子で、摸擬戦に勝てるのかしら?」

「ハスティのことか? 彼は強敵だ。だからこそ、しっかり準備しないとね。さあ、行こう」


 カルセドニーはブリュンヒルドの手を取り、さっさと教室を出るのだった。

 その後ろ姿を見て、ミュディアは小さく言う。


「……叶わない恋、今は応援してあげる」


 そう呟き、ミュディアも教室を出た。

 

「とりあえず……私は、意地っ張りな赤髪クンの様子でも見に行こうかな」


 ◇◇◇◇◇◇


 ブリュンヒルドとカルセドニーは町へやって来た。

 武器屋で剣の油を買い、そのまま町を歩いていると、近くで市場がやっていた。


「あれは……へえ、ヘルメス王国からの商業隊だ」

「商業、隊?」

「知らないかい? 各地を渡り歩く商業団のことさ。戦争が終わってこっちにも来れるようになったんだ」

「へえ……」

「せっかくだ。少し見ていかないかい?」

「……でも」

「ヘルメス王国の本や、彼らが各地で集めた面白い物語などもあるかもしれないよ?」

「……その言い方、ずるいです」


 そこまで言われ、ブリュンヒルドは興味津々なのを隠しつつカルセドニーより前を歩く。

 カルセドニーはクスっと微笑み、ブリュンヒルドの隣に立ち、手を取った。


「……え、あの」

「迷子になるかもしれないだろ?」

「……そ、そこまで子供じゃ」

「エスコートくらいさせてくれ。さあ、行こうか」


 市場は活気があった。

 天幕の下にテーブルを並べ、商隊が各地で集めた物がたくさん並んでいる。

 ブリュンヒルドは、古書店を見つけ、さっそく本を手に取った。


「見たことのない革表紙。イクシア帝国の者とは違う技術……」

「ははは。そいつはアリゲイターっていう動物の皮さ。南方では一般的なんだが、こっちの方じゃほとんど見ない。珍しいだろう?」

 

 店主に言われ、ブリュンヒルドは革表紙を触る。

 ややざらざらしており、ずっと撫でたくなる。

 

「おじさん、この本をください」

「まいどっ、兄ちゃん気前いいね!!」


 お金を支払い、本はブリュンヒルドのモノになった。


「え? か、カルセドニー?」

「プレゼント。ところで、その本のタイトルは?」


 ブリュンヒルドは話を逸らされたことに気付かず、タイトルを確認する。


「『銀血姫』……」

「銀血姫? どういう物語なんだろうね。興味があるよ」

「……」


 市場から離れ、人気の少ない公園へ向かった。

 ブリュンヒルドは、一ページ目をめくる。

 

『目には目を歯には歯を、悪には正義の断罪を。美しき銀髪の姫。手に持つ剣は血に染まる』


 ブリュンヒルドは、本を閉じた。

 銀血姫……まるで、自分のようだと思ってしまった。

 するとカルセドニー、ブリュンヒルドの背後に周り、そっと首に触れる。


「ひゃあ!? ……か、カルセドニー!! いたずらは……え?」

「いたずらじゃないよ」


 ふと、ブリュンヒルドの胸に、銀細工にルビーがはめられた首飾りがあった。

 

「一目で、キミにピッタリだとわかったよ。うん、似合ってる」

「……っ」


 美しい、銀の渡り鳥だった。

 瞳はルビー。小さな意匠だが、派手過ぎず、目立たず、ブリュンヒルドの好みだった。

 そっと手で弄び、ブリュンヒルドは内からせり上がって来る感情を押しとどめた。

 カルセドニーはブリュンヒルドに向き直り、小さく言う。


「その……気に入ってくれたかな」

「…………」


 嬉しかった。

 温かな気持ちと共に、ブリュンヒルドは……笑った。


「ありがとう、カルセドニー……嬉しい」

「……ッ」


 華のような微笑みだった。

 カルセドニーは気付くと、ブリュンヒルドを抱きしめていた。


「か、カルセドニー……?」


 抵抗できなかった。

 なぜか、力が入らない。

 これはダメだとわかっている。アルストロメリア家の後継者として駄目だとわかっている。

 だがそれ以上に、ブリュンヒルドの中にある気持ちが膨らんだ。


「ブリュンヒルド。僕は……キミが好きだ」

「……わ、私は」

「キミが何を抱えているのかわからない。それでも……」

「……ぁ」


 口付けをした。

 ブリュンヒルドは受け入れてしまった。

 眼を閉じ、その甘さに……一筋の、涙を流す。

 そして。


『私は、アルストロメリア公爵家の処刑執行人』

「っ!!」


 ようやく力が入り、カルセドニーを押した。


「ブリュンヒルド……?」

「カルセドニー、私、私……ご、ごめんなさい!!」


 ブリュンヒルドは逃げ出した。

 自分でもわからないまま、その場から逃げた。

 同時に……気付いてしまった。


(ダメなのに、ダメなのに……私)


 それは、決して抱いてはいけない想いだった。


(カルセドニーのこと……好きになっちゃった)

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