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銀血姫ブリュンヒルド~処刑執行人の恋~  作者: さとう
第三章

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初仕事

 カルセドニーから逃げるように、ブリュンヒルドは屋敷に戻って来た。

 戻るなり、ベッドにダイブして枕に顔を埋める。

 思い浮かぶのは、跪いて、ブリュンヒルドの手を取るカルセドニー。


『愛している』

「……っ」


 愛、恋、結婚。

 そんなものは自分の人生で無関係だと思っていた。

 処刑執行人として、罪人の命を奪い、罪を清めるための執行人として生きると決めていた。

 それなのに……自分を好きだと言う男が二人もいた。

 特に、カルセドニー。


「……なんで、私なんか」


 真剣な眼差しで、愛していると言った。

 ブリュンヒルドは、その言葉に対する答えを出せない。そもそも……出す必要がない。

 だが、少しだけ心に刺さっていた。


「……本当に、いいの?」


 このまま断っていいのか、と……迷う自分がいた。

 どうすればいいのか、わからない自分がいた。

 このままだと後悔する、と叫ぶ自分もいた。

 いろいろな『ブリュンヒルド』が、心の中で叫び、駆け回り……頭から煙が出そうだった。

 悩んでいると、ドアがノックされる。


「お姉様、お帰りですか? お茶でもいかがです?」

「……い、今行くわ」


 シグルーンだった。

 ドアを開けると、やや眉をひそめて言う。


「お姉様……帰ってきたばかりなのですか?」

「え、そうでもないけど……」

「なら、なぜ制服姿なのです? それに、なんだか髪も乱れていますわ」

「あ……」

「むむ、顔も赤いですわね。もしかして、体調でも……?」

「ち、違うの。その、少し悩んでいて」

「…………」


 シグルーンは、ブリュンヒルドの顔をジッと見て、さらに顔を近づけ覗き込む。

 そして、ブリュンヒルドが顔を逸らしたのを見て、ポツリと言う。


「カルセドニー様」

「ッ!!」

「……一年生でも噂になっていますわ。カッコいいお方が留学生としてきたと」

「…………」

「何か、言われました?」

「…………その」

「やっぱり!! ふふん、お姉様が恋をした!! わあ、お話聞かせてくださいな!!」

「こ、恋ではないわ。恋……では、ない」

「誰かいない!? お姉様のお着替えと、お茶の支度を!!」

「し、シグルーン!!」


 シグルーンが言うと、メイドたちが現れる。

 お付きのマリエラがブリュンヒルドをパパっと着替えさせ、髪を丁寧にまとめる。


「お嬢様が、恋をなされたと聞いて……私、嬉しいです」

「ま、マリエラまで。その……恋とかでは」

「さ、準備ができました。お茶会へ参りましょう」


 アルストロメリア公爵家の中庭に行くと、お茶の準備が終わっていた。

 シグルーンはウキウキしながらブリュンヒルドを出迎える。


「さ、座って!! お姉様のお話、聞かせてくださいな!!」

「……その」

「お姉様。わたくしは、恋に関してはお姉様よりも得意。話をすれば少しは、お姉様の手助けができますわ!!」

「…………」


 座り、出された紅茶を一口飲み……観念したようにブリュンヒルドは喋りはじめた。


 ◇◇◇◇◇◇


 話が終わると、シグルーンは言う。


「つまり、アウリオン公爵家の四男と、カルセドニー様に求婚された。どちらもお断りしたけど、カルセドニー様は改めて求婚をしてきた。そして……ドキドキが止まらない、ということですね!!」

「…………まあ」


 アウリオン公爵家には、正式にお断りの返事をした。

 ハスティが何か言うかと思ったが、今のところ特にない。

 公爵家同士の返事なので、子供である自分たちが何を言っても、覆る可能性は低いだろう。


「まったく、お姉様ってばダメですわね」

「だ、ダメ?」

「ええ。お受けするべきです。少なくとも、カルセドニー様は本気ですわ」

「……本気」

「はい。アウリオン公爵家の四男は、正式にお返事を返したことでフラれたと思い、お姉様のことを諦めた。でも、カルセドニー様は諦めず猛アタックしてきた……だったら、その愛に応えないと!!」

「でも……彼はヘルメス王国の侯爵。私は石腹だし、彼には素敵な王女様も付いてるわ」

「だからなんです? それはお姉様の思い込み。現に、カルセドニー様はお姉様に、愛の告白をしたではありませんか!!」

「……でも」


 受けることは、できない。

 シグルーンは知らないが、ブリュンヒルドの人生はもう決まっているのだ。

 処刑執行人としての人生が決まっている。仮に結婚し、旦那に『実は石腹ではない』と告げ、子供が生まれたとしても……血塗られた両手で子供を抱くなんて、ブリュンヒルドには考えられない。

 これから、ブリュンヒルドは多くの罪人を裁く『剣』となる。

 結婚はしない……できないのだ。

 シグルーンは、アルストロメリア公爵家の『裏』を知らない。


 ◇◇◇◇◇◇


 夕食後、ブリュンヒルドは父ライオスに呼び出された。


「ブリュンヒルド。お前の初仕事を、十六歳の誕生日以降にする」

「……はい」

「私も、十六歳から始めた。いいか、それまでしっかりと研鑽を積んでおくように」

「わかりました。その……」


 相手は、とは聞かない。

 断罪者にその質問は意味がない。死刑宣告を受けた者を冥府へ送る役目なのだ。何者だろうと、そこに感情が入ることは許されない。


「それと……リカルド伯爵家を知っているか?」

「……いえ。それが何か?」

「ヘルメス王国の元処刑執行人の一族だ。今は王家の騎士となっているが……どうやら、ミュディア王女殿下の騎士として同行している。我が家のことも知っているだろう」

「…………」

「盟約により、互いの素性を詮索することはないが……不自然にならないよう気を付けろ」

「わかりました。リカルド伯爵家、ですね」

「ああ。それと、アウリオン公爵家の件だが、正式に婚約申込は取り下げられた」

「……はい」

「カルセドニーの方だが、まだ返事はない」

「……その件ですが」


 ブリュンヒルドは、カルセドニーに改めて告白されたことを言う。

 ライオスは困ったような顔をしたが、ブリュンヒルドを見て言う。


「……顔が赤いぞ?」

「え、あ」

「……やれやれ。お前も年頃の娘か……」

「も、問題ありません。私はアルストロメリア公爵家の処刑執行人となるべき者。その……こ、告白されたからと言って、心揺れたりは」


 している。と、ライオスは言いたかった。

 ブリュンヒルドは、カルセドニーの告白で揺れていた。

 年頃の少女として当たり前なのだ。幼少期を共に過ごした少年が成長し、ブリュンヒルドに会いに来て、愛の告白をしたのだ。

 まるで演劇の内容。ライオスは言う。


「その感情を抱えたままだと、処刑執行人として相応しいとは言えないぞ」

「っ……」

「……一度、私の方から話をすべきかもしれんな」


 そう言って、ライオスの話は終わった。

 ブリュンヒルドは、顔を赤くしたまま部屋を出た。


「……カルセドニー・マルセイユか」


 ライオスは葉巻に火を着け、煙を吐き出す。


「……」


 この時、ライオスは思いもしなかった。

 ブリュンヒルドとカルセドニー、二人の関係が変わっていくことに。

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