ミュディア①
カルセドニー、ブリュンヒルドがいないのに気づいたミュディアは、ため息を吐いた。
「……やっぱり、諦められないのね」
教室を出て、どうしようか迷っていると……こちらに向かってくる一人の少年。
赤い髪、着崩した制服を着たハスティが、ミュディアと目を合わせた。
こちらが王女だと知っているだろう。だがハスティは特に態度を変えずに言う。
「なあ、ブリュンヒルドはいるか?」
「いないわ。カルセドニーと出かけたみたいね」
「……チッ」
ハスティは舌打ち。
ミュディアは察した。以前、ブリュンヒルドと一緒に訓練をしていたハスティ。そしてこの態度……ミュディアは、ハスティに少し興味を持った。
「ハスティ・アウリオンだったわね。少し、私と話をしない?」
「はあ? 何でオレが、ヘルメス王国の王女様と?」
「ブリュンヒルドのこと。それと……カルセドニーのことについて」
「…………」
「場所を変えましょうか」
ミュディアが歩き出すと、ハスティは仕方ない感じで後を追った。
◇◇◇◇◇◇
やって来たのは、学園内にいくつかある休憩所の庭園。
ミュディアと庭園を歩きながら、ハスティはキョロキョロする。
「こんな場所あったのか」
「私も、学園案内を見て知ったのよ。さて……早速だけど、あなたはブリュンヒルドに恋をしているわね?」
「ああ。婚約の申し込みもしたぜ。まあ、断られたけどな」
「……え?」
少し、意外だった。
カルセドニーとは違う。カルセドニーはヘルメス王国の英雄であり、それに相応しい婚約、結婚が待っている。
だが、ハスティ・アウリオンは?
アウリオン公爵家の四男。長男次男三男と、アウリオン公爵家には後継者がいる。ブリュンヒルドが石腹だという話があっても、四男のハスティなら婚約者として迎えることは不可能ではないはず。
それに、ハスティはカルセドニーと同じくらい美少年だ。
こんな彼に求婚され、断る方があり得ない。
「……なぜ、断ったの?」
「知らない。アウリオン公爵家として正式に、ブリュンヒルドと婚姻を結びたい……って書状を送ったら、公爵家の返事は『それはできません』だ……子供が欲しいなら養子でもいい、妻として不自由はさせないし……オレは、ブリュンヒルドにも騎士になってほしいと思ったんだ」
ハスティは気落ちしていた。
フラれて傷心……というより、まだ納得していなければ、諦めてもいないようだ。
ミュディアは少し考え込む。
「……ここまでの好条件を断るなんて、何か理由があるのかしら」
「理由? そんなの……」
オレのことが、好きじゃないから。
そう言おうとしたが、それを口から出すことができない。
ミュディアも、ハスティが何を言おうとしたのか察したが、特に気にしない。
「あなたから見て、ブリュンヒルドはどんな子?」
「……剣」
「え?」
「剣みたいなやつだ。まっすぐ尖ってて、切れ味のいい……でも、綺麗な」
と、そこまで言ってハッとした。
ミュディアを見ると、何故かニコニコしていた。
顔が赤くなり、ハスティはそっぽ向く。
「とにかく、オレはフラれたんだよ」
「ふぅん。一度断られたくらいで引いちゃうんだ。うちの英雄さんなんて、断られても諦めずにアタックしてるけど」
「……」
「可能性で言えば、あなたの方が高いわよ」
「え?」
「だって、どう考えてもカルセドニーとブリュンヒルドは結ばれない。カルセドニーは、ヘルメス王国の英雄なのよ。結婚相手も、ヘルメス王国の王族……ここだけの話、カルセドニーを王族と婚約させて、次期国王へ……なんて話もあるの」
「なっ……」
「それくらい、カルはヘルメス王国にとって必要な人材。カルがいくら頑張っても、ブリュンヒルドと結ばれることは……」
「…………」
ハスティは、カルセドニーが苦手だった。
だが……すでに輝かしい未来が決まっているのに、ブリュンヒルドを諦めていない。
ハスティは、一度告白を、婚約を断られただけで、半分諦めてしまっていた。
「……あいつ」
「ハスティ・アウリオン。諦めないで、もう一度ブリュンヒルドと向き合いなさい」
「……お前、なんでそんなことを言うんだ?」
「気まってる。カルにブリュンヒルドを諦めてもらいたいから。きっぱり諦めてもらって、友人として学園生活を過ごし、国に帰りたいの」
「で……お前と婚約して、国王へ……ってか」
「…………」
「お前、もしかして」
と、ハスティが言おうとした時だった。
「こちらにおられましたか、ミュディア王女殿下」
誰かが来た。
水色の髪をオールバックにした、二十代半ばの騎士だ。
ミュディアは王女。留学生の一員とはいえ、護衛の騎士は付いている。
「リガドー……何か用?」
「いえ。王女殿下の姿が見えなかったので……それと、友人であろうと異性と二人きりになるというのは、感心しませんな」
「余計なお世話よ。ところで、カルは?」
「……先ほど、アルストロメリア公爵家の令嬢と出ていかれました」
「で?」
「彼は英雄ですので。身に降りかかる危険は排除できるでしょう。それに……アルストロメリア公爵家の令嬢も付いていますから」
「……?」
リガドーは微笑み、ジロリとハスティを見た。
「アウリオン公爵家の四男だったな。すまないが、ここまでにしてもらおう。王女殿下は、私が送り届ける」
「…………」
リガドーは、ハスティとミュディアの間に割り込み、ミュディアの肩を掴んで歩き出す。
「さあ、王女殿下。参りましょう」
「……誰が、触れることを許可した?」
「申し訳ございません。御身を守るため、最低限の接触は王命で許可されていますので」
「フン……さすが、お父様に信頼されている騎士ね。ハスティ、悪いけど……」
「ああ……」
ミュディアはリガドーと去った。
なんとなく、ハスティはリガドーが気に食わない。
そして、少しだけ首を傾げた。
「……あの騎士、なんでブリュンヒルドが……アルストロメリア公爵家の令嬢が付いてるから『大丈夫』なんだ? 変なやつ」
やや違和感を感じつつ、それ以上気にすることはなかった。




