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銀血姫ブリュンヒルド~処刑執行人の恋~  作者: さとう
第三章

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カルセドニーとハスティ

 人気のない第一訓練場で、ブリュンヒルドとハスティは打ち合っていた。

 木剣での打ち合い。だが、二人は真剣だ。

 全力を出せばわからないが、二人の実力は拮抗している。これまで何度か摸擬戦を繰り返したが、勝敗は五分五分だった。

 そして、ブリュンヒルドの鋭い打ち上げが、ハスティの剣を吹き飛ばし……返す一閃、ブリュンヒルドはハスティの首に剣を突きつける。


「……参った」

「ふう……ハスティ、剣先を目で追うクセが抜けていないわね」


 ハスティはその場にしゃがみ込む。


「あー、やっぱそうかあ」

「腕は肩、肘、手首、指先と可動域が広いわ。切っ先だけ見ていると翻弄されるわよ」

「それ、何度目だよ……」


 ブリュンヒルドは手を差し伸べると、ハスティはその手を掴む。

 柔らかい女の手。だが、剣を持つ女の手だった。

 

「…………」

「なに?」


 本当に、不思議な少女だった。

 窓際で本を読んでいるのが似合いそう。風に髪が揺れるといい香りがしたり、紅玉の瞳は太陽の光を浴びると宝石のようだ。

 着ている訓練服も、ブリュンヒルドが着ると似合っている……窓際の令嬢から、女騎士へ変わる。

 実際、ブリュンヒルドは強い。

 ハスティは立ち上がって言う。


「なあ、ブリュンヒルド。剣術部に入れよ」

「……また、その話?」

「何度でも言う。お前は、騎士になるべきだ」

「……」


 ハスティは本気だった。

 間違いなく、ブリュンヒルドはイクシア帝国で名を残す女騎士になる。

 ハスティが真剣だからこそ、ブリュンヒルドは本気で言う。


「私は、もう将来が決まっているの。剣はあくまで自己鍛錬のためだけよ」

「……お前の将来って、家庭教師か?」

「ええ。私は子供を産めないから、嫁ぎ先もないしね。ふふ、お兄様か妹の子供に、剣を教えるのもいいかもしれないわ」

「……じゃあさ、オレのところに来いよ」

「え?」


 思わず、ハスティを見返す。

 ハスティは真剣なままだった。


「アルストロメリア公爵家にはオレから言ってやる。ブリュンヒルド……オレと結婚してくれ」

「…………」

「本気だ。前に言ったよな? 後継者もいらないし、子供は養子を取ればいい。オレは騎士になるから暮らしに不自由はさせない。オレと一緒に、騎士になろうぜ」

「……ハスティ」

「オレは本気だ。ブリュンヒルド、お前は……もっと夢を持っていいんじゃねぇか?」

「……え?」

「オレには、お前の剣は……自己鍛錬だけじゃない、本気を感じた」

「…………」

「その、えっと……嘘じゃない。あのよ」


 すると……コツコツと、足音が聞こえた。

 二人が訓練場の入口を見ると、そこにいたのは……カルセドニー・マルセイユ。

 ハスティは、自分を見ているカルセドニーから、視線を外さなかった。

 確信していた。カルセドニーは、聞いていた。


「カルセドニー……」

「ブリュンヒルド。ごめん……全部、聞いていた」

「…………」

「ハスティ・アウリオン。本気なんだな」

「ああ、本気だ。カルセドニー・マルセイユ……あんたもだろ」

「ああ。僕は、彼女を愛している」


 向かい合い、対立するハスティとカルセドニー。 

 そこに、英雄だの騎士だの貴族だの肩書はない。男と男の意地があった。

 ブリュンヒルドは、どうすべきか迷った。


(カルセドニーは、私を……愛している)


 ハスティを見る。


(ハスティは、私を妻にして、騎士になれ……と。そして、私を……愛してる)


 ジワジワと、ブリュンヒルドの内側から何かが沸き上がって来た。


(私、あ、愛……? 愛されて、る……)


 家族愛。

 兄や妹のことは好きだ。母も父も、良くしてくれる使用人たちも好きだ。

 だが、ハスティとカルセドニーの好きは違う。

 愛……異性を、好きになるという感情。


「…………」


 ブリュンヒルドは、身体の内側から発生した『熱』で、燃え上がりそうだった。

 そして……人生で初めて、全力疾走した。


「あ!! おい!!」

「ブリュンヒルド!!」


 男二人が何かを叫んでいたが、聞きたくなかった。

 ブリュンヒルドは走った。

 着替えもせず、訓練服のまま走る。

 学園を飛び出し、屋敷まで十五分……全力疾走した。

 そして、屋敷の正門から庭へ周り、噴水のところでようやく停止。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」


 髪をまとめていたリボンを外すと、銀髪がふわりと舞う。

 汗だくだった。

 噴水の前にしゃがみ込み、水面に映る自分を見た。


「……ぁ」


 とんでもなく、真っ赤になっていた。

 

「あぁ、そうか……」


 ブリュンヒルドは生まれて十六年……はじめて理解した。

 家族じゃない異性に愛され、告白される。

 そのことが、こんなにも苦しく、熱く、燃え上がってしまいそうなことに。

 

「…………ぅぅぅぅぅ」


 つまり、ブリュンヒルドは……どこまでも初心な少女だった。


 ◇◇◇◇◇◇


 一時間ほど、噴水の前でしゃがみ込んでいると。


「……え? ブリュンヒルド?」

「……お兄様」


 兄のエイルが、分厚い本を片手に中庭へやってきた。

 私服姿だったことから、学園の帰りではなさそうだ。

 

「お兄様、学園ではなかったのですか?」

「ああ、用事で領地に行ってて、さっき帰って来たんだ。少し早く到着したから、夕食までここで過ごそうと思って……というか、どうしたんだい、その恰好」

「あ……」


 訓練服のまま、しかも汗だくだった。

 エイルは苦笑し、ブリュンヒルドに手を差し出す。


「何かあったんだね」

「…………」

「カルセドニーの婚約申込のこと、かな?」

「……ご存じでしたか」

「うん。さっき父上に聞いたよ。さ、座ろうか」


 近くのベンチに座る。

 エイルはいきなり言った。


「カルセドニー。こっちに来ると聞いた時から、まさかと思ったけど……行動が早いね」

「え?」

「ふふ、小さい頃から思ってたよ。ボクやシグルーンには一歩引いた態度だったけど、ブリュンヒルドに対しては少し違うな、って。子供の頃はわからなかったけど……きっと、異性として見ていたんだなってね」

「……お兄様は、プレイボーイなのですね」

「ち、違うって。まあ……いまだに婚約者もいないけどね」

「……お兄様は、ご結婚されないのですか?」

「するよ。するに決まっている」


 エイルははっきりと言う。


「恋愛結婚を夢見ている、なんて言われてるけどね……そうじゃない。ボクはアルストロメリア公爵家の次期当主だから、そのために最良の結婚をするつもりだ。たとえば、ヘルメス王国から……なんてね」

「え……ま、まさか」


 ふと、ミュディアの顔が浮かぶ……が、エイルは一通の手紙を懐から出す。


「その、ヘルメス王国の第二王女と、文通しているんだ」

「え」

「ヘルメス王国の王女と婚姻を結べば、ヘルメス王家とも繋がりが持てる。戦争終結の今、友好条約を結んだあとなら、両国の関係性を見直すために婚姻を結ぶのは自然な流れだ。まあ……戦争前から少しずつ、連絡はしていたけどね」

「じゃあ、恋愛結婚を夢見ている、というのは」

「嘘さ。まさか、敵国の第二王女と文通してるなんて、戦時中は言えないしね。ロマンチストだと思わせて、安易に婚約者を選ばないようにしていたんだ」

「……戦時中から敵国の王女と文通して、戦争終結後に結婚をするのもロマンチストですけどね」

「ははは、そうかもね。でも……ボクは、これがアルストロメリア公爵家にとって、最良だと思っている。当然、父上も知っているよ」

「…………」


 エイルは、ブリュンヒルドの頭に手を乗せる。


「ブリュンヒルド。アルストロメリア公爵家のことはボクに任せて、キミはキミのやりたいように生きていい。キミが子供を産めないからって、縁談を断る必要なんてないし、キミのことを知りつつ縁談を結びたいって人もきっといる」

「……お兄様」

「キミにとって、最良の決断を。後悔のないようにしてほしい。ボクは兄として、キミを支えるつもりだから」

「…………」


 エイルは、優しい兄だった。

 アルストロメリア公爵家の当主に相応しい。アルストロメリア公爵家のために決断をしている。

 なら、ブリュンヒルドは?


「さ、着替えの前に……まずは入浴だね。というか、なんでそんな恰好を?」

「…………いろいろありまして」


 ブリュンヒルドは立ち上がり、兄と一緒に屋敷へ戻るのだった。


 ◇◇◇◇◇◇


 浴場にて。

 アルストロメリア公爵家の浴場は広い。

 ブリュンヒルドは湯に浸かりながら、バラの花を浮かべた湯をそっと掬う。


「家のため……お兄様は決断した」


 思うのは、カルセドニーの笑顔。

 そして、ハスティのヤンチャな笑み。


「私は、アルストロメリア公爵家の処刑執行人」


 ずっと、そういう人生を生きてきた。

 それを変えることはできない。

 ブリュンヒルドは、自分の胸に手を当てる。


「私は……」


 父のあとを継ぐ。

 そう考えると、動悸は収まり、カルセドニーも、ハスティの笑顔も消える。

 ブリュンヒルドは立ち上がる。

 ザバッとお湯が溢れ、バラの花が揺れた。


「私は、アルストロメリア公爵家の処刑執行人」


 もう、惑わされない。

 

「お断りしなきゃ」


 結婚はしない。

 恋もしない。

 自分は、処刑執行人。

 それが、ブリュンヒルドの出した答えだった。

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