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カルセドニー①

 ハスティと一緒にブリュンヒルドは行ってしまい、伸ばした手はゆっくり降ろされた。

 すると、背後から誰かが近づいてきた。


「あ、あの……カルセドニー・マルセイユ様」


 カタリーナだった。

 小さく身体を揺らし、頬を染めて、やや上目遣い。

 少しだけ、カルセドニーは気落ちする……ヘルメス王国でよく見た『媚びるような目をする少女』がイクシア帝国にもいた。

 だが、カルセドニーは笑顔を浮かべる。


「はい、何か御用でしょうか?」

「その……お時間があれば、わたくしとお茶でもしませんか? ヘルメス王国のこと、もっと知りたいのです」

「……申し訳ございません。これから剣術部に行かねばならないので。では、失礼いたします」


 お辞儀をし、その場を離れる。

 すると、隣にミュディアが並んだ。

 教室で男子生徒たちに囲まれていたはずなのだが、素早くすり抜けてきたようだ。


「カル、剣術部ね?」

「ああ、そうだ。カティナとヘドウィグも向かっているだろう」

「ふふ、楽しみ。それと……ここでも相変わらずね」


 ミュディアがカルセドニーの顔を覗き込むと、カルセドニーは困ったようにため息を吐いた。


「勘弁してくれ……戦争で活躍した若き英雄なんて、僕には荷が重すぎる」

「……無自覚って怖いわね」

「毎度、同じことを言うが……どういう意味なんだ、それは」


 カルセドニーは、自分が若くして戦争で活躍した英雄だから、侯爵という爵位を持っているから女が近づいてきていると思っている。

 それもある。だがそれ以上のことがある……カルセドニー・マルセイユは、少年から美青年へ羽化をしている真っ最中なのか、その容姿は非常に優れていた。

 美しい濡羽色の黒髪、氷のように透き通ったアイスブルーの瞳。

 そして鍛え抜かれた身体、身長もぐんぐん伸びており、そのスタイルは立つだけで華がある。

 十年もしないうちに、少年は青年から大人の男へ変わる……女にはわかるのだ。

 この男は化ける。というか、かっこいい……と。

 ミュディアは言う。


「ねえカル。本当に……あの銀髪のお姫様に求婚したの?」

「ああ、アルストロメリア公爵家に婚約申込をしたよ」

「いきなりねえ……それ、受けると思う?」

「……父同士は知り合いだ。僕もアルストロメリア公爵閣下から剣の手ほどきを受けたことがある。快諾の返事はなくても、会って話をするくらいは」

「噂、聞いてるんでしょ」

「…………」


 アルストロメリア公爵家の長女は石腹。生まれつき、子を成す機能が壊れている。

 これは、イクシア帝国の貴族の間では有名な話だった。

 そのおかげで、ブリュンヒルドには婚約者がいない。

 輝くような銀髪、煌めく紅玉の瞳、人形のように整った養子を持つ彼女なら、それこそ何十、何百と婚約の申し込みが来て当然だろう。だが……いない。

 子を成せない、後継者を産めない貴族令嬢。仮に妾……という話があったとしても、相手は三大公爵家のアルストロメリア公爵家だ。そんな話をした時点で、イクシア帝国の貴族なら潰される。

 つまり、ブリュンヒルドは結婚することが絶対にない。


「……子は、養子を取ればいい。僕は……彼女といたいんだ」

「……純愛ね。子供のころからだっけ?」


 ミュディアは、カルセドニーが公爵家で過ごしたことを知っている。

 カティナもヘドウィグも、カルセドニーは信頼した者だけに、自分のことを打ち明けていた。

 カルセドニーは止まる。


「初めて会った時から、不思議な子だな……って、思ったんだ」


 あ、これ長くなる……と、ミュディアは思った。

 語り出す前に、ミュディアはカルセドニーの背中を叩く。


「うわっ」

「話、いくらでも聞いてあげる。でも、まずは剣術部!!」

「あ、ああ」


 二人は歩き出した。

 第三者の目から見れば、どう見てもカップルにしか見えない。

 ミュディア自身も、そう思っている。

 それに。


(……カル、その恋はきっと実らないよ)


 つい最近まで敵国だったイクシア帝国。

 カルセドニーは、イクシア帝国と戦ったヘルメス王国の英雄なのだ。

 

(……思いっきり玉砕しなよ。その後は、私が……)


 ミュディアは、自分の考えに嫌気がさし、首をブンブン振るのだった。


 ◇◇◇◇◇◇


 剣術部に行くと、ブリュンヒルドたちはいなかった。

 カルセドニーは周囲を見渡すが、やはりいない。


(あれ……?)


 着替え、ヘルメス王国側の四人は整列。

 すると、イクシア帝国側の指導者が来た。


「はじめまして、顧問教官のオスマンだ。キジム教官からいろいろ話は聞いている……ここでは、学園、出身国と関係なく、顧問教官としてやらせてもらうぞ」

「「「「はい!!」」」」

「まあ、それはキジム教官も同じだがな。ははは、さっそくうちの生徒たちも揉まれているよ」


 オスマンが笑う。ふと、カルセドニーはオスマンを見て思った。


「教官。失礼ですが……もしかして、アルストロメリア公爵家の」

「ああ、よく覚えていたな。お前と面識はあるが、直接喋ったことはないはずだが……ふふ、あの坊主が今や、英雄とはな」

「いえ……」

「気にしなくていい。戦争とは、そういうものだ」


 カルセドニーは、イクシア帝国の騎士と何度も戦った。

 その中にもしかしたら……オスマンの部下も、いたかもしれない。

 オスマンはすぐに察し、カルセドニーを救う言葉をくれた。それがカルセドニーには嬉しかった。

 すると、ヘドウィグが言う。


「ところで教官、摸擬戦っていつやるんですか?」

「馬鹿、言い方!!」


 双子の妹カティアがヘドウィグを肘で小突く。

 オスマンは笑った。


「はっはっは。そうすぐにはやらんよ。お前たちも、イクシア帝国に慣れてからの方がいいだろう? それまでは、こちらで剣を磨きつつ、学園生活に慣れるといい」

「なるほど……あの~、あの子はいないんですか? ブリュンヒルドさん」

「お嬢……じゃなく、アルストロメリア公爵令嬢か? 何故だ?」

「いやあ、あの子もすっごい剣の使い手って聞いたので!! それに、可愛いし!! っぶおぉ!?」


 強烈な肘がヘドウィグの腹に突き刺さった。

 カティアが怖い顔でヘドウィグを睨み頭を下げる。


「馬鹿な兄がすみません……」

「ははは。と……アルストロメリア公爵令嬢は剣術部ではないよ。だが、今は……ハスティ・アウリオンの訓練パートナーとして手を貸している最中だろうなあ」

「……ハスティ・アウリオン」


 カルセドニーがボソっというと、ミュディアが言う。


「……教官。彼女を摸擬戦に出すことはできますか?」

「なっ、ミュディア!?」

「それはできない。彼女は剣術部ではないからな」

「では……私が説得し、推薦するというのはどうでしょう? 私はヘルメス王国第三王女。私は摸擬戦に出る資格を持っていませんが……特別試合ということで」

「ふぅむ……それは、私の一存ではな。それに、彼女がやると言わなければ、な」

「……言わせてみせます」

「ははは、なら好きにするといい。さて、今日は見学するもいい、訓練に参加するもいい、自由にしていいぞ」


 オスマンは行ってしまった。

 オスマンが行くなり、カルセドニーは食ってかかる。


「ミュディア、どういうつもりだ!! ブリュンヒルドと特別試合だなんて……」

「興味が出たのよ。あなたが贔屓する子、そして……あのアウリオン公爵家の訓練相手だなんて、ね。カルセドニーも知っているでしょう? 武の名門アウリオン公爵家」

「……知っている」


 アウリオン公爵家は、剣聖と呼ばれた王国最強の騎士を代々排出する家系でもあった。

 そのアウリオン公爵家の四男。若く実績もないが、才能あふれた子とカルセドニーも聞いていた。そんなハスティの訓練相手が、ブリュンヒルドだという。

 正直、嫉妬していないといえば嘘だった。


「さて、ブリュンヒルド・アルストロメリアだったかしら……いろいろと、見極めさせてもらわないとね」

「……ミュディア、きみ、楽しんでいないか?」

「ふふ、そうね。カル、私とブリュンヒルド、どっちが強いと思う?」

「……きみは強いよ。でも、ブリュンヒルドの強さがわからない」

「楽しみね。ふふふ」


 ミュディアは、さっぱりした性格だ。

 姫とは思えないほど豪胆。戦争に参加する気でもいたが、さすがにそれは許されなかった。

 だが、カルセドニーの部隊の総司令官という立場を与えられ、カルセドニーと共に戦場を駆けたことで、二人の仲は姫と騎士ではない、真の友情があった。

 愛ではないと、カルセドニーも思っている。

 ミュディアもまた、愛ではないと思ってはいる……だが、ブリュンヒルドの登場で、ミュディアの心境が少しだけ変化していることに、まだ本人も気付いていなかった。

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