愛とは?
とりあえず、ハスティと並んで学園へ向かうことにした。
ブリュンヒルドは、ようやく『愛の言葉』を処理……顔はまだ少し赤い。
ハスティは、ジッとブリュンヒルドを見て言う。
「なあ、何かあったんだろ」
「…………」
「侯爵閣下とお知り合いだった。ってことは、それ関係か?」
「…………」
少しだけ、眉が動いてしまった。
それを見たハスティは、やや面白くなさそうに言う。
「なあ、教えてくれよ。カルセドニー・マルセイユとどういう関係なんだ?」
「……それは」
「オレには関係ない、ってか」
「…………幼馴染、です」
ブリュンヒルドは、言っても差し支えない程度のことを話すことにした。
このまま隠し続けると、ハスティに嫌われてしまう……はじめてできた『友人』を失うかもしれないと考えた時、ふとこの答えに辿り着いた。
ブリュンヒルドもまた、ハスティとの仲を悪くしたくなかったのかもしれない。
「父同士が友人で、我が家に滞在していた時期があったんです。それで、私は彼の父から剣術の手解きを、カルセドニーと一緒に」
「へえ、そうだったのか……で、なんでそんな顔が赤いんだよ」
「…………それは、その」
「求婚でもされたか?」
「…………」
どこかで見ていたのだろうか、と一瞬疑った。
ブリュンヒルドは何も言わず、地面を見ながら歩く。
その反応で察したのか、ハスティは言った。
「……おい、まさか」
「…………」
「ウッソだろ……でもよ、相手はお前の事情、知ってるのかよ」
石腹。子を産めないという事情。
ブリュンヒルドは何も言わない。これ以上は家の問題になる。
ハスティは、悩みつつ言った。
「めんどくさいことになるかもなあ……」
「え?」
「……昨日、親父……じゃなくて、父上が言ってたんだ。交換留学生のうち一人が、ヘルメス王国の王女様だってよ。カルセドニー・マルセイユを追いかけて来たんじゃないかって」
「王女様が?」
「ああ。ミュディア・ヘルメス王女殿下……噂じゃ、バリバリの武闘派らしいぜ。剣術部に来るとか」
「…………」
「なあ、お前どうするんだ」
「……何をですか?」
「求婚だよ。カルセドニー・マルセイユがお前に求婚したんだろ? あっちは爵位持ちで、ヘルメス王国貴族だろ? アルストロメリア公爵家としてはどうするんだ?」
「決まっています。お断りです」
「……そっか」
不思議なことに、ハスティは安心したように見えた。
「あのさ、お前……本当に結婚しないのか?」
「ええ。石腹の女を欲しがる貴族なんて、まずいません。アルストロメリア公爵家には兄も、妹もいますし、後継者には困っていませんから。私は公爵家で、教育係として生きると決めていますので」
「……あのよ、もし、もしもだぞ? 国内で、爵位を持っていなくて、子供も養子でいいとか言って、お前のこと好きな貴族がいたらどうする? 爵位の継承権もない、貴族だけど将来安泰みたいな、お前に好きなことやってもいいって許す奴がいたら」
「……それは、夢のようですね」
ブリュンヒルドは、少しだけ微笑んだ。
ハスティはゴクリと唾をのみ込み……。
「あ、あのさ」
「到着ですね。ハスティ、今日は剣術部に顔を出すのですか?」
「……おう」
学園に到着。ハスティは何故か少しだけ肩を落とすのだった。
◇◇◇◇◇◇
授業前、交換留学生の紹介があった。
ブリュンヒルドのクラスには二人。
「はじめまして。ヘルメス王国から来ました、カルセドニー・マルセイユです。皆さん、よろしくお願いします」
胸に手を当て、輝くような笑顔を浮かべるカルセドニー。
クラスの女子がうっとりと顔を赤らめ、カルセドニーに釘付けだった。
そして、もう一人。
「はじめまして。ヘルメス王国第三王女、ミュディアよ。王族とは関係なく、皆さんといい関係を築きたいと思ってるわ。よろしくね」
サラサラの金髪、薄紫の瞳をした美少女だった。
淑やかというよりは活動的なイメージ。高貴さは溢れんばかりに感じる。
というか、王族であった。
(ハスティの言った通りね……彼女が、ヘルメス王国の第三王女)
王女を見ていると、カルセドニーと目が合った。
ニコッと微笑むカルセドニー。すると、ミュディアがカルセドニーを小突く。
「いたっ」
「デレデレしないの。あなた、ヘルメス王国の代表ということを忘れたのかしら」
「わ、忘れていませんよ」
「ならよし。先生、席は?」
席は、カルセドニーがブリュンヒルドから離れた廊下側。そして……なんとミュディアはブリュンヒルドの隣だった。
「はじめまして。ミュディアよ、よろしくね」
「はじめまして。ブリュンヒルド・アルストロメリアと申します。よろしくお願いいたします」
「ブリュンヒルド……ああ、あなたがカルの言っていた」
「え?」
「っと……この話はあとで。まずは授業に集中しましょう」
授業が始まり、ブリュンヒルドは教師の話を聞き、板書する。
だが、少しだけ隣が気になった。
(……カル)
愛称で呼ぶほどの仲なのだろうか。
カルセドニーを追って来た……という話は、本当なのだろうか。
(……いい仲、なのかしら)
やや気になるブリュンヒルド。
でも、実際には「今朝自分に結婚申込した相手」といい仲であるということだ。もしかしたら、カタリーナのように絡まれる可能性もある。
(……面倒なことにならないといいけど)
そう思い、思考を切り替えて黒板を見るのだった。
◇◇◇◇◇◇
放課後、ブリュンヒルドはハスティの元へ行こうと立ち上がる。すると、ミュディアが言う。
「ねえ、ブリュンヒルド……でいい? これから剣術部に来ない? 私、あなたに興味があるの」
「え……?」
「カルから聞いたわ。あなた、小さいころから剣を習っているそうね。どう? 私とやらない?」
「……えっと」
「待った。ミュディア、いきなりすぎるだろう」
と、カルセドニーが割り込んだ。
「カル。あなたの額の傷、彼女が付けたんでしょう? 私、興味があるわ」
「……確かにこの勲章は彼女の贈り物さ。でも、いきなり君と勝負なんてさせられない。ミュディア、キミは王女なんだ。留学の条件で『目立たない』ってあったじゃないか」
「部活の許可はもらったわ。ふふ、戦争では活躍できなかったけど、せめて剣術部では自分の実力をね」
ブリュンヒルドそっちのけで、カルセドニーとミュディアは言い争い……というか、お喋りを続けていた。ブリュンヒルドはお邪魔だと感じたのか、そろりとその場から離れる。
すると、ちょうど迎えに来たハスティがいた。
「よ、今日も付き合ってくれるか?」
「ええ、摸擬戦の終わりまで付き合う約束ですもの」
「おし、じゃあ行くか」
と、二人で歩き出そうとした時だった。
「ブリュンヒルド、待ってくれ」
カルセドニー、そしてミュディアが教室から出てきた。
「すまない、キミのことをいろいろ喋ってしまってね……久しぶりに、キミの腕前を見たい。どうか、一緒に」
「申し訳ありません、マルセイユ侯爵閣下」
と……答えたのは、ブリュンヒルドではなくハスティだった。
ブリュンヒルドと肩を組み、どこか挑戦するような言い方で。
「彼女はこれから、自分の訓練に付き合う約束ですので。ここで失礼します」
「ハスティ……?」
「……ハスティ・アウリオン。キミは」
「では、ここで」
「ちょっと、ハスティ」
ハスティは、ブリュンヒルドを連れてその場を去った。
一度だけ、ブリュンヒルドは振り返る。
そこにいたのは、置いてきぼりにされたような顔をする子供……ではなく、ブリュンヒルドに向けて手を伸ばす、カルセドニーの姿だった。
(……あ)
ふと、見覚えがあった。
小さいころ、兄と妹と四人で追いかけっこをした。
走るブリュンヒルドに追いつけず、手を伸ばすカルセドニー……だが、それでも追いつけない。
そして、カルセドニーは手を伸ばし……今のような顔をしていた。
そんな姿が懐かしく思えてしまった。
「おい、嫌なら嫌って言えよ。その……付きまとわれてんだろ?」
「え?」
「オレが守ってやるよ。まあ、お前も強いけど……本気出せばオレのが強いからな」
「……ふふ、何それ」
「とにかく!! あいつには負けねぇから、特訓に付き合えよ!!」
カルセドニーもだが、ハスティも子供っぽい。
ブリュンヒルドはそう思い、クスっと微笑むのだった。