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銀血姫ブリュンヒルド~処刑執行人の恋~  作者: さとう
第二章

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新しい日々

 ハスティの訓練相手になると約束した翌日。

 ブリュンヒルドは放課後になると、そそくさと教室を出た……またハスティが迎えに来て、カタリーナなどに絡まれるのはごめんだった。

 ブリュンヒルドは感情が希薄な方だが、あからさまな敵意を向けられて平気なわけではない。どうでもいいとは思っているが、やはり言われるのは嫌だった。

 なので、放課後になり教室を出ると。


「お、いたいた。よーし、今日はやる気十分みたいだな!!」

「……はあ」


 ハスティがいた。

 すでに着替えているのか、訓練服に木剣を二本手に持っている。

 ブリュンヒルドに木剣を差し出して言う。


「第四訓練場を貸し切ったんだ。そこでやろうぜ」

「……貸し切り、ですか?」

「ああ。へへ……」


 ハスティはボソッと言う。


「こういうのあんま好きじゃねぇけどよ、オレって一応公爵家だし……権力だよ権力」

「はあ……」

「まあ、顧問教官にお願いしたら貸してくれたんだ。オレ、イクシア帝国の代表だし、隠れて特訓すると思われてんのかな」

「……こほん。訓練相手になるとは言いましたが、私も予定がありますので、一時間だけです。では参りましょう」


 ブリュンヒルドは、このあと家での剣術訓練の他に、処刑執行として必要な知識を学ぶための座学もある。主に医術などだ。

 人を殺すのと、治すことは表裏一体……処刑執行人は代々、最新の医学を学ぶ。

 父も、公爵でありながら医師の資格を持っていた。

 ブリュンヒルド、ハスティの二人は、第四訓練場へ。


 ◇◇◇◇◇◇


 第四訓練場は、七つある訓練場の中でも一番小さい訓練場だ。

 本校舎からやや遠く、見学席も小さいのであまり利用されることがない。

 貸し切りにしても問題ないし、公爵家の権力がどうこうは関係のない気がした。

 ブリュンヒルドは、訓練服に着替え、長い髪をポニーテールにまとめ、手には木剣を持ち、ハスティと向かい合っていた。


「手加減なし、本気でいくぜ!!」

「どうぞ」


 ブリュンヒルドは剣を構える。

 ハスティが突撃してきた。荒々しい、猛牛のような勢いで。

 対するブリュンヒルドは、鶴のように優雅な構えで迎え撃つ。


「ッシ!!」

「───!!」


 鋭い一撃だった。

 ブリュンヒルドの視力は常人より遥かにいい。アルストロメリア公爵家の赤い瞳は、常人の三倍はよく見えるという言い伝えがあった。

 ハスティの剣を躱し、木剣を突き出す……が、ハスティは首を傾け躱す。

 そして、そのまま振り下ろした剣を突き上げてくる。


(……鋭い)


 才能だけじゃない、努力の、経験が積まれた剣だった。

 貴族の道楽ではない、騎士として生きようとする決意が感じられる。

 ブリュンヒルドは、これほどの『想い』を帯びた剣を知らない。

 それが新鮮であり、不思議な高揚感を感じていた。


「ははっ、笑ってんのか? オレも楽しいぜ!!」

「……っ」


 自分が笑っていることを、指摘され始めて気付いた。

 もう、認めるしかなかった。


(……ああ、そうね。私……楽しい)


 剣を習うのは、処刑執行人としての技術を学ぶため。

 医学を学ぶのは、処刑執行人として人体を知るため。

 赤い瞳が高い視力を持つのは、首をどの角度で両断すれば楽に死なせることができるかを見るため。

 全てが、アルストロメリア公爵家の処刑執行人としてのためのもの。

 だが、ハスティとこうして剣を振るのは、ハスティのため……そして、もう一つ。


(自分のため。私が……私を満たすため)


 ブリュンヒルドは笑い、全力で剣を振る。


「ッ!?」


 その速度に、ハスティは圧倒された……が、内なる炎が燃え、なんと額で木剣を受けた。

 ギョッとするブリュンヒルド。そして、ハスティの剣がブリュンヒルドの首に添えられる。


「オレの負け!! っでぇぇ……」

「あ、あなた……何を考えているんですか!!」


 額から血が出ていた。

 ブリュンヒルドはハンカチを出し、慌ててハスティの額を押さえる。


「あー負けた。お前、速い……いや、鋭すぎるぞ」

「そ、それどころじゃありません!! 早く医務室へ……」

「オレの負け。頭で受けたのは木剣だから。真剣だったら頭割られてた」

「……それは、あなたにも油断があったからです」

「ああそうだ」


 ハスティは、悔しそうに……同時に、自分が許せないようだった。


「オレは、お前が女だからって、本気じゃなかった。お前の剣が鋭いのわかってたけど、心のどこかで油断していた。言い訳しか言えねえ……オレは情けないぜ」

「…………」

「ブリュンヒルド、すまなかった!!」

「……ハスティ様は、強いですね」


 ブリュンヒルドは、ハスティの額にハンカチを押さえつけたまま言う。


「自分の弱さを認めて、素直に頭を下げることができるなんて、そう簡単にできません。でもあなたはすぐに間違いを認め、素直な気持ちで謝罪している……それがすぐにできるのは、あなたが誰よりも真剣だから。それは、あなたの強さです」

「……強さ」

「はい。今でこそ、私の一撃が入りました。でも……あなたは二度と、私に対して油断することもないでしょう。恐らく、今度やったら私が負けるでしょうね」

「そんなことない。たとえ本気でも、オレはお前に勝てるかわからない。それくらい、お前の剣は鋭くて……綺麗だった」

「……ふふ、そうですか」

 

 ブリュンヒルドは、にっこりとほほ笑んだ。


「お褒めの言葉、ありがとうございます」

「…………っ」


 ハスティの顔が赤くなり、血がますます出てきた。

 そして、ハスティはハンカチを受け取り、ブリュンヒルドから離れる。


「あ、あのよ。オレ……医務室行くわ。悪い、今日はここまで」

「はい。あの、お怪我は……」

「気にすんな。こんなの、騎士の訓練には付き物だ。ああ……そうだ、一個だけいいか?」

「はい?」


 ハスティは振り返り、いつもと同じ子供っぽい笑みを浮かべた。


「オレのこと、ハスティでいいぜ。様はいらねぇよ……ダメか?」

「…………ふふ」


 ブリュンヒルドはクスっと微笑み、もう一度笑顔を浮かべた。


「わかりました。では……ハスティ、速く医務室へ」

「お、おう!! じゃあな!!」


 ハスティは、ダッシュで消えた。

 ブリュンヒルドは木剣を片付け、更衣室に向かおうとした。

 空はすっかりオレンジ色になり、暖かい風がふわりと髪を揺らす。

 髪を止めていたリボンを外すと、夕日で銀髪がキラキラと輝いた。


「……お友達」


 不思議な感覚だった。

 自然と、ハスティのことを考えると、『友達』という言葉が浮かんだのだ。


「ふふ」


 ブリュンヒルドは、上機嫌で更衣室に向かうのだった。

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