摸擬戦
数日後、授業が終わり放課後となり、ブリュンヒルドは帰り支度をしていた。
すると、教室にハスティがやって来た。
「ブリュンヒルド、いるかー?」
授業が終わったばかりなので人が多い……そして、視線はハスティ、ブリュンヒルドへと集まる。
ブリュンヒルドは顔に出さず、ため息を吐きたくなった。
すると、ブリュンヒルドよりも先に、カタリーナがハスティの前へ。
「ごきげんよう、ハスティ様」
「ん、ああ」
「わたくし、カタリーノ侯爵家のカタリーナと申します。何かご用件があれば、わたくしがお伺いしますわ」
四男とはいえ、三大公爵家の一つであるアウリオン公爵家の息子だ。その影響力、権力は決して無視できない……たとえハスティが何とも思っていなくても。
するとハスティは言う。
「じゃあ、ブリュンヒルドを呼んでくれ。ブリュンヒルド・アルストロメリア公爵令嬢だ」
「……彼女に、用件が?」
「ああ。大事な用事でな、って……なんだ、いるじゃないか」
視線を彷徨わせていたハスティと目が合った。
さすがに隠れるわけにもいかず、ブリュンヒルドはカバンを手にハスティの元へ。
授業が終わったにも関わらず、誰も帰ろうとしない。まるで見世物のようだった。
「ハスティ様、何か御用でしょうか」
「以前言っただろ? 今日は、交流摸擬戦の相手を決める日なんだ。へへ、お前に見てほしくてな」
「そう言えば……約束でしたね。わかりました、見学させていただきますね」
「おう。じゃあ行こうぜ!!」
ハスティは先に教室を出た。
すると、カタリーナがジロッとブリュンヒルドを睨む。
「……あなた、ハスティ様狙い?」
「何のことでしょうか」
「……フン。石腹のくせに、彼を狙っているのかしら。忌々しい」
「……では、失礼します」
何を言っても無駄そうなので、ブリュンヒルドは一礼して教室を出るのだった。
◇◇◇◇◇◇
ブリュンヒルドは、ハスティと二人並んで剣術部の訓練場へ向かった。
ハスティは着替えるために途中で分かれ、ブリュンヒルドは見学用の席へ。
そこには、多くの女生徒たちがいた。どうやら、見学のために来たようだ。
そして十五分もしないうちに、訓練用の制服を着て、腰に剣を差した男子生徒たちが整列する。
剣術部の顧問は、現役騎士だ。
ブリュンヒルドは見たことのある騎士。
「オスマン騎士……? 彼が顧問教官だったのね」
オスマン。
父ライオスの部下であり、かつてアルストロメリア公爵家が所有する騎士団に所属し、ライオスの弟子だった騎士だ。
怪我で引退し、今は若くして剣術部の顧問教官を務めているようだ。
子供の頃、何度か挨拶してもらったこともある。
「それではこれより、ヘルメス王国との摸擬戦に出場する選手を決める。摸擬戦を行い、上位三名が選手となる……全員、全力で挑むように」
「「「「「はい!!」」」」」
一年、二年、三年生と返事をした。
合計で五十名ほどだろうか、この中の上位三名にハスティは残らなくてはいけない。
すると、中間の列に並んでいたハスティが、ブリュンヒルドに向けて微笑んだ。
「……全く、私を見ている場合じゃないのに」
ブリュンヒルドの周りにいた女生徒数名がキャッキャッと騒ぐ……どうやら、ハスティがサービスしてくれたと勘違いしたようだ。
そして、摸擬戦が始まった。
一対一、抽選はくじ引きで、そして試合開始。
最初の対決は、二年生対三年生。
試合が始まり、生徒たちの剣が交差し、剣戟が繰り広げられる……が。
(……これが普通、なのかしら)
正直、自分が十二歳くらいの頃の実力と大差ない気がした。
恐らく、戦えば勝てる……三年生が相手だろうとも。
そして、試合は三年生が、一年生の剣を弾いて幕を閉じた。
「そこまで!! では、次の試合」
特に勝利を称えることもなく次の試合へ。五十名いるので、テンポよく進めるようだ。
そして、試合は続き……ハスティの番。
ハスティと、相手は三年生。剣を構えて試合開始。
「行くぜ!!」
三年生はかなりの実力者。ハスティとの激しい剣戟……ブリュンヒルドは思う。
(……強い)
三年生ではない、ハスティがだ。
恐らく、自分と同じくらいの強さ。
素質、才能にあふれた若々しい剣。恐らく、自分と同じ幼少期から剣を握っていたのだろう。
ハスティの剣は、三年生の剣を軽々と叩き落とした。
「そこまで!!」
「っしゃ!!」
「ハスティ、大袈裟に喜ぶんじゃない。これはあくまで摸擬戦であるぞ」
「は、はい、すんません」
ハスティは苦笑しながら謝り、ブリュンヒルドをチラッと見て軽く手を挙げた。
ブリュンヒルドは微笑み、小さく頷く……それが嬉しいのか、ハスティは親指を立ててニカっと微笑んだ。
子供……でも、十五歳らしい。
十五歳らしくないブリュンヒルドは、どこか新鮮な気持ちでハスティを見るのだった。
◇◇◇◇◇◇
全ての試合は終わり、なんとハスティは二位の成績で交流戦の切符を手に入れた。
この日の剣術部の活動は終わり、ブリュンヒルドは見学席からハスティ……ではなく、顧問教官のオスマンの元へ。
オスマンは、ブリュンヒルドに向かって騎士の礼をした。
「お久しぶりでございます、お嬢様」
「やめてちょうだい。あなたはもう、アルストロメリア公爵家の騎士じゃないわ。ここでは、私のことも一人の生徒として扱ってちょうだい……と、私もね。お久しぶりです、オスマン先生」
そう言うと、オスマンは驚きつつも照れる。
父よりも若い顧問教官は、困ったように苦笑する。
「お嬢様にそう言われると、少しくすぐったいですね……」
「ふふ。あなたが剣術部の顧問教官だったこと、今日初めて知ったわ。古傷はどう?」
「問題ありません。前線に出ることはありませんが、後進の育成なら問題なくできます」
「そう……よかった」
「お嬢様……ところで、今も剣を続けておられるので?」
「えっ」
と、背後から驚きの声を上げたのは、急いで着替えてきたハスティだった。
そして、どこか嬉しそうにブリュンヒルドの元へ。
「なんだよブリュンヒルド!! お前、剣術やってんのか? じゃあ剣術部に入れよ!!」
「……はあ」
「あー……申し訳ありません、お嬢様」
「お嬢様? 教官、ブリュンヒルドと知り合いで?」
「そうだ。というか……盗み聞きをするのは、騎士に相応しいとは言えないぞハスティ。交流戦の代表を考え直さないといけないかもな」
「そ、それは勘弁っ!! お、おいブリュンヒルド、なんとか言ってくれよ」
「さあ? 彼はもうウチの騎士団の騎士じゃないし、私からすれば教師だから。ふふ」
「お、おい~」
ブリュンヒルドはクスクス笑い、オスマンに向かって頷く。
オスマンは、「では失礼します」とその場を去った。
残ったのは、ブリュンヒルドとハスティ。
「で……お前、剣術やってるんだな」
「ええ。我が家の方針でね……心身を鍛えるために、幼少期から剣術を習うのよ」
嘘である。
心身を鍛えるためにではなく、処刑執行人としての技術として習う。
兄や妹は剣術を習うか父に聞かれたことがあるが、二人とも拒否……兄エイルは「ぼくは才能の欠片もないし体力もないから」と、シグルーンは「剣よりドレスがいい」と拒否をした。
ハスティはニヤリと笑い、見学席の近くにあった木剣を二本持ってきた。
そして、一本をブリュンヒルドへ渡す。
「へへ、腕前見せてくれよ。アルストロメリア公爵家の剣術をさ」
「……私、やるとは言ってないけど」
「行くぜっ!!」
と、ハスティは有無を言わさず剣を振り下ろす。
ブリュンヒルドの身体は勝手に動いてしまった。半歩ずれて振り下ろしを躱し、そのまま木剣をハスティの喉元へ突きつける……が、ハスティは首だけを動かし突きを回避。
驚いたようにブリュンヒルドを見た。
「マジか……お前、すげぇじゃん」
「…………」
しまった、とブリュンヒルドは思う。
身体が勝手に動いてしまった。そして、ハスティが躱したことに驚きもした。
「ブリュンヒルド!! お前、剣術部入れよ!! 一緒にやろうぜ!!」
「……ごめんなさい。私にとって剣術は、倒す技術じゃなくて……」
殺す技術だから。
そう言おうとしたが言えず、木剣をハスティに渡す。
「じゃあさ、オレのパートナーになってくれよ!!」
「……え?」
「相手がいた方が強くなれる。実はさ……オレの相手できるやつ、剣術部にいないんだよ。上級性もオレに敵わねぇし、みんな避ける。今日一位になった先輩も、オレじゃなくて別の上級生をパートナーにして練習してるし……」
「…………」
「ダメか?」
「…………まあ、たまになら」
「よっしゃ!! じゃ、明日からな!! へへ、またなっ!!」
そう言い、ハスティは大喜びで去っていった。
残されたブリュンヒルドは、考えていた。
「……なんで、受けちゃったんだろう」
その理由を考えたが……なぜか、答えは出ないのだった。




