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銀血姫ブリュンヒルド~処刑執行人の恋~  作者: さとう
第二章

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ハスティ・アウリオン

 学園にて。

 ブリュンヒルドは図書室で読書を終え、屋敷に帰るため立ち上がった。

 放課後はすぐ家に帰らず、図書室で自主学習……それがブリュンヒルドの日課。

 さっさと家に帰って勉強すればいいのだが、部活動をしない、友人との交流もない、これがブリュンヒルドにとっての『学園生活』の一部……青春であった。

 だが、今日はいつもと違うことがあった。


「あ、いたいた」

「……え?」


 なんと、ハスティ・アウリオンが図書室に入って来た。

 制服を着崩し、子供っぽい笑みを浮かべ、ズンズンと近づいてくる。

 そして、着崩した制服を正し、小さく咳ばらいをすると、完璧な角度で一礼する。

 驚いていると、ハスティは言う。


「ブリュンヒルド・アルストロメリア公爵令嬢」

「は、はい」

「これまでの数々の非礼、深くお詫び申し上げます」

「……はい?」

「…………」

「あ、あの……もしかして、謝罪ですか?」

「はい。私の数々の暴言、全て撤回させていただきます」

「……わかりました。私は謝罪を受け入れましょう。お顔を上げてください」


 ハスティはゆっくり顔を上げる……そこには、ブリュンヒルドの小さな笑みがあった。


「ふふ、まさか本当に謝るなんて」

「……お前が謝れって言ったんだろ。その……いろいろ、悪かったよ。オレ、こんな風だし、兄貴や姉貴にも『貴族らしくしろ』なんて言われてるけどよ」

「もういいです。さて……私はそろそろ帰ります」

「あ、じゃあオレも。今日は剣術部がないんだ」


 剣術部。

 騎士を目指す少年少女が入る部活動だ。

 爵位を受け継ぐのは基本は長男。次男や三男は爵位を受け継ぐことができないので、王国の騎士を目指すために訓練を積む。

 ハスティは四男。騎士を目指すのは当然だろう。

 特に断る理由もないので、ブリュンヒルドはハスティと図書室を出た。


「ブリュンヒルド、お前さ、徒歩で帰ってるってマジ?」


 平民のような喋り方。とてもイクシア帝国の三大公爵、アウリオン公爵家の人間とは思えない。

 だが、そこがハスティらしくあり、魅力なのだとブリュンヒルドは思った。


「ええ。お兄様や妹には馬車を使うよう言われているけど……ここから屋敷までは十五分ほどだし、歩くのは嫌いじゃないの」

「へー、オレと同じだなあ」


 ハスティは、すでに胸元を開け、腕まくりをしている。

 自由……ブリュンヒルドは、ハスティを見てそんな言葉が思い浮かんだ。


「なあ、お前部活動やってないのか?」

「ええ、興味ないので」

「ふーん。もったいねえなあ……なあ、剣術部とかどうだ? お前さ、女騎士とか似合うんじゃね?」

「……」


 近い。

 ハスティは顔を近づけ、子供のようにニコニコしながら言う。

 ふと、ブリュンヒルドは気になった。


「あの、ハスティ様……あなたは、私に関して何か聞いていないのですか?」

「何が? ああ……その、例の話は聞いてるけど」


 生まれつき、子供の産めない体質……もちろん、婚約や結婚の申し込みを遠ざける嘘だが。

 その話はかなり噂になっている。そのせいでブリュンヒルドは遠巻きにされているが、本人は気にしていない。

 

「私は公爵家でありながら、嫁にも行けない、婿を迎えることもできない欠陥品です。将来はすでに、次期公爵となる兄の子供の家庭教師として生きると決めています。ハスティ様、私になどかまけず……」

「おい」


 と、ハスティが本気で、厳しい表情をしていた。

 怒っている……と、ブリュンヒルドはすぐにわかった。


「欠陥品なんていうんじゃねぇよ。お前の価値はそこじゃねぇだろ。公爵家のためにだけ存在するような言い方、こっちまで気分が悪くなる」

「……申し訳、ございません」

「ああその、ワリィ……オレも上手く言えねぇけどよ、お前さ、スゲェと思うよ」

「はい?」

「だってさ、お前強いじゃん」

「…………」


 本気で、意味がわからなかった。

 ハスティは何とか言葉を絞り出すように言う。


「その、お前さ……子供が産めないとか言われてるし、お前も認めてる。でもさ……お前、ぜんぜん悲観してないし、まっすぐじゃん。ああ……なんて言えばいいんだ。オレ、頭よくねぇけど……とにかく、お前はスゲェと思う」

「…………」

「うー……悪い、バカだよな、オレ」


 本当に、意味が分からない。

 でも……不思議と、悪い気分はしない。

 ブリュンヒルドは、小さく微笑んだ。


「ハスティ様、ありがとうございます」

「…………っ」


 ハスティは、ブリュンヒルドの可憐な微笑を真正面から見てしまった。

 夕暮れの光に照らされて輝く銀髪、ルビーの瞳、小さな唇は柔らかく微笑みを浮かべ、氷のように無表情だったのが今は輝いて見えた。

 ハスティの心臓が高鳴った……が、ブリュンヒルドはすぐに元の無表情に戻る。


「あ、あのよ。さっき言った剣術部……見に来ないか? その、戦争終わっただろ? 近く、ヘルメス王国との交換留学が再開するらしくてさ、向こうの留学生が学園見学に来るんだよ。で、剣術部と向こうの剣術部が、模擬訓練をすることになったんだ」

「……え」


 交換留学。

 父の情報によれば、カルセドニーがメンバーに入っている。


「なんでも、交換留学が少し早まるとか聞いたぜ。それに……あっちの留学生に、とんでもないヤツがいるんだ」

「……どなたですか?」


 ハスティは、どこかワクワクしたように言う。


「カルセドニー・マルセイユ。十三歳で爵位を継承して戦争に参加した天才剣士だ。戦争の功績でマルセイユ子爵家は侯爵位になったそうだぜ。国が違うとはいえ、弱冠十五歳の侯爵様が交換留学とは……スゲェんだが、すごくないんだか」

「……マルセイユ侯爵、ということですか」

「ああ、スゲェよな。で……マルセイユ侯爵と摸擬戦をする相手を、今度の部活動で決めるんだ。なあなあ、見に来てくれよ」

「……わかりました。では、見学させていただきますね」

「おう!! へへ、見てろよ、オレの強さを見せてやるぜ」


 ハスティは、自分の剣がいかにすごいかを語り始めた……が、ブリュンヒルドの心は、英雄として名を馳せているカルセドニーのことでいっぱいなのだった。

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