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エヌジェイナンバーカード

作者: 合沢 時

あくまでも私の創作です。フィクションです。

何度でも言う。「これはフィクションだあぁ!」「かんちがいしないでくれぇ!」

 今の私には安息の日々はもう戻ってこないのだろうか。

 不特定多数の誰かが私たちの正体を暴き、私たちを亡き者にしようとしているという噂を聞いた。幸いにして彼らの能力では、幾重にも張り巡らされたセキュリティを突破して、私たちに関するデータを閲覧することなど無理な所業だろう。

 そもそも愚民どもが私たちを恨むことなど筋違いなのだ。勘違いも甚だしい。私たちはこの国が有事になったときのことを考え、それに備えたシステムの構築を考えただけなのだ。

 つまり、私たちはアイデアを出しただけであって、それを採用して推し進めてきたのは政府なのだ。恨むなら政府の関係者を恨むべきなのだ。いや、政府の関係者なら私も含まれてしまう。言い直そう、単純に政治家どもと言った方が良い。

 その政治家に簡単にだまされてしまった愚民どもにも責任はあるのだ。

 システムが構築された今となっては、もし他国が我が国に責めてくるようなそぶりを見せただけで、有事法が発動されて、システムが完璧に機能し始める。

 そうなっては私たちを恨んでも、もうどうしようもないのだ。


 それにしても腹が立つ。噂の原因を作ったのはあいつだ。

 都市伝説としてシステムの闇の部分が密かに囁かれていた。最初の内は単なる都市伝説としか思われてなかったのだが、システムの構築を急ぐあまり、大臣のオヌオキが義務化に近いことをやり出した。そのことで、にわかに信憑性が増し、システムの闇をあばこうと動き出した者たちがいた。そして、その者たちが過激化し最終手段を使った。オヌオキの娘を拉致し、システムの闇の部分の真相と発案者を白状するように脅迫した。

 オヌオキは脅しに屈して闇の部分について大筋を認め、発案者が各省の代表によるNCDP委員会であることを暴露してしまった。あいつはNCDP委員会に責任を転嫁しようとしたのだ。

 もし有事法が発動されていたなら、各メディアやSNSは政府の管理下に置かれ、報道の自由などあり得なかっただろうが、この事件のことはその過激な組織が犯行声明を拡散したことで愚民どもの知ることとなった。

 彼らのターゲットになった大臣のオヌオキは、NCDP委員会に発足当時から関わっており、そして脅しに簡単に屈してしまったのだ。彼らは、最適な愚者をターゲットにしたのだった。

 その愚者大臣オヌオキは、あろうことか犯行組織の要求通りにテレビ会見を開き、システムの闇の部分とNCDP委員会のことを暴露してしまった。

 しかし、私たちにとって幸いだったのは、その愚者大臣オヌオキがNCDP委員会のメンバーまでは知らなかったことだ。NCDP委員会におけるメンバーの名前など知ってはいなかった。

 愚者大臣オヌオキは、私たちNCDP委員会が発案したものを政府内で形ばかりの審議を行い、うやむやのうちに施行していくという傀儡に過ぎなかったのだから。彼にとっては、この国のためという信念はみじんもなく、己の私利私欲を肥やすための算段が優先事項だった。だから彼は深く知ろうとしなかったし、彼にとってはNCDP委員会のことなど、どうでも良いことなのだった。

 愚者大臣オヌオキの会見が放送されてから、1時間も経たないうちに娘は無事に保護された。このことで、その組織は英雄視されることとなった。何しろ愚民たちが知りたかったシステムの闇をあばき、人質を傷つけることなく解放したのだから。

 私としては、あの愚者大臣の娘が殺されてさえすれば、どんなにか良かったのにと思う。彼らはシステムの闇の部分の真相とNCDP委員会のことを知っただけで満足し、NCDP委員会メンバーの名前を知らないと言った愚者大臣の言葉をやすやすと受け入れてしまったのだ。彼らが粘って業を煮やし、挙げ句の果てに娘を殺害してくれていたら、風向きが変わっていたかもしれない。

 このことがきっかけで、愚民どもの一部はNCDP委員会のメンバーを特定し始める動きを始めた。あらゆる情報網を駆使してそれを試みた。中には優秀なハッカーもいるようだった。ある省に至っては、データバンクの第二セキュリティの壁を突破された。しかし、私にとっては痛くもかゆくもないことだった。そんなところにNCDP委員会に関するデータは何もないからだ。


「NCDP委員会のメンバーを知りたがっている理由ですか?」

 ナラザワがキーボードを叩く手を止め、私の方を向いた。

「僕にはよく分かりませんが、強いて言うならスカッとしたいからでしょうかね」

「スカッとしたいって、どういうこと?」

「国民の98パーセント以上がシステムに牛耳られている今となっては、闇の部分が暴露されても、もうどうしようもないですし。だからせめて、将来的に自分を苦しめることになるかもしれないシステムを発案した者に危害を加えて、ざまあみろと言いたいからでしょうか」

「そんなことをして何の意味があるっていうの?」

 ナラザワが椅子を回して身体ごと私の正面を向いた。

「ずいぶん昔の日本のテレビ番組で、必殺仕置人というドラマがありました。権力者に酷く虐げられた市井の民の恨みを、仕置人が代わって晴らすという内容です」

「必殺っていうタイトルがついているということは、恨みを晴らす方法は殺すっていうこと?」

「ええ、例外なく権力者は殺害されます。ただ、このドラマの時代設定は日本の江戸時代となっていますから、殺人も過去のこととして受け入れられたのかもしれません。このドラマがヒットした理由は、ドラマの後半に、仕置人と呼ばれる者たちが権力者たちを殺害していくのを見て、自身の何かと重ね合わせて溜飲を下げていた視聴者が多かったということでしょうか」

「そんなドラマを見て気分が良くなるなんて、日本人て野蛮なのね」

 私が見解を述べると、ナラザワが頭を振った。

「いや、どこの国でも人間の本質は変わらないと思いますよ。現に似たようなドラマや映画は我が国にも他の国にもありますし。恨む対象がはっきりしていたら、それを懲らしめてやりたいと思うのが人間の性だと思います」

「そう、かしら、ね」

「自分も徴兵されたら、もしかすると、NCDP委員会を恨むかもしれません。だって徴兵されるときは、この国が有事になったときで、最前線で戦わなければならない状況でしょうから。あっ、主任、今言ったことは忘れて下さい。コーヒー飲みますか? 淹れてきます」

 ナラザワが立ち上がった。

「大丈夫。誰にも言わない。コーヒーにはミルクを入れてね」

 私は聞き流すように返事をしたが、私の中でナラザワは危険分子の一人としてカウントされた。

 私が総務省から出向しているこのアデシック国際科学研究所は、表向きは我が国をとりまく世界各国の情勢をスーパーコンピュータを駆使して分析し判断する機関だ。この研究所の職員は誰一人として私がNCDP委員会のメンバーだということは知らない。

 私がここに出向したのは、他国のハッカーがNCDP委員会のデータをハッキングしようとしている動きを掴んだからだ。ハッキングされたらNCDP委員会のメンバーの構成はもちろんのこと、メンバーしか知らないNCDPデータへのアクセス方法が明るみになってしまうかもしれない。そうなることは絶対に避けなければならない。NCDPデータには、ほぼ全国民の情報が集積されている。

 ハッキングによってセキュリティが突破されそうになったとき、一番最適な対処法は回路を断つことだ。NCDP委員会のメンバー以外は誰も知らないことだが、このアデシック国際科学研究所の地下にあるコンピュータ群の中の一部がNCDP委員会のサーバーになっている。非常事態が起きたときには、私がそこに行ってコードを引き抜くというアナログな方法で回路を遮断する手はずになっている。

 その場合は愚民どもの生活に支障をきたすことが起きるだろうが、私の知ったことではない。


 気がつくと、そこは薄暗いコンクリートの壁に囲まれた部屋だった。

「やあ、やっとお目覚めですね。睡眠薬の量が多かったようですね」

 知った声がして、そちらを見たら、ナラザワが立っていた。

 私は立ち上がろうとして、椅子に縛り付けられていることに気付いた。

「何なのこれは。ほどきなさい」

「それは出来ません。あなたは我々の敵なのですから。もうとっくにあなたの素性はバレているのですよ。NCDP委員会のオイマチさん」

 私の中で、ナラザワが危険分子なのが確定した。

「あなたは何者なの?」

「それをあなたに教える必要はありません。あなたは私の質問にだけ答えれば良いんです」

「何をふざけたことを!」

「そうわめかないで下さい。私があなたに危害を加えることはありませんから。では、始めましょう」

 そう言ってナラザワは私の正面にビデオカメラを置いた。

「9年前にあなた方NCDP委員会が国民総背番号制度、通称NJナンバーを発案したときには、今に至るまでの一連の計画が立てられていたのですね」

「・・・」

 私が応えないでいると、「沈黙はイエスの意味だととらえましょう」とナラザワが言った。

「本来任意取得であったはずのNJナンバーカードを躍起になって普及させた目的は、健康証と一体化させて、国民の健康データを掌握するためですね」

「・・・」

「良いですよ。いつまでも黙秘して下さい。そうすることで民衆の憎悪が膨れ上がりますから。質問を続けます。あなた方は免許証や銀行の口座もNJナンバーカードに紐付けさせましたが、それも有事の際に役立つからですね?」

「・・・」

「沈黙ですか。では私があなたの代わりに教えて差し上げましょう。昨年、有事法とセットになって徴兵制が出来たのは国民みんなが知るところです。ただし、徴兵されるのは有事が起こったときのみで、ある年齢に達したら兵役につかなければならないというような枷はありません。国民の大半は有事など起こらないと高を括っていますから、有事法に付随して作られた徴兵制にも関心を示しませんでした」

 相変わらずビデオカメラは私に向けられたままなので、ナラザワが映ることはないだろう。

「いいですかぁ、システムが構築され、有事法ができた原因を作ったのは、あなたたちの無関心なのですよぉ。と、言いたいですよね。オイマチさん」

 たしかにナラザワの言うとおりだ。私たちは愚民どもが呆けている間に淡々とことを進めてきた。

「さて、システムと徴兵制の関係性を話しましょう。昔、我が国が軍事政権だった頃、徴兵する時には徴兵検査を行って徴兵していました。しかし、今回できあがったシステムを使えば、一瞬にして全国民の健康データが把握でき、徴兵検査など必要ありません。身長体重、病歴もデータにありますからね。またどのような免許を持っているかも分かりますので、徴兵の際に陸海空の各部隊に適材を割り振ることができます。個人資産の把握は、金で徴兵を免れさせるための抜け道ですか。どうせ、その金は政治家の懐に裏金として入るのでしょうけど」

 ナラザワが裏金のことに言及したのは助かった。これで少しは愚民どもの怒りの矛先が他にそれたかもしれない。

「オイマチさん、最後に何か言い残すことはありませんか?」

「えっ?」

 急に恐怖が襲ってきた。

(最後に言い残すこと? ナラザワは私を殺すつもりなの?)

 脇汗が出てきた。

 そんな私の恐怖を読み取ったのかもしれない。ナラザワが静かに笑みを作って言った。

「僕はあなたを殺したりはしませんよ。最初に言ったでしょ。あなたに危害は加えないと。あ、一つだけ言い忘れていました。あなたに睡眠薬を盛った後、催眠術をかけさせてもらいました。僕、こう見えて催眠術得意なんですよ。あなたが深い眠りに入る前に、どこにNCDPデータのサーバがあるかを自白してもらいました。今頃はそのサーバは僕の仲間によって破戒されているはずです。しかし、NCDP委員会のやることだ。まだ何カ所かにバックアップがあるはずですよね。そこがどこなのか教えていただけませんか?」

「教えることなんて出来ないわ。どこにあるかなんて、私も知らないことだから」

 ナラザワは私をジッと見つめた後、深く息を吐いた。

「そうですか、残念です。でも、あなたの今の発言で、バックアップデータが確かに存在することが分かりました」

 そう言った後、ナラザワは私を縛り付けていたロープをほどき、拘束を解いた。そして部屋のドアを開け、「どうぞこちらへ」と言った。

 長時間拘束されていたからか、まだ睡眠薬の効果が残っていたのか分からなかったが、立ち上がったときに足下が少しふらついた。

 立ち上がったときにはナラザワに殴りかかってやろうと思っていたが、その気力も失せ、彼に促されるまま部屋を出た。


 ナラザワが撮った私の映像がSNSを通じて流れたのは3日後のことだった。

 その日から私は、外に出る際には、マスクとサングラスと帽子が必需品になった。あの時、ナラザワが語ったとおりなら、私は愚民どもの恨みの対象として最適になる。官僚といえども一般市民なのだから、警護など付くはずもない。政治家とちがって標的にし易い。

 私は内心震えながら歩かなければならなかった。 

「ねえ、ねえ、あの動画観た? ひどいよね、NJナンバーカードって徴兵制のために作られたんだって」

「でも、私たちには関係ないじゃん。どうせ徴兵されるのは男でしょ」

 ソフトクリームを食べながら、若いギャルたちが通り過ぎていった。

 私は愚民どもの関心のなさに呆れてしまった。有事になったら徴兵は、25歳から65歳までの男女にランダムに行われる。そしてそれはたとえNCDP委員会のメンバーであっても例外ではない。例外になり得るのは、徴兵の通知とともに献金の打診がくる資産家で、1億円を差し出すことが可能な者だけなのだ。

 バックアップのデータが保存されているサーバが破戒されたというニュースは、まだ聞こえてこない。したがって有事になったら、全国民のデータは政府関係者に有効活用されるのだ。

 その時になったら私を狙うことなど無意味になる。私は解放されるのだ。

 

銀行にあったはずの私の預金が、わずかな金を残して引き出されていた。私のNJナンバーカードを使用し、パスワードも正確に打ち込まれた上での引き落としだった。

 ナラザワは私のパスワードまでも催眠術で聞き出していたのだ。迂闊だった。

 1億円が払えなくなった今、もし有事になったら私も徴兵されるかもしれない。

 怖い・・・

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