表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誰も救えない天使の話  作者: 錆井鈴江
台典商高編 二年生
46/81

第四十三話 ドッグファイトクラブ

・主な登場人物

三峰壱子みつみね いちこ:ワンコ先輩。三年の生徒会長。低い身長と元気で独特な口調が犬っぽい女子生徒。


飯式豊司いいしき ほうじ:二年のラグビー部。ガタイはいい方だが、心根は優しい。


愛ヶ崎天使まながさき てんし:この物語の主人公。天使ちゃん。現在生徒会執行部副会長。


藍虎碧あいとら みどり:現在生徒会執行部書記の女子生徒。クールに見られがち。


神繰麻貴奈かぐり まきな:一年生の女子生徒。機械のようなしゃべり方の上、表情がロボットのように変わらないが、血気盛んでギャンブラー気質。


横溝河史歩よこみぞがわ しほ:新聞部一年の女子生徒。記事執筆を担当している。


釜水角士かまみ かくし:ラグビー部三年の不良生徒。試合での戦績は良いが、注意を受けたことも多い。


 この学校には、悪魔がいる。そんな噂は、今年度の台典商高には蔓延していない。


 悪魔と呼ばれた生徒会長は卒業し、悪魔と呼ばれたことのある男子生徒はその爪を隠して平凡な生徒に紛れ生活している。


 しかし、悪魔の生徒会長という言葉は、七不思議のように興味を引くゴシップとして、新入生たちに広まっていた。それが往年の噂であるとしても、悪魔という言葉の魅力は、それでも構わないと生徒会長を畏敬の念で拝めさせている。


 とはいえ、それが生徒会執行部の仕事を楽にすることはなかった。結局のところ、そんな噂に惑わされるのは、往々にして問題の被害者たちなのであり、つまるところ、生徒会長が恐れ敬われていることはむしろ、執行部の介入における手間を増やす結果になっていたのである。


 問題を抱えた生徒たちは、それでも勇気を出して悪魔のような生徒会長に相談するか、あるいは己の幸運を願い、天使のような先輩に届くように投書するかという選択を迫られた。結局のところ、その行きつく先は同じ部屋なのではあるが、そうした被害者心理の複雑化が問題発見のプロセスを遅らせていたというのが、生徒会書記の下した結論だった。


 報告を受けて、生徒会長はため息を吐く。解決したなら気にしないけどな、と。





「そこまでっ! じゃあ、一旦休憩な。息切れてる奴は姿勢意識した方がいいぞ」


 鋭い号令を出して、三峰(みつみね)は体の緊張を解く。それなりに広い柔道場に、荒い息の男子生徒が続けて倒れこんだ。


「ひいいいいい! あ、悪魔だ……!」


「お前たちは褒め言葉の語彙がそれしかないのか? 馬鹿にしてるんだったら、もう一セット増やすぞ」


 三峰はストップウォッチに目を落とし、休憩時間が過ぎたことを確認すると立ち上がった。練習用のマットに倒れこんでいた男子生徒たちは、安息の終わりを察知して情けない声を上げた。


「別に、私に合わせろとは言ってないだろ。お前たちは、自分のペースで成長でいいんだよ」


「でも、先輩っ! 俺たちも、強くなりたいんで!」


「おうおう、意気は汲んでやるから。じゃあ、自主練もちゃんとやれよな。私は生徒会の仕事があるから」


 三峰が汗を拭いて畳から降りると、倒れていた生徒たちも乱れた柔道着を整えて整列した。素早く柔道着からジャージに着替えた三峰は、颯爽と柔道場を出る。


「後はお願いします、先生」


「おう、任せとけ」


 特別棟別館にある体育館へ続く長い廊下で、顧問をお願いした体育教師とすれ違い、会釈する。


「よっしゃあ、三峰に代わってあたしが組手してやるからな、ガキども! 嬉しいだろ??」


「ひいいいい、鬼ぃ!」


 背後から聞こえてくる阿鼻叫喚の声に、ひとまず今日のところは大丈夫そうかと、三峰は安堵する。根性はともかく、心根の歪んだ奴らではない。


 しばらくは彼らの様子を見に行く必要すらないかもしれないと思いながら、三峰は別館を出て、グラウンド横から昇降口へと戻る。本来は特別棟を突っ切る方が生徒会室へは近いが、放課後は一部の扉が閉まってしまう関係で外を回らなければならなかった。


「あっ、いたいた。三峰先輩、お疲れ様です」


「うおおおおっス! 噂のワンコ先輩っスね! とりあえずパシャリと」


 グラウンドを背に教室棟へ向かっていると、ちょうど昇降口の方から来た藍虎(あいとら)と出会う。横には見慣れない小柄な女子生徒が、不躾にカメラを構えている。


「……新聞部の一年か? 今は映りが悪いから、撮らないでほしいぞ」


「大丈夫っス。これはインスピレーションのためにとってるだけなんで、記事にはならないっス。ウチは執筆担当なんス」


 それはそれとして迷惑だ、という意は通じていなさそうだったが、この手の厄介な人間にも慣れてきたと不本意ながら思わざるを得ない。


「新聞部の横溝河(よこみぞがわ)さんです。とりあえず、本題の方を先に話しますね」


 同様に、迷惑な人間のあしらいに慣れてしまった様子の藍虎が、用件を伝える。


「先ほど、生徒会室に二年の生徒が来まして、先輩に用があると。おそらくは、例のラグビー部の件かと」


「ようやくか……と言いたいところだけど、ここから慎重にならないとだな。そいつはまだ生徒会室にいるのか?」


「はい。今は神繰(かぐり)さんと愛ヶ崎(まながさき)さんが応対しています」


「分かった。それは引き継ぐぞ。 ……それで、こいつは結局何なんだ?」


 鼻息を荒くして二人の話に聞き入る横溝河を、三峰が横目で見やる。


「ええと、新聞部の研修らしいです。橋屋(はしや)くんに押し付けられてしまって……」


「おス。お願いしまっス」


「そか……まぁ、頑張ってな」


 気の利いた言葉も浮かばず、藍虎を見送って生徒会室に向かった。


 昇降口で中履きに履き替えていると、ぼんやりと懐かしい気持ちが湧き上がってきた。ジャージを着ていると、中学時代を思い出してしまう。楽しかったような気もするが、それ以上に大変なことが多くて素直に嬉しい記憶と思えない。


 弟の優二(ゆうじ)が小学生に上がって、家庭としては楽になるだろうと思っていたが、その間近になって妹の川里(せんり)が生まれたことで、長女である私は部活動を捨てて、優二の迎えやご飯の支度を行うことになった。なった、というよりもそうしようと思った、という方が正しい。亜熊(あぐま)先輩の言葉を借りるなら、やるべきことをやった、というだけだろう。


 母は赤ちゃんの面倒を見なければならない。父は四人の家族のために働かなければならない。私は、その歯車をいたずらに乱すような存在にだけはなりたくなかった。子供だからと、迷惑をかけ続けることに甘んじたくは無かった。そんな意地のようなものでしかない。


 私は、この生徒会の活動に、そんな過去の欠落を重ねようとしているのだろうか。彼らと部活のまねごとをして、何をしているつもりなのだ。


 少し考えて、首を振る。馬鹿らしい考えだ。


 そもそも、欠落などではないのだから。これまでの人生を後悔したことなど、一度も無い。これからも後悔するつもりは無い。


 この仕事が、やるべきことではないとしても、やると決めたからやるのだ。この学校の問題の解決。それこそが、生徒会長という立場でこそ行使可能な権能の一つなのだから。


 廊下を進みながら、なんだか変に感傷的な気分になってしまったことを反省する。冷静さと臆病さを履き違えてはいけないのだ。問題に対処するために必要なのは、失敗を恐れることではなく、成功を選択することなのだから。





「————それで、間違えてお汁粉を買ってきちゃってさ、それを見たマネが先輩のことお汁粉先輩って言ってよぉ」


「あはは、それ怒んなかったの?」


「そのマネが部長の彼女だから、釜水(かまみ)さんも強く出れなくて、帰っちったんだよ」


「なるほど。そんな力関係があるのですね」


「……なんか楽しそうだな?」


 三峰が生徒会室にやってきた時、相談者と思われる生徒は疲労の見える表情ながら、薄く笑いながら雑談しているようだった。


「ワンコ先輩、ちょうどお話を聞いていたところだったんですよ。こちらが、相談に来てくれた、ラグビー部二年の飯式(いいしき)くんです」


「飯式豊司(ほうじ)っす」


「その、思いつめているような表情でしたので、天使先輩が、何か面白かったことを思い出そうという風に切り出されまして……」


 飯式も、落ち着いて考えれば気を抜きすぎだと思ったのか、気まずそうに視線をそらした。


「まあ、その辺は後で聞くぞ。とりあえずこの件は引き継ぐから、天使ちゃんも仕事に戻ってくれ。飯式、行くぞ。歩きながら話そう」


「あっ、ワンコ先輩! その、私に手伝えることありませんか?同じ二年生ですし……」


「あ~、うんとな、天使ちゃんには後進育成の方を頑張ってほしいからな。麻貴奈(まきな)に色々教えてやっていてほしいぞ。どうせ年度末の引継ぎの時には共有することだしな」


「あ……はい。分かり、ました」


 少しだけ寂しそうに表情を暗くした天使ちゃんに、自分の至らなさを感じる。亜熊前会長は、執行部の役職に意味はないと笑っていたが、そんな状態を保つのがどれだけ大変な事かと上に立ってみると分かる。全員が等しく情報を持ち、流動的に役目を交代する。どうせあの超人アックマンのことだから、一人でかなりの仕事を処理してから振り分けていたのだろう。


 今の自分には、明確な分業で対処するほかに、学校の問題への対処を滞らせない方法は思いつかなかった。あるいは、先輩のように無理なものを無理と切り捨てるのも手ではあるが。


 天使ちゃんは、生徒たちの不安を煽るような問題の対処と平和な学校生活のブランドイメージを。藍虎には、執行部のイメージと生徒たち全体の動向の監視を。ニャンコには、書類仕事や会計関連の雑務を。そして私は、もっと個別具体的な——長く放置されてきたいじめ問題の解決を。


 台典商業高校には、多くのカーストが存在する。当然ながら暗黙の下で行われる格付けでありながら、一部では暴力行為を伴って教育されることもある。


 そのうちの一つは、商業科内での学年カーストだ。経営を学ぶということをどこかで勘違いしたのか、上級生は下級生を使いまわそうとする。もちろん生徒全員が加害者ということはなく、一部の生徒の非行が目立つという形ではあるが、文化祭などの場面における営業妨害などの上級生の知識やコネを使って行われる悪質行為は、伝統という言葉だけで片付けてはいけないものだ。


 そして、より暴力的な側面を強く見せるカーストが、運動部での上下関係だ。台典商高では、野球部とラグビー部で、長らくいじめと呼ぶべき不条理な洗礼が行われてきた。というのも、この二つの部活は、専任の体育教師がおらず、文系教師が仮顧問という形を取っており、実質的に生徒たちの部活となっているのだ。部活を決めあぐねる一年生を脅しては、下働きのような役目でこき使い、上級生に取り入った一部の生徒が、進級した際に上位層として次の新入生を従わせる。


 これまで対処ができていなかったのは、噂に対して証拠が少なかったことと、当事者である被害生徒自身が、報復に対する恐怖からか有意な証言を漏らさなかったことにある。


 問題に対処するために、三峰が最初に行ったのは、こうした被害生徒の受け入れ場所の整備だった。問題の解決は、加害生徒を糾弾し、追放するだけではいけないという三峰の強い意志による方針である。


「それで、新しい部活、なんすね」


「新しいというか、名前を変えただけだぞ。経費申請の都合上、柔道部のままだと問題が多いからな」


 三峰は、部員が少なく廃部寸前だった柔道部を、総合格闘技部と改名し、いじめの被害を訴えた生徒たちの避難先とした。柔道部の顧問であった教師は執行部と関りが強く、生徒たちからは面倒な存在だと思われていたために、総合格闘技部に移籍させられた生徒たちは、徐々に加害生徒から煙たがられるようになった。


「いやでも、俺釜水さんに勝てる気とかしないっすよ??」


「勝つとかじゃなくて、自信をつけることが大事なんだぞ。それに、お前もわざわざラグビー部に入ったってことは、多少なりとも体を鍛えたいって思ってたんだろ?」


「それは……まあ、そうっすけど」


「大会とかはないけど、ある程度安心できる友人がいて、汗を流して活動する。そういう場所が必要だと思ったんだよ。お前にも、な」


 向かう場所についての簡易な説明を終えると、ちょうど特別棟別館に着いたところだった。廊下の奥からは、悲鳴のような歓声のようなかけ声が聞こえてくる。


2人が柔道場に入ると、生徒たちは三峰に気づいてトレーニングの手を止めた。ラグビー部の知り合いらしい生徒が、飯式を見て驚いたように喜びの声を上げた。


「——あっ、飯式先輩っ! よかったぁ、先輩もここに来てくれるんすか⁉」


「お前、一年の……見ないと思ったら」


「俺、自分だけここに逃げちゃって、それで先輩大丈夫かなって心配で……でも、ここに来たってことはもう大丈夫ってことなんすよね?」


 飯式は、まっすぐにそう聞かれるとわずかに視線を落とした。


「……俺は、一旦見学にっつーか。先輩に連れてこられただけだよ。ほら、俺がいなくなったら、釜水さんキレてどうなるか分かんないし」


「それは……そっすよね。すみません、なんか」


 三峰が先導するのに従って、飯式も柔道場を後にする。夕焼けの陽が特別棟の入り口から廊下に差し、二人の影を長く伸ばす。



 しばらく、無言のまま二人は特別棟を進む。二階に上がり、踊り場で立ち止まる。バレー部のシューズが体育館の床に擦れる音を壁越しに浴びながら、三峰は話し始める。


「いじめは、いじめられる側にも責任があるっていう意見もあるらしいけど、私はそうは思わないんだぞ。どんなことだって、始めるためには意志が必要になる。いじめが起こるのは、加害者がそれを選択したからでしかない。いじめられないようにすればいいなんて言うのは、何の理屈も通ってない詭弁だぞ」


「…………」


 飯式は、静かに小柄な先輩が紡ぐ言葉の続きを待つ。それは優しいようでひどく厳しい言葉だ。被害者に寄り添い、加害者を責めることは、正論だから簡単で、何の意味もない。けれど、そんな正論を必要としているのは、いつだって被害者でも加害者でもなく、詭弁に心を許そうとしている新たな加害者だ。


「いじめの罪は裁かれないといけない。だけどな、加害者の誰かが罪を負うだけじゃダメなんだぞ。いじめをするという選択をしたのが加害者なんじゃなくて、いじめをするという選択が罪ということを意識しないといけない。選択次第で、誰だって罪を起こしうる。だからこそ、被害を受けた生徒たちを受け入れる場所をああして作ったんだぞ」


 飯式は、ためらうように息を吸って、それから呟く。


「——それなら、俺には、あそこにいる資格は無いっすよ。あんな楽しそうなところにいることは、出来ません。俺は、被害者とはいえないっすから」


「それは、違うな。もうお前も、加害者なんだぞ。いじめに、傍観者はいない」


「じゃあ、どうしろって言うんすか。入れるつもりがないなら、なんで、俺にあんな、あいつらの笑ってるところなんか——」


 飯式は、そう言いかけて眼前の少女の真剣な瞳に気が付いた。猛獣に見つかったように、足がすくむ。言葉を継げず、ただ息を吸う。


「誰かが、泣いたら……その誰かが笑うために、誰かが苦しまないといけないんだぞ。誰だって、苦しみたくないからって、誰かの幸せを諦めてしまうけど、誰もが笑って暮らすことは、そんなに難しいことじゃないはずなんだぞ。言いたいことは、分かるな?」


 飯式は、夕焼けの光に目を細めて、窓の向こうに見えるグラウンドの景色に、固く拳を握りしめた。


「部活を、変えるんすよね。上下関係とか、そういう。無くせるかは分かんないすけど、少なくとも、今の状態を変える」


「他の二年にも声はかけてるから、後はお前の意志だぞ」


「あいつらにも同じように説得したんすか?絶対頷かないと思うんすけど」


「絆したのはお前だけだぞ。次期主将、なんだろ?」


「現主将だって手焼いてんのに……ああもう、分かりました。なんか行ける気してきたっす。どうすればいいんすか?」





 ほぼ同時刻、夕暮れの迫る校舎内を、新聞部の部室へと進む藍虎は、一年生である横溝河に執行部のいじめ対策について話していた。


「んむむむむう? それって結局、隔離っスよね。加害生徒への対策は何もないじゃないスか」


 メモに手早く書き取りながら、横溝河は首をかしげる。藍虎は、推測だけど、と前おいてその質問に答える。


「停学ってあるだろう。罰なんて、それ以上にもそれ以下にもできないし、期間は学校側の判断になる。だから、執行部で考える必要があるのは、その使い方でしかない。三峰先輩は、加害生徒が停学になっている期間を、再建にあてようとしているんだと思う。新しい世代で、新しい価値観を強固にしておけば、加害生徒が戻って来ても元通りとは行かないはずだからね」


「つまり、元加害生徒をみんなでハブろうってことっスね」


「あはは、そうだね。それは構図としては一緒でも、今回の例ならいじめにはならないだろう」


「加害生徒が、暴力的だからっスかね? 確かに、それぐらいじゃ笑いものになるくらいで終わりそうな……でもでも、それじゃあ、総合格闘技部は何なんスか? みんなでハブるのに、なんで隔離したんすか? それって、結局ハブにするのと一緒っすよ」


 藍虎は、これも推測でしかないけど、と念を押す。


「先輩は、誰も信用してないんだよ。自分以外の誰も。ラグビー部の件がうまく行ったとしても、何年かしたらきっとまた上下関係は戻ってしまうと思っているし、総合格闘技部も何か成果が出るとは思ってないんだと思う」


「ほう?」


「だからこそ、被害生徒が元の部活にいないようにする必要があるんだよ。いじめを知っている生徒がいないようにするために。いじめられたことのある生徒の方が、いじめ方をよく知ってしまっているから、彼らが上級生になったときに同じ過ちを繰り返さないよう、新しい場所で、幸せで無為な夢を見せているんだよ」


「これってもしかしてマル秘っス?」


「あはは、頼むよ」



 それから、六月の終わりになったころ、飯式は二年生のクラブメイトと共に、先輩である釜水を校舎裏に呼び出した。


「おい、二年共が俺を呼び出して何の用だ?」


「今日は、部活の方向性について、先輩に指導するためにお呼びしました」


 飯式は毅然とした態度で告げる。


「指導ねえ。お前らは俺になんか言えるほど実力があんのかって、なぁ! 思わねえか、漆城(しつじょう)?」


「ひいいいっ、い、飯式っ」


 漆城と呼ばれた生徒は、怯えるように飯式に隠れる。


「実力の問題ではないです。先輩が俺たちや一年にしてきた暴力行為は、スポーツマンシップにもとる最低な行為です。それ以上に、パシリや金品の貸し借り、例を挙げればキリがない」


「おいおい、お前ラグビーってスポーツを知らねえんじゃねえよな? あれぐらいの接触は普通にあるだろうがよ。それがちょいと普段の生活にも出ちまったってだけだろ? 金はまあ、返してなかったっけか? お前らが返してって言わねえから忘れちまったよ」


 飯式は、感情的になりそうな気持を押さえながら、続けて告げる。


「このことは、先生にも伝えてあります。直すつもりがないのなら、先輩は退部です。先輩、スポーツ推薦ですよね——うがあああっ!」


「——ごちゃごちゃ言ってんじゃねえぞ二年風情がっ!」


 言い終わる前に、釜水の拳が飯式の頬にめり込んだ。倒れこんだ飯式を守るように、二年生が釜水との間に入る。


「誰のおかげで県進めたと思ってんだゴラァ? 生意気言ってると——」


 釜水が飯式にさらに詰め寄ろうとすると、挟み込むように前方と後方から足音が近づいてくる。


「おい、何してる! 君、大丈夫かい?」


「生徒会執行部だぞ! 校内での喧嘩は指導対象だぞ。分かってるな、釜水?」


「俺をハメたのか、会長さんよお?」


 遅れてやってきた生活指導の教師が、釜水の手を引いて連行する。釜水の目には、未だ獰猛な光が灯っていた。


「罠は、ハマる方が悪いぞ」


 そう呟いて、生徒会長はその場を去っていく。


「飯式、大丈夫か? お前、無茶してよぉ」


「俺はいいって。どうせ、練習でも多少は怪我するんだし、むしろ気合出るわ。な、漆城?」


「え……ああ、うん。そうだな」


 漆城と呼ばれた生徒は、ぼんやりと連れ去られていった釜水の背中を見てあいまいに頷いた。


 かくして、ラグビー部のいじめ問題は、一旦の解決を見たのであった。



本話更新日の12/27から、全国高校ラグビーの大会が始まるらしいです。(たまたま)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ