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誰も救えない天使の話  作者: 錆井鈴江
台典商高編 二年生
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第三十六話 教室展示

・主な登場人物

愛ヶ崎天使まながさき てんし:この物語の主人公。天使ちゃん。現在生徒会執行部副会長。


藍虎碧あいとら みどり:現在生徒会執行部書記の女子生徒。クールに見られがち。


三峰壱子みつみね いちこ:ワンコ先輩。三年の生徒会長。低い身長と元気で独特な口調が犬っぽい女子生徒。


楠根寧くすね ねい:監査委員長の女子生徒。人を舐めたような態度を取る。後輩には基本的に当たりが強い。


留木花夢とどこ はなむ:二年次のクラスメイトの女子生徒。身長が低く童顔。顔に肉が付きやすい体質のせいで、顔が真ん丸になってしまうことが悩み。天使に懐いている。


鳩場冠凛はとば かりん:二年一組のクラス委員長。人と関わることは嫌いだが、責任感が強い。


田尾晴々(たび はるばる):二年次のクラスメイトの青年。チャラい見た目で言動もチャラいため、誰からも信用されていない。性根は優しいが、見た目で損をしている。趣味は読書で、文芸部に所属している。


有飼葛真あるかい くすま:二年次のクラスメイトの男子生徒。いつも眠そうな顔をしている。実際眠いらしい。ぼんやりしているようで、意思は強い方。行動力はあるが、やる気はない。



 この学校には、天使がいる。


 それは台典商業高校に流れている噂だったものであり、現在では、確かに生徒会執行部という権威に接収された語り草である。


 天使がいれば安心だ。天使の近くに居られるなんてうらやましい。などという言葉は、彼女との関係が希薄だから言えることだと、かつてのクラスメイト達は嘆息する。


 二年生になり、その奔放さは息を潜めつつはあったが、それとは別に、彼女自身に向けられる期待や羨望のまなざしは、同様に彼女のクラスにも向けられることにもなる。


 天使がいるのだから。天使を頼れるのだから。それを優位だと感じるのは、その重圧を知らないからだと、現在のクラスメイト達は沈黙する。


 その影響力を、身に寄せられた期待を、未だ知らずにいるのは、果たして天使自身くらいのものであった。






「——それで、他に意見のある人はいる?」


 六月初旬、二年一組では、来る文化祭における教室展示の内容を決める学級会が行われていた。


 クラス委員の二人が教壇に立ち司会を進める。担任の教師は教室に居こそすれ、受け持ちの授業の準備を進めながら、生徒たちの話を聞き流す程度だ。


「はいはいっ! メイド喫茶とかしてみたい!」


 留木(とどこ)が勢いよく手を上げると、クラス委員長は顔をしかめる。


「……留木さん。一応確認なんだけど、さっき話した注意事項は聞いていた?」


 台典商高は、県内でもかなり校則の緩い高校として知られている。商業科と普通科の二科がある影響で、商業科の授業に合わせた行事の規則が、普通科にも適用されていることもそれを表している。


 文化祭において、商業科の二年生は、模擬店を行うことになる。食品を提供する場合は、当然資格を持った教師が同伴することになるが、外部から調理師免許を持った人物や飲食店 (多くの場合は個人経営の店である) を誘致するクラスもある。


 こうした計画を練るために、商業科では普通科と違い、クラスは固定されているのだ。


「聞いてた……けど、メイドさんの恰好とか、憧れというか、みんなでしたら楽しいかなって」


 ただし、普通科においては、担任や学年団の教師がそうした資格を持っていないこともあり、模擬店の承認が降りることは無いと言っていい。その分、例年、教室という限られた空間を活用した展示が行われている。


「はぁ……そもそも、私たちのクラスの展示は、この教室でしかできない。こんな狭いところで、調理したり接客したりできるかしら。他の教室を使いたくなったって、もう――」


 鳩場(はとば)は、留木を問い詰めようとして、立ち上がっている彼女の背に隠れようとしている天使に気が付いて、心底嫌そうな顔をした。ため息をついて、何かを考えこむように首をかしげる。


「このクラスは男女比が偏っている方ではないけど、それは多数決に従ってもらうとして……まぁ、意見としては書いておきましょうか」


 副委員長の田尾(たび)が、なぜか嬉しそうな表情で黒板にメイド喫茶と書き足した。


 留木が着席すると、再び鳩場が意見を募る。しかし、どうやら他に意見のある生徒はいないようだった。


「じゃあ、とりあえずこの4つで多数決を取るわね。白票に意味はないから、どれかには挙げるようにして。それじゃあ――」


 鳩場が順に読み上げ、田尾が挙手の数をそれぞれの案の下にメモを取る。


「お化け屋敷が七票、上映会が三票、撮影スポット展示が十四票……メイド喫茶が十四票。正気?」


 鳩場が呆れたように嘆息したが、民主主義の結果は変動する様子はない。


「なぁ、同票の時はクラス委員の票を足していいんだろ? じゃあ、俺はメイド喫茶に一票入れるぜっ!」


 田尾が意気揚々とメイド喫茶の下の文字を十五に書き換え、赤いチョークで丸をする。


「……なら私は、撮影スポットに一票入れるわ。クラス委員の票を後で足すシステムは、今回で止めた方がいいわね……ともかく、同票の二つで再投票にしてもいいのだけれど――」


 鳩場が投票結果の方を向いて、額を押さえながら目を瞑ると、教室の後方の席の生徒が静かに挙手しながら発言する。


「あの、一つ意見をしてもいいかな、委員長」


「構わないけれど、きっと同じ意見だと思うから、私から言うわ。あなたはあなたの視点から補足してくれるかしら、藍虎(あいとら)さん?」


 鳩場はゆっくりと振り向いて、静かに息を吐いた。


「提案、というよりも、もうこれで行こうと思うのだけど。今同票となっている二つの案を折衷した展示にしましょう」


「せっちゅう?」


 留木が間の抜けた声で聞き返した音が、教室で目立つ。


「この二つの案には、どちらも欠点があって、利点もある。

 まず、撮影スポット展示は、準備が比較的楽で、当日の店番をする生徒の数も少なくて済む。けれど、題材に少し困るわね。単にSNS映えなんて言ってもただの教室じゃ味気ないもの。インパクトがあって、けれど奇をてらいすぎないモチーフの選定は難しいと思う。

 次に、メイド喫茶。こっちは反対に集客力があって、苦労はするかもしれないけれど、思い出にはなるんじゃないかしら。けれど、今から調理の申請を出して通るとは思えないし、既製品や調理済みのもので対応してもいいけど、来客数のめどがつかないのは困るわ。それに、教室のスペースも限りがあるわね。二日目は、廊下を挟んだ向こうの教室くらいは借りておきたいところだけど――」


 そこまで説明して、続きを促すように鳩場は藍虎に視線を送った。


「——借りられたとして、申請が通ったとして、調理と提供の場が分かれるのは現実的じゃないし、スペースが増えれば、それだけ従事する生徒が増えるということでもある」


「クオリティを下げれば――具体的には、対応を雑にするとか、席時間を決めるとか――解決できる問題はあるけれど、外部の方が来られる二日目に関して言えば、それはトラブルのもとになるわ。私たちは接客のプロでもないもの」


「じゃあ、やっぱメイド喫茶は無理ってことか?」


 田尾がじれったそうに口を挟む。


「だから、折衷案よ。名付けるなら、そうね。メイド撮影スポットという感じかしら。

 メイドの恰好をした生徒と撮影看板で撮影したり、多少はお話したりもできる。そこはみんなの塩梅ね」


「——でも、それでみんな来てくれるかな?」


 留木が心配そうに言う。


 鳩場は、彼女も一応はそんなことも考えていたのかと驚きながら、ほほ笑む。


「ええ、この教室は普通科の教室で一番階段に近いわ。去年の盛況ぶりを参考にしていいのかは分からないけれど、どの教室展示もかなり行列になっていたから、休憩出来て回転率の高い展示にできれば、他の展示目当ての人も来てくれると思う。それに、このクラスには、学校の顔である副会長様がいるものね?」


 鳩場は意地悪な笑みで天使を見た。


「え、私? でも、当日は店番とか手伝えるか分からないよ?」


 天使は、自分の集客力には言及せずにそう返した。


「ええ、問題ないわ。むしろ、しない方がいいと思うわ。写真部にでもお願いして、等身大パネルでも作ってみましょうか?」


 クラスがなんとなくメイド撮影スポットという案に流されそうになる中、一人の男子生徒が声を上げる。


「あのさ、結局男子はどうするの? メイド服着る感じかな。別にそれでもいいんだけど、共用にするのもどうかと思うし、執事とか違ったコンセプトを用意するのはどうかな。あと、かわいいで推していくなら、準備手伝えそうにないかも。あんまりそういうセンス無いから」


 有飼(あるかい)はいつ息をしたのかというほど、滔々と意見を述べる。クラスメイト達は、意外と話す方なんだな、と細目の彼を見つめた。


「そうね。服に関しては、それぞれで用意しましょうか。共用でいいとしても、予備も必要でしょうし、それも含めて後で意見を集めるわ……とりあえずは、服飾担当、工作担当、発注・交渉担当に分かれましょう。それでいいかしら?」


 鳩場が聞くと、クラスメイト達は静かにうなずいた。


「じゃあ、教室展示の内容は、メイド撮影スポットで決定ね。これからの全責任は田尾が取るわ」


「俺が取るのかよっ⁉」


「そうよ。だから、気楽に大胆に、良い展示にしましょう」


 鳩場がそう締めると、生徒たちは口々にやる気に満ちた声を上げた。





 それから、二年一組の生徒たちは、教室展示の準備に取り掛かった。時間は一か月も無かったが、イメージがはっきりとしている分、作業は円滑に進んでいった。


「ありがとうございました!」


「え、えっと、むしろそれはボク達が言う側というか……」


「いやいや、天使ちゃんのメイド姿を撮れるだなんて、写真部の役得だよ~。ばっちり高画質で出力するから、クレジットつけといてね!」


 天使はやけに協力的な写真部の部室を、メイド服のまま後にした。当日への期待感を高めるため、多少はそのまま校内を出歩いてもいいと鳩場から言われていたが、天使はフリフリとした服の感覚が苦手で、すぐにでも着替えたかった。


「くすくす……誰かと思ったら、副会長の天使ちゃんじゃん。なんで、メイド服でうろついてんの?」


「げ、スネ子先輩」


 天使が校内を歩いていると、監査委員長である楠根(くすね)(ねい)が、偶然にも通りがかった。写真部の部室のある特別棟には、監査委員会の教室もあるため、その関係だろう。


「まじでその呼び方止めろな。ていうか、ハンドメイド? きれいにできてんだから、汚すなよな」


 天使は馬鹿にされるのかと思っていて、一瞬驚いたが、すぐに素直に応じる。


「はいっ! クラス展示で使うんですよ。かくかくしかじかで……」


「へぇ、寧も去年やったわ~。寧は売り子だったけど、あんただったら、別で一つ教室使って、金払わせた方がいいんじゃないの?」


「当日は執行部で忙しいので……」


「あぁ、そっか。ま、その方がいいか。領収書はちゃんと切っとけってクラスの奴に行っとけよ」


 楠根は、最後に少しだけ監査委員長らしいことを言い残して去っていった。


「スネ子先輩も忙しいのかな……」


 いつもよりは毒舌でもない先輩の後ろ姿に、少しだけ心配になる。しかし、よく考えれば、メイド服のまま心配するようなことではなかった。


「とりあえず、着替えるか」


 天使は着替えを置いている教室までこっそり戻ろうとしたが、結局少なからぬ生徒に見つかり、翌日の校内を騒がせたのであった。





「——それで、一応という感じなのですが」


「まぁ、良いと思うぞ。当日は机しかないだろうし、それさえどければ、なんとかなるだろ。三年は劇の小道具とかがあるから厳しいけどな」


「流石にそこまでは欲張りませんよ」


 夕暮れの生徒会室で、藍虎は生徒会長に資料を提出する。それは教室展示の計画書を含めたファイルだった。


「今年も去年みたいに人が来ると思うか?」


「来なければ、それはそれで良かったと思えばいいのではないでしょうか。万が一に備えて、損はないかと」


「万が一、なんて油断していたらダメだぞ。可能性が少しでもあるなら、必ず来る……ところで、例の生徒の件はどうなったんだ?不良生徒の方はましになったって、先生から連絡が来たけど」


 三峰(みつみね)は資料をしまいながら尋ねる。藍虎は自信気に微笑んだ。


「彼の方は、順調に情報が集まっています。なんとか接触も回避できている状況ではあります」


「そうか。色々と頼んでごめんだぞ」


「いえいえ、このくらいなら平気です。ですが、結局のところ、このままだと堂々巡りな気もしますね」


「ともかく、文化祭を無事に終わらせることが何より重要だぞ。私はパソ研にも頼んで、全体の動きを見つつ情報を集めるから、碧は本人の周りを注意していてくれ。文化祭では、天使ちゃんの露出は避けられないし、あいつも何か仕掛けてくるかもしれん」


「任されました。他の要注意生徒については、考えなくていいでしょうか?」


PH(瑞本凛)のことか? あいつは今、推薦の準備で忙しいみたいだから大丈夫だと思うぞ」


「……そうですか。まあ、そっちも一応は頭に入れておきます」


 藍虎は荷物をまとめると、立ち上がって生徒会室を後にする。


「氷堂、空間……」


 いまだ謎の多い生徒の名を、藍虎は噛みしめるように口にする。


「君は、天使の何を知っているんだ?」


 その問いかけは誰に届くでもなく、ただ夕日の差す特別棟の床に吸われていった。


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