第三十二話 クラス替え
・主な登場人物
愛ヶ崎天使:この物語の主人公。天使ちゃん。現在生徒会執行部副会長。
藍虎碧:現在生徒会執行部書記の女子生徒。クールに見られがち。
丸背南子:ニャンコ先輩。生徒会三年の副会長。猫背で丸眼鏡の落ち着いた少女。誰に対しても敬語で話す。
初地先生:通称マジョセン。嫌われていた体育の男性教諭と入れ替わりで入ってきたため、生徒たちから人気。
留木花夢:二年次の同級生の女子生徒。身長が低く童顔。顔に肉が付きやすい体質のせいで、顔が真ん丸になってしまうことが悩み。天使に懐いている。
鳩場冠凛:二年次の同級生になった少女。静かな佇まいをしている。部活は運動部を転々とした後、現在は無所属。成績は学年二位。天使にはあまり良い印象を持っていないようだが……?
田尾晴々(たび はるばる):二年次の同級生の青年。チャラい見た目で言動もチャラいため、誰からも信用されていない。性根は優しいが、見た目で損をしている。趣味は読書で、文芸部に所属している。
有飼葛真:二年次の同級生の男子生徒。いつも眠そうな顔をしている。実際眠いらしい。ぼんやりしているようで、意思は強い方。行動力はあるが、やる気はない。
この学校には、様々な生徒がいる。
それは昨年度から変わらないことではあるが、様々な歴史の眠る地層が、発掘されなければ平坦な地面にしか見えないように、生徒たち一人一人の個性や思いというものは、接点がなければ同じように見えてしまうものである。
もっとも、そうして見ても取るに足らない人間もいるわけではあるが。
二年生に進級した天使は、生徒会執行部副会長として、昨年以上に、生徒ときちんと接する必要性に迫られることになる。それは、ただの天使という流れ者ではなく、執行部の仕事と言う名分を背負うことによる変化だ。
別れを経て、より美しく深く澄んだそのレンズは、空に羽ばたこうともあらゆる衆生を分け隔てなく観察するのだった。
入学式を終えて、天使は藍虎と共に、二年生の教室がある廊下へと戻ってきた。二年次でのクラス替えは、生徒たちにとって一大行事である。なぜなら、文系理系、そして私立国立と言う四つの区分で分けられるこのクラス替えは、三年時でも基本的に引き継がれるからだ。
文系国立、あるいは難関私立大学志望の一組、文系私立、あるいは商学部合同で就職を考える生徒向けの二組。理系の内、理科系科目で分けられる三組と四組。
そうした傾向から、概ね誰がクラスにいるのかは予測ができるのであった。
踊り場を上がると、突き当りの壁にクラス替えの名前が書かれた紙が張り出されている。多くの生徒はもう移動したのだろう、すでに廊下には数名の生徒しか残っていなかった。
「碧ちゃんも国文なんだっけ?」
「そうだね。特に希望は無かったんだけど、ほら、ここの先生って国立を勧めてくるだろう。だから親がうるさくてさ」
「そっか。てことは……あ、あった! おんなじクラスだ」
天使は壁に書かれた名前を指さしでなぞり、自分の名前の所で止めた。五十音順で書かれたそのリストは、天使の名前に着くころには大体の生徒の名前を通り過ぎる。
「細小路さんは、二組みたいだね」
天使の考えていたことを見透かすように、藍虎がつぶやいた。二人に直接の接点があった記憶は無いが、藍虎なりに気を使ってくれているのだろうか、と天使は藍虎を見上げる。
「まぁ、悠怜ちゃん、国立は狙わないって言ってたしなぁ。でも、クラスが分かれても平気だよっ」
天使は自信気に小指を立てて笑う。藍虎は優しくほほ笑みながら、強がる小指をそっと掌で包み込んで握った。天使は少しだけ寂し気に口角を下げた。
「あれ、てんちだ。クラス、行かないの?」
天使が声をかけられた方に振り向くと、そこには一人の女子生徒が立っていた。身長は天使より少し低いくらいだが、猫背のせいでかなり低く見える。同じく猫背の丸背と比べてもうつむきがちなせいか、より小さく見える。
「あ、はむちじゃんっ! はむちも一組でしょ?一緒に行こうよ」
はむちと天使が呼んだ少女は、ふっくらとした頬をきゅっと絞って顔を振る。
「……いや、教室、アタシが入れる空気じゃなくて」
「あいあい、手を握っててあげまちゅからね~」
「おい、子ども扱いしてんじゃねえよ」
「はむちはペットみたいなもんだからね~」
少女を後ろから支えながら教室の方へと歩いていく天使を、藍虎は蚊帳の外から追いかける。藍虎は一年次に同じクラスの人間の姓名と顔は一致していたが、他のクラスとなると自信は無かった。念のため、廊下の掲示で再確認してから追いつく。
「留木花夢さん、だよね。私は同じクラスの藍虎と言うんだ。よろしく」
藍虎が天使に輸送されている留木に握手を求めると、少女は対極の磁石を近づけられたように顔をそらしてしまった。
「ぴいっ……よろしく、お願いしましゅ……」
「こら~、はむち。ちゃんと顔見てご挨拶しなさ~い」天使が留木の頬を揉み回す。
「うん、よろしくね」
藍虎は天使のちょっかいを気にしない様子で、必死に目をそらす留木に微笑んだ。ひゅおっ、と変な音を出して、留木の顔から生気が抜ける。
「てんち……アタシもうだめ……コミュ力使い果たした」
「えぇ……今使ってなかったよ?」天使はほほ笑みながら留木の顔を覗き込む。
天使が廊下を進むと、教室の方ではすでに騒がしい声が聞こえてきていた。天使は笑顔のまま楽しげな声の聞こえてくる教室の扉を見上げ、二組の表札を見ると視線を落とした。
「は~い、はむち土俵入り~」
藍虎が開けた後ろの扉から、天使は留木を抱えて教室に入る。
見覚えはあるが、とっさに名前が出てこないくらいの生徒たちの顔が一気に目に入ってくる。反対に存在を鮮烈に認識されている天使は、新しいクラスメイト達に嬌声と共に歓迎された。
「ばばばばば」
天使に群がってきた生徒たちに挟まれて留木は窒息しかける。
「え~、この子も天使ちゃんの友達?」「やだ、かわい~」「クラスグループもう入った~?」
「えべべべべべ」
不意に天使に向いていた視線が、抱えられた留木に向き、途端に愛玩動物のようにかわいがられる。人付き合いに耐性のない留木は目を回して意味のない相槌を打つばかりだ。
「碧ちゃん、席どこだった?」
留木を身代わりにして喧騒を抜けた天使は、黒板に貼られた席次を確認する。
「隣だったよ、一番後ろのとこ」
「ほんと⁉ やった、後ろなら当たらないで済むかな……」
「あはは、どうだろうね」
天使はふと視線を感じて教室の入り口の方に視線を向ける。入り口に最も近い席で、高くポニーテールを結んだ少女が、頬杖を突いて天使を見ていた。天使が視線を向けると、ぷいと機嫌悪そうにそっぽを向いてしまった。彼女は――誰だったか。
思い出せないものを無理やり思い出しても仕方ないかと、天使はひとまず自分の席へと向かった。
少しの間、藍虎と他愛のない話をしていると、教室の扉が開いて担任となる教師が入ってくる。
「は~い、ホームルーム始めるから、みんな座ってね」
女性教師の声に、散らばっていた生徒たちはそれぞれ自分の席に戻った。
「えっと、皆さん初めましてかな。このクラスの担任をすることになりました、初地夜と言います。今年からこの学校で働くことになったので、分からないことも多いですけれど、皆さんと二人三脚で頑張っていきたいと思います」
クラスの生徒たちがまばらに拍手をして担任を歓迎する。
「そうねぇ、それじゃあまずはクラス委員を決めるところから始めましょうか。とりあえず今日は、それだけ終わったら諸連絡をして解散ですからね」
初地がバインダーに目を落としながら、説明した。白いチョークを一本取ると、黒板にクラス委員とそれなりにきれいな字で書いた。
「う~んと、まずはクラス委員長なんだけど、だれかやってみたいっていう子いるかしら」
一瞬静寂が教室に満ちる。しかし、すぐにその空気を切り裂くように二本の腕があげられた。
「あら、二人も立候補してくれるの! ……そうね、クラス委員は二人だし、二人で……えっと、鳩場さんと田尾くんで、どちらが委員長をするか話し合ってもらえるかしら」
指名された二人は立ち上がって教室の前へと出る。天使は、鳩場と言う生徒が、先ほどのポニーテールの生徒だということに気が付いた。田尾と呼ばれた男子生徒は、刈り上げベリーショートの髪型が良く似合う、何となくレゲエが好きそうな生徒だった。
「おうおう、鳩場さんって一年一組のクラス委員長をしてたよな。俺の対抗馬にはちょうどいいぜ」
「対抗馬のつもりは無いけど。田尾が副委員長でしょう?」
「おいおい、そいつはちょっと、話し合ってみないと、ほら、わかんなくない?」
砂浜でサーフィンとかしてそうな男子生徒は、はちゃめちゃに劣勢だった。天使はてっきり、男子グループで結託でもしているのかと思ったが、彼の隣の席だった生徒は目を一文字に細めて大あくびをしている。
そこでようやく、天使は少女のことを思い出した。一年次のクラス委員会の時に顔を合わせたことがあったのだ。
「じゃあ、投票で良いってことね。さっさとしましょう」
鳩場が挙手での投票を促すと、おずおずと生徒たちも思い思いの方に投票した。
「っておい! ボロ負けかいっ!」
結果は田尾の惨敗であった。友人と思われる男子生徒ですら、眠たそうに鳩場に手を挙げている。
「おおい、有飼っ! お前が出ろって言ったんだろ?」
「言ってない。晴くんが立候補したら面白いよねって言っただけ。鳩場さんがいるなら、そっちに投票するよ。妥当性」
「ああん⁉屁理屈こねやがってよぉ」
田尾はなにやら不満げな様子だったが、民意には従うようでおとなしく黒板に自分の名前を記した。
「ま、いいか。つーことで、副委員長の田尾で~す! 司会は委員長の鳩場ちゃん、よろしくぅ」
「は? さっきは鳩場さんって言ってたよね。急にちゃん付けとか気持ち悪いからやめてくれない?」
田尾は身に余る罵詈雑言を一身に受けながらも、気にしていない様子でニコニコと進行を待っている。度量が広いのか、感覚が鈍っているのか。不思議と優しい人間であることはわかるのに、信頼できない。
「まぁ、とりあえず残りの委員も決めてしまおうか」
鳩場は慣れた様子で司会を進める。
「——次、飼育委員会したい人」
鳩場が次々と候補者を振り分けていく。
天使は、昨年度は無かった委員会の名前に藍虎の方をちらりと見た。
「飼育委員会って、二年生からなんだっけ」
「飼育委員会は他の委員会と違って、二年生だけしか所属しないんだよ。委員長もいなくて、担当の先生が代わりをするんだ。まぁ、私たちは委員会に所属できないから、それぐらいを知っておけば十分かな」
「なるほどね」
藍虎がこっそり耳打ちしてくれた情報を脳内にメモしつつ、誰がやるんだろうと教室を見渡す。執行部に所属しているせいで委員決めに参加できないのは退屈だが、おかげでクラスの様子を観察することに集中できる。
「は、はいっ」
小さな手が挙げられたが、前の席の生徒の頭に隠れて、委員長は気づいていない様子だ。
「お~い、鳩場さん、手、上がってるよ」
天使は気が付いていない様子の鳩場に声をかけてみる。クラスメイト達は見落としを指摘するのに気が引けるのか、何気ない風を装って挙手している留木の方を見た。鳩場は、ひどく不快そうな顔で天使の方を一瞬睥睨したが、挙手に気が付くといつもの仏頂面に戻った。
「気づかなかったわ。留木さんね……他にやりたい人は?」
「じゃあ、やろうかな」
「……有飼くんね。はい、大丈夫よ」
田尾が二人の名前を黒板に書き足すと、どうやらすべての委員会が決まったようだった。
「それじゃあ、委員会に決まった人は、明日の放課後に委員集会があるから、忘れないように。初地先生、終わりました」
鳩場が担任にバトンタッチし、ホームルームは締められた。新しいクラスでの最初の放課後になり、早々に部活動に行く生徒や下校する生徒、まだ新しい友人と話す生徒とさまざまであった。
「はむち、そんなに飼育委員やりたかったの?」
天使は執行部の集まりまではもう少し時間があったため、教室でのんびりと準備をしながら、同じようにだらだらとしている留木に話しかける。藍虎も、耳だけを向けるように本を片手に休憩している。
「え、うん。一年の時の友達がさ、飼育委員やったら、年度末に小屋の鶏をみんなで分けっこしてバーベキューするって教えてくれたんだ」
天使は、へーそりゃいいね、と流し聞きしていたが、すぐにそれはおかしいのではないかと思い返す。
「ちょっと待って。その友達って、一年生なのになんで飼育委員のことを知ってたの?」
「そりゃあ、飼育委員やってた先輩から聞いたんでしょ。てんちってば、頭が固いな」
「……むむむ?」
天使は、自分がおかしいのか?と思いながら藍虎に意見を求めようとしたが、藍虎は読みかけの本で顔を隠しており、助言してくれそうには無かった。
「飼育小屋の鶏って、食べていい奴なの?」
「そりゃあ、飼育委員だったらいいんじゃないのかな。鶏だって繁殖しないわけじゃないんだしさ」
「う~ん、それはそうなのか……? でも、それならもっと競争率が高くなりそうな気がしなくもないけど……」
天使がもやもやとした気持ちを打破できずにいると、一人の男子生徒が近寄ってきた。
「留木さん、だっけ。委員会、一緒だよね。一応、よろしく」
「ぴぃっ……よろしく、お願い、します……」
留木に声をかけたのは、寝ぐせのついた髪を伸ばした有飼だった。立ち上がってしっかり言葉も出しているのに、寝ているような目の開き具合だ。
「あっ、そうだ。有飼くんもバーベキュー目当てなの?」
「? バーベキューって何。俺が飼育委員にしたのは、誰もやりたくなさげで、ホームルームが伸びそうだったからだけど」有飼は平坦な声で答えた。
「あ、そうなんだ。優しいんだね」
「優しくは、ないかな。飼育委員もすっと決まってくれたら、今年は何も仕事しなくて済んだのに、とは思っているから」
有飼は感情が読み取れない調子で、思ったよりしっかりと応じてくれる。案外話ができる生徒だと覚えておこうと天使は感じた。
「おい有飼、それ去年のクラス委員も同じ理由なのかよ!」
「え、そうだけど」
三人で会話していると、教室中に喧伝するのかという大きい声で田尾が割り込んで来た。仲の良い友人同士なのか、有飼と肩を組んで話し始める。
「それで、何の話? なんかバーベキューとか聞こえたけどさ」図々しく田尾は話を戻す。
「そうだった。バーベキューって何。飼育委員は水と餌を変えるだけって聞いてたから、まぁいいかと思って立候補したのに、そんなつまらなさそうなイベントがあるとか、聞いてないんだけど」
留木は、楽しみにしていたバーベキューをつまらなさそうと言われ、口をきゅっとしぼめると、いじけたように視線を落とした。
どうやら、執行部である天使が聞いたせいで、バーベキューはあるものとして話が進んでしまっているようだった。
天使は先ほどの留木との会話を簡単に伝えることにした。
「——っていうのが、あるらしいんだよ」
有飼は、話を整理するためにか天使と留木を交互に見比べながら、何かをつぶやき始めた。
「じゃあ、別に執行部でそういうイベントをするってわけじゃなくて、そういう噂があるってだけなの?」
「う、噂じゃなくて、友達が言ってたんだよ。去年はやったってさ」
有飼は薄目を向けて、(多分)留木の顔をじっと見つめた。
「……多分だけど、それはデマと言うか。冗談のつもりで言ったんだと思うよ。俺の弟がさ、そこの一貫の農業中に通ってるんだけど、台典商高の飼育動物はそこと提携してるって言ってた。から、食べるにしても飼育委員でってことはないと思う。病気、鳥インフルとかそういうのの対策もできないと思うし」
「びょ、病気……それは、そうだけど……」
留木は返す言葉がないのか、おろおろと指遊びを始める。
「てんち……本当にバーベキュー無いのかな……?」
留木はよっぽど楽しみだったのか、半泣きになりながら天使の方を見た。天使はどうにかできないかと思ったが、正直バーベキューを勝手にやられるのは困るよなぁとも思ってしまう。
「ねぇ、碧ちゃ――なんか、笑ってない?」
天使は意見を求めようと藍虎の方を向いたが、依然として本を広げて顔を隠している。しかし、その肩はプルプルと震えて、笑いをこらえているようでもあった。
「い、いや、笑ってないけど……それより、バーベキューだっけ? いいんじゃないかな、飼育小屋の動物はダメだけど、別に敷地内でなるだけなら、申請を出したらできるから」
「え、そうなの?というか、もしかして……」
「うん。去年の飼育委員は、お疲れ様会って言って申請を出していたはずだよ」
「じゃ、じゃあ、バーベキューあるの⁉」留木が元気を取り戻した様子で尋ねる。
「まぁ、担当の先生も一緒だと思うし、あるかもね」
「あぁ……そういう……」有飼は何かに納得したのか、興味を失くしたように自席へ帰っていった。
「ま、無かったら俺たちでバーベキューしたらいいだけじゃね?」
「は? なんであんたとしないといけないの?」
田尾が上手くまとめただろと言った顔で笑うと、冷たく留木は断り、そそくさと荷物をまとめると帰ってしまった。
「え、愛ヶ崎さんは? 一緒にどう?」
「ごめん、年度末はちょっと忙しいかな」
「あの……藍虎さんは?」
「ごめん、私菜食主義なんだ」
藍虎が適当な嘘で拒否すると、田尾は軽く天を仰いだ。
「おおおぅし、有飼っ、男二人で焼肉でも行くか」
「やだよ、暑苦しい」
天使は男子たちが帰っていくのを見届けた後、藍虎を問い詰める。
「——ねえ、碧ちゃん。知ってたんなら教えてくれたらよかったのに」
「ああ、ごめん。なんだかおもしろいことになりそうで黙ってたんだけど、バーベキューするかい?」
「いや、それはいいんだけどさ。あ、でも文化祭終わったら打ち上げしよーね」
天使の言葉に、藍虎はもちろんと頷く。
天使には、まだ先のことは分からなかったが、なんだか予定を決めておくことは大事な気がした。心の隅にある胸騒ぎを忘れるように、天使は荷物を手に取り、生徒会室へと向かった。
それから、生徒会室で集まった先輩たちに、クラス替えはどうだったかと天使は聞いてみた。
「いや、別に変わらないぞ」
「そうですね。二年から三年は基本的に固定ですから」
二人の先輩は当然のことのようにそう答えた。
「それより、天使ちゃんは勉強の方は大丈夫なのか? 一組ってことは国文だろ。ニャンコは結構大変って言ってたから、早めに予習しといたほうがいいぞ。歴史系とか」
「あれは、急に執行部に入れられて、仕事が溜まっていただけです。別に勉強がしんどかったわけではないですから……とはいえ、愛ヶ崎さんは執行部外でも忙しいと思いますし、気を付けた方がいいのは確かだと思いますよ」
「いや~、大丈夫ですよ。ね、碧ちゃん」
「やってみないことには分からないけれどね。ともかく、目の前の仕事から、かな」
藍虎の言葉に、執行部はそれぞれの仕事に向かい始めた。
天使は、新学期と新しいクラスへの期待に胸を膨らませる一方で、なにかわだかまりのようなものが膨らむ感覚を覚えていたが、それが何かは、勉強方面でないことしか分からなかった。ただ少しだけ、一人の部屋で自習する鉛筆は、前よりも重たいような気がした。