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誰も救えない天使の話  作者: 錆井鈴江
台典商高編  一年生
26/81

第二十五話 パソ研

・主な登場人物

愛ヶ崎天使まながさき てんし:この物語の主人公。天使ちゃん。タイピングは速いが、ブラインドタッチはできない。オンラインチャットで痛い目を見た経験がある。


環万太郎たまき まんだろう:パソコン研究会に所属する商業科の一年。塩抜と共にパソ研に入ったが、二年がおらず仕事を押し付けられてしまう。運動は苦手だが知識はあると自負している。HNはマンダリング。


塩抜柔悟しおぬき じゅうご:パソコン研究会に所属する商業科一年の男子生徒。ぼさぼさの髪は時々切っているらしいが、違いが分からない。奇妙な口調だが、不思議と清潔感があり人当たりは良い。友人は少ないが、嫌われているわけではない。HNはN15。


三峰壱子みつみね いちこ:ワンコ先輩。生徒会二年の現副会長。低い身長と元気で独特な口調が犬っぽい女子生徒。下の兄弟の相談に応えているうちに、少しだけパソコンの知識が付いたが、体系的にはからきし。


亜熊遥斗あぐま はると:悪魔先輩。三年の現生徒会長。冷静で気が利く男子生徒。


芽森井門めもり いかど:パソ研現会長の商業科三年男子生徒。髪の毛が邪魔だからという理由で坊主にしたが、それはそれで気になると愚痴を漏らす。目つきと口が悪いが、根は優しい……というのは亜熊談であり、基本的に多くの生徒は怖がっている。



 

 マンダリング:この学校には、天使がいるらしいですぞ。


 N15:拙者も知ってますぞ。何でもお転婆でいつでも笑顔の超絶美少女とのウワサ……


 マンダリング:むほ~!たまりませんなぁ。しかし、小生たちには縁のない話ですな。


 N15:それがそうでもないらしく。なんでもその天使とやら、執行部に入るとかなんとか。


 マンダリング:というと?


 N15:マンダ氏はパソ研の管理しているシステムのことをお忘れか?


 マンダリング:校内治安の監視システムと放送システムのことであろう?


 N15:パソ研は人材不足で二年の先輩がいないのであるが、つまり来年は拙者らが引き継ぐ必要があるというわけですな。


 マンダリング:芽森(めもり)会長がワンオペで管理しているあのシステムをかね!?責任重大じゃないか。


 N15:そうですぞ。次の休みにでも共有しますが、拙者らでは二人で手一杯というところでござろうよ。


 マンダリング:そうであろうな……して、それと天使氏の関係は?


 N15:つまり、システムの打診に某氏が来るというアポイントメントが入っているのでござる。


 マンダリング:代替わりのご挨拶ということですかな。小生たちも出向くべきか。


 N15:そこまでではないと思うでござるが……ともかく、それまでに準備を進めねば。


 [新しい参加者が入室しました/天使:〔DS263mts〕]


 天使:こんにちは!なんで同じ部屋にいるのにチャットで会話してるの?


 マンダリング:!?


 N15:!?





 カーテンの閉め切られた薄暗い部屋で、二人の男子生徒がパソコンの画面から顔を上げた。パソコン室の入り口に最も近いディスプレイの前に座った少女は、ようやくかというように意思疎通を図ろうと軽く手を振ってほほ笑む。二人は緊張と照れを隠すようにお互い顔を見合わせた。


「パソコン研究会ってここだよね?」


 マンダリング:そ、そうでござる。


 ピコン、と画面から音が鳴ってチャットが更新された。情報の授業でも使われるそのチャットは、パソコン研究会の内部専用のチャンネルであったが、ログインには授業と同じIDでよかった。参加している人数は、所属人数よりも多いが、おおかたこれまでの部員がアカウントを消さずに残していったのだろう。結局のところ学内でしか使用できないため意味のある行為とは言えないが。


「え、まだチャットで会話するの?」


 天使:ちょっと!もう顔も見えているんだから直接話そうよ!


 口に出してから静寂に耐えきれずにキーボードをたたく。申し訳なさそうに細身の男子生徒が返信した。長い前髪で視界は狭いだろうに、タイピングは速い。


 N15:拙者たちはほとんど人と話さないもので……申し訳ない。マンダ氏は筋金入りでして。


 マンダリング:おいおい、舐めてもらっては困るなぁ。いくら超絶美少女の天使氏とはいえ、小生も話せないなんてことはないのだよ。


 天使:わー!褒めてくれてるってことでいいの?ありがとう!


 マンダリング:……よし、上手く話せたな。


 N15:ふざけてないで、いい加減肉声で頼みますよ。


 パソコン室の奥の方から、くぐもった声が聞こえてくる。天使はよく耳を澄ましたが、何を言っているか聞き取れない。ゴホン、と大きな咳払いの後、再び声が聞こえてくる。


「え、え~天使氏、よくいらっしゃいました……本日はどのような用件でございましょうか、なんていかが――じゃなくて、ゴホン!どのようなご用件ですかな!」


「マンダ氏、チャットボットに頼むのはやめた方がいいでござるよ」


 天使は、来客を放り出して独自の世界観で対話し続ける二人に、一瞬唖然としたが、すぐに返答を考える。


「えーっと、()()、用件ね。何かあるわけじゃないんだけど、今度執行部としてあいさつに来ることになったから、暇だったしちょっと寄ってみようと思ってさ。ここはキミたち二人だけなの?」


「あ~、いえいえ、三年の芽森先輩——現会長を含めて、今は三人がアクティブでやっているのでござる。とはいえ、会長も忙しいらしく、実質二人みたいなものでござるな」


 細身の男子生徒が、いくらか話し慣れた様子で教えた。


「そうなんだ。あれ、でも研究会にも最低会員数はあるんだよね?来年から活動は大丈夫なの?……というか、先輩が一人って、どうやって活動してきたの?」


「はっはっは、それは小生がお答えしましょう!我らがパソコン研究会は、現芽森会長のワンマンで回っていたのですな。会員数については、十名ほどの幽霊会員が毎年入ってくるので、規則上は問題ないというわけです。執行部は部活動や研究会の活動に目を光らせているようではありますが、この辺りはご存じないようで?」


 突然水を得た魚のように、小太りの男子生徒は挑発気味に胸を張った。


「なるほどね~、知らなかったよ。ありがとう!」


「お、おぅふ」


「ま、まぁ、パソ研は、監査委員ほどではないにしても、執行部から行事の時には仕事を任される団体でござるから、甘く見られているところもあり、あまりそこを責めても仕方ないというか……ところで、天使氏はパソ研の担当している役割をご存じでござるか?」


 純粋な天使の感謝にたじたじとする相方をよそに、痩身の男子生徒は尋ねる。


「えっと、資料はもらったよ。監視カメラの管理と放送機材の管理だよね。こんなの、ほんとに研究会が担当しているの?」


「あはは、まぁそう思うのも当然でござる。拙者たちも機械修理ができるわけではないでござるから、基本的にはソフトウェアーーシステム管理が主なのでござるよ。ちょっと拙者も資料を読むでござる」


 そう言うと、細身の男子生徒はかばんから、何枚かの紙が綴じられた資料を取り出した。部屋の反対で画面に向き合いなおそうとしていた小太りの生徒も呼び出し、三人は紙面に目を落とす。


「これが監視システムの資料でござるな。最初のページが内規で、要は撮影された内容は校内治安以外の用途で使用しない、利用権利はパソ研にあって執行部でも申請無しで見ることはできないとか、そんなとこでござる。次のページは簡単な概要でござる。設置場所、スイングの使用法。でも基本的には画面を見てるだけでいいと先輩は言ってたでござる」


 天使は自分が校内を歩き回っているところが記録されていると思うと、急激に恥ずかしくなってくるような気がしたが、別に恥じるようなことは何も――多分していないはずだと考えることにした。


「こっちは放送システムでござる。本来は、放送部の管轄でござるが、芽森先輩がシステムの改修と引き換えに権利をもらったとか」


「何でそんなことを……」


「例えば、職員室とか体育館とか、普通の時には放送が入らない場所があるでござろう?パソコン室はその対象ではなかったのでござるが、昼休みや放課後にここで作業をしていた先輩が集中できないと怒ってカチコミに行ったらしいのでござる」


「そ、それで、どうなったの?」


「まあ、惨敗でござるな。うちは、技術力以外は弱小でござるから……だから、よりよいシステムを作る代わりにパソコン室に放送を流させないように権利を買い取ったのでござる」


 天使は、化学研究部といい、この学校の文化部には変人しかいないのだろうかと思ったが、あまり人のことも言えないのかもしれないと、執行部の諸先輩を思い返したので黙っておくことにした。


「じゃあ、体育祭とか文化祭の時も手伝っていたってこと?」


「そのときは芽森先輩のワンマンらしいので、詳しくは知らないでござるが、関与はしていたと思うでござるよ。でも確か、監視は見ているだけ、放送はボタンを押すだけって聞いた気もするでござるから、現場対応は少なめなのでござろう。特に、拙者たちは別にプログラミング強者というわけでもなし、力になれるかは分からないでござるよ」


「ふ~ん、そうなんだね。って、こんなに聞いちゃったら今度来るときに話すことが無くなっちゃうよ!続きはまた今度ね」


 天使は、いろいろ教えてくれてありがとう、と笑って慌ててパソコン室の出口へと駆けていった。しかし、少ししてひょっこりと顔を出す。


「ねぇ、そういえば二人の名前を聞いてなかった。キミがN15(えぬじゅうご)で、そっちのキミがマンダリングでいいの?」


 天使がそう聞くと、二人は慌てて否定する。


「しょ、小生は下界では(たまき)万太郎(まんだろう)と言う名で通しておる。そ、その、出来ればここ以外で、HN(ハンネ)を呼ぶのは止めていただきたく……せめてマンダと呼んでいただけないであろうか……」


「おっけい、マンダくんね」


「お、おぅふ。天使氏の陽オーラが眩しす……」


 細目で成仏しそうになっている環の隣で、冷静に細身の生徒も答える。


「拙者の名前は、塩抜(しおぬき)柔悟(じゅうご)と言うでござる。マンダ氏からはエヌと呼ばれているでござるが、天使氏の好きに呼んでもらって構わないでござるよ」


「分かった、じゃあ柔悟くんって呼ぶよ。また来るから……あ、そのときは、チャットは無しね?じゃあ、また今度」


 そう言って、今度こそ天使は校内巡回へと戻っていった。


「オタクに優しい天使は実在した……?」


「それ多分、天使氏が誰にでも優しいだけでは?」





 それから、一週間ほど経った頃。


 N15:ところで、先輩は何か用事でもあるのでござるか?


 Mory:ああ、お前らガキどもに任せるには面倒な用事があってな。


 マンダリング:ひいぃ!モリセンはやっぱり厳しすなぁ……


 Mory:お前、いい加減モリセンって言うのやめろ。教師みたいできめぇから


 マンダリング:ひょえいいい、承知でござるううううう!!れ


 N15:(そのタイプミスはおかしいのでは……?)


 パソコン研究会は、今日も少数精鋭で特に意味のないネットサーフを続けていた。珍しいことに、現会長である芽森井門(いかど)も、椅子に深く座って時折悩まし気にキーボードをたたいている。きれいに刈られた坊主頭には、ところどころ剃りこみが入っている。


「おい」


 パソコンの駆動音と排熱処理の送風音が満ちた静寂に、刺々しい声が響く。環は怯えたように声の方を向く。


「そろそろ客人が来る。現会長は俺だが、今後のことも考えるとお前らに対応させたい。塩抜、システムの資料は頭に入っているか?」


「大方は。細かいところはまだ資料とにらめっこしないと不安ですが……」


「それでいい。資料を失くさない方が重要だ。常に参照できる場所に置いておけ。環は、活動報告書の内容は理解できたか?」


「で、できておりますっ!し、しかし、ほとんど虚偽報告では……?小生、あんな活動してないでござるよ」


「いんだよ、今からやれば。場合によっては、文芸部か技術研にも協力を仰げ。話は通してある」


「はいぃっ、尽力します!」


 芽森は訝し気に舌を鳴らすと、足を組み替えた。


 再び満ちる静寂を、今度は乾いたノックの音が壊した。返事を待たずに三人の生徒が入ってくる。


「生徒会執行部だ。予定通り、引継ぎに際してあいさつに来たのだが、時間は大丈夫か?」


 先頭に立った男子生徒、亜熊遥斗は三人を見やる。


「ああ、構わん」


「活動報告は環が、システムの説明は自分がやりますんで」


 塩抜が軽く立ち上がって相方を示した。


「よーし、じゃあ天使ちゃんは説明聞いてきてな。私は活動報告に目を通すから」


「わ、分かりました」


 女子生徒が二手に分かれると、生徒会長は丸刈りの生徒の方へと近づいていく。


「久しぶりだな、芽森。引継ぎは順調か?」


「ああ、俺が想定してた以上にな。お前のとこも、大体そんな感じだろ?」


「まぁ、そうだな。後輩だからと甘く見ていられない。頼りになる奴ばかりだよ」


 芽森は、物言いたげに片目を見開いて亜熊を見上げる。


「けっ、お前のことだから、めんどくさがってると思ったのによ。そんなにいい後輩なのか?」


「ああ、面白い後輩たちだ。お前のとこは違うのか?」


「ああん?あいつらは面白かねぇよ。ただ、任せるのには都合がいいってくらいだ」


 亜熊もまた、何か言いたげな顔だったが、うっすらと口角を上げただけで、何も言わずに騒がしく交流を交わす後輩たちを見ていた。



「この資料、()()って書いてるけどさ、まだやってないことばかりだよな?やってないことを活動って書くのはおかしいぞ」


 パソコン室の端で、小太りの生徒が小柄な女子生徒に詰問されている。男性生徒は大きな脂汗をかいて、会長に助けを求める視線を送っているが、大きなモニターにさえぎられて視線は届かない。


「いやぁ、それはこれからやることで、ほら、活動予定と言いますかぁ、事業計画みたいなものなんですな……」


「本当にやるんだな?」


「ひっ!?」


 副会長の鋭い視線に取り繕っていた笑顔も思わず引っ込む。


「この文芸部の小説をネット保存する媒体の作成とか、うちの文芸部の友達に聞いたら真偽はすぐに分かるんだけど、もう着手しているのか?」


「いやぁ……これから……」


「これから、()()()()()?」


「そのぉ、予定というものは往々にして変わるものでしてぇ」


「やるんだな?」


「だが断――」


「や・る・ん・だ・な?」


「ひいぃぃぃ、やりますぅぅぅ」


 涙目で男子生徒は報告書を書き直し始める。


「よし、それならこれでいいぞ。じゃあ、こっちの計画もだな。うんうん、完璧な活動計画書じゃないか。ただ一点、実現不可能だというところを除いたらな。直せるか?」


「た、直ちにぃぃぃ」




「それで、この辺りをいじればこういう使い方もできるでござる」


「なるほどね~。ところで、これってボクが知っておく必要ってあるの?執行部がシステム?とかをいじることは無いんだよね?」


 天使は、それなりに多い――理解しようとするには面倒なくらい――資料を眺めながら塩抜に尋ねた。


「それもそうでござるが、天使氏は副会長志望なのでござろう?芽森先輩の話では、執行部の副会長は企画立案も仕事の一つなのだとか。こういう細かいところを知っていれば、演出や人事割り当ての時に便利だと思うでござるよ」


「なるほど。副会長ってそんなことも考えないとなんだね」


 天使は再び資料に向き直る。その真剣な表情を見て、塩抜は苦笑する。


「その資料は持って帰ってもらっていいでござるよ。持ち出し不可の物はコピーしてないでござるから、ゆっくり確認してもらって大丈夫でござる」


「うん、ありがとう。柔悟くんって優しいんだね」


「いえいえ、天使氏に褒められると、本当に天にも昇ってしまいそうですな。拙者も資料を見て何ができるか夢想するのは好きなのでござるよ。何か良い案が思いついたら、拙者でもマンダ氏でも声をかけてもらえれば助かるでござる。基本的に放課後はここにおりますからな」


「はーい」


 塩抜はそう言うと、説明が終えて画面に向き直った。複数画面で美少女フィギュアの値段を比べている。


 天使は資料を確認しながら亜熊の元へと戻った。ちょうど三峰も、呆然と画面を眺める環を置いて入口へと帰ってきた。


「オタクに厳しいギャルは存在した……むしろごちそうさまです……」


 それぞれ作業に戻ったパソコン研究会の面々に、亜熊が一言かける。


「では、邪魔したな。失礼する」


「構いやしねぇよ、時々邪魔しに来てやってくれ」


 メモリが親指を立てると、亜熊はほんの少しだけ口角を上げた。



 帰り道も資料を眺めながら、天使の頭の中はどんな計画を立てようかという期待でいっぱいになっていた。



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