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誰も救えない天使の話  作者: 錆井鈴江
台典商高編  一年生
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第二十四話 監査委員会

・主な登場人物

愛ヶ崎天使まながさき てんし:この物語の主人公。天使ちゃん。ムード/トラブルメーカーの天才少女。あらゆる分野において平凡ではないが、同時に突出もしていない。自分が人から愛され信頼されることは当然だと思っているため、他人から向けられる特別な信頼や愛情についても無頓着である。また、自分は特別な人間だと思っている反面、自分の才能の特別さには無自覚的である。


丸背南子まるせ なんこ:ニャンコ先輩。生徒会二年の書記。猫背で丸眼鏡の落ち着いた少女。誰に対しても敬語で話す。


三峰壱子みつみね いちこ:ワンコ先輩。生徒会二年の副会長。低い身長と元気で独特な口調が犬っぽい女子生徒。


亜熊遥斗あぐま はると:悪魔先輩。三年の生徒会長。冷静で気が利く男子生徒。


神城怜子かみじょう れいこ:生徒会三年の副会長。自称『神以上』の神城。


楠根寧くすね ねい:監査委員会副委員長の少女。他人を煽るような言動やからかうような行動の多い女子生徒。うつむきがちな丸背をからかうのが好きで、三峰とは犬猿の仲。根が真面目なことを見透かされて上級生を煽っても軽くあしらわれてしまうことが不満。


秤明日斗はかり あすと:監査委員長の男子生徒。真面目で堅物。生徒会長である亜熊を誘って昼食を共にしたり、放課後にご飯に誘ったりしているが、まともな話題がないために、食事を終えるとすぐに解散してしまう。


 

 この学校には、様々な生徒がいる。誰もが噂をして、物語の傍観者であるわけではない。進学校と言うほどではなく、就職組と受験組の間の関係性が穏健な台典商業高校には、なんとなく、のんべんだらりと日々を過ごしているものが多い。その中で、一部の生徒は自分の目的や偶然の出会い、あるいは誰かの気まぐれによって、観客席を後にすることになる。


 その代表例は、何といっても生徒会執行部である。四人という少数精鋭で組織され、その活動やそれぞれのパーソナリティは、日々生徒たちの噂話の元となっている。それは彼らが目立つ存在であるからというだけでなく、生徒会を指揮し運営する者として、明確な像が共有されていることが、活動をする上での大きな利点となることも原因となっている。


 一方で、そうした噂に紛れて活動をする生徒たちも存在する。決して彼ら彼女らの存在が、学校において取るに足らないというものではなく、それは活動上の生存戦略であったり、あるいは生徒たちが触れるにはディープな、というか腫物のような扱いを受けているためであったりする。


 その中で、特に生徒会と対極の位置を取るのが監査委員会である。本質的には、生徒会の会計職にあたる業務を活動内容としている委員会である。基本的に行事の費用申請やクラスでの破損・補充物品の申請を取り持つ程度の形ばかりな役職である末端のクラス委員、執行部同様に前任者や会長による引き抜きや立候補によって選ばれ、選挙を行い選出される副委員長、基本的に副委員長の続投となり生徒会の支出を管理する役目を持つ委員長という構成となっている。


 監査委員会が舞台に上がるのは主に生徒総会の場面であるが、多くの生徒はその決算報告や前年比を聞き流すため、注目されることは少ない。当然、彼らがめったに失態を起こしたり、目立つようなことをしたりしないことも要因の一つである。


 執行部といえども、各部活動や行事への予算調整については監査委員会の承認を通す必要があり、この一点については優位を持つ。そうした関係性もあってか、他の委員会と比べて、執行部とは折り合いが悪い。革新派の執行部と保守派の監査委員会では、意見が合わないのである。


 そんな監査委員会においても、天使が生徒会執行部への所属を決意したように、年末は代替わりの時期となる。単純に書類や活動の引継ぎだけでなく、この時期には各委員会や有力部活動の代表の間で顔合わせが行われる。台典商高の生徒会選挙は基本的に信任投票であるため、選挙の当落よりもその後の関係性作りの方が優先されるのだ。


 そんな例年通りの活動をなぞる生徒たちであったが、天使(てんし)というイレギュラーが波乱を起こしたように、必ずしも前年までと同じことが続くわけではなさそうであった。







「監査委員会、ですか?」


 シャツの上からセーターとブレザーを羽織り、すっかり冬の装いになった女子生徒、愛ヶ崎(まながさき)天使(てんし)は、生徒会室に呼び出されていた。呼び出した当人である生徒会長、亜熊遥斗(あぐまはると)は、気の遠くなるほど多くの書類が挟まったファイルをめくりながら、話を続ける。


「ああ、本当なら君と共に来年の執行部に立候補する予定の生徒と共に、挨拶に行ってもらう予定だったのだが、どうにも都合が合わないようでな。どのみち一年生だけで行かせるわけにもいかないし、ちょうど時間が空いたから、三峰(みつみね)に仲介してもらって顔出しだけでもしてきてほしいんだ」


「ごめんなさいね。どうしてももう一人の、天使ちゃんの相方が、まだ行きたくないって言うものだから。こっちは後で挨拶に行くつもりだから、あまり気にしないで」


 神城(かみじょう)が、少しだけ申し訳なさそうに肩をすくめた。


 天使は、そのもう一人とまだ会ったことがなかった。執行部のメンバーになるには、ある程度の知名度や実績みたいなものがないと厳しいと聞いた覚えがあるから、きっと知らない人物ではないのだろうと思ったが、それでももどかしいことをする。


「私、アイツのとこ行くの嫌なんだけどなぁ。まぁ、天使ちゃんも一回は会った方がいいと思うし、来年は関わる機会も増えるだろうから、仕方ないかぁ」


「今は(監査委員長)も引継ぎで一緒だろうから、それほど変な扱いはされないはずだ。別に商談をしに行くわけでもなし、冷やかしぐらいの気持ちで行くぐらいで良い」


 露骨に嫌そうな顔をした三峰を、亜熊は軽くなだめた。


 ワンコ先輩がこれほど嫌悪感を露わにするのは、神城先輩の前と、瑞本(みずもと)先輩——化学研究部の時にしか見たことが無かった。ここに監査委員の先輩がいないのに、そこまではっきりと言うあたり、本当に苦手な相手なのだろう。頭の中で、狂暴な動物に吠えかかる犬のイメージが浮かぶ。


「これも経験だな。分かったぞ、任された」

 じゃあ行くか、と三峰は天使を連れて生徒会室を後にした。




 監査委員会は旧校舎の隅に位置する教室で、クラス棟の喧騒から離れてひっそりと活動している。内装が生徒会室と似通っているのは、改装前はその教室が生徒会室だったことに由来している。


「明日斗せんぱぁい、この資料読めましたぁ」


「そうか、まぁまた必要になったら読み返したらいい。監査委員の職分は秩序と公平だ。暗記よりも、何度も確認して正確に対応することを心がけるように」


 使い古されたソファに深く腰掛け、黒のニーハイソックスを引き上げた少女、楠根寧(くすねねい)は足を組み替えて資料を机の上にまとめて置いた。校則よりほんの少し短くそろえられたスカートから、わざとらしく絶対領域を見せびらかして伸びをする。監査委員長、秤明日斗(はかり あすと)はそんな彼女に一瞥もくれずに書類の整理を進めている。


「監査委員長としての引継ぎなど、選挙の後で十分に間に合うと思うが、退屈ならいつものように生徒たちの様子でも見に行ってきたらどうだ」


「やだなぁ、明日斗先輩ってば。寧はぁ、先輩と一緒にいたいからこんな辺鄙なところまで資料読みに来ているんですよぉ?」


 楠根はソファにうつ伏せに寝転がり、作業を続ける秤の方に視線を向ける。


「そうか。じゃあそういう風に先生にも報告しておくことにするよ」


「はぁ?マジでやめてくださいね。好きでやってるわけじゃないのはホントなんですから」


 楠根は先輩をからかうのに飽きたのか、仰向けに姿勢を変え、つまらなさそうに再び資料をめくる。


「ところで、君の方はもう次の監査委員の生徒について、見当はついているのか?」


 秤が作業の手を止め、少しずれた眼鏡を整える。


「ええ、もちろんです。来年からは楽しくなりそうですよ。先輩もいなくなりますからね」


「君の二枚舌には驚かされるな。まぁ人を見る目は信用している。好きなようにやるといい」


 秤の素朴な賞賛には、むすっとした表情で聞こえないふりをして、楠根は水を一口飲んだ。


 しばらくの間、二人が独立して作業を続ける静かな雑音だけが満ちる。


 と、その居心地の良い空間に波紋を起こすように、ノックの音が響いた。


「どうぞ」


 監査委員会には、執行部と比べて極端に訪問者が少ない。生徒たちが仮に部費や備品の悩みを抱えたとしても、多くの場合生徒たちは執行部に相談しに行く。あるいは相談せず、後に問題として執行部の受け持ちとなる。そこから執行部の生徒経由で資料が共有される程度で、直接顔を合わせることもなく、担当の教員すら最終確認以外のことはしないため、監査委員は来訪者のない、ありきたりで一辺倒な活動を二人で続けているのだ。


「あー、執行部副会長の三峰です。代替わりの時期なので、執行部の次の代の子を顔合わせのために連れてきました。お時間よろしいでしょうか」


 ガラガラと少し建付けの悪い扉が開かれると、三峰壱子(みつみねいちこ)はそう面倒そうに挨拶をした。


「ああ、構わないよ。それと、紹介も結構だ。かねがね噂は聞いているよ。愛ヶ崎天使さんだね。よろしく」


 秤は資料を置くと、訪問者の方へと歩み寄り、軽く握手を求めた。天使は無邪気に握手を返す。元気によろしくおねがいします!と返事をする天使に、まぶしそうに目を細めて秤はわずかに表情を緩める。


 同様に手を握ろうとした三峰の手に、楠根が横入りする。


「ちょっと、次の代の挨拶なら、次期監査委員長である寧に挨拶するのが筋ってものじゃないんですか?」


 楠根が強引に握った手を、三峰も握り返す。


「そうだな、()()()もよろしく」


「そのクソダサい呼び方、止めてもらっていいです?予算減らしますよ、ワンコちゃん」


「やれるものならどうぞって感じだな。私が会長になったら、罷免してやるぞ」


「え~、寧、人気だからそんなに有効票集まらないと思うなぁ。むしろ、新生徒会長の不信任決議が決まっちゃうんじゃないのぉ?」


 煽るように唇を尖らせた楠根を、笑顔ながら鋭く三峰がにらみつけている。あわわと心配そうに天使が秤の方を見ると、呑気に「大丈夫、いつものことだから」と笑った。


「まぁ見ての通り、犬猿の仲だが、これから、そして君の代でもそうであるとは限らない。君の振る舞いと公正さを監査委員会は評価する。とにかく、遥斗にはよろしく伝えておいてくれ」


 天使が頷くと、秤はよろしいと言った表情で頷き返し、二人の仲裁に入った。



「ところで、監査委員会の次の副委員長は不在なのか?」


 三峰が教室を見回してから尋ねる。


「ああ、うちはそれほど引き継ぐ内容が多くないからな。君たちほど外回りというか、具体的な活動があるわけでもないから、副会長の時は雑用の方が多いんだよ」


「去年は散々こき使われましたからねぇ。次の――(つぼみ)ちゃんもそろそろ連れてくるつもりですけど、その時も紹介するかは――」


 楠根は必要あります?と言いたげに肩をすくめた。


「こっちは、多分怜子(れいこ)さんかな、がもう一人の方を連れて後で挨拶に来るつもりだから、またご迷惑をかけるかもだな。その時はよろしく頼むぞ」


「そちらが書記候補ということかな」


「まぁ、多分な」


 秤の問いに三峰が何気なく返すと、天使は途端に自分が生徒会執行部の副会長としての下地を積み上げ始めていることに密やかな興奮を覚えた。どこへ進むでもないエンジンに油が注がれているような感覚になる。


「よ、よろしくお願いします」


「ぷ、くすくす……そんなに緊張しなくても、取って食ったりしますから、精々頑張ってくださいね」


 楠根が頭を軽く下げた天使を見て、おかしそうに口元を隠した。






 それから、数日のうちに監査委員会に神城は挨拶に向かった。


「久しぶりだな、神城」


「ええ、久しぶりね明日斗くん。それと寧ちゃんも、元気そうで何よりよ」


「ご無沙汰しています。神城先輩こそ、元気そうですね。ところで、そちらが新しい執行部候補の生徒ですか?」


 神城と共にやってきたその生徒を見て楠根は尋ねる。


「ええ、少し二人とも例年とは異なっていたものだから、承認に時間がかかったの。天使ちゃんの時はなぜだかすぐに承認されたのだけど、連続でとなるとね」


「私が無理を言って立候補させてもらったせいで、ご迷惑をおかけしました。まだ選挙前ですから、確定事項ではありませんが、来年度はよろしくお願いします」


 生徒が軽く頭を下げると、楠根は試すように両手を胸の前で組み、口元に手を当てた。


「あの天使ちゃんが活動タイプですし、あなたは補助役って感じですか?ま、真面目そうで何よりですねぇ」


「確定事項でないのは確かだが、君もそれなりに活躍が知れている生徒ではある。きっと問題なく活動できることだろう。君の秩序と公正が生徒たちを良い方向に導くことを祈るよ」


 秤はいつも通りの固い表情で、世辞を述べた。


「それじゃあ、あんまりお邪魔しても悪いし、行きましょうか」


 神城は挨拶を済ませると、付き添いの生徒を促した。


「次の顔合わせは()()()お願いしますね」


「ええ、伝えておくわ。監査委員会が来てくれる方が早いのだけどね」


 軽口を言ってほほ笑むと、それじゃあね、と言い残して今度こそ神城は監査委員室を後にした。




「嫌です」


「嫌と言っております」


 伝言を持って帰ってきた神城に、丸背はそう顔をそむけた。


「私、楠根さんは少し苦手なんです。なんだか、会うたびにじろじろ舐めるように全身を見られるというか。身体接触が多めというか。いけ好かない感じというか、とにかく同じ空間に長くいるとこちらが危うい気がするのですよね」


 過去の邂逅を思い出したのか、身震いする。


「ニャンコそんなことされてたのか!?おーいおいおい、辛くなったらワンコにいつでも言うんだぞぉ」


「言っておきますけど、ワンコも大概ですからね」


 そう言いつつ、頬ずりしてくる親友を払いのけるわけでもなく、丸背はため息をついた。


「代替わりしたら関わり合いになるのは避けられないから、何か対処を考えていた方がいいわね。悪意があるわけではない、とは言い切れないけれど、活動を円滑に進めるには何事も対策と準備を怠らないことよ。会長風に言えば、()()()()()()()()()()()、ね」



 そういつも通りのように笑い合う三人を、新米の生徒は一歩引いた穏やかな心で眺めている。仲良く至近距離で笑い合う二人に、自分を重ねようとする心を追い出すように。


 きゅっと握られた拳と対照的に、その口元は自信ありげな笑みが滲みだしていた。



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