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誰も救えない天使の話  作者: 錆井鈴江
台典商高編  一年生
16/81

第十六話 誰もを救う悪魔の話 前編

・主な登場人物

亜熊遥斗あぐま はると:悪魔先輩。三年の生徒会長。冷静で気が利く男子生徒。


丸背南子まるせ なんこ:ニャンコ先輩。生徒会二年の書記。猫背で丸眼鏡の落ち着いた少女。誰に対しても敬語で話す。


三峰壱子みつみね いちこ:ワンコ先輩。生徒会二年の副会長。低い身長と元気で独特な口調が犬っぽい女子生徒。


神城怜子かみじょう れいこ:生徒会三年の副会長。自称『神以上』。お高くとまっているようで案外庶民派の女子生徒。身長が結構高い。よく腕を胸の前で組んでいる。

 

 この学校には、悪魔がいる。それは、昨年度からだんだんと言われるようになり、今年度ではすでにわずかな冷笑を伴って、ある一人の男子生徒への賛美に替えられる噂だ。すなわち、幽霊や天使と違い、挨拶代わりのジョークのように、彼の話をするときの定型表現として使われている。


 その男子生徒とは、この台典商業高校の生徒会長である、亜熊遥斗(あぐまはると)のことである。



 彼が悪魔と呼ばれるようになった理由は、大きく分けて二つある。


 一つは当然ながら、彼の名字が()()()という読みであること。


 もう一つは、昨年度の生徒会選挙において、生徒会長になるだろうと予想されていた神城を僅差で降し、何食わぬ顔で生徒会長に就任したことである。二年次では生徒会役員ですらなかった彼が、絶対的な余裕を誇っていた神城を負かしたことで、いったいどんな卑劣な戦法を使ったのかと様々な憶測が飛び交った。

 本人が「今日は俺の方が声の通りが良かったらしいな」と大して結果に執着しない態度であったため、余計に神城の敗北感を煽った。その様子を見た生徒の間で、「新生徒会長は悪魔だ」という噂が流れ、名前と相まってすっかり定着してしまった。


 悪魔、などと呼ばれれば、普通ならば多少は難色を示すものだろう。しかし、この生徒会長は、自身のあだ名について特別に反応を示したことはない。見かねた周りの生徒たちが、物議を醸しだした頃に、呼びやすいならそれでいいじゃないか、と淡白な対応をしたため、それ以降は自由に呼ばれることとなった。そのためか、現在では、彼を悪魔と呼ぶ生徒の多くは、憎悪や嫌悪といった感情ではなく、尊敬や崇拝といった感情からそう呼んでいることが多い。ある意味では、それほどまでに信頼されている――悪魔などと言う誹謗中傷のようなあだ名で呼ぶことで、尊敬や信頼をごまかさなければまっとうに向き合えない――存在なのだ。


 一方で、亜熊遥斗と一度でも関わったことがある生徒ならば、彼が本当に悪魔であると言われても「ああ、やっぱりそうだったのか」と納得してしまうだろう。なぜならば、本当の彼がどのような人間であるのかということについて、誰も確かなことを知らないのである。それはクラスメイトや幼馴染、生徒会選挙の対抗馬として無理やり立候補させた神城でさえも同じである。本当の亜熊遥斗というものは、不確かでつかみ切れないのだ。


 ただ、誰から見ても確かなことがあるとすれば、彼は()()()()()()()()()()()()()、ということだ。


 生徒会選挙において彼は、

「——私には、神城さんのように大それた理想も、高邁な精神もありません。私にできるのは、正しくあろうとすることだけです。ただ粛々と、行うべきことを行なっていく。それ以上でも、それ以下でもありません。——」

 と演説した。理想を掲げ、自身の有用性と成長性を誇示した神城と対照的に、極めて保守的なマニュフェストだったが、混沌とした台典商高の生徒たちには、かえってそれが革新的に思えた。


 今期の生徒会執行部は、そうして擁立された悪魔の生徒会長の的確な指揮と、優秀な三人の役員により、学内の様々な問題を解決していくのであった。






「あ、あ~。聞こえてるかなぁ?え~、台典商高普通科の諸君、聞こえているかね~?」


 小柄な少女が、おどけたように言うと、体育館に着席した普通科の生徒からまばらに拍手が返される。知り合いだろうか、数名の女子生徒が聞こえてるよと合の手を飛ばした。


「お~、大丈夫そうかな。商業科の諸君も、聞こえているかね~?」


 続けて、体育館正面入り口から舞台に向かって伸びる花道を挟んだ反対側で、商業科の生徒たちが、小さなかけ声の後、一斉に「「「「聞こえてるよ~!」」」」と大合唱で返答した。心なしか、叫ぶ姿勢すらも連動している。


「うお~、元気が良くて結構だぞ。もうみんな待ちきれないんじゃないか?かくいう私も、クラス展示で諸君らを驚かすのが、楽しみで仕方がないのだぞ。え~、というわけで、自由時間にはだな、ぜひ二年三組に――」


「三峰さん、無駄話はそれくらいで」


 手持ちマイクで舞台袖に設営された生徒会席から静かに野次が飛ばされると、生徒たちの間に緩やかに笑いが伝播していく。


「おっとと、怒られてしまったぞ。とにかくまぁ、これより台典商高文化祭一日目の開会宣言を行います!え~、今日と明日、みんなそれぞれ準備してきたものが万全に披露できることを願っているぞ!」


 短髪の爽やかな少女は、万雷の拍手とともに生徒会席に戻っていった。




 台典商高の文化祭は、金曜日と土曜日の二日間に分けて行われる。


 一日目の午前は、各部活動による勧誘の意味合いも込めた舞台発表が行われる。主に、教室展示を行わない文化系と、演奏やダンスのようなパフォーマンスがメインの部活、活動内容とは無関係にただコントや漫才をやりたい体育会系の部員によって、演目が組まれている。一年生は体育館で鑑賞となり、発表者でない二年生以上は教室展示の準備や舞台発表の追い込みをする者と、のんきに鑑賞する者に分かれる。


 午前の舞台発表が終わると、昼休憩となり、各自自由に昼食をとる。休憩とは書かれているが、このタイミングから教室展示が開始される。商業科のクラスでは、校舎外の通路や校門前の場所に屋台を出店することもあり、飲食系の屋台の場合、生徒自身で模擬店の営業許可を申請し、営利目的の視点を持って経営を行うことになる。


 一日目の午後では、一年生は教室展示の遊覧とともに、熱心なクラスでは教室で合唱練習が行われる場合もある。三年生の機材搬入と並行して、合唱の前日リハーサルも行われるため、きちんとスケジュール管理をしなければ、人気の展示に並んでいる間に時間が過ぎていってしまう。


 二日目では、保護者を含む生徒以外の一般公開が行われ、近隣の住民が訪れる。

 午前中には、一年生の合唱コンクールが行われ、商業科の実行委員と生徒会執行部が会場で投票を行い、観客の票数によって順位が付けられることになる。

 教室展示・模擬店は二日目を通して行われ、昼休憩を越えるとだんだんと人が少なくなっていく。それに合わせて、運営をしていた生徒たちも少なくなり、皆体育館へと集まっていく。


 二日目の午後は、三年生による舞台発表である。普通科と商業科がそれぞれ二クラスごとに分けられ、四つのグループが各一時間程度の舞台発表を行う。多くが演劇となるが、その内容は様々で、ストレートに感動を誘うクラス、コメディ色の強い個性派な演技で印象を残すクラス、映像作品を上映することで本番の負担を減らすクラスと生徒たちはそれぞれで趣向を巡らしている。


 二日目の閉会式の後は、それぞれが二年生以上はそれぞれの片づけに、普通科の一年生は体育館の片づけに、商業科の一年生は上級生の片づけの手伝いに駆り出される。それぞれの場所に監察として教師が付くが、たいていは労をねぎらって飲み物を差し入れてくれたり、祝賀会や後夜祭を催してくれたりすることもある。その日は夜の遅くまで学校の明かりは消えない。



 生徒会執行部の役員四名は、商業科から選出される文化祭実行委員とは別に、当日の治安維持や問題の対処に当たることになる。実行委員の役割が、外部に向けた、二日目の宣伝や来客対応であるのに対して、生徒会執行部は、内部向けの、バランサーであるといった違いがある。


 特に、文化祭という生徒たちの高揚感が煽られる行事では、事前に申請していた内容を逸脱したり、超過したりする展示が行われてしまうこともある。当日に生徒間で伝わっていく展示の噂を辿り、危険な集客や展示が見られた場合は是正に向かうことになる。当然それぞれのクラスでの役割もあるため、かなり多忙なスケジュールである。


 とはいえ、多忙なのは外部の参加者が入る二日目の話であり、一日目は舞台前の席で舞台発表とリハーサルを見ているだけでよかった。



「リハのときも思ったけど、今年は野球部の漫才、クオリティがそんなにだぞ」


「別に、ここで勧誘するつもりは無いでしょうから、いいのでは?」

 無表情に猫背の書記が返す。


「でも一年生もすごい冷めた目で見ているぞ」


「まぁ、今年は珍しく県レベルまで進んだと聞いているから、こっちの練習は少なくしたのでしょ。英断よ、部活動としてわね」


「リハの時はもうちょっと良くなるかと、期待していたんだけどなぁ」

 小柄な副会長は、かえってその退屈さが面白いという風に頬杖を突いて、発表時間超過のベルを鳴らした。焦った様子の発表者に客席で笑いが起こる。




「あれ、ダンス部の衣装、リハより過激になってませんか?」


「あのくらいなら後で、紙面で軽く注意しておけば、先生方からもとやかく言われないだろう……と見越して減らしたのだろうな」

 生徒会長は、暗い館内でメモに素早く注意するべき事項を書き置いた。


「ちょっと寒そうだぞ」





「もうトリか。案外早いな」


「そうかしら、けっこう見たわよ」


「舞台発表は、基本的にリハ通りで済むので一日目は楽ですね」


「……そうだといいのだがな」



()使()()()()に捧ぐぅ!ROCK YOU!!!」




「リハとは違うな」「面白いぞ」「違うわね」

「止めてきましょうか?」


「警備係には、一応注意を促しておこう」


 一日目午前の舞台発表は、軽音楽部によるミニライブが最後となる。他の部活と違い、文化祭での発表は軽音楽部にとってそれなりに大きな舞台であるため、例年相応の準備の後行われ、上級生も準備の手を止め体育館に見に来ることが多い。


 例年であれば、それなりに知名度のある数曲と、こだわりなのかマニアックな曲を少し披露していたが、今回はいきなり、アドリブともとれる熱烈なパフォーマンスを見せ、生徒たちも大きな歓声を上げる。教師たちは体育館の端で怪訝な目でそれを眺めていた。


「俺の熱いバイブス、受け取ってくれたかぁぁぁ!」


 ギターボーカルの男が、客席に向けて投げキッスをすると、黄色い歓声が飛ぶ。マイクパフォーマンスだろうか、次いで担いでいたギターを降ろすと、せわしなく舞台を歩きながらMCを続けた。


「警備係に合図で止めに入るように伝えてくれ」亜熊が静かに伝える。


「もう伝えてます」丸眼鏡がくいと上がる。


 長い語りが明け、ドラムスが熱情的に叩き上げ始めると、ベースもそれに応えるように体を反らせて音を響かせる。


「俺のリビドー、受け取れぇぇ!!!」


 亜熊が静かに手を上げる。


 ボーカルがマイクをベースに投げ渡し、舞台から一年生たちの座る客席へとダイブしようとした瞬間、舞台袖から駆け出していた屈強な実行委員がその体を抑え込むことに成功した。生徒たちは混乱と驚きの入り混じった悲鳴を上げる。ベースが寂しそうな伴奏をすると、その恐怖の色が少しだけコメディチックな落胆に変わる。


「え~、お騒がせいたしました。これにて、午前の部は終了とさせていただきます。生徒の皆さんは、落ち着いて午後の部に向けて移動をお願いします」


 淡々と進行を続ける猫背の生徒会に、生徒たちは茶番だったのか?と肩透かしを食らったようにおしゃべりを始めた。

 ゆっくりと降りていく舞台の幕に顔を添わせて、最後までアピールするように、軽音楽部のメンバーが、次の演奏会の告知をしていた。


「あれ、予算減らしておきましょうか」

マイクをスタンドに戻して、猫背の女子生徒は尋ねる。


「まぁ、文化祭の引継ぎ資料には書いておくよ。それと――」


 生徒たちがそれぞれの教室に戻り、無茶なパフォーマンスをした生徒に軽く説教をしたのちに、生徒会の四人もまた、生徒会室へと戻っていった。




 生徒会室で四人はしばしの休息をとる。とはいえ、休憩中こそ問題が起きやすいもので、一応の見回りをしなければならず、本当の意味でしばしの休息なのだ。


「一応、資料になるかは分からないけど、投書はそこにまとめてるわよ」


 神城の指さした折れ目の強くついた紙の束に目を通しながら、亜熊は携帯食のバーを口にした。


()使()()()()の問題はとりあえず後回し、じゃなかったの?」


 神城が弁当箱を開きながら聞く。中身は、おにぎりに卵焼きやすき焼き風の炒め物と、簡単なものながら作り手の愛情を感じる構成となっていた。


「そのつもりだったが、さっきの生徒、確かに天使と口走っていたからな。念のため、だ。特別に気を回すつもりはない。あくまで最重要なのは、文化祭のつつがない進行だ」


 亜熊は素早くすべての投書に目を通すと、時計を確認する。


「とりあえずは、大丈夫だろう。そう思いたいな、本当に」





 生徒会の四人は休憩を終え、軽く各クラスの様子を確認した後、合唱のリハーサルを監察するため、体育館へ戻った。


「次のクラスが天使ちゃんと呼ばれる生徒のいると思われる、一年二組ですね」


「発表順は最後か。まぁ、何かしら問題が起こっても、式次第の変更は最小限で済みそうだ」


「まぁ、天使ちゃんは順番決めのとき、こっちが心配になるくらい絶望した顔で帰っていってたけどな」


「ずいぶんと面白い子なのね。あなたがそこまで気に入るなんて」


 三年生の機材搬入を手伝いながら、四人は雑談をしていた。監察と言っても、頭を揺らしたり手拍子を求めるといった軽いパフォーマンスの是非を判断したり、並び方の指示をしたりする程度で、それほど忙しい時間ではなかった。


 舞台横の扉から生徒会席の方に出てきた亜熊は、舞台から聞こえてくるピアノの音に足を止める。


 それは少し前のドラマか何かの主題歌だった楽曲のイントロだった。意外な選曲だと亜熊は思う。合唱曲には王道な曲を選ぶ方が、最終的な完成度としては高くなることが多い。最新の曲の合唱アレンジでは、歌う側の技量によって完成度が大きく左右されるからだ。また、シンセサイザーやギターのようなパートが、合唱においてはピアノに一任されてしまい、既存曲を知っている観客からすると、物足りなく感じてしまうこともある。そのことを見越してか、例年商業科のクラスは、もともと合唱よりのオペラ調の曲を選んで観客を巻き込んだパフォーマンスを行うなどの工夫をする。対して、普通科のクラスでは、いわゆるベタ曲を選んで、それなりの練習成果を披露するのが例年の型のようになっていた。


 総評として、意外な選曲ではあるが、それほど奇妙というほどでもない。生徒会席に腰を落ち着けて、亜熊は一年二組の合唱を眺める。

 歌っている生徒たちは平凡そのものだ。誰かが抜きんでて上手いということもなく、むしろ調和的で、合唱として評価するなら理想的な声量関係だ。全体が平均より少し上手いといった印象を受ける。よく練習し、互いを信頼しているのが伝わってくる。


 曲の二番に入る生徒たちを見ながら、亜熊は不思議な気持ちになる。これなら本番の調子次第で、投票でも上位を狙えるだろう。しかし、どこか変だ。


 頬杖を突いて、生徒たちを眺めながら、その違和感の正体を探す。



 そう、そうだ。このクラスは、台典商高の台風の目である、()使()という生徒の所属するクラスなのだ。それがこれほどに平穏で落ち着いた合唱を披露しているということが奇妙なのだ。もちろん、いくらトラブルメーカーといえど、投書を見る限り悪人であるというわけでもなさそうだったわけだから、積極的に文化祭を破壊しようとしているわけではないのだろう。とはいえ、この数か月でその名を聞かない日がないほどの問題児が、おとなしく合唱などするだろうか、と失礼ながら考えてしまう。

 ならば、なぜ。と、亜熊は、口を大きく開けて歌う生徒たちを観察する。



 ――なるほど。


 亜熊の目が、指揮者の視線の先、伴奏者を見て止まる。思えば、自分が彼女らの合唱に耳を傾けようと思ったのも、イントロが印象的だったことが理由だった。


 笑っている。


 人の顔と名前を一致させることがどうにも苦手な亜熊の頭の中で、愛ヶ崎天使という名前と、不敵な笑みで演奏を続ける女子生徒の顔が邂逅した。その整った顔立ちやすらりと伸びた健康的な両脚に、入学式の記憶がよみがえる。


 丁寧にまとめられた代表としての文章と対照的に、一年生らしい落ち着きのないお転婆な言動に、不思議と目を掛けたくなる印象を持った。思い出して、無意識に軽く笑ってしまう。三峰が気に入るのも頷ける。容姿やスタイルといった外見の印象だけではない、一挙手一投足が魅力的な少女。これは難敵だな。


「なに、あなたもお気に入り?」


 神城が意外そうに穏やかな瞳で見つめてくる。からかうように口角を上げている。いつの間にか生徒会席で、同じように一年二組の合唱に耳を傾けていた。


「いや、まぁ――そうかもな」


 神城が、ふーん、とでも言いたげに目を大きく開いたが、結局何も言わずに背を向けた。


 当の天使は、通し練習を終えるとすぐに、クラスメイトに軽く話すと脱兎のごとく体育館を後にしてしまった。全く自由な生徒だ。クラスメイトは、気にするそぶりも見せずに、それぞれ反省点を話し合いながら帰っていった。ある意味では、彼らもまた自由なのかもしれない。





 それから、合唱のリハーサルと機材搬入を終えた生徒会の四人は、それぞれ分かれて展示や舞台発表の準備に参加した。


 終業のチャイムが鳴り、生徒たちは準備や遊覧を止め、それぞれのクラスで一旦解散となる。最後の追い込みとなるこの時間に、多くの生徒は教室で練習したり、中庭で踊ったりしていた。

 生徒会執行部役員の四人は、クラスメイトに断りを入れて練習や準備を抜け、生徒会室で一日目の総括を行っていた。


「まあ、思っていたよりは大きな問題は起きなかったと言ったところね。軽音楽部の件も、負傷者は出なかったから、一応は先生方も多めに見てくださるそうよ」


「それは良かった。あの後も気を張ってはいたが、天使案件も特になかったと見ていいのか?」


 亜熊が聞くと、三峰が申し訳なさそうに手を上げる。


「あ~、それなんだけど、直接関係あるかは私も見てないから不明なのだが、どうにも生徒たちの教室を回る順番がおかしい、と実行委員がボヤいていたぞ。うちのクラスも、急にいっぱいお客さんが来たから、捌けさせるのに苦労したぞ」


「私もそのうわさは聞きました。というか、三組の展示待ちをしていた生徒がうちのクラスになだれ込んで来たので、直接被害を受けたようなものです」


 丸背が不満を漏らすように唇を尖らせる。


「それが、天使と関係があると見ているのか?」


「どうにも、話を聞いてみると、立て看板をぶら下げた()()()()に、回るおすすめを教えてもらったと言う生徒が多いみたいなのだな。それが天使ちゃんかは分からないけど、まぁやりそうではあるのだよ」


 神城が話を聞いて、くたびれたように肩を落として、ため息をつく。


「それ、結構深刻な問題じゃない?明日のお客さんたちが同じように行動するかは分からないけど、もしそうなってしまったら、人の波の起こり方は比にならないわけだし、行列だってできれば作りたくないものね」


「そうだな。三峰、明日の午後までに、天使に接触することはできるか?できれば現行犯で押さえたいところだが」


 亜熊の提案に神城が噛みつく。


「ちょっと、そこは私に頼むところじゃないかしら。ワンコは展示の方で忙しいでしょう?」


「神城も、直前は舞台準備で忙しいだろう。メイクや着付けで、一時間は準備の必要があると聞いたが。それに、天使とやらに圧をかけたいわけではない。面識のある三峰の方が適任だ。問題は解決しなければならないが、文化祭に水を差すような真似はしたくないからな」


 神城は不満げに腕を組んで、むすっとした表情で三峰を見た。


「できるかぎりやってみるぞ。怜子さんの舞台も一応見るつもりだから、そこは安心してほしいぞ?」


 それは当たり前よ、と神城は小さく漏らし、改めて亜熊に向き直る。


「対策はそれだけでいいの?後手に回ってばかりな感じで、少し不安なのだけれど」


 亜熊は、雑多に置かれていた投書を輪ゴムでまとめると、棚にしまった。夕日を背に薄く笑いながら亜熊は告げる。


「一つ考えがあるんだ。天使案件の対策として、最も有用な案がな」


 不敵に笑う生徒会長を見て、仲間たちもまた嬉しそうに笑った。



 天使という生徒は、この人のお眼鏡にかなってしまったのか、と。



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