強面系令嬢はお見合いに全敗しましたッ!
「申し訳ございません! 私のような者は貴女の伴侶として相応しくありませんので、この度の婚約のお話はなかった事にさせていただきたく存じます」
貴族の末席である準男爵家の応接室のくたびれたカーペットへ額づきながら、頭を下げる令息の切羽詰まった哀願を聞きながら、フェリシテ・ジェンクス辺境伯令嬢は心のなかで盛大にため息を吐き出していた。
「わかりました……顔を上げてください」
これで何度目になるのかわからないお見合い失敗に、最近はすっかり諦めモードになっている。
(はぁ……もう行き遅れでいいんじゃない?)
準男爵と今日の見合い相手であるその子息に見送られ、馬車でジェンクス辺境伯家の屋敷へと向かいながら平和な城下町を眺めていく。
走り回る子どもたちや活気ある商人たち、治安維持のために見回りを欠かさない兵士や騎士たち、沢山の人々の笑顔を守れたのだからフェリシテがしてきたことは間違いではなかったはずだ。
もしまた今の人生をやり直すことになったとしても、フェリシテは全力でこの平和な世界を守るために自重はしない自信がある。
例えその結果がお見合い全敗の汚名だとしても……
………………………………
ことの発端はフェリシテがまだ可憐な幼女だった頃に遡る。
「まぁ、フェリシテ様はジェンクス辺境伯と本当によく似ていらっしゃいますわね」
まだ純粋だった頃のフェリシテは大好きで、誰よりも強くて大きくてカッコいい父親に似ていると言われる事が嬉しくて自慢だった。
父であるウォーレン・ジェンクス辺境伯はしっかりと撫で付けられた黒髪とまるで血のような深紅の瞳は眼光が鋭く、戦時中に額から左目の上を頬に掛けて顔に深い傷を負っている。
左目の視力を失っているし、酷使したせいか老眼か……右目の視力も幾分か下がってしまった。
そのため自然と右目を眇めてしまい、眉間に深い皺がよりただでさえ厳しいその風貌を強化してしまっている。
筋張った“男性らしい”厳つく彫りが深い顔と逞しく鍛え抜かれた巖のような身体、フェリシテや母親を片手で軽々と持ち上げる腕力は、この国を守る辺境の守護者に相応しい。
フェリシテの母であるエミーリア・ジェンクス辺境伯夫人と一人娘のフェリシテを溺愛してやまない。
泣く子も黙る強面なウォーレンは、まさに男の中の男……いや雄と言ったほうがいいくらいに雄々しいその肉体美。
しかも英雄ウォーレン・ジェンクス辺境伯に憧れてジェンクス辺境伯家の私設騎士団へと志願してくるのはみなムッキムキに憧れる者ばかりだ。
「お父様! 私は将来お父様に負けないくらい強い騎士になります!」
そう……本来ならばこの場でエミーリアなり乳母が諌めておけば、今のフェリシテとは違った未来もあっただろう。
(この国に女性騎士は居ないけれど、いないなら私が前例になればいいことよ!)
「おー! さすが私の娘!」
「きゃーお父様くすぐったい!」
髭を剃ったはずなのに、もうジョリジョリとし始めた父様にいともたやすく抱き上げられて頬ずりされながら、その頬に両手を当ててなんとか距離を確保する。
一歩力加減を間違えるとまるでヤスリのような凶器とかす髭を、くすぐったいレベルの力加減で頬ずりしてくるのはある意味、高等技術かもしれない。
「うふふっ、フェリシテは本当にお父様が大好きね」
「うん!結婚するならお父様みたいな強い人がいい!」
「あらあら、でもお父様はお母様の旦那様だからフェリシテは他の人を見つけなさいね?」
ぽわぽわんとした性格のフェリシテの母親エミーリアは、そんな親子の触れ合いを喜びこそすれ、女の子らしくお淑やかにしなさいとは言わなかった。
辺境伯令嬢としての教育が始まってからも、フェリシテは暇さえあれば騎士団の訓練に混ざっていた。
教師役の目を盗んでは優雅に椅子に座るフリをして、空気椅子で下半身を鍛えてみたり、分厚く重い羊皮紙の本を両手に持ってリズミカルに上げ下げしてみたり……
もともと素養があったのか気がつけばフェリシテはムキムキになった己の肉体美を衣装部屋の全身を映せる大鏡の前で鍛え上げた肉体をいかに美しく魅せられるかポーズを考えていた。
(今日もいい感じね!)
厳しい鍛錬も異国から輸入した筋肉にいいという怪しい文献に記載されていた食事も全ては筋肉のためにある。
食事と四六時中鍛錬したいがために、同じく異国から輸入した本に乗っていた怪しげな鍛錬器具を鍛冶屋に依頼して作成させ、独自の室内鍛錬場を立ち上げて経営しはじめた。
流石に母親であるエミーリアの食べる料理まで筋肉増強食にするのは可哀想なので、身体を鍛える騎士達の食事を豆や鳥型魔獣の肉など高タンパク質かつ脂質控えめ、炭水化物は主食のパンとあと野菜を適量指示を出しておく。
もちろんフェリシテの食事も筋肉増強食にしてもらったのだけれど、一人だけ内容の違う食事を目敏く確認したウォーレンが私と同じ食事を摂るようになり、一人だけ仲間はずれにされたようで拗ねてしまったエミーリアも食事を変更してしまった。
フェリシテのような運動量ではないけれど、一緒に適切な運動と食事を摂るようになり、筋肉量が増加し、気が付けば華奢で吹けばポキっと折れてしまいそうだったエミーリアはメリハリボディを手に入れた。
引き締まったおかげか、苦しいコルセットが必要なくなったらしい。
(健康になるのはいいことよね!)
日々の騎士団に混ざっての訓練だけでは物足りなくなったフェリシテは、さらなる無駄のない筋肉を目指して、ジェンクス辺境伯家を抜け出して冒険者として活動し始めれば直ぐに頭角を現した。
それもそのはず、騎士団のなかでも精鋭である強者にひけをとらないほどフェリシテは強くなっていたのだから。
「なぁ、フェリーはなんで冒険者なんてしてるんだよ」
何かとフェリシテに絡んでくる冒険者の青年ベルが今日も懲りずによってきた。
フェリシテよりも小さな少年は人懐っこい笑顔でこうしてフェリシテを慕い近づいてくるようになったのだ。
たまたま冒険者ギルドで依頼を受けている途中で、自分よりも格上の灰色ウルフの群れに囲まれていたのがベルとその護衛グループだった。
なぜ護衛だと思ったのかと言えば、まだ冒険者として登録できる最低年齢としか見えないベルを守るように、四人の大人が灰色ウルフ相手に苦戦していたからだ。
これが普通のウルフだったのならば、Dランクもあれば余裕で狩ることも出来ただろうが、灰色ウルフとなると話は変わってくるのだ。
灰色ウルフはウルフの上位種にあたり魔石を体内にやどしたことで、魔力を使えるようにウルフが進化した魔物だ。
魔力を身体強化に使用して群れで襲ってくるので、cランクの実力ある冒険者グループで対応するべき魔物なのだ。
本来ならばこんな街に近いFからEランクの冒険者が活動する森ではなく、もっと奥にいる筈の魔物が人里近くに降りてきている事実が怖い。
「助っ人いりますか!」
「お願いします!」
断りもなく乱入すれば揉めるだけなので、許可をもぎ取り灰色ウルフを蹴散らした。
フェリシテが助太刀に入らなければ全滅していたからと、倒した五匹全てをフェリシテが好きにして構わないという事だったのでありがたく貰い受ける。
「どうしたら貴女のように強く慣れますか!?」
「鍛錬?」
目をキラキラとさせてこちらをみる少年……ベルとの出会いだった。
……………………
ウォーレンと共に魔物の討伐に勤しむフェリシテは社交界デビューしたものの、その男性に負けない逞しい肉体美が仇となり、自分よりも逞しい女性はちょっと……と縁談を持ち込まれても良家のお坊っちゃまには嫌厭される始末。
いつのまにかフェリシテには戦乙女やら怪物姫なんてあだ名がついてしまったが、フェリシテはジェンクス辺境伯家の跡取り娘なのだ。
侯爵家以下の貴族家の次男以下とのお見合いに全敗した頃、王家から舞踏会への招待状が届いた。
フェリシテはどちらかといえば舞踏会の前日に開催されるに国王陛下の御前試合の武闘会に参加したい。
武闘会で優勝すれば国王陛下から褒美として、身分を問わず参加申請書に記載した願いを一つ叶えてもらえるのだ。
勿論相応しくない内容の参加申請書を提出した者は参加すらさせてもらえない。
「フェリは武闘会……出ないのか?」
いつものごとく冒険者ギルドで酒を飲んでいたベルがフェリシテを見つけるなり寄ってきてとなりに並ぶ。
三つ歳下らしいベルは出会った頃はフェリシテの胸元位までしか身長が無かったが、今ではすっかりフェリシテを見下ろせるほどに成長した。
金髪碧眼のベルはその容姿と相まって女性によくモテる。
ウォーレンに直談判してジェンクス辺境伯家の騎士団に混ざり鍛錬し、フェリシテ考案の筋肉増強食と鍛錬は、この三年でベルを少年から美丈夫へと変えてしまってからは尚更だった。
「ん? あぁ悲しいことに男性しか参加できないからな、出られないんだよ……」
「そうか、仕方ないな……フェリが居ないんじゃ物足りないだろうが、代わりに俺が優勝するさ」
「もうベルの方が強いだろう?」
「いや? おれはフェリに勝てる気が一切しないからな」
「もし優勝出来たら何を願うんだ?」
「あ~、内緒だ」
ベルはそう言って肩をすくめて見せるが、フェリシテは最近ベルがウォーレンから直接指導を受けていることを知っている。
「どうしたら……認めて……」
「……優勝しろ……それ以外には認めん!」
激しく真剣を位置合わせながら言い争っていたが、その内容については遂に教えてもらえなかった。
ベルの凛々しい横顔を見ながらフェリシテは、自分の手に握った細身の剣の柄を握る。
どんどんと憧れのウォーレンに近付いていくベルに、あっという間にフェリシテは実力で負けてしまうだろう。
(結婚するならお父様みたいな強い人がいい……まさかこの願いがここまで難しい条件だったとは思わなかったわ)
フェリシテの知る中でウォーレンに迫る実力者はベルだけだ。
平民のベルをフェリシテの婿に迎えることができれば良かったのだが、平民と貴族の婚姻に王家から許可が降りた例はない。
(だからベルは……私が好きになってはいけない人)
そう考えればお見合いに全敗したのも自業自得だろう。
好きな人がいるフェリシテはベルへの気持ちを見て見ぬふりをして、お見合いをしていたのだから。
そう、相手に対して失礼なことをしているのだから、全敗して当たり前なのだと気がついてからは少しだけ心が軽くなった。
それにもしかしたらウォーレンは行き遅れの娘に婿を取るのではなく、才能溢れるベルを養子に迎えるのかもしれないなと感じ始めていた。
準男爵家とのお見合いに敗れてからウォーレンがフェリシテのお見合いに何も言わなくなったから。
そんな事をつらつらと考えながらぼんやりと掲示板にひしめく魔獣や魔物の討伐依頼書を眺める。
「……絶対に優勝して……やる」
「ん? どうしたの?」
「いや? なんでもない」
ベルがポソリと何か言ったようなきがしたのだが、どうやら気の所為だったらしく、フェリシテは目の前にある魔物の討伐依頼に視線を戻した。
「さぁフェリ、このドレスはどう?」
目の前に並べられたドレスの山にげんなりしながら、死んた魚のような目をしてエミーリアのきせかえ人形に専念する。
「私の希望はお父様のような男性物の礼服です」
「あら駄目よ、フェリは男性服も素敵に着こなすけれど、ジェンクス辺境伯領地なら良くても王都の社交界ではいけません」
「行きたくない……」
「わがまま言わないの、武闘会にはいつも通り男装でも構わないから我慢なさい」
「はーい……」
いろいろな準備に奔走し王都へついたのは武闘会の前日だった。
王都へと同行した騎士たちが次々と武闘会への参加申請書を持って受け付け場へと向かってジェンクス辺境伯家の王都の屋敷から駆け出していく。
(あぁ、参加したかったなぁ……)
「フェリ? どこに居るの?」
「はーい今行きます」
似合わないドレスを来てエミーリアと共にお茶会へ向かわねばならない自分にため息を付いた。
………………
「さぁ今年もやってまいりました御前武闘会決勝!」
大歓声に包まれる闘技場の観客席は貴族たちの観客席だけでなく一般観覧の立ち見客で埋め尽くされている。
既に数百名にも登る猛者から十名程が残され、残るは決勝のみとなった。
「決勝に残りましたのはこの二人! まずこの国の騎士団長殿のご子息グレッグ・ミリタリア殿!」
審判に名を呼ばれ壇上に上がってきたのは金髪碧眼の美青年だった。
スラリとしたスリムな身体は、力よりもスピードや技術で勝負するタイプなのだろう。
「そして対戦相手はあのウォーレン辺境伯の愛弟子で第三王子様ベルナール殿下だぁぁ!」
その声に会場がどよめく。
第三王子様は身体が弱く、田舎で療養されていると公式に発表されていたのだから……
そして淑女にはあるまじきほどに口をあんぐりと開いたまま、フェリシテはゆったりと壇上へ姿を現した第三王子……を凝視する。
「はぁぁぁ!? ベル!?」
(えっ、ベルは平民でしょ!? 第三王子ってどういうこと?)
混乱するフェリシテを置き去りにして決勝戦はそれ程時間もかからずに終わってしまった。
果敢に攻めていたグレッグだったが、ベルの斬り上げた剣筋を受け止め切れずに自らの長剣を空中へと放してしまったのだから。
「勝者! ベルナール・カークランド!」
審判が駆け寄り勝者の名を叫ぶと、辺り一帯が興奮に立ち上がり次々とベルに……ベルナール殿下に祝福を送っている。
フェリシテはただ呆然と椅子から立ち上がることもできずにいた……
……………………
「いやぁ、まさか今年の武闘会の優勝者が第三王子殿下だったとは驚きです」
社交界は毎年王家が主催する舞踏会から始まる。
婚約者がいれば婚約者のエスコートで会場入りするのだが、今年もフェリシテはウォーレンとエミーリアの後ろに続くかたちで一人で入場となる。
舞踏会には武闘会で優勝したものと、上位三位までの勝者が参加を認められており、国王陛下への拝謁と褒章を賜ることができるのである。
ほぼ全ての貴族たちの入場が終わり、上座に座った王族の中にベルナール殿下の姿は見えない。
進行係の合図で参列した貴族達が陛下へ頭を下げていく。
フェリシテもドレススカートの生地を摘み上げカテーシーをすると、陛下より社交界シーズン開始を告げるお言葉が告げられた。
「本年度の武闘会優秀者の披露目を行う!」
その声に舞踏会場となっているホールの扉から三名の若者が入室してきた。
武闘会には腕に自信がある平民も参加するため、勝ち上がり国王陛下への拝謁を得られた場合に着ることができるように、流行に左右されず失礼にならない程度の正装が用意されている。
グレッグ、見知らぬ男性に続き入場してきたベルナールの見たことがない正装姿にフェリシテの鼓動が跳ね上がる。
どくりどくりと全力で馬を駆けたあとのように高鳴る胸を抑える。
三位、二位は褒賞とともに希望があれば王国の騎士団へ推薦する旨を伝えられ、最後にベルナールが国王陛下の前に進み出る。
「そなたの剣技、見事であった! よくぞ立派に成長したな」
久しぶりに再会した息子の成長が嬉しいのか、国王陛下はとても機嫌よくベルナールへと声を掛けた。
「ありがとうございます、お久しゅうございます陛下」
「ふむ、さて武闘会で優勝した我が息子ベルナールよ、そなたの望み述べよ」
本来ならば身体が弱いということで左遷され王位継承に一番遠いところにいたはずの第三王子、しかし彼が望むものによっては、王位継承争いは激化し熾烈を極めることになるだろう。
貴族達が固唾をのんで見守る中、広いはずのホールが静寂に包まれる。
「私が望むものは……」
どくりどくりと鼓動が耳の奥に響き煩いくらいに高鳴る。
ベルナールはきっと、王になることを望むだろう……
次々とベルナールと過ごしたこれまでの思い出が浮かんでは消えていく。
「私の望みはフェリシテ・ジェンクス辺境伯令嬢と婚姻を結び、ジェンクス辺境伯家へ婿として臣籍降下する許可をいただきたいです」
ブツッと蘇って来ていた思い出の数々が強制終了したのは言うまでもない。
……………………
「ウォーレン閣下、約束ははたして下さいね」
陛下からの直筆の婚約許可証を上機嫌でニコニコと、差し出すベルナールとは対象的に不機嫌極まりない様子のウォーレンが婚約許可証を睨みつけて羽根ペンを折らんばかりに握りしめている。
「いやだ……」
「武闘会で優勝することが出来れば婚約を認めるとおっしゃったのはウォーレン閣下……いえ! お義父様ではございませんか!」
すっかり駄々を捏ねるウォーレンをエミーリアがしかたない子ねぇと言う様子で慰めている。
「ベル? 本当にいいの?」
「なにが?」
「なにがって……私を婚約者にすることよ、ベルはモテるんだし何も私みたいなガサツな女を選ばなくて……」
最後まで言い終わるよりも早くベルの手の平によって唇を塞がれる。
剣だこで硬くなった大きな手が唇に触れていて恥ずかしくなり自然と顔を赤らめる。
潤んだ瞳で自分よりも身長が高くなったベルナールを下から見上げる形になり、ベルが耳を真っ赤にして視線を外した。
「うわっ、可愛い……俺はずっと前からフェリシテの伴侶に認めてもらうためにウォーレン閣下に挑み続けてきたんだよ……お前以外の女なんていらない」
視線を戻して告げられた言葉はお見合い全敗してきたフェリシテには刺激が強すぎて……フェリシテは鼻血を吹いて倒れた。
子孫たちは語り継ぐ……フェリシテ辺境伯夫人とベルナール・ジェンクス辺境伯の馴れ初めを。
酒の肴と共に黒歴史として……
完
本作品をお読みいただきありがとうございました!
なろう原作コミカライズ
『美形王子が苦手な破天荒モブ令嬢は自分らしく生きていきたい!』他、複数連載作品(完結済み)もございますので、そちらもよろしくお願いいたします!