夏休みのランドセルは学校になんか行きたくない!
「第4回小説家になろうラジオ大賞」応募作品です。
「オイ、何の真似だよ」
朝ご飯を済ませ、ランドセルに筆箱を放り込んだ途端、不機嫌な声があがった。
蓋をパカパカさせながら抗議の声をあげたのは、目の前の黒いランドセルだ。
「何って、学校に行くんだよ」
言いながら、宿題のプリントと麦茶入りの水筒を追加で押し込む。
僕のランドセルが喋るようになったのは、六年生になった日のことだった。
『まぁ付喪神みたいなもんだな。あ、でもお前が俺を大事にしてたからじゃねぇからな。そんなのぜってー認めねーぞ。こんな傷だらけにしやがって』
と、こんな調子で初対面から口が悪かったコイツは、僕に対して遠慮ってもんがない。
今もブルブルと全身を震わせて不満を訴えている。
「はァ!? なんでだよ、まだ夏休みだろうが」
「そうだけど、登校日なんだもん」
「嫌だね」
ランドセルは駄々っ子のようにボテっと横倒しに転がった。
「俺は言った筈だぜ。夏休み中は一切仕事はお断り! 毎日グータラ過ごすってな!」
「仕方ないだろ。僕だって行きたくないけどさぁ」
「じゃあサボろうぜ」
「だめ。皆勤賞狙ってるんだから」
「そうだったな……お前って、健康くらいしか取り柄がないもんな……」
「失礼な奴だな。体育も得意だよっ」
「とにかく俺は行かねーぞ」
「僕に手ぶらで行けって言うわけ?」
「おお、そうしろそうしろ。俺は昼寝でもしてるからよ。あっ、オイ、勝手に背負うな!」
問答無用で背負って歩き出そうとした途端、ズンと背中が重くなった。
「うわっ」
ダンベルを十個くらい詰め込んだような重さに、たまらず尻餅をつく。
コイツは機嫌が悪くなると馬鹿みたいに重たくなる。すっかりヘソを曲げてしまったらしい。
作戦変更。僕はランドセルの真正面に胡座をかき、ど真ん中についた大きな傷を手の平で撫でた。
「あのさ」
「フン」
「今年の夏休みは僕にとって小学校最後の夏休みだろ」
「それがどうした」
「つまり君と過ごす最後の夏休みってことだ」
「……だから?」
「六年間一緒に過ごした相棒と作りたいじゃん、夏休みの思い出ってやつをさ」
「……」
少しの沈黙の後、ベッと水筒が吐き出された。
「これくらい自分で持て」
「りょーかい」
ニヤリと笑い、ランドセルを背負い直した。
「行くぞ相棒! 急がないと遅刻するぜ」
「誰のせいだよ!」
「いいから走れ」
「言われなくても!」
言い合いながら玄関を飛び出す。
僕の背中で上機嫌にカチャカチャ音を立てる相棒は、まるで空でも飛べそうなくらい軽かった。
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