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猫兄様にお願い  作者: 苺野ラリ
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猫兄様とお伽噺

 31 猫兄様とお伽噺


 次の日。

 俺は厨房の料理人達から呼ばれ、円形に囲まれた。

 その真ん中で正座を命じられる。

 それからベーコンブロック窃盗の件について説教を喰らう。

 三時間みっちり。

 全員研ぎ澄まされた包丁や分厚いフライパンを手に持ったままだったから、生きた心地がしなかった。

 すげぇ怖かったのだが、説教から解放された後、扉の前で待っていた、俺の不幸が三度の飯より好きな執事が、これまたすげぇ上機嫌だった。

 「包丁で刺されましたか?刺されてない?え、何でですか?」

 絶対サイコパスだ、間違いない。

 「ここは蜂の巣状に刺されて出て来るところでしょう?」

 いや逆に、何で蜂の巣状に刺されたと思ったよ?

 「面白くない王様ですね。」

 露骨に残念がる執事。

 こいつには、人の心という物が無い。

 つーか。

 窃盗したのも喰ったのも、俺じゃなくて鬼軍曹なんだけど。

 何か、いつの間にか俺の所為になってるんだよな。

 まぁいいけどさぁ。

 何しろ鬼軍曹は怖いから・・・という本音は置いといて。

 俺には鞭で打たれる趣味が無い(サイコパス執事には有る)。

 そのベーコン窃盗犯である鬼軍曹はというと、今朝早く、単身鉱山へ旅立ってしまった。

 窃盗犯が居なかったから、俺が代わりに冤罪で捕まってしまったとも言える。

 ただ、出掛ける前に「任せとけ」と胸を張った鬼軍曹はちょっと格好良く見えた。

 ・・・ベーコン窃盗犯ではあるけれど。

 「・・・くッ、正座させられた足が痺れるぜ。」

 「じゃあ、今痺れた足を殴っても、痛みは感じませんかね?」

 「その実験、俺の足で試みる必要あるッ?」

 笑顔で拳を振り上げるサイコパス執事から逃げる俺の周りを、心配した猫兄様が頻りに「ニャ~ン」と気遣いながらついて来てくれるのが、唯一の癒しだ。

 マジで猫兄様、最高。

 後で頭を撫でさせてもらおうっと。

 ふふふ、いかに優秀な執事であっても、猫兄様の頭を撫でられはしないのだ。

 心を許していないからな、サイコパス執事には。

 そんなこんなで。

 ・・・・午後からは。

 西の国の民が自主的に“鍛冶神”の神殿を一割建てたと報告が入った為、約束通り通行を許可、王城にて猫兄様が西の国の民の治療を開始した。

 どっと民が押し掛け、猫兄様は大忙しだ。

 そんな日々が暫く続いたが・・・。

 一週間も経てばそれも随分落ち着いてきた。

 治療が済むと、西の国の民の多くは「役に立たない知識の天使より、猫兄様の居るアリエス王国の方が頼りになる」と声を上げ始め・・・やがて鬼軍曹の思惑通り、“戦天使から民を守る”という大義を民が受け入れ、拍子抜けする程スルッと西の国の鉱山はアリエス王国に譲渡されてしまった。

 え、そんなアッサリ?

 と思ったけれど。

 実際は、西の国の王家から正式に譲渡された訳では無い。

 所謂、事実上の譲渡なので、俺達の領土が広がった、とは言えない。

 それでも猫兄様は鍛冶の天使らしく、効率的な採掘方法と最新武具の生産を次々に提案、矢のごとき速さで鉱山開発が進み、それらを売った収益の一部は西の国の民にも還元された。

 何しろ正式に譲渡された訳では無いので、西の国の民を失望させてしまったら、また鉱山ごと取り返されかねない。

 だから電光石火で最新型の武器や防具が大量生産され、流通して多額の金が動きまくった。

 その結果・・・何か知らんが、総指揮を鬼軍曹に任せている間に、やたら国の財政が潤った。

 だが一つ、疑問が残る。

 「・・・ねぇ、武器って、バンバン売っちゃって良かったの?」

 戦天使に備えておかなくて良いのだろうか。

 「俺達の国の武器、古いままなんだけど・・・。」

 「何言ってるんですかぁ?武具は今が一番高く売れるというのに!この商売下手めッ!商人辞めてしまえ!」

 「うん、俺、商人じゃないんだよね。まぁツッコミどころは置いといて・・・マジで商売の問題?」

 「マジ商売の問題デス。」

 そう断言したのは、鉱山から帰還したばかりの鬼軍曹だ。

 少し日焼けしている。

 「その売り上げ金で、とびきり高くて大きな城を買うんですよ!」

 好きだな、本当に高くて大きな城・・・。

 「守りを固めるって意味で?」

 「いえ、私の居城ですけど。」

 うん。

 そういう奴だよな、お前は。

 分かってた。

 私利私欲に忠実。

 ブレないとこだけは好感度、高いぞ。

 「お話し中すみません、エリオット様。夕方には使者として出ていたミランダ達も全員戻るようです、戻り次第即刻軍事会議を開かれますか?」

 昼過ぎ、単身馬で鉱山から戻って来た鬼軍曹を労い、城のエントランスまで迎えに出ていた俺。

 その背後から、俺の優秀な執事が耳打ちしてきた。

 イケメンの密やかな耳打ち。

 悔しい事に、声もイケメンなんだよな、こいつ。

 多くの女子がハートを撃ち抜かれそうなシュチュエーションだ。

 現に、通りかかった城仕えのメイド達が「はうッ」と頬を赤らめ胸の辺りを押さえている(当然ながら俺は全くときめかないが)。

 はいはい、こいつは姿も声もイケメンですよ。

 けど同時にドMッスよ。

 ついでに俺に対してサイコパス。

 「エリオット様、アホ面してますけど、何か今、私で変な想像をしませんでしたか?」

 「したけど、アホ面は余計だ。そうだな、今夜は軍事会議にしよう。」

 本格的に戦天使に備えなければ、そろそろヤバいと俺だって分かる。

 その為、俺は主要メンバーを全て呼び戻していた。

 鬼軍曹やミランダ、それにデス・マーチもだ。

 「ああ、その事で、ちょっと時間をもらいたいんですけど。」

 旅装のままの鬼軍曹が、重そうなリュックを背負った格好で俺を不躾に指差す。

 人差し指で人を指してはいけませんって、習わなかったんだろうな、このメイドは。

 「俺?」

 一応聞き返してみる。

 「お前意外に、誰が?」

 「ですよね。」

 「因みに、執事と猫兄様は要らないデス。」

 俺や執事に対する無礼はともかく、我が国の天使様にまで「要らない」発言をする鬼軍曹。

 他の国だったら、不敬罪で今頃この世にいないんじゃないか?

 何しろ、他国の天使はプライドが山のように高い(知識の天使でよく分かった)ようだからな。

 「ほらッ、ぐずぐずしない!執事はさっさと猫兄様を執務室に連れて行く!一分以内にだ!」

 どっかの軍隊か何か?と俺が突っ込む前に、パシィ!

 久々に鬼軍曹の皮の鞭が唸り、執事は背中から尻にかけて鞭打たれた。

 「はうぁ!」

 変な声を上げた執事だが、しばかれる直前に体を捻り、鞭を背で受けるあたり、最早プロのドMといって良いだろう。

 「良かったな。」

 「何がですかッ?」

 悶えつつ執事が吠えるが、無視する事にする。

 「俺はちょっと、鬼軍・・・メイドと話してくる。猫兄様を頼んだぞ、執事。」

 「エリオット様、護衛の騎士は?」

 俺の優秀な執事が、不意にまともな事を言う。

 「要らない。すぐに戻る。」

 俺はともかく、鬼軍曹は強いからな。

 手練れの双剣使いを、無傷で戦闘不能にした過去を持つメイドだ。

 「まぁ、城内で何かあるとは思えませんが。お早いお帰りをお待ちしてますよ。」

 「へいへい。また後でね、猫兄様。」

 俺が軽く手を振ると、猫兄様が「ニャ―ン」と甘く鳴いた。

 くッ。

 可愛い。

 後ろ髪を引かれる思いで、俺達は二手に別れた。

 猫兄様達は執務室だが、俺と鬼軍曹は地下へ向かう階段の一つに向かっている。

 鬼軍曹が立ち止ったのは・・・地下の食料備蓄庫だ。

 今の時間は誰も居ないし、灯りも無く、暗い。

 当たり前のように鍵をピッキングで開け(この城のセキュリティ、大丈夫か?)、階段を降り、手にしたカンテラで照らしながら、ズンズン闇を裂いて進んで行く鬼軍曹の背が頼もしい。

 とはいえ、地下が好きな猫兄様なら喜びそうだが、高い所が好きな鬼軍曹はあまりお気に召さないようだ。

 十メートル程進んだ辺りで、険しい表情でサッと振り向いた。

 「もう、この辺でいいでしょう。」

 「何か、人に聞かれたらマズイ話し?」

 鬼軍曹は小さく頷いた。

 「今夜の軍事会議についてです。今夜、貴方は皆の前で“海峡付近まで進軍する”と仰って下さい。その際重要な点は、貴方と猫兄様が一緒に出陣する事です。」

 「え?」

 俺はともかく、猫兄様も?

 「“戦天使の右腕”は反則的だと思いませんか?挙げただけで戦いに勝利するなんて、誰も勝てる訳がない。なんで、我々も正攻法で相手をする必要は無いんデスよ。戦天使の始末は、()()()()()()()しまえばいい。」

 「・・・・何を言っているんだ?」

 思わぬ提案に、俺は焦った。

 「でも・・・・あの方は運動音痴なんで、あんまり期待しないでやって下さい。」

 「猫兄様に武勲を期待なんて、俺はッ、」

 ムッとする俺の言葉を遮るように、鬼軍曹が笑いながらカンテラを持ったまま、クルッと少女のように一回転して見せた。

 天真爛漫。

 そんな言葉がピッタリに思えた。

 メイドっぽい控え目な仕草の方が擬態だったと思えるくらいに。

 「・・・エリオット様、私はあの方と初めて会った時、線の細い成人女性のフレームでしたよ。意外だったので聞いたら、“フレームは燃費の問題だ”って言うから、笑ってしまいました。その後に会った時は十代の女の子。最後に会ったのは、今の猫兄様から猫の要素を取り払った幼い少年のフレームです。懐かしいと思いませんか?」

 「・・・鬼軍曹?」

 何の話しだ?

 頭が追い付かないけれど、猫兄様が以前自分の体を“フレーム”と呼んでいた記憶が蘇る。

 「最終的には“猫”のフレームを選んだのかもしれませんが、私には知る術が無い。私が殺された後の話しですからね。エリオット様は、あの方が存在を消す前に何をしたのですか?」

 「何の話しか、さっぱり分からないんだが・・・・、」

 「ゆっくり思い出すと良いですよ。私も全て思い出すまで時間が掛かりましたから。」

 「思い出す?何を?」

 「前回の記憶を、です。」

 前回・・・・?

 「エリオット様は前回、私を殺しに来たじゃないですか。」

 あはは、と乾いた笑いが薄暗い通路に木霊する。

 「俺が・・・殺した?」

 「正確にはエリオット様は殆ど何もしてませんけどね。寧ろ仲間に思い止まるよう説得していました。なので、私と戦い、私に止めを刺したのは別の男です。だから貴方に遺恨は無い。良かったですね。」

 戸惑う俺にはお構い無しに「それより」と鬼軍曹が微笑を浮かべる。

 「今はもう、色々と忘れている“おっちょこちょい”な方ですが、あの方は正式に“死んで”無いんです。それって凄い事だと思いません?私に初めて会った時、あの方は“人類は一度滅ぼされている”と仰いました。エリオット様には“人類は二度”滅んでいると仰ったはずです。要するに、神々による二回のリセットをあの方は、免れているって事なんですよ。」

 リセット・・・・猫兄様が話していた“神々のゲーム”ってやつの事だろうか。

 「それは猫兄様が天使だから・・・、」

 「止めて下さい。今だって何の冗談で天使なんてやっているのか、私が知りたいくらいなんですから。」

 「あの方がなぜ天使なんてやっているのか、その辺の事情、知ってます?」と鬼軍曹がグッと急に顔を近付けて来る。

 「・・・・・・・ッ。」

 「分からないデスよね。まぁいいや。とにかく今回は猫兄様に任せとけ、って話しです。以上。」

 「・・・話しが見えない。」

 「見えなくても、従うべきデス。私も楽しみなんですよ。何が起こるんでしょう?頑なに争いを拒んだあの方が、今はエリオット様の為に、やる気出してるんで。」

 カンテラの淡い光に照らされ、心の底から愉しそうに笑む鬼軍曹。

 ・・・・胸がザワつく。

 ・・・・・・何か大切な事を忘れている。

 それだけは思い出せるんだけど。

 頭に靄がかかったみたいだ。

 「知的探求以外、何にも関心など無いと思っていたのに。エリオット様があの方に感情を教えたのでしょう?だから、あの方の王子様はエリオット様唯一人。いいですね?細かい事はどうでもいいデス。海峡付近まで進軍、猫兄様を連れて。エリオット様が軍事会議で提案する事はそれだけです。その他諸々はお好きになさって下さい。もし私の忠告を聞かず、一人残されたあの方が王城から出陣となると、その分、勝率が下がりますよ。」

 言うだけ言って、鬼軍曹は踵を返し、元来た道を戻り始めた。

 カンテラを持っていない俺は、闇に呑まれないよう慌てて後を追うが。

 「鬼軍曹、お前・・・いったい・・・何者なんだ?」

 「その内、思い出しますよ。猫兄様と一緒に居たら。」

 「・・・・・・ッ。」

 確かに。

 何か。

 思い出しそうな気がする。

 大切な、記憶を。

 「そう言えばエリオット様、この城の地下宝物庫には、ズ王子が盗んだ『聖弓』以外に、高く売れそうな『聖剣』と『聖槍』がありましたけど、全部偽物でしたね?」

 「・・・そりゃそうだろう、お伽噺を再現したロマン、みたいな物だ。」

 「ですよね。一人一つの武器で戦い続けるなんて、そもそも有り得ない事だから。弓は、接近されたら近接武器に替えるのが妥当だし、剣は切れ味が鈍って、槍は折れるかもしれない。幾ら神の加護があるとしても、食料や毛布の一つも持たず、魔王討伐の旅なんて出来っこない。馬が入れる場所ばかりとは限らないでしょう?多くの荷物を持ち運んだまま魔物と戦うなんて無理なのに、お伽噺ではいつも、勇者は三人。荷物を必死に運び続けた四人目が居た可能性には触れない。それどころか、寧ろその存在は綺麗サッパリ消されている。どうしてだか、私には分かりますよ。」

 「荷物を運んだ・・・・四人目?」

 「勇者なんて、クソ野郎の集まりだったって事です。」

 子供から大人まで、このお伽噺は人気だ。

 勇敢な三人の勇者を「クソ野郎」と呼ぶ奴には、これまで出会った事が無い。

 「存在しない魔王の首の代わりに、その四人目の首を斬って持ち帰った。それが物語の真相です。」

 フッと、自分の首の辺りが寒くなった気がして撫でる。

 「魔王が存在しない?しかも、代わりに人間の首を斬った?何、そのホラーお伽噺。地味に怖いんだけど。」

 「真実とは、生き残った者が紡ぐ戯言だという、良い例デスよ。」

 「・・・・・。」

 俺は何故か黙った。

 奇妙な沈黙。

 有り得ない話しでは無い、と俺の脳が結論を下している。

 鬼軍曹と猫兄様は、俺の知らない何かを知っている。

 だが俺には分からない。

 俺は、記憶が曖昧だ。

 「さぁ、無駄話は終わりです。会議、頑張って下さいね、そのアホ面で。」

 「アホ面は余計だ。」

 地上へ向かう階段を上り始めた鬼軍曹は、もういつもの鬼軍曹だった。

 俺にはまだ、聞きたい事が沢山あったのだが・・・。

 地下から出るなり、守衛に捕まった。

 「王様、ピッキングしちゃダメですよ!」

 「違うんだ、犯人はあの人です」と鬼軍曹を指差してみたが「人を指差してはいけないって、教わらなかったんですか?」と逆に怒られた。

 何で俺だけ・・・・。

 「あんなか弱いメイドさんが、ピッキングなんてする訳ないでしょう?」

 「あの人、か弱くないッスよッ!」

 必死に訴えるが。

 「王様、食糧庫から何か盗って食ってないでしょうね?」

 「食う訳ないだろ、中、暗くてよく見えなかったし!」

 「ちょっと詰所で、説教を良いですか?」

 「良くない!」

 助けろ、と鬼軍曹に目で訴えたが、ふふふ、とお淑やかを装って微笑むのみだ。

 「裏切り者~!」

 「皆、何だかんだ理由を付けてエリオット様に構いたいんですよ。」

 手を振って見送る鬼軍曹。

 待て待て。

 俺はそんな人気者じゃない。

 っていうか、構い方、おかしいだろ。

 結局。

 その後一時間、俺は詰め所で守衛達から説教をくらった。

 

 

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