猫兄様と牢
21 猫兄様と牢
俺が戴冠した夜。
王の名乗りを上げたその日に。
住む城・・・どころか家さへ無い、って、どうよ?
格好つかないな。
まぁ、愚痴を言っても仕方がない。
行き場の無い俺達は。
手分けして崩れた城の瓦礫を片付け。
地下牢へと下りる階段を探し当てた。
奇跡的に、地下牢だけは、何の損傷もない。
野宿するより、今夜は地下牢で眠る方が良いだろう。
この辺、宿屋とか無いしな。
まぁ。
地下牢、と言っても、清潔に保たれたベッド付きの小部屋(鉄格子がついてるけど)が六つ並んでいるだけだから、ちょっと開放的な宿、ぐらいな感じかな。
え?違う?
細かい事は気にしない、気にしない。
あとほら、薄目を開けて見ると、何か普通の宿っぽく見えてくるから。
見えてこない?
うん、まぁ仕方ないか、取り繕っても、牢屋だし、ここ。
でも。
この城を俺が得てすぐに、余計な付属品・・・鉄の鎖だとか、訳の分からん鉄製のトゲトゲが付いた棒とかは、換金できそうだから即売った。
綺麗に清掃もしたし。
俺が牢に誰かを閉じ込めた事は無い。
罪人が居なかったわけじゃないんだが。
罪を犯して連れて来られた者は、領主として、その場で裁いていた。
何故って?
だって、罪人にまで飯を食わせたり世話したりしなきゃいけないのって、金と食料が勿体ないじゃん。
そんな金があるなら、農具の購入にでも充てた方がましだ。
あと、地下牢は、俺の大事なアトリエだ。
皆にイジられまくっていたが、俺はマジで猫兄様の絵を描いていた。
報われない想いを、ぶつけるかのように。
ちょっと芸術家っぽいな、今の発言。
だが本人が居る今は・・・ちょっと、いや・・・かなり恥ずかしい。
地下牢の壁いっぱいに飾られた(こういうのは、全く焼けずに残ってるんだよな)俺の下手くそな絵を、猫兄様本人が、尻尾を振り振り、ご機嫌で見て回っている・・・。
恥ずか死ぬ。
「これなんか、お勧めですね。猫兄様とエリオット様が手を取り合って、きっと結婚式の妄想絵ですよ。下手くそ過ぎて、何かよく分りませんけど。」
何かよく分らんなら、お勧めすな、鬼軍曹。
「ニャ。」
鬼軍曹のお勧め、律儀に見なくていいから、猫兄様。
「これとかどうです?猫兄様とエリオット様の小指と小指を赤い糸で結ぶという、狂気の沙汰を下手くそなタッチで描いた一枚です。」
狂気の沙汰と思ってるなら、お勧めすな、優秀な執事。
「ニャ。」
優秀な執事のお勧めにも、律儀に応じなくていいから、猫兄様。
「いやいや俺は、この正気を疑う絵が、」
「いやいや、こっちっしょ。犯罪一歩手前。」
料理人も、庭番も、次々にお勧めして・・・俺で遊んでるな。
いいよ。
もう好きにして。
ただ救いなのは、猫兄様が、どれもこれもじっくり見詰めて、小さな手をポフポフ叩きながら喜んでくれた点だ。
顔は無表情だけど。
「ニャ―ン。」
感嘆の声と捉えていいのか?
猫兄様の感嘆の声、可愛いな、オイ。
溢れ出る可愛さに、うんうん、と頷いてしまう、俺。
その様子を遠目に見ているのは、ミランダとダイスだ。
まだ俺達のノリについていけないんだろう。
「・・・えっと。使えそうな寝具や照明とか、一応かき集めてきたんだよね。好きに使ってもらっていいから。各自、ゆっくり休んでくれよな。」
俺は気遣いでそう声を掛けたんだが。
「こんな気の狂った絵に囲まれて、安眠出来る訳ないじゃないですかッ、ねぇ?」
間髪入れずに鬼軍曹メイドが、俺の気遣いを台無しにしてくる。
まぁいい。
昨日から俺達は、ろくに寝てない。
その内皆、気の狂った絵に囲まれていても、眠くなって寝てくれるだろう。
大事な金づる、捕虜の方は。
何か所かに分けて、数少ない俺の私兵に交代で見張らせている。
捕虜=身代金だ。
身代金を得たら、身代金の三分の一は皆で山分け、と伝えたところ。
全員凄く張り切っていたから、任せて大丈夫だろう。
彼らの目には、捕虜全員が“金”に見えているはずだ。
金は誰にも渡さん!というオーラを感じた。
・・・・昼間やって来た王城騎士団は、というと。
何だかんだ言って結局、肉フェスに参加した後、ミランダと執事の提案を実行に移すべく、各地に散って行った。
キャンプファイヤーの後(マシュマロ焼いた)、遅くまで踊って騒いでいた領民達も、それぞれ家路に着いた頃だ。
今日は、色々あったな。
俺はそっと。
頭に被ったままだった王冠を脱いでみる。
それは・・・金に銀に、時に七色に輝く、不思議な金属でできていた。
何て、綺麗。
こんな金属は、見た事が無い。
デザインは、やはり猫兄様が手にしていた花冠の形。
繊細だが、斬新なデザイン。
強度もある。
細い茎の部分なんて、指でも曲がりそうなのに。
どんなに力を入れても、決して変形する事が無い。
「無駄ですよ。オリハルコンですので。」
毛布を手に、通りかかった鬼軍曹メイドが、何でも無い事のように言い放った。
「へ?オリハルコン?伝説の?」
冗談だと思って大仰に驚いてみせたが、鬼軍曹メイドは笑わなかった。
「オリハルコンが伝説ですか?伝説とは、空に浮かぶ巨城の事を言うのでは?」
あまりに真顔だったので、俺は返答に詰まる。
・・・・・空に浮かぶ巨城?
そんな話しは聞いた事がない。
「そちらの王冠は、猫兄様がお作りになるオリハルコンの中では、強度が弱い方です。材料が足りていないのでしょう。それより、エリオット様。あちらで猫兄様が、エリオット様と一晩同じベッドで寝たい、と、もじもじしておられます。」
「ん?」
「ここはエリオット様から誘うべきかと。あ、でも絶対に手を出すなよ、デス。手を出したら殺すデス。猫兄様の純粋な恋心を踏みにじったら殺すデスよ。」
「滅茶苦茶怖いデス。」
「よし。行ってよし。」
「はい、軍曹。」
俺はくるりと猫兄様の方へ体を向けたが。
何か、おかしくないか?
鬼軍曹は、どうして王冠をオリハルコンだなんて言ったんだ?
猫兄様は”鍛冶神”の使いだから、そんな金属も作れるのか?
あと、俺と寝たいって、本当?
馬車の中で一緒に雑魚寝、とか、他にも何か色々、一緒に寝てた事はあったはずだが。
俺から積極的に誘った事は・・・。
この状況・・・マジで誘っていいのか?
いや、怯むな、エリオット。
勇気を出せ。
超絶恥ずかしい“妄想画”は、全部見られてしまった後だし。
もう、怖い物など・・・・・いや、あるな。
嫌だ、って断られたら、傷付くじゃん!
・・・・だが、もじもじしている猫兄様なんて、可愛いの極みだろ。
よし。
俺は気合を入れ、猫兄様に向かって走って行った。
それから、もじもじしていた猫兄様と話す事数秒。
猫兄様が嬉しそうに左右違う色の目を輝かせ、俺の後ろを「ニャー、ニャー」とご機嫌でついて来た。
これは夢か。
俺、猫兄様と、堂々と一緒に寝ていいの?
てんぱっている俺を見兼ねて、俺の優秀な執事が空いているベッドに案内してくれた。
女性が居る場合、普段なら男は床で充分、となるのだが。
今夜ばかりは猫兄様が一緒だから、ベッドへ案内してくれたのだろう。
ベッドを前に、緊張する、俺。
「ど、どうぞ。猫兄様、」
「ニャー。」
壁に面した側を勧めると、猫兄様が素直に這い上がっていった。
緊張し、震える手で俺も同じベッドに入る。
もともと牢屋のベッドだから、かなり狭い。
猫兄様と、体が密着する。
うわ~。
柔らかいし、温かいし、何か良い匂いする~。
お日様と花の匂い~。
「殺すデスよ。」
「はぅッ、」
心臓がバクバクしていたところに、格子の向こうから鬼軍曹に睨まれ、ゾクリと背筋が凍る。
そうだった。
ここは元々、牢屋。
鉄格子越しに皆から、丸見えだ。
「ニャ―ン。・・・エリオット、疲れただろう。ゆっくり休め。」
猫兄様に至近距離で気遣われるが、猫兄様がすぐ傍に居ると、心臓が煩くて眠りに入れそうにない。
「エリオットは、誰よりも勇敢だった。」
猫兄様、もしかして・・・もしかしてだけど・・・俺を、口説いてくれてます?
「・・・怪我した腕は、大丈夫だろうか?」
しかも、優しい。
「うん。問題無い。もう治ったよ。」
「エリオットよ。あの獣に、困っているか?」
ん?
急に話しが変わったな。
猫兄様は、俺の胸の辺りで少し顔を伏せ、耳をピコピコさせている。
「獣って、大牙猪の事?」
「そうだ。」
「ああ、困ってる。毎度毎度、大変なんだ。」
「あの獣は、異質。」
「確かに異質かも。凄く臭いし。他の動物とは、強さが別格なんだよね。」
俺は前から思っていた感想を述べた。
「ならば、明日から少々、私は山に入る。」
「へ?」
「以前も言った通り、エリオットが望むなら、世界征服でも何でもしよう。」
「いや・・・えっと、世界征服は、望んで、無い、デス。」
「そうか。」
可愛らしい声と顔で、相変わらず企んでいる事が、怖いよ、猫兄様。
「では、眠るが良い。今度は私が、見守っているから。」
「・・・・?」
意味が分からないまま。
猫兄様の小さな手が優しく俺の掌を握り。
凄くドキドキしているはずなのに。
なぜか俺は。
そのまま、眠りについてしまった。