猫兄様と戴冠
20 猫兄様と戴冠
“肉フェス”に飛び込みでやってきた騎士の一団は。
やはり王城勤務の騎士団だった。
先頭の幌馬車を御していたダイスは“生きた心地”がしない、という表情で、辿り着くなり俺の許に走り込んできた。
「エリオット、お・・・王城騎士団が来たぞッ。」
何をそんなに慌ててるんだ、ダイス。
背後の王城騎士団からは。
戦意を感じない。
元々盗賊団だったから、あまり王城騎士団のイメージ良く無いのかな。
「確かに、王城騎士団だな。」
「のんびりしてる場合かッ、」
「いや、俺達肉フェス中だから。」
「意味分かんねーんだけどッ、この原始人ッ、」
「原始人じゃない、肉フェス中なんだ。ダイスと、メイド達もじゃんじゃん食べろ。」
俺達がこんなやり取りをしている間にも。
百騎程の騎士が馬を降り、俺の前まで歩み寄って、放射状に隊列を組みなおしてから、一斉に跪いた。
甲冑を身に着けているから、ガチャ!っと派手な音がする。
おおッ。
なかなかに荘厳な光景・・・。
居合わせた“肉フェス”参加中の領民達も唖然としている。
だが残念な事に。
肝心の俺はナイフも使わず、手掴みで骨付き肉を食っている最中という・・・。
騎士団に遭遇してしまった原始人の図。
「エリオット様、よくぞ御無事で!」
「城が・・・落城しているのを目にした時は、心臓が止まるかと思いましたぞッ、」
「我ら王城騎士団、ギューギュルギュット侯爵が、恐れ多くも次期国王エリオット様の首を刎ねに出陣したという噂を耳にし、取り急ぎ駆け付けた所存!」
「しかし、見事返り討ちにされた後とはッ。流石、天使様に選ばれし次期国王様ッ、天晴にございます!」
なぜか、騎士団から絶賛される、俺。
この騎士達は・・・話しぶりからして、恐らく父王直属の騎士団なのだろう。
執事の言った通り、王城騎士団が味方のようで良かったけど。
でも俺は、忘れていない。
猫兄様に会いたいと画策したこれまでの人生で、王城騎士団から厚遇された事は一度も無い。
王城では、有無を言わさず連行され、地下牢に入れられた事だってある。
その時の奴らがこいつらと同一人物、という訳ではないのだろうけど・・・。
俺にとって、悲しい記憶には違いない。
だからかな。
百人の精悍な騎士達を前にしても、俺の心は、凪いでいた。
「駆けつけてくれてありがと。けど、今の俺には優秀な部下が何人も居て、頼りになる領民達まで居るんだ。だから問題無い。お前達も腹減っただろ。今日、肉フェスだから、存分に食ってけよ。」
口から出たのは、そんな言葉。
騎士達がビックリした顔をする。
俺は。
いつも通りの、俺。
「そうだ、ワイン樽も開けようぜ。どうせ賠償金は、ギュー・・・なんちゃら侯爵にたんまり払わせる予定だし。」
俺の判断に、状況を呆然と見守っていた領民達が、一斉に歓声を上げた。
その後は楽器を吹き鳴らし、更なるお祭り騒ぎだ。
良い感じの“肉フェス”になってきた。
夜になったら、キャンプファイヤーやりたい。
ついでに、マシュマロを木に刺して焼いてみたい。
「あ、あの。恐れ多くも、次期国王エリオット様、」
おずおずと、跪いたままの騎士が決まり悪そうに口を開く。
「何だ?」
「エリオット様には、急ぎ王城までお越し頂きたく・・・、」
騎士の言葉に、俺は首を横に振る。
「それはできない。領主として、まだやる事が残ってるし。申し出は有難いけど、俺達の味方はまだ、国の三分の一。時期尚早だと思う。」
俺が国内の情勢を把握している事に驚いたのだろうか。
騎士達がまた、目を丸くする。
「し、しかしながら、エリオット様には国内の混乱を収めるべく、早々に王城にて戴冠式を行って頂きたく・・・、」
「戴冠式かぁ・・・。あ。そうだ、ギックリ腰王は、大丈夫か?」
「はい?」
「えーっと、父王は無事か?あと、戴冠式の、王冠は?」
俺の問いに、騎士達がまた、言い淀む。
「それが・・現国王様は今、絶対安静中でして・・・。王冠の方は、・・・何と申しますか・・・その・・裸で現国王様が踊っておられる最中に、笑いながら塔のてっぺんから投げ落としてしまい、現在急いで修復中なのです・・・・。」
「なるほど。」
やはりそういう事態だったか。
“ズ”と、似た症状だ。
王冠を投げ落としちゃったのは、予想外だったけど。
「・・・・申し訳ありません。」
「何で謝るんだよ?ギックリ・・父王が塔から落っこちないよう、尽力してくれたんだろ。王冠より人命だ。ありがとな。あんまり話した事無い人だけど、一応、俺の父親だからさ。」
「エリオット様・・・、」
騎士達の目が潤む。
だが正直、王冠が無いのは、痛手だ。
王冠は、王の証し。
さっさと作り直して戴冠式を執り行わないと、内乱に発展するかもしれない。
いや、もう、なってるのかな。
ギューなんちゃら侯爵の反乱は、つまり・・・そういう事なんだろう。
「せっかく来てもらって悪いんだが・・・俺が王城へ行くのは、少し先になる。」
「・・・ですが、」
「お話し中、申し訳ありませんわ。でも、せっかく足を運んで頂いた騎士様達にはぜひ、敵対勢力を含む、全ての有力者、それから国民に、強大な力を持つ侯爵家の軍勢を、一晩で制圧したエリオット様の武勇を世に広めてもらいたく思いますの。侯爵家の面目は丸潰れでしょうけど、エリオット様の権威は高まりますから。国民の多くは、他国に侵略されない、強く知略に富んだ王を欲していましてよ。」
いつの間にか、しなりと傍に寄って来て、騎士達に微笑みかけたのはミランダだった。
その輝くような美貌に。
騎士達も、思わず見惚れている。
・・・何気に俺の周り、顔が良いよな。
しかも、頭も良いという・・・。
「それならついでに、侯爵家に寄った際、賠償金の請求書をお届け頂いて宜しいですか?王城騎士団であれば、ギューギュルギュット侯爵も無下にはできないはずですから。」
エア眼鏡をくいッと上げて、俺の優秀な執事が今回の騒動に関する請求書と書簡を騎士団長に差し出した。
「ああ、それ大事だな。あと、領民達に“ゴメンなさい”の謝罪文も追加で要求してくれ。俺がそう言ってたって、伝えてもらえると有難い。」
俺からも頼まれて、騎士団長らしき男は、恭しく請求書と書簡をその手に受け取った。
「・・・・エリオットは、王冠が欲しいか。」
その時、ふらりとメイドに付き添われて猫兄様がやってきた。
気付いた騎士達が驚き、「猫兄様がお話しになっているぞ・・・ッ」とざわついた。
そういや、王城に居た頃の猫兄様は、喋っていなかったんだっけ。
このところ普通に喋っているのが当たり前だったから、すっかり忘れていた。
俺は、猫兄様に向き直る。
「うん。それがあれば、内乱も最小限に抑えられるんじゃないかと考えてる。」
「そうか。・・・では、私が作った王冠はどうだろう。少々不格好ではあるが。」
「え?」
猫兄様の白い手には、何か、プラプラした植物が。
よく見ると。
摘みたての花の茎に穴を開け、そこにまた花の茎を通して輪っかにしていく、子どもの手作り、みたいなピンクの花冠が握られていた。
いかにも、メイドに教えてもらって初めて作った、という初々しさのある花冠だ。
思わず頬が緩む。
花と戯れる猫兄様、可愛過ぎて尊い。
「ありがとう。頂くよ。」
猫兄様が背伸びして手を伸ばしたので、俺は腰を曲げてしゃがんだ。
俺のもじゃっとした、纏まりの悪い黒髪にピンクの花冠が載せられる。
と、その瞬間。
ズシッと、急に頭に重さが。
え、何?
何が起こった?
戸惑う俺より先に、その場に居た騎士や領民達が、ポカン、と口を開けて俺を見た後。
奇跡だ、とでもいうように。
ある者は歓声を上げ、またある者は地面にひれ伏し、祈る。
騎士達の中には「おおおぉぉぉ」と感動して声を上げる者も居る。
え、マジで何?
本人だけが分からん、という不条理。
そんな中、猫兄様は冷静に騎士達に向き直った。
「皆の者、聞くが良い。私は”鍛冶神”の使い。私が跪くのは、この世にエリオット唯一人。こうして戴冠も無事済ました。それでもまだエリオットに危害を加えようとする者がいるのなら・・・”鍛冶神”の名において、この私が直々に、あらゆる金属を用いて突き刺し、切り裂き、殴り付けよう。皆にも、そう伝えよ。」
暫し猫兄様を見開いた目で見詰めていた騎士達が、今度は一斉に首を垂れ「御意!」と応じた。
当然だが、俺より段違いに敬われている、天使の猫兄様。
そんでちょっと・・・・やっぱり、発言内容、過激で不穏。
見た目の可愛さのお陰でオブラートに包まれているように錯覚するが、言ってることは、直接的な脅しなんだよな。
とはいえ。
流石に天使で、第一王子だ。
場の空気が、ピリリと引き締まった。
俺は僅かな歳の差なんて気にしないけど。
猫兄様って、長兄なんだ。
天使でなければ、本来王座を継いでいたはず。
そう考えると、不思議な気分。
そんで。
アホみたいに俺は、自分の頭に手で触れ、本来柔らかいはずの花冠が、硬質である事を確認する。
・・・・金属だ、これ。
猫兄様が手にしていたのは確かに植物で、ピンクの花冠だったが。
俺の頭の上で金属に変化していた。
”鍛冶神”の使い、って・・・何でもできるんだな。
本当に、お伽噺に出てくる、魔法使いみたいだ(天使様には失礼?になるのかな)。
”鍛冶神”は、”戦の神”等に比べて弱い、って勝手に思い込んでたけど。
ゴメン。
もしかすると、いや、もしかしないでも、かなり独特で、強いんじゃないか?
皆も、その神秘を目の当たりにして、崇拝するように猫兄様を見る。
厳かな雰囲気だ。
だから今、自分の頭から外して見る訳にはいかないが。
きっと珍しい、花冠の形をした金属の王冠。
ごてごてした宝石類は無い代わりに、心地良いフィット感がある。
ボサツきがちな黒髪がキッチリ抑えられ、若干イケメンに近付けた気分。
いいな、これ。
動き易いし。
何より、猫兄様が自ら作って、戴冠してくれた事が、こんなにも嬉しい。
チリン。
首の鈴を涼し気に鳴らしながら、猫兄様が俺を見上げてくる。
左右の色が違う、綺麗な目。
俺も、王冠を被ったまま猫兄様を見る。
まだぎこちないが、猫兄様が微かに笑んだ。
その秀麗な顔に、俺は耳まで真っ赤になる。
・・・・愛しい。
何故か俺は。
その微笑が。
泣きそうに懐かしく・・・。
言葉で言い表せない程・・・切なく、大切に思えた。