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猫兄様にお願い  作者: 苺野ラリ
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猫兄様の奪取

 2 猫兄様の奪取


 王城まで、早馬を乗り継いだとしても、三日はかかる。

 俺と執事は、馬を駆った。

 領内を抜ける間、領民にしょっちゅう手を振られる。

 俺って、何気に人気者なんじゃない?

 手を振り返したら。

 「領民に構ってる場合ではないでしょう。」

 「ッ?」

 「手を振ってるのは、“お前暇そうだな手伝え”って合図ですよ。馬鹿なんですか?」

 「え、そうなの?」

 「それ以外に、何があるんです?」

 俺は愕然とする。

 「・・・いや、俺って、人気者だなって・・・、」

 「妄想、ホントにお好きですね。」

 「言い方・・・。」

 なるほど。

 人気なんて、無かった。

 手厳しい執事の言葉に、俺は自信を失う。

 猫兄様の託した“こ・い”の文字だってそうだ・・・。

 あれは多分、来い、で合っているのだろうけれど、何の為に俺を呼ぶんだ?

 今まで、散々つれなかったのに。

 何度も死亡しかけた。

 今回も、もしかしたら俺をおびき寄せて、他の王子に殺させる算段なのかもしれない。

 無言になった俺に、執事が問う。

 「天使が王を選ぶ、って、どうやって選ぶんでしょうね。」

 それは、“あなたを王に選びます”って一言告げれば・・・と考えてから、あれ?と思う。

 猫兄様は、喋らない。

 文字も書けない。

 「・・・・指差す、とか?」

 「猫兄様は、何回も指差してますよ、色んな人を。」

 確かに。

 ジェスチャーは、喋れない猫兄様の大事なコミュニケーション手段だ。

 「じゃあ、今回みたいに切り貼りの文字で・・・・、」

 「本気で言ってます?詰んでますよ、それ。」

 「・・・・?」

 「それなら、最初から手紙に“エリオットを王にする”って貼れば済む話しです。」

 「あ、詰んでる。」

 そうだ。

 執事の言う通りだ。

 やっぱり俺は、嵌められてる。

 「“あ、詰んでる”じゃないですよ。元々、猫兄様がエリオット様を王にする気が無いのは、承知の上です。」

 「じゃあ、どうしてッ、」

 「一先ず、渦中の猫兄様を攫うんですよ。領内に連れ帰り、ちょっとお可哀そうですが、猫兄様を地下牢に閉じ込めて縛り上げます。“俺を王にしないと、その愛らしい尻尾をちょん切るぞ、次はその耳だ、この高慢ちきな野良猫野郎め!”と、拷問してみて下さい、エリオット様。」

 「拷問は、俺がやる設定なんだな。お前、サイコパスだろ。」

 「何をおっしゃっているんです。私に、そんな鬼畜な行いができる訳ないでしょう?ですから、貴方に託したんです。」

 「なるほど。俺ならできると思ったんだ、このサイコパス執事が。」

 「意気地なし王子。」

 「あ、今度はそう来た?」

 俺達は、早駆けしながら、互いに罵り合う。

 「とにかく、エリオット様が拷問してもダメなら、」

 「俺が拷問するのが前提なの、止めろッ、」

 「ちょっと黙ってて下さい、チキン野郎。拷問でダメなら、猫兄様には人質・・・いや、猫質になってもらいましょう。」

 「今、しれっと俺を“チキン野郎”って言ったよな。」

 「言ってません。それより王城では、既に騎士同士の殺し合いが始まっている。つまり、猫兄様は、まだ王を選んでいない。だから王子達が派閥に分かれて争い始めたって事です。」

 「・・・・。」

 「恐らく他の王子も、どうやったら猫兄様から王に指名されるのか、分からないんですよ。だから、色々試してみたい、猫兄様を誰より先に捕らえて。」

 一呼吸おいて、執事は真面目な顔で続けた。

 「これから、王城は凄惨な派閥争いで血に染まるでしょう。エリオット様では、到底勝てっこない。ですから一番先に猫兄様を攫って、最悪、敵に囲まれたら、猫兄様の身柄と引き換えに、他国への逃亡を要求しましょう。」

 「なッ、そんな事・・・ッ!」

 「未練がましいですね。その時はスパッと、猫兄様の事はお忘れなさい。」

 「りょ、領民だって置いていくのは、」

 「領民は、誰が治めてたって、たいして気にしませんから。心配ない、ない。」

 「・・・・・・・・ちょっとは、気にして欲しい。」

 「我儘。」

 冷たい執事と言い合いを続けながら・・・不安を胸に、俺達は王城まで、ほぼ不眠不休で駆け抜けた。

 というと格好良いが、実際は寝不足過ぎて「何か、小人っぽい奴が見える」みたいな精神状態になっていた。

 城下町に着いた頃にはもう、どっぷり日も暮れていたし、「エリオット様、ちょっと宿で休みませんか。マジ、眠い」と執事が、自分の眠気解消を最優先させようとする。

 「猫兄様が先だろッ、何しに来たんだよ、」

 俺は執事を鼓舞する。

 「ここでちょっとの睡眠を貪るのと、剣でぶっ刺されて永眠するのと、どっちがいいんだお前はッ、」

 そこで執事が、ハッと我に返る。

 「そうでした。貴方と永眠するとか、最低の死に方でしたね。目を覚まさせて下さって、ありがとうございます。」

 「俺、そこまで嫌われてんの・・・もう、いいけど。」

 「落ち込まないで下さい。自覚がない所だけは、素敵ですよ。」

 「一個でいいから、他にも素敵な所を言ってくれ。」

 「・・・・・・・・・・。」

 「ああ、はい。沈黙ね。はいはい。分かりましたー。」

 半ば自暴自棄になりつつ、城下町を擦り抜けて王城への丘を駆け上がる。

 城の正門には衛兵が居て、どこの王子の手の者だか、分かったものではない。

 本当は、地図とか見て、衛兵の交代時間とか綿密に計算して、城壁をよじ上ったりして・・・。

 「はぁ?計画?面倒くさい・・・。眠いんですよ、私は。いつも私に考えさせようとしないで、ご自分で考えたらどうです?」

 頼みの綱である優秀な執事が、睡眠不足の所為で、思考停止に陥っている。

 「うん、まぁ、俺も考えたけど。やっぱ頭が働かないんで、正面突破で行こう。」

 「眠く無くても、貴方の頭は働いてませんよ。・・・けど、マジ、眠いです。」

 主に嫌味を言う頭だけは働いているらしい、執事。

 そして、無策のまま正門から突っ込んでしまった、睡眠不足の二人。

 当然のように衛兵達から呼び止められ、ここで戦闘か、と剣に手をかけたら、普通に身分証を提示して「あ、辺境の王子様ですね、どうぞ」という感じで、緩~く、城内に通された。

 何だ、正門を守っていたのは、どの王子の手の者でも無かったんだな。

 「・・・夜中に寝ないで門を守るって、本当に大変だよな。少ないが、これで美味いものでも食ってくれ。」

 振り返って、財布から、なけなしの銀貨を数枚、衛兵に渡す。

 「確かに王子にしちゃケチっていうか少ない額ですけど、貰える物は貰っときます。ありがとうございます。」

 「お前の正直さは、いつか世界を救うさ。」

 「無駄に壮大ですね、たかが銀貨数枚で。でも、ありがとうございます。」

 俺達は正直な衛兵に見送られ、そのまま城の厩に馬を繋ぎに行く風を装って、馬の鼻緒を東に向けた。

 「厩に、自分で馬を預けにいく王子とか居ないですよ。それなのに、城内の人、皆スルーって。どんだけ凡人オーラを纏ってるんですか、エリオット様。」

 「俺は凡人だが、小人が見えている。」

 「寝不足なだけですよ、私だって見えてますッ。」

 イラつく執事。

 第一王子を奪取するって、もっとスリリングで緊張感漂うものだと思っていたが、何か、思ってたのと違う。

 三日も寝てないと、いつもは冷静な執事も、役立たずだ。

 今後も俺の命があるなら、寝不足には気を付けよう。

 ・・・・俺は、メイドからの手紙によって、猫兄様が城の東、四階、一番右端に自室を持っている事を把握している。

 その場で使えそうな物とロープを利用して、四階まで登って猫兄様を攫うというザックリした計画を立ててはいたが、・・・高くね?城の四階。

 落ちたら、即死だ。

 厩ではなく、木の枝に馬を繋いで、茂みから呆然と城を見上げる俺と執事。

 「あ・・・、どうぞ、行って来て下さい。持ってきたロープで。私はここで待ってます。」

 眠たそうな執事が、俺の背中を押す。

 こいつ、俺だけ行かせて、絶対自分は寝る気だ。

 あと、普通に落ちたら死ぬし、城の周りには時折屈強な騎士どもが巡回していて、見付かったら即処刑間違いなしだぞ、これ。

 「何か策は無いのか、」

 「策ぅ?愛があれば充分でしょ。さっさと行って下さい。」

 執事が、雑。

 ええい、もう、なるようになる!

 そう思って立ち上がった瞬間、近くの茂みがガサガサッと揺れた。

 俺と執事は、ギョッとしたが。

 「アホなんですか、エリオット様。目立つんで、しゃがんで下さい。」

 聞き覚えのある女の声。

 俺が送り込んだ、メイドの声で間違いない。

 見遣ると。

 ・・・確かメイドは黒地のスカートに白いエプロン姿だったはずだが・・・。

 今は、野戦特殊部隊か何かのように、全身に雑草を纏い、完全に茂みになりきっている。

 戦いのプロだ、この人。

 素直にしゃがんだ俺に、メイドが小声で囁く。

 「何しに来たんですか?エリオット様。」

 「え?」

 それを、俺に聞く?

 「猫兄様に“こ・い”と言われたから来たんだけど。」

 というか、お前こそ、何をしているんだ。

 完全に茂みと化しているぞ。

 「エリオット様がアホだって事、忘れてました。私のミスです、すみません。猫兄様から“こ・い”という紙片を貰ったのは私です。」

 「・・・・・・・。」

 「・・・・・・・。」

 ああ、なるほど。

 そういう事、な。

 確かに。

 俺宛てだと、メイドは書いていなかったし、手紙を貰ったのはメイドだ。

 だが俺は、悔しくない。

 だって、隣で無言になっている優秀な俺の執事だって、「鯉」?とか言ってたからな。

 俺が無言で執事を見遣ると、珍しく執事が敗北感のある顔をしていた。

 うん、うん。

 何か、爽快だぜ。

 「・・・・・私達は、猫兄様をいち早く奪いに・・・もとい、お助けに上がったまでですよ。怯えてらっしゃる、との事でしたので。」

 おお、流石俺の優秀な執事。

 すぐに反撃に出る。

 だが、メイドの次の一打の方が勝っていた。

 「え?まさかとは思いますが、お二人だけで、ですか?」

 「・・・・・・・。」

 「・・・・・・・。」

 その、まさかなんだよな。

 とは言い辛い雰囲気だ。

 俺、兵力持ってないし。

 「無謀を通り越して、清々しいですね。今から猫兄様の所へお連れしますので、お二人とも、枝葉や草で隠れて下さい。」

 「猫兄様は、無事なのかッ?」

 「無事ですよ。因みに私は、猫兄様から“頭を撫でても良い権利”を頂きました。」

 「「はぁッ!?」」

 俺と執事の声が重なった。

 「しーッ!声が大きいですよ。羨ましいのは分かりますが、さっさとこの雑草を髪に突っ込んで。」

 問答無用で雑草を根っこごと髪にぶっ刺される俺、王子。

 土と根が頭皮にゴリゴリ当たって痛いんだが。

 まぁいい。

 隣に居る執事も同様に雑草をぶっ刺されているからな。

 優秀な執事が敗北している姿は、何か楽しいぜ。

 それから茂みと化した俺達は、メイドの先導により王城の東に広がる庭園を抜け、北のじめッとした奥庭へと移動する。

 その際、見回りの騎士達が通る度、「伏せ!」とメイドから指示が飛び、俺達はそれに従った。

 俺は密かに、メイドに“鬼軍曹”、という渾名を付けてやった。

 なぜって?

 伏せるのが遅いと、騎士達が通り過ぎた後、雑草でしばかれるから。

 「息を合わせろ!お前の失態が、全員の命を奪う事になるぞ!」

 いやマジ、何者なの、このメイド。

 只者ではないだろ。

 最初は不満だったが。

 回を重ねる度、俺達の息はピッタリ合い、ちょっと楽しくなってきた。

 それに、猫兄様が無事だと聞いて、俺は安堵している。

 しかも俺の所のメイドが猫兄様の居場所を知っているという事は・・・・ちょっと言い方はアレだが、猫兄様は今、俺達が手に入れたも同然、という訳だ。

 この鬼軍曹、やるな。

 執事より、優秀なんじゃないか?

 と思っていたら、また雑草でしばかれた、執事が。

 ちょっと可愛そうになってきたな・・・。

 こういう時の対応力は、俺の方が上だ。

 北の奥庭の端の方まで行くと、鬼軍曹・・・いや、メイドから、雑草を取り払って良いと言われた。 

 「この辺は、誰も来ないから。庭師も放置なんです。」

 確かに辺りは、蔓性植物が生い茂った雑木林みたくなっている。

 「鬼軍・・・いや、メイドよ。その両脇に抱えた物は何だ?」

 「パンです。厨房から、くすねてきました。」

 「そうか。」

 逞しいな。

 茂みと化し、俺達をしばきながら、更に脇にパンまで抱えていたとは。

 「猫兄様は、そこの地下倉庫に一週間以上、潜伏なさっています。」

 ん?地下倉庫?

 暗くてよく分からない、と思っていたら、鬼軍曹が、地下に続く扉らしきものをひょいっと開けてみせた。

 中は、蝋燭の灯りで仄かに明るい。

 土を払いながら、執事がボソリと耳打ちしてきた。

 「良かったですね、エリオット様。猫兄様を地下牢に閉じ込めて拷問する準備が、もう整っているようですよ。」

 「黙れ、サイコパス。」

 先程、雑草でしばかれる執事に同情した件は、無かった事にしよう。

 「猫兄様が言うには“地下は落ち着く”だそうです。」

 「そうなのか?」

 ってか、何で鬼軍曹は、猫兄様と会話が成立しているんだ?

 「私、文字盤を作ったんです。猫兄様が一生懸命切り貼りした手紙を見て、これは名案!と思って。」

 「文字盤?」

 「そうです。文字がずらっと並んだ盤を猫兄様が指差すと、言いたい事が分かるという画期的な発明です。この発明には、猫兄様がいたく感謝されまして、自分にできる範囲で褒美を与える、とおっしゃられたので、この城を下さい、って伝えたのですが・・・。」

 「それは滅茶苦茶大きくでたな。この欲張りさん、というレベルを超えているぞ。」

 「まぁ、無理かな、とは私も思ってましたけど。城は、自分の物ではない、とおっしゃるので、じゃあ、猫兄様の尻尾を撫でさせて下さい、と申し出ましたら、」

 「いやいや、ちょっと待て。望みの方向転換が百八十度違うだろッ、」

 「え?でも触りたいでしょ?」

 うぐッ。

 否定はできんな。

 「尻尾は敏感だから嫌だとおっしゃり、」

 うわぁ。

 尻尾は案外、敏感なんだ。

 かっわいい~。

 「代わりに頭なら撫でて良いと。」

 「羨ましいッ、」

 「すっごく可愛いです。耳がプルプルっと動いたりするともう、堪らん。」

 でしょうな。

 「でも、エリオット様なら、どこ触っても大丈夫だと思いますよ。」

 「は?」

 「猫兄様が“私が跪くのは、エリオットの前のみ”と仰っていたので。」

 「ええッ!?」

 驚き過ぎて声が出ない俺の代わりに、素っ頓狂な声を上げたのは、俺の優秀な執事だった。

 「私、当たりくじ引いちゃったわ。次期王は、エリオット様で決まりよ。」

 さぁ、どうぞ、と、くすねたパンを両脇に抱えたメイドが地下へ伸びる細い階段を指差す。

 その仄暗く湿った石壁と淀んだ空気に、俺はなぜか既視感を覚える。

 「罠かもしれませんよッ、」

 なんて言う、執事の冷静な忠告も、もう耳に入らなかった。

 どうしてだろう・・・。

 懐かしい。

 温かい。

 それと同時に。

 悲しい。

 俺は無言で石段を駆け下りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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