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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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少女ケインの波乱万丈な人生

作者: デイロー

 ケインと言う男を簡単に言うと、ただのどこにでもいそうな連続殺人犯である。

 いや、これには語弊があるのかもしれない。彼が殺人を犯したことがないということではなく、彼を男と言うのは少し難しいかもしれないという意味で。

 ケインは生まれて三か月の時、生殖器を切り落とされた。去勢されたのである。

 娼婦だったケインの母、アローナは彼を産んですぐにケインを孤児院へ入れようとしたが、日雇い労働者であったケインの父がそれに反対。

 そのせいでケインは少しの間アローナが一人住むワンルームで三か月ほど、彼女と二人きりになってしまったのである。

 ケインの父であるユーゲンはケインを兄夫妻のところへ自分の子を任せようとし、その準備のために色々必要としたのだ。これが間違いの始まりだったんだと、ケインを鑑定した心理治療士ジェニファーは自分の本で書いている。

 娼婦のアローナは重大な精神的病を抱えていた。たびたび幻聴を聞いたりや幻覚を見たりと、不安定な状態。幼少期に父親から性的虐待を受けたという話はあるが、事実かどうかは定かではない。

 アローナは天使から命令されたと後に証言している。

 ケインは悪魔の子。悪魔の子は良心を持たない。

 しかし殺してしまうのはいけない。悪魔の子だからこそ、現世に縛っておく必要がある。無能で無力な状態にして。

 だからアローナは生後三か月の赤子ケインの生殖器を包丁でどの部位も残さずすべて切り落とすことにした。赤子は泣き叫んだ。

 このままでは出血状態で死んでしまうだろうというところで近くに住んでいたワンルームの管理人が赤子の泣き叫んでいるところを不審に思い部屋に入ってみたら惨状が広がっていたわけである。

 そして血まみれの赤子を発見し、そのまま自分の車で病院に行ってケインは入院。

 アローナは裁判にかけられた後に精神病院に送られた。

 時は1950年。第二次世界大戦が終わって間もない時期。精神病院には保護者の同意のもとで入ったら二度と出られないなんてことは珍しくもなかった。

 実父であることは病院の記録に残っていて、ユーゲンは当初の計画通りに彼を兄デービッドと義姉キャサリン夫妻のところへ任せることにした。

 彼らは人当たりもよく、収入も安定しており、何より一軒家を持っていたのである。妥当な判断と言えた。

 そして自分とは違って中産階級である。石油採掘会社に入って、労働者から始め中間管理職にまで上り詰めた。ユーゲンは高卒だが、兄は短大を卒業している。頭もよく周り、性根も優しい、善良な人物であった。

 問題は彼らが人のことに鈍感だったことと、もう一人の男の子。

 8歳となる男の子ジョン。

 その男の子とも血縁関係にはなく、ジョンの場合はある程度成長した五歳の時に引き取られたため、彼らが自分の本当の親でないことを知っていた。

 大戦後は孤児の数も多く、デービッド夫妻はそんな子供を一人引き取っただけに過ぎなかったつもりでいた。

 二人には最後まで子が生まれることがなかった。

 誰かに生殖能力が欠けていたのだろう、それともどっちもか。

 ケインは大人しい子に育ったが、学校へ行かせるかに関してもめたようだ。

 何せ生殖器がないので、完全に中性的な見た目をしている。男性でも女性でもない。彼自身はと言うと、何も考えてなかった。と言うより彼は彼なりに向き合わなければならなかったことがあったのでそれどころではなかったのである。

 彼の兄であるジョンは神経質で癇癪持ちの男の子だった。

 運動神経もよく体力もあるが、戦争中に親を二人もなくしたことからPTSDを持っていたんだろう、しかしデービッドもキャサリンもPTSDの治療なんてものは考えずに普通に過ごしていた。そもそもそういう概念自体をわかっていなかったので。

 そしてジョンはそれなりに賢く頭の回る子であった。いくら親となっていても本当の親じゃないことは知っているので超えてはいけない線は超えないようにうまく立ち回っていたのである。

 自分が癇癪持ちであることをバレないように慎重だったのだ。

 しかし精神に継続的に負荷はかかっていたのだろう、どうにかして発散したいと思っていたジョンだったが、何かをするにもここら一帯は行儀のいい中産階級の連中しか住んでおらず、少し宅地の外を出たらただっぴろい森や砂漠が広がるだけである。

 北には森、その次には砂漠、南は川が流れていて、川を挟んで森があるが。そこを超えるとまた砂漠。

 何かがあるわけではない。

 だが都合のいいことに、彼にはケインがいたのである。ケインは整った顔立ちをしていて、髪も長かったので女の子とよく間違われた。

 親はケインを男の子として扱っていて、ジョンもそう言い聞かされた。

 つまり家では男の子で、外では女の子になっていたのである。

 何回もケインの裸を見たことのあるジョンだったが、切り落とされた後は赤子の時のこともあって、綺麗に縫合されており、醜いとは思わなかった。

 この時ジョンは15歳、ケインは7歳。

 恋情なんて生易しいものではない。もっとドロッとした感情がケインに向かった。

 当のケインは絵本を読むのが好きで、聖書を朗読するラジオなどを聞きながら平和に過ごしていた。ケインはのちにこの時期を自分の人生で一番幸せな時間と述べている。

 ケインとジョンは別々の部屋で、ケインは一人で寝るのをひどく不安がっていたのでよく母のキャサリンと一緒に寝ることが多かった。

 しかしそれも眠りに落ちるまでの話。ケインが眠りにつくと父のデービッドのところへ戻る。彼らが時折性行為をしていることもジョンは知っていた。一軒家はそれなりに広く、距離があるので声は届かない。だから安心してそんなことが出来たのだろう。

 ケインを襲うことに支障はなかった。隣の家との距離はそう遠くなかったにせよ、閉ざされた窓越しに聞こえるような声量を出すのは難しかったと思われる。

 ジョンがそれまでケインを襲ってなかったのはジョンが自分を抑えていたからではなく、そもそもそんな発想自体が存在していなかったからではないかと思われる。

 しかし彼は読んでしまった。

 冷戦に突入しようとし、保守的思想が猛威を振るい始めたアメリカでも神話に関する本は検閲されることなく図書館で読むことが出来た。

 ジョンがその本、ギリシャ神話に関する本を読もうとしたのは単なる偶然、気まぐれによるものだった。

 何となく授業で神話の話が出て、神話とは何ぞやと気になって読んでみただけ。

 そして彼は知った。古代ギリシャの同性愛文化を。しかしジョンは別に同性愛者ではない。だが同性愛の性行為が何なのかを知ったジョンは、中世的な美貌の少年ケインをそういう目で見ることになってしまった。

 しかもケインは都合よく男性器も持ってない。

 これほど都合のいいことがあるだろうか。この時期にケインは学校へは行っていたが、体育などには参加しないようにしていた。強かな性格のキャサリンが教師に話を付けたのである。

 だからケインは体の線も細く、少しくすんだ色の金髪は肩にまで伸ばしていた。

 ベッドがきしむ音に目を覚ましたケインを待っていたのは普段自分とあまり話すことのない、体格の大きい兄ジョンの顔。

 ケインは兄にそのまま唇を奪われた。口内を貪られてから、徐々にエスカレートしていく行為。

 体はまだ小さかったためそのまま最後まで進むことはなく、徐々に何か月ほどかけて慣らされたようである。その間は口などを使われた。

 ケインは兄の突然の行動に混乱していたが、痛いことはされていないと、知識のないケインはただされるがままになっていたようだ。

 しかし行為に及んでからは違った。

 最初の時ケインは痛みで泣いた。なんでこんなことをするのかと泣きながらジョンに訴えたが、ジョンは彼の口を手で防いで行為を続けた。

 ジョンはそれまでは痛みを伴う行為はなかったため、ケインが親に言うことはなかったと思っていたのだろう。

 ここでジョンは重大な過ちを犯した。ケインに自分が親の本当の子ではないと言ったこと。

 このことを母や父に喋ったら捨てられると嘘をついた。

 お前と俺はデービッドとキャサリンの子ではない。孤児なのだと。彼らに引き取られただけで、間違ったことをしていると知ってしまったら二人とも捨てられる。

 これからは二人とも孤児だから支え合いながら生きるべき。

 ケインはそれに途轍もなく衝撃を受けた。

 幼いケインには兄のいいなりなることしか彼の中に選択肢がなかったのである。

 しかしストックホルム症候群とは少し違うが、ケインは兄のジョンからの求めに依存するようになってしまった。ちなみに兄のジョンはケインががデービッドの甥っ子であることは知らされていない。

 知っていたとして彼の行動が変わっていたかは疑問ではあるが。

 本当の親はいない、ケインも薄々自分の体の形から何かが可笑しいことに気が付き始めていたのである。

 女性ではない、男性でもない。

 男と名付けられてはいるが、男として生きることが出来るとは思えない。

 学校に行く回数も徐々に減ることになった。

 不登校と言うより、何かしらのきっかけで周りにバレることを危惧してのことであった。

 いじめを心配していたわけではなかった。ケインは兄との度重なる性行為のせいで体は女性的な丸みを帯び始め、胸も少し膨らんでいた。

 小学校高学年のころになるとケインは完全に周りからは女性として認知されるようになっていたのである。

 問題はケイン自身が自らの状況を知り心理的に追い詰められていたこと。

 そしてジョンは、ただ一人ケインを求めてくる人であった。

 彼の欲望はわかりやすかったのだろう。わかりやすい彼の欲に従ってしまえば不安を忘れられる。これは感情的な虐待を受けながらも関係を持続する多くのカップルに見られる現象で、ケインもこれに入っていた。

 二人の歪な関係はジョンが大学へ行って彼女を作っても続いた。ジョンは家に親がいない時は鬱屈した感情を発散するための出口のようにケインを扱った。ケインにとって兄との性行為は少し乱暴ではあったが、体格もある程度成長しており、体も慣れていたため痛みはなく殆ど快感だけを伴っていたため、彼自身も幾分か楽しんでいたようだ。

 この間、良くも悪くものんびりした性格の兄夫妻は二人の異変に全く気が付いていなかったのである。

 滅多に外に出ることもないケインの体つきは成長しても細いままで、声のトーンも高くなっていた。

 初対面の人からはなぜ女性なのにケインと言う名前を付けているのかと聞かれることが多かった。

 ケイン自身はこの思春期になってからは、そもそもホルモンバランス云々のことすら起きないので思春期と言えるかは微妙なところではあるのだが、精神的な面での変化があって、自分のことを真剣に考えるようになったのである。自分は果たしてどんな人間なのかと。

 しかし彼の追い詰められた心理状態で性自認なんてしようとしたらどうなるか。

 ジョンは彼を従順な女にしようとした。お前は薄汚い娼婦の子だ、俺のおもちゃだ、俺のものでしかない、そう言い聞かされ続けた。ケインもそれを受け入れようとした。

 それが違うことを自覚してから、ケインにとっての悪夢が始まった。

 家でも勉強もしていったケインは大学に入れるほどの学歴を身に着けるまでそう時間はかからなかった。彼は物事の因果関係を把握する能力に秀でていた。一を聞いたらそれから派生するはずの十の結果を引き出すことが出来た。これは稀有な才能で、ただの暗記能力とも違う彼個人の特殊性であった。

 兄が就職をし、ケインが十四歳になったころ、彼は大学の提示したテストや論述、面接を受けて合格した。

 ケインは秀才ではあっても天才と言うわけではなかったため、テストを受けたのはかの有名なアイビーリーグではない、シカゴ大学であった。なぜシカゴ大学なのかと言うと、そこに祖父母が住んでいるからである。兄はテキサスの大学へ入ってて、父とは違う会社ではあるけど同じく石油採掘をする地元の会社へ入社した。

 ケインはやっと兄から離れて自由になった。問題は、そう。

 彼が自分自身のことを考える時間が殆どなかったまま、その年齢になってある程度自らの行動に対して責任を持つ立場にまでなってしまったこと。

シカゴ大学に入るのは、この時代には親が金持ちなエリートが殆どで、中産階級出身で奨学金をもらって、まだ十四歳のケインは周りからかなり浮いていた。顔はどう見ても女なのに名前はケイン。

 入学してから最初のころはみんな自分のことで背いっぱいだったため、ケイン自身も周りとは適度に距離を取りながら問題なく大学生活を送っていた。勉強は面白く、暇な時間にキャンパスを散歩するのはとても楽しかった。

 そして彼は図書館で一人の女の子と知り合った。活発でユーモラスな子だった。ケインの年齢や彼の、中産階級ながら奨学金をもらって通っている状況を知った彼女は彼に同情的で、よく食事を一緒にするような中にまでなった。ただ問題は、彼女、マリーはケインを女の子に男の子名前を付ける非常識な親まで持っているとまで勘違いをしており。

 彼をただの女の子の友人としてしか見ていなかった点。

 しかも運の悪いことにしばらくしてからマリーには誠実で優しい金持ちの男の子と付き合うことになって、ケインはマリーから彼を紹介されることになった。

 ケインは恥ずかしくなった。やっと自分のことを今までろくに考えてこなかったことを自覚した。自分が女だと思い込もうとしたけど、マリーに恋情を抱いていた。それは同性愛のようなものではなくもっと生々しいものであった。それはまるで、そう。ジョンが自分に抱いていたような気持ち。

 しかし今更男の子のように生きるなんてできるものか。

 男の子ってそもそも何を基準にしているのか。自分は口調もニュートラルで、髪型や服装も男性でも女性でも着るようなものばかり着るようにしていた。

 今更ながら考えずにはいられない。

 自分は何物にも慣れない。生殖器もついてない。女性とは違う。

 それはなぜか、理由もわからない。ただの遺伝的な症状なのかと思ったけどそれも違うようだ。

 親に聞いたことがあるけどはぐらかされるか強引に話題を変えられるばかりで。

 生物学的に男性なのか女性なのか。

 彼の専攻は生物学で、それに関しての知識はそれなりに豊富にあった。レントゲン検査をしてみても答えは分からず。

 ただこの時は遺伝子に関しての知識がまだほとんどなく、知っていたとして心理的なところはまた別であるため、たとえ遺伝子情報を知ったところで何かが変わることもない。

 ケインの中では嵐が巻き起こった。怒り、悲しみ、痛み、絶望。

 従順な女性になれるはずがない。自分は何か違う。女性にも慣れず、男性にも慣れない。

 どうすることもできない、どうすればいいかもわからない。 

 誰が自分をこんな風にした。なぜ自分はこんな風になってしまった。

 しかもこの時、ケインは自分が狙われていたことを知らなかった。親の後ろ盾もいない、友人もいない可愛い女の子が一人で毎日大学生活を続けている。

 そして親がお金持ちだとか、いくら取り繕ったところで、血気盛んな若者たちが集まっている現実は変わらない。

 彼女は、彼は、ケインは狙われた。

 それは計画的犯行だった。そのグループは親がたくさんの不動産を持つ子たちの集まりで、勉強も得意ではない、学校には多額の金額を寄付して入ってはただ遊んでばかりの連中であった。

 ある週末前の夜、彼らは一人で帰宅するケインを追い、車の中へ連れ込んだ。彼らのうち一人が持つ近辺にある別荘へ向かった。ケインはひん剥かれたが生殖器はまるで縫合されたかのようで彼らはそれを笑いものにした。何かしらの外傷があるのだろうと思い、性器以外を使うことになった。

 この時事情があることは察することが出来たら彼らの未来が変わったのかもしれない。

 彼らはだからとケインを手放すこともなく週末の間、二日間もかけて男たちに凌辱し続けた。

 ジョンとは違って彼らはケインに幾分かの暴行も加えた。

 そしてそれは、ケインの中に眠っていた何かを目覚めさせるきっかけになってしまった。

 天使の話は本当だったのか。

 それともただの歪んだ成長過程が彼の心の中をぐちゃぐちゃにしてしまっていただけか。

 ケインは、物事の原因から結果を繋げる能力に長けている。逆に結果を導くにはどのような原因が必要なのかを瞬時に計算する能力も高かった。

 彼は、そう。

 誰から処理していけばいいのかを計算することが出来たという。

 油断していたんだろうか。男たちは最後の夜、お酒を飲んでつぶれていた。と言っても泥酔状態なのは二人ほどで、ほかはただ眠っているだけ。

 満身創痍だったケインだが。

 刃物で人を刺し殺せるほどの筋力は残っていた。最初に一番車に近かった奴の喉にある動脈を掻き切った。人体の仕組みは把握しているので、問題ない。

 次に起きたら最も厄介そうな体格の大きい奴、その次、その次…。最終的にケインは一人残さず殺しつくした。別荘にはガスを漏らした状態にしてから火をつけた。

 服を着替えて、祖父母の家に戻って、次の日に何事もなかったかのように大学へ向かった。

 金持ちの子供たちが集まって死亡した事件でFBIまで捜査に参加したが燃え尽きた家と死体にはこの時代では判別することの難しい証拠くらいしか残っておらず、結局事故として扱われた。

 ケインはと言うと彼の中にある殺人衝動が目覚めていた。同じ大学を通っている若い男性に口淫をしてお金を取るようになり。

 そのお金を使って道具を用意した。彼は主に若い男性を狙った犯行を行った。大学内だとリスクが高いと踏んだケインはシカゴの市街地で獲物を見つけるようになった。

 露出の高い女性物の服を着て、下着は着用しない、酒場などに入って、自分に声をかけてくる客が現れるまで待つ。

 客がかかるとホテルやモーテルへ向かう。

 そして部屋である程度行為を進んでから彼女が服を脱ぐような流れになった時、彼女は油断している男に注射針を刺して中身を注入する。

 この中身はシアン化合物、いわゆる青酸カリと言われるもので。

 それを注射された男はあっという間に死亡した。

 被害者の男性は年齢は20代半ばから30代前半。収入や職場はバラバラで、日雇い労働者もいれば歯医者もいた。

 合計13人がこの方法でケインにより殺害されていて、現場の鑑識や目撃証言から若い女性をターゲットに捜査が行われた。

 だからケインは、その名前から初めから検討対象にすらなっておらず、出生記録によるとケインは男性となっていたため、深いところにまで捜査が及ぶまで彼は捕まることなく数週間から数か月に一回の頻度で犯行を行った。

 ケインが捕まったきっかけはそれなりに劇的なものであった。この頃ケインは大学ですれ違う程度の相手に告白を受けた。最初は断っていたが、何回も告白をされ、ケインは言ったそうだ。自分はあなたが思っているような人間ではないと。

 しかし当然ながらすべての理由を聞いたわけではない。そんなことをしたら捕まってしまうことはケインは知っていたのである。この時期のケインはある計画を練っていた。

 その計画とはソ連に亡命をすること。自分の犯罪歴も抹消することが出来、運がよかったらソ連の非人道的実験に参加できるかもしれない。

 この頃になるとケインにとって殺人はそこまで快感をもたらす行為ではなくなっていた。むしろ最後に殺害した男性の死体を見て、ケインは酷く動揺し、現場に座り込んでしばらく離れず泣いていたようである。そして被害者のために祈りをしたと。

 大分不安定な状態の彼女。そう、もはや彼女を彼と呼ぶのは失礼に値するだろう、そんな彼女を救ったのはある青年からの熱烈なアプローチだった。

 精神的に不安定な状態でアプローチされ続けたケインは根負けして付き合うことになった。これは彼女の兄、ジョンとの関係でも

 二人の交際は無難に進んで、元々明るい性格になる気質の強かったケインはよく冗談を言っては彼氏、イーサンを楽しませたようだ。体のこともある程度理解されており、肉体関係に発展してからは二人の精神的な距離は近づいて行った。

 そんな二人だったが、ケインの精神を揺るがす事態が起こったのは付き合って半年ほど経ったある日。

 ケインを家族に紹介することになり、イーサンは自分の死んだ叔父の写真までケインに見せた。彼はケインの被害者の一人で、歯医者をしていた男性だった。

 彼女の記憶力は決して悪い方ではなく、むしろいい方であった。

 つまりケインは自分が殺した相手の顔ははっきり覚えていたのである。気分が悪いとそのまま家に戻ったケインは逃げるようにそのまま祖父の車を盗んで実家へ戻った。二か月の間外との連絡を絶って部屋にこもっていたケイン。

 そんな彼女を待っていたのはもう一つの過去からの刺客であった。

 兄のジョンは大学を卒業して二年目に結婚していたが、子供が出来ずそれが原因で家の中では喧嘩が絶えなかったようだ。

 そんなジョンはある日実家にケインが戻っているという話を聞いた。彼女との懐かしい思い出が蘇ってきた。ケインにとっては夢魔の見せる悪夢のような思い出に過ぎなかったが、ジョンは違っていた。ジョンはケインこそが本当に自分を愛していたと思い込んでいた。

 それは誤解だったが、ケインは一度もジョンを本気で断ったことがなく、求めればいつでも渋々ながらも応じてくれたし、彼女も楽しんでいたことは気が付いていた。

 だから親の不在中のある日、ケインはジョンの訪問を冷たくあしらったことでジョンの中にあった何かが切れた。ケインは殴られ、乱暴にレイプされた。

 だがケインはポケットにいつも護身用に、そして自決用に、青酸カリの入った注射器を持ち歩いていたことを、この時のジョンは知らなかった。

 行為が終わった後、ケインは注射器を取り出してジョンの腕に刺した。

 ジョンが死亡したことによりケインは明確な容疑者となったことを自覚した。

 そして彼女は自殺をしようとしたが、最後に彼氏に挨拶をしたいとも思っていた。ジョンの死体を放置したままシカゴに祖父の車でまた戻ったケインは深夜、彼氏の家に向かった。

 その時何がどうなったか、二人はまた性行為に及んで、それからケインは自分のこれまでの人生をイーサンに語った。

 イーサンは彼女に自首をすることを進めた。叔父を殺した自分が憎くないのか、それでも愛しているなどと言うドラマがあったようで。

 イーサンと言う人物も中々興味深い過去を持っていた。

 イタリア系の父とイギリス系の母のもとで育ったが、兄が交通事故で亡くなっている。それまで信心深いプロテスタントだったイーサンは子供のころの兄の死を深く悩んだ。続いて可愛がってくれた祖父母が各々の違う部位のがんで亡くなり、こういった短い人物の重なる死は情の深い彼の中で人生観は大きく形作ることになった。歯医者をやっていた叔父ともまた親しかったようで、叔父はよくまだ幼いイーサンにもナンパをするコツなどを言う、やんちゃな人だった。

 父は舞台までついた大きなレストランを経営しており、母は看護師。

 家庭内は極めて平和的で、イタリア系の父は快活ながら冗談がうまく、笑いが絶えないいい家庭だったようである。

 そんなイーサンの説得の末、自首をしたケイン。

 精神的な問題をたくさん抱えていることから刑務所ではなく精神病院に行くことになった。裁判所ではこと細かく自分に今まで起きたことややっていたことの証言をしており。

 このころになると彼女の儀父母も黙っていられず、彼女の事情、本当の親のことを語るしかなかった。

 初めて自分の出生がどのようなものだったかを知ったケインはかなりの衝撃を受けたようで、もし親がこのことを自分に言ってくいれていたならジョンとの関係も親にすぐ言えたはずだと、それから自分がここまでのことにはならなかっただろうと弁護士との面談中に取り乱して泣き叫んだという。

 ちなみに、実の親二人は十年も前に二人とも亡くなっている。血縁上の母は自殺、父は工事現場での事故で死亡。

 この話は当然ながら関わった人物たちをめぐり様々なドラマがあって、マスコミまでもが食いついて彼女のことはすぐに人々に知らされることとなった。

 ただ彼女の境遇に同情した人も少なくなかったため、弁護士の費用は全国から寄付されたお金によって支払われた。有能な弁護士の助けもあってケインは死刑になることは免れた。そもそも彼女はまだ未成年だったため、死刑になることはほぼあり得ないとされている。

 そこからさらに幾分か情状酌量を受けることになったが、それでも殺害した人数は二十人に及んだことから懲役30年の判決がなされた。

 精神病院は最初の三年間はかなり厳しいところへ収容されることになったが、弁護士の活躍により徐々に規則の緩い精神病院へと移り、5年目からはイーサンに面会を受けるたびに性行為に及んだという。

 ケインの刑期は少し減って26年の服役となった。

 殺害した人数を考えると異例とも言えたが、殺人に使われた青酸カリが速やかに被害者の意識を経ち死に至らしめた点、加害者が未成年者であり、精神疾患を持っている点、幼少期からの兄による性的虐待、親の放任、最後にトリガーとなった集団レイプ…。

 これらをすべて経験してまともな行動を起こせるように期待する方が酷と言う話であった。

 病院から出た彼女をイーサンはずっと待っていた。

 親類縁者はイーサン以外はすべて亡くなっていたが、彼女の自伝は飛ぶように売れて、有名な監督による映画化も決まっていた。

 この時のケインは名前をカルラに変えていて、法廷からも彼女は女性として認められていており、カルラはイーサンと結婚した。二人とも中年と言う年齢にはなっていたけど、互いへの思いは続いていたようである。

 二人は西海岸に住居を移し、それから特に問題なく幸せな家庭を築いているようだが、被害者に対する懺悔の念は絶えず毎日欠かさず祈りをささげているという。

 そんなカルラは自伝の最後にこう書いた。

 『子供に子供自身に関する知識はいかなる場合にも秘匿するべきではない。それがたとえ子供の心を守るためと言った理由であろうと、それはさらなる誤解を積み重ね、悲劇的な結末へ誘う。

 人はみな自分だけにしか向き合えない自分だけの現実を持って生きている。まだ幼く判断に難しいなんて親が傲慢にも押し付けるのは一人の人間が自分が背負うべき自分だけの現実を奪われるのと同じである。』

 と。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 背景や設定がすごく作り込まれていて、まるで本物のドキュメンタリーやプロファイリングを読んでいるよう。でも実際に起こったことなら辛すぎるのでフィクションで良かったです…。凄惨なケインの人生に…
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