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花ノ言葉  作者: ナイン
第一章「紅の音色とアマリリス」
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この学校において、坂入紅音は誰でも知る有名人だった。


1年生にして生徒会副会長に就任。この学校に首席で合格し、これまでの試験も常に首位をキープ。学力に関して何の問題もない。


運動に関しても彼女は一流だ。先日行われた体育祭でクラス対抗リレーのアンカーを担当。ビリで回ってきた彼女は前を走るサッカー部の男子共を抜き去り、1位を勝ち取った。また、身体測定でのハンドボール投げは50メートルであり、クラスの野球部達は絶望を味わった。


極めつけは、彼女の可愛さにある。いや、美人と言った方が良いかもしれない。おそらくミスコンを開けばトップ3には入るであろう。美人系限定のミスコンにすればおそらく敵なし。他校のファンも大勢いると噂で聞いたことがある。


秀才であり、運動が出来て美人。ここまでのステータスが揃っていて有名にならない訳がない。男子共は常に彼女とお話をする機会を窺っているし、女子共は彼女のようになりたいと憧れを抱いている。男女ともにモテモテな彼女。流石の僕でも、彼女を知らない訳がない。


なら、今の状況は何なのだろうか。


「私、どうすればいいのかしら」


背中まで下ろしたストレートの髪をなびかせながら、坂入は僕に問う。


今まで一度も話した事はない。クラスだって違う。唯一彼女と共通点があるとすれば、同学年という事だけ。それなのに、どうして僕と坂入は放課後に、屋上で二人きりになっているのだろう。


屋上という、普段はあまり来ない場所で二人きり。この学校の全男子の夢であろうシチュエーション。そんな、中々お目にかかれない場所での彼女の姿は、いつもより美しく感じた。







☆☆☆







約10時間前。時刻は午前7時頃。


僕は学校に着き、下駄箱で上履きに履き替えると、すぐにある所へ直行した。


この学校に入学してから3ヶ月が経ち、7月。まあまあ高校生活に慣れてきた僕は、二か月前、屋上に入れる事を知った。


屋上といえば、漫画やアニメなんかでよく出てくる場所だ。しかし、僕が通う紅葉高校では屋上という場所は架空の存在であり、普段は立ち入り禁止となっている。


僕は二か月前、屋上の近くへ行く用事があり、その帰りに本当に屋上へ行けないのかを確かめた。自分でも馬鹿だなと思うが、その時はなぜかやる気満々だった。


するとどういうことだろう。かかっていた南京錠が壊れており、簡単に入ることが出来た。しっかり鍵はかかっていたのだが、掛け金を引っ張ると南京錠が空いてしまうのだ。傍から見れば鍵がかかっていると思いがちだが、実際は壊れている。マジックミラーみたいである。


とにかく、屋上に入れる事を知った僕は早く屋上という場所に足を踏み入れてみたいと思っていた。


時刻はまだ7時。僕は誰もいない校舎を一人で歩く。いつもは人の多い廊下や階段も人がいないのでスムーズに進むことができる。快適だ。


そんなこんなしているうちに屋上へ入るための扉まで来た。何故誰も来ないであろう屋上への扉の近くに掃除用具が立て掛けてあるのだろう。まあ、今はそんな事どうでも良い。周りを見渡すが、誰にも見られていない。今なら大丈夫。


僕は壊れた南京錠の掛け金を引っ張り、鍵を外す。そして、扉を開いた。


そこには、僕が漫画などで見た光景が広がっていた。なぜここを立ち入り禁止しているんだと言いたくて仕方ない気分になった。


屋上が立ち入り禁止の理由は分かっている。屋上から飛び降りて自殺する生徒を防ぐ為なのだろう。立ち入り禁止にしてしまえば飛び降りる場所は少なくなる。先生方はそれを分かっていて立ち入り禁止にしているのだろう。


それにしても良い眺めだ。ここからこの町を見渡すことが出来る。自分が思っていたよりも良い眺めでビックリしている。まあ、こんな高い所から見渡す機会が無いからそう思うだけであり、普段から知っていればこうは思わないだろう。


屋上という存在も同じだ。入るなと言われていたから僕は入りたくなった。だから今は素晴らしい場所だと思えている。だが、毎日のようにここを訪れていたら僕だけが知っているという特別感や初めて訪れた新鮮さは味わえなかっただろう。


感動のあまり、しばらくその場で立ち尽くしていたが、はっと我に返る。


ここは立ち入り禁止の場所。もし、今教員が校舎内を巡回中だとして、屋上に人がいないか確認してきたらどうなるか。


「・・・・・・僕の休学はほぼ確定か」


そう呟く。それは当然の結論だ。


普通の校則違反であれば反省文を書かされるという選択肢はあった。しかし、今僕がしている事は校則の中でもかなりヤバイ事だ。自殺を防ぐ為の校則を破っているのだ。下手したら命に関わる話だ。先生方が反省文で終わらせるとは考えにくい。きっと、休学だろう。1週間かもうちょい長めの休学と言った所だろうか。


学校を合法的に休める為、僕的には休学は有り難いのだが、悪目立ちをして嫌な意味での有名人にはなりたくない。よく考えると、屋上に入って休学くらいましたなんて馬鹿馬鹿しくて親に顔向けできない。


ポケットに入っていたスマホを取り出して時刻を確認すると、7時半。そろそろ人が混雑してくる時間だ。さすがにここから立ち去るべき時間だろう。そう思い、扉の近くに置いてあったリュックを取ろうとした。


「・・・・・・何しているの?」


心臓が止まるかと思った。急に女の人の声がして、おそるおそる振り返ると、そこには生徒会副会長の坂入がいた。


・・・・・・ヤ、ヤバイ!


まさか、生徒会が見回りしていたとは思っていなかった。しかし、この状況では、どう考えても悪いのは僕の方だ。素直に謝ろう。そして、見逃してもらおう。


「す、すみませんでした!昨日ここの近くに用があって、その帰りに何となく入れるのかなって思って……出来心なんです!」


そう言いながら僕は誠心誠意を込めて土下座をした。いや、僕だって同い年の、しかも女の子に土下座をするなんて思わなかった。しかし、これしか許してもらう術がないと思った。


「……落語?」


「は、はい?」


変な答えが返ってきて、つい間抜けな声を出してしまった。


「出来心っていう落語があるのよ。その作品に出てくる泥棒がとにかくドジなんだけど、見つかった時に許してもらう為に言った言葉が『つい、出来心で……』なのよ。あなたがそれを分かって使っているのだと思っていたのだけれども、違うみたいね」


僕は落語についてそこまで詳しくはないのだけれども、1つだけ分かった。


「すごい遠回しに僕の悪口言いましたね」


坂入は落語に例えて遠回しに言ったが、つまり何が言いたかったのか。


それは、僕がドジで馬鹿だという事だった。


それが当たっていたのか、坂入は呆れた顔をして、ため息をついた。


「立ち入り禁止だと分かっていながら入って、しかも生徒会の私に見つかる。まあ、生徒会とは言えども私は生徒。見逃してもらおうと土下座。間抜けにも程があるわね」


こいつ、こんな性格だったのか。噂ではこんな性格とは聞いていなかったのだが。


「まあ良いわ。許してあげる」


「ほ、本当か!?」


予想外の返答に僕がビックリしてしまう。まさか許してもらえるとは思っていなかった。生徒会に入る人間はみんな真面目だと思っていたのだが、それは僕の勘違いみたいだ。話せば分かってくれる人で良かった。


「だって、ここ私も使っているもの」


そう言いながら、坂入はスラッとした手で目の前を指差す。だが、目の前には特に何も無い。


「は?何を使っているんだ?」


「ここよ。屋上」


「は!?」


まさか僕より先にここに入れる事を知っている人がいたとは思わなかった。よく考えると、屋上は立ち入り禁止と全校生徒が知っている。わざわざ休学のおそれがある行為を好き好んで実行する生徒の方が珍しい。それに、この時間はまだ登校時間であり、人も少ない。まさか先生方も屋上に忍び込んでいる生徒がいるとは思わないだろう。


それは生徒会も同様だ。僕が知らなかっただけで生徒会も学校を巡回することがあるのかもしれない。しかし、生徒会はあくまでも生徒。屋上にいることを先生に知られたら、いくら巡回中だとしても解放されるのに時間がかかるだろう。


そう考えると、坂入が自分からここに来たのも納得がいく。その際に偶然僕がいた。ただそれだけの話だった。


「生徒会副会長をやっている私が屋上に忍び込んでいる事を知られたら大変よ。もしあなたが屋上にいましたと先生に言ったとして、あなたが私も道連れにする可能性はゼロじゃないもの」


生徒会に所属している人間が学校の規則を破ったなんて事実を知られたら確かに大変だ。彼女の立ち位置というものが無くなってしまうだろう。それを阻止するために僕が侵入したことも黙っていてくれるという事か。まあ、屋上に入っただけで学校の規則を破ったと言っても良いのか疑問でもあるが。


「・・・・・・そうか。まあ、助かったよ。ありがとう」


そう言って、僕はリュックを手に持ち、立ち去ろうとした。すると、僕の肩を坂入はぐっと掴む。その力に倒れてしまいそうだったが、何とか持ちこたえた。


「何するんだよ!」


「あなた、名前は?」


「名前?東堂花月だけど……まさか、裏切るのか!?」


僕の名前を聞き出し、頭の固い教員共に差し出すつもりなのか?僕と坂入、信用性が高いのは圧倒的に坂入だ。僕の敗北は明らかだ。


しかし、その答えは外れたのか、坂入はやれやれと頭を左右に振った。


「違うわよ。屋上に来るようになって、初めて誰かに会ったから名前でもと思ったのよ。私は坂入紅音よ。多分知っていると思うけど」


もちろん知っている。この僕でも知っているのだ。この学校の生徒なら誰でも知っているぞ。


「そうだ、坂入はいつ屋上が入れる事を知ったんだ?」


きっと、坂入は僕より前に屋上を訪れている。僕が知らない間に、彼女は一体どれくらい屋上に訪れているのかを知りたかった。これはバレたときに餌として使うとかじゃなく、ただ純粋に気になってしまった。


坂入はサラサラした髪を人差し指に巻き付けながら答える。


「そうね、入学して1週間後とかかしら」


「そ、そんな早くからだったとは。驚いたよ」


僕が屋上に見向きもしていなかった頃じゃないか。僕が学校生活に慣れようとして頑張っていた時期に、彼女は馬鹿なことをしていたのだ。僕が言うのも何だが、変なやつがいたもんだ。


「ところで、坂入は何しにここに来たんだ?生徒会って忙しいんじゃないのか?」


すると、坂入はスタスタと歩いてしまった。僕もそれについて行く。すると、誰も来ないような裏の方に本棚があった。そこには教科書が何冊か置いてある。


「これ、私が持ってきた本棚。今日使う教科書と、鞄に入っている使わない教科書を入れ替えるのよ。東堂くんも良ければ使う?3ヶ月くらい使っているけど一度も先生方にバレていないし、雨とかも吹き込まないようにしているわ。掃除も毎日しているから汚くないわよ」


こんな事に屋上を使うのはきっと坂入だけだ。言われてみれば屋上への扉の近くに掃除用具が置いてあったが、こういう事か。誰も来ないのにどうしてだろうと思っていた。


まさか坂入がこういう人物だとは思っていなかった。人は見かけによらないとはまさにこの事か。しかし、確かに便利だ。これからは僕も使わせてもらおう。


「・・・・・・そろそろ時間ね。バレないうちに戻りましょ」


そう言うと、坂入は今日の分の教科書を鞄に入れ、来た道を戻る。僕もそれについて行く。扉の前まで付くと、坂入は立ち止まる。


「放課後も来るの?」


「え?いや、迷ってる。バレたら大変だしな」


「・・・・・・そう」


そう言うと、坂入は扉を開ける。今の言葉に何か意味はあったのだろうか。


「そうだ、一つ教えといてあげるわ」


僕が扉に付いている南京錠をつけ直そうとしていると、坂入が僕の持っている南京錠を指差した。


「その南京錠、外からは壊れているようには見えないわよね。ねじってもダメ。掛け金を引っ張らないと外れない仕組みしなってる。まさにフェイクね」


「まあ、確かにな。誰が壊したのか知らないけど、どうやって壊したのか知りたいくらいだよ」


僕は手に持っていた南京錠をつけ直し、立ち上がる。しかし、坂入は南京錠の方を指差したままだった。


「・・・・・・どうした?付け方変か?バレるかな」


僕が心配していると、坂入はふふっと微笑みながら笑顔で言った。


「その南京錠、私が壊したのよ」


「・・・・・・まじすか」


一瞬、背筋が凍った。


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