異世界転生したけど、俺より不幸なやついる? 第一章⑦「厳しい修行の末、愛犬に足を噛まれる」
■ユキオ 転生132日目
「ほれ、ユキオ!あそこにケイブオーガの群れじゃ!!倒すんじゃ……って、ブラットスパイダーも何匹かいるのう!!さーって、ユキオはどう戦うのかのーう」
「出でよ、燃え盛る火の壁!ファイアウォール!!からの、瞬剣 牙突一迅!!二迅!!三迅!!牙突連迅!!」
ブラットスパイダーへ火魔法ファイアウォールを発動する。広範囲の燃え盛る火の壁で、毒と出血の状態異常が厄介なブラットスパイダーを光の粒へと変える。
すかさず、硬い皮を持つケイブオーガへ鋭さを増した突きの連撃を放つ。斬る、叩くなどの面の攻撃には強いケイブオーガだが、点の攻撃である突きには弱い。鋭さと速さに重点を置いた武技である瞬剣牙突連迅を前に、ケイブオーガの群れはなすすべなく光の粒に変わる。
「ふーっ、こんなもんか」
ケイブオーガとブラットスパイダーの群れを難なく光の粒へと変えた俺は、次のモンスターの襲撃が無いか周囲を警戒する。勝利を確信した時、ポーションで回復をする時など、気を緩めた時ほどモンスターに対する警戒を怠ってはいけない。
死角から狙ってくるモンスターいない、空から攻撃してくるモンスターいない、モンスターを投げつけてくる老人は大人しい。オールクリア。問題なし。
モンスターを投げつけてくる老人ことローグ爺は、オルフに跨りながら満面の笑みを浮かべている。
「昆虫系モンスターは基本的に火に弱い!ファイアウォールで、毒攻撃が脅威のブラットスパイダーを先に倒し、武技でケイブオーガの群れを一息で討伐!見事な戦いじゃ!!」
ローグ爺の言葉に、オルフもわふっと一鳴き。どうやら、ローグ爺は俺が強くなったことを褒めてくれているようだ。いや、あの表情は、このくらいの戦闘に普通にこなせて当然。調子に乗るなよってところかな?修行の時のローグ爺は厳しいから。
ローグ爺へ弟子入りをしてから数ヶ月が経ち、俺は異世界での戦闘をそつなくこなせるようになっていた。レベルは45になり、ローグ爺曰く王都でも上位の冒険者の実力になったらしい。それもこれも、師匠であるローグ爺の厳しい修行のおかげだ。
自分が強くなったことを実感しながら、異世界転生してから今日までの数ヶ月を振り返る。
この数か月……、本当に厳しい修行の日々だった……。
朝から晩まで、飲まず食わずでモンスターとの戦闘はもちろんのこと、様々なスキル取得条件を満たすためという名目で、わざと不利な状況に自分を追い込み、生きるか死ぬかのギリギリの戦闘を何度も繰り返した。魔力切れ、スタミナ切れでの昏倒の数は、十を超えてから数えてない。
特に、レベルの下一桁が9の時の修行は異様に厳しかった。ローグ爺曰く、レベル10ごとにレベルアップの壁というものがあり、その壁を越えるためには強力なモンスターを討ち取らないといけないらしい。レベル9の時は、偶然にもシルバーブルとの戦闘でレベル10の壁を突破できたが、レベル20、30、40の壁を越える時には、何度も死を覚悟した。直近のレベル40の壁を越える時の、番のナイトワイバーンとの戦いは三日三晩続き、精根尽き果てる寸前に、なんとか勝利を治めることが出来た。
平和だった転生前の日本からしたら、もはや拷問といっても差し支えの無い修行。転生してからの日々を思い返し、よく乗り切れたなと感慨深いものが込み上げてくる。
頬を伝うこの液体は何だろう。涙って言ったら、男が泣いてるんじゃないとローグ爺に怒られちゃうので、これは決して涙ではありません。この頬を伝う液体は、汗です。
ローグ爺に隠れながら目から溢れる汗を拭き取っていたが、俺の心配はどこ吹く風でローグ爺は天を仰いでいる。どこか遠くへ思いを馳せているのだろうか。
「しかし、定期メンテナンスまで残り三日となったのう」
ローグ爺の一言に、トラップタワーから脱出できる日である定期メンテナンスまで、残り三日に迫っていることに気付く。毎日生き延びることで精一杯の辛い修行で忘れかけていたが、もうそんなに経過していたのか。
「長いと思った定期メンテナンスまでの半年間も、ユキオの修行しとったら、あっという間じゃったのう。ユキオがどんどん強くなってくから、だんだんと楽しくなり、どこまでいけるんじゃろと修行にも力が入ってしまったわい。よくぞ、この修行を乗り切った!!今日で、修行は最後じゃ!かっかっか!!」
辛かった修行の裏話を、無邪気な笑顔を浮かべながら嬉しそうに話すローグ爺。その様子に、俺は溜息を吐きながらも、思わず頬が緩む。嬉しそうに笑うローグ爺を見ていると、俺も嬉しくなる。
辛い修行を経ても、俺はローグ爺のことを恨むことはない。むしろ、尊敬の念すら抱いている。
確かにローグ爺の修行は、何度も死にかける辛いものだった。しかし、俺は死んでいない。ローグ爺は常に、俺の実力にギリギリ合ったモンスターとの修行を計画してくれた。俺が倒れた時には、自分の身の危険もかえりみずに、モンスターの群れの中から俺を助け出してくれた。
ローグ爺は、俺がどんどん強くなったと言ったが、俺一人ではここまで強くなることが出来なかった。ローグ爺が師匠だったから、今日まで生き残ることができた。
ローグ爺は、俺がトラップタワーから抜け出した後も、冒険者として生きていけるよう、モンスターの群れにも遅れを取らない実力を身につけさせてくれた。ローグ爺への感謝の気持ちを胸に、拠点へと戻る。
最後の修行を終え、拠点で一息ついていたところで、ローグ爺はおずおずと俺に話しかけてくる。
「トラップタワーの脱出まで、もう少しじゃのう。ユキオは、ここから抜け出したらどうするんじゃ?ユキオが良ければじゃが……、外でもわしの弟子として、色々なダンジョンに挑戦してみるというのはどうかのう……?」
「ごめん、ローグ爺。俺はローグ爺と一緒に行けない」
「そうか……、そうじゃよな……」
俺の返答に、見るからに落ち込んでいくローグ爺。そんなローグ爺へ、この数日考え抜いた上での結論を伝える。
「俺はこのトラップタワーに残る」
「このトラップタワーに……、残る?どういうことじゃ?」
疑問に満ち溢れた表情を浮かべるローグ爺。頭に攻撃をくらって、おかしくなってしまったかのう……と小さく呟いている。大丈夫、俺は正常だ。
ローグ爺が疑問に思うのも仕方ない。少し前まで、トラップタワーから脱出できる日を二人で指折り数えながら、心待ちにしていたのだから。
わふっ?と首を横にするオルフを横目に、俺はトラップタワーに残る理由をゆっくりと伝える。
「ローグ爺に修行してもらって強くなったけど……。今のままじゃ、俺はいつまでもローグ爺の弟子止まり。それじゃ、ダメだと思ったんだ」
「なんじゃ?わしの弟子は不服か?」
むっとした表情を浮かべたローグ爺へ俺は即答する。
「うん、不服」
俺の即答を受けたローグ爺は、全く予想していなかったのか呆気に取られた表情のまま固まっている。そんなローグ爺へ、俺は淡々と言葉を続ける。
「ローグ爺の弟子は不服。だって、俺はローグ爺の弟子じゃなくて、仲間になりたい」
「仲間に……?」
「そう、仲間。一緒に強敵と戦う仲間。レベル86のローグ爺と、レベル45の俺、っていう現状じゃ実力差があり過ぎる。今のままだと、一緒に冒険すると言っても、レベルが低い俺は結局ローグ爺に守られっぱなしになっちゃう。だから、俺はトラップタワーの中で半年間修行して、レベルを上げて、実力をつけて、ローグ爺に並び立つ!ここって修行には最適だろ?」
俺の言葉を理解するためか、腕を組んだ姿勢のまま、ローグ爺は沈黙する。
「……ぷっ!!」
少しの静寂の後、ローグ爺は突然笑い出す。
「かっかっか!!こんな老人と仲間になりたいとは、ユキオは本当に変わり者じゃのう!!かっかっか!トラップタワーを修行に最適と!!かっかっか!!発想が姫様と同じじゃ!!かっかっか!!」
「いや、どんな姫様だよ」
爆笑中のローグ爺は俺の質問に答えない。トラップタワーを修行に最適の場という、バトルジャンキーな姫様に疑問を感じながらも、楽しそうに笑うローグ爺を黙って見守る。
しばらく笑っていたローグ爺は表情を引き締め、俺に向かい合う。
「ユキオ、仲間になるという申し出はすごく嬉しいんじゃが……、こんな死にかけのわしで良いのか?自分で言うのもなんじゃが、生い先短いぞい。同世代と仲間になった方が、絶対に良いぞい」
「いや、ローグ爺と仲間になりたい」
右も左も分からないどころか、エラーのせいで事前に聞いていた情報と違う不幸の中、諦めずに今日まで生きてこれたのはローグ爺のおかげだった。
細かい悩みは、かっかっかと笑い飛ばしてくれ、大きな悩みは自分のことのように一緒に悩んでくれた。そんなローグ爺への大きな恩を、いつか仲間という立場で返していきたい。
そんな気持ちを込め、困惑しているローグ爺をまっすぐ見る。同じくまっすぐな目で疑問を伝えてくるローグ爺から目を逸らさず、俺の意志は変わらないことを伝える。
しばらく睨み合っていたが、諦めたようにローグ爺は深い溜息を吐く。
「分かった、根負けじゃ。生い先短いわしの人生、ユキオと共に戦ってやるわい。じゃがな、今回はわしと一緒にトラップタワーから脱出した方が良いと思うぞ。はっきり言うが、ここで一人っきりは危ない。ユキオはマグカも持ってないしのう」
「確かに危ないかもしれないけど、ここはレベルアップに最適な場所だ。水魔法があるから飲み水には困らないし、周囲のモンスターからのドロップアイテムで食材も手に入る。だから、一人でも戦っていける!」
「また、真っ直ぐな目で見てきおって……。ユキオのその表情は、わしがどんなに説得しても変わらないじゃろうが、ユキオを一人ここに残していくのは大きな不安じゃ……、わしも残った方が良いのう」
ローグ爺のありがたい言葉に、少しだけ自分の決意が揺らいだが、俺は黙って首を横に振る。
「ローグ爺が残ったら俺の修行の意味が無いだろ。それに、ローグ爺には外でやらなきゃいけないことがあるだろ?」
「外でやらなきゃいけないこと?特にないがのう」
首を傾げるローグ爺に、俺は力強く宣言する。
「いや、ある。外にいるローグ爺の仲間は、前回の定期メンテナンスでローグ爺のことを死んだと思ってるんだろ?無事なところを見せて、安心させた方が良いでしょ。何度も話題に出てくる弟子さんは、自分が逃げたせいでローグ爺が死んだと思ってるかもしれないよ?早く無事な姿を見せて、安心させてあげなって」
「そりゃそうじゃが……。ユキオを一人でトラップタワーに残すことの方が、不安じゃ……。って、どうしたオルフ?」
今まで黙って俺達の話を聞いていたオルフが、ローグ爺の腕を甘噛みしながら、わふっと一鳴きする。
「なに?俺がユキオと一緒に残る……?どういうことじゃ?」
さらに、オルフはわふっと一鳴き。
「ユキオ一人だと、危ないなら俺が守ってやる……?そうすれば、わしもトラップタワーの外に出られるだろ……じゃと?」
わふっの一鳴きで、そんな長い意味を持ってるの?と疑問に思ったが、それどころではない。
どうやら、オルフが俺と一緒にトラップタワーに残ると提案してくれているらしい。さらに、オルフはわっふ!と強く一鳴きする。
「なん……じゃと……!?そこまで言うか!?」
ローグ爺が翻訳してくれないから、オルフが何を言ったか分からないが、ローグ爺は少し怒っている。しかし、オルフは怯まずにわっふ!と強く一鳴きする。
「ぐぬっ……!!痛いところを突くのう……。そこまで言われたら、わしも反論できないのう……」
しおしおと落ち込むローグ爺。オルフ、一体何を言ったの?
俺とオルフの言葉に、しばらくの間ローグ爺は悩んでいたが、カッと目を見開いた後、結論を述べる。
「分かった!わしは一人でトラップタワーから脱出、オルフとユキオは更なるレベルアップのためにトラップタワーに残る。これで良いじゃろう?」
「ごめん、ローグ爺。でも、俺のことを信用して待っててくれ」
オルフもわふっと一鳴き。ユキオのことは任せろって言ってくれている気がする。
「ユキオのことは任せて、老いぼれは黙って引っ込んでろ?俺たちがトラップタワーから出る前に、寿命を迎えるんじゃねぇぞ?言ってくれるのう、オルフ」
あ、オルフはもっと色々と言ってたのね……。前半は合ってたけど、俺のオルフ理解がまだまだ未熟なことを実感させられる。
「まったく、仕方が無い弟子と従魔じゃ。それじゃ、ユキオがオルフと一緒にトラップタワーで過ごせるように、従魔魔法の譲渡をしとくかのう」
「従魔魔法の譲渡?何それ?」
「わしとオルフは従魔魔法で主従契約を結んどるんじゃ。これがあるから、わしとオルフは一緒に戦えるんじゃが、逆に一定の距離を離れることが出来ん。じゃから、従魔魔法の譲渡……。つまり、わしがオルフと結んどる従魔契約を、ユキオとオルフが結ぶんじゃ。じゃから、譲渡じゃ」
「え?俺とオルフが?良いの、オルフ?」
オルフはわふっと一鳴き。なんとなくだが、問題ないと言ってる気がする。
「それじゃ、従魔魔法を使うかのう。久しぶりじゃから、念のために魔道書を使うかのう」
魔道書は、魔法の詠唱文が書かれた本のこと。銀色のマグカから従魔魔法の魔道書と思われる紫の本を取り出したローグ爺は、ゆっくりと魔導書を片手で持ち、深呼吸した後に目を閉じる。
神妙な表情のローグ爺は両手を広げ、従魔魔法を発動するべく詠唱を始める。
「主従契約の主たるローギュスト・ベネフィシアが命じる。古の理に従い、従魔オルフとの契約を、ユキオへと更新したまえ」
目を開いたローグ爺は、声を張り上げる。
「コントラクト!!」
俺とオルフの体を青い光が包み込む。それ以外の変化は無いが、どうやら無事にオルフとの主従契約の更新に成功したようだ。
オルフがわふっと一鳴き。よろしくな、ユキオ!まだまだ未熟なお前のことは、俺が影潜りでサポートしてやるよ!と言っている。
ん?なんかオルフの言ってることが鮮明に分かるような……?
「かっかっか!オルフの言ってることが鮮明に分かるようになって、困惑しとるのう!わしも最初はそうじゃったわい!従魔魔法で主従契約を結んだ結果、オルフが何を言ってるか、より分かるようになるんじゃ!!」
ローグ爺の言葉に従うように、オルフはわふっと一鳴き。
俺は、今はブラッドウルフという種族に甘んじてるが、いずれ伝説のフェンリルへ進化する狼。ユキオの愛犬という立場に甘んじて、お前のレベルアップを手伝ってやるから、お前も俺の進化も手伝え!か。なるほど。従魔契約ってのを結んだおかげで、手に取るようにオルフのことが理解できる。
でも、わふっの一鳴きに意味が詰まりすぎじゃない?
「半年間じゃが、オルフをよろしくのう」
少し寂しそうな表情で、ローグ爺はオルフのあごを触る。オルフも少し寂しそうにローグ爺の手に体重をのせる。ローグ爺がまだ爺じゃなく、新入り冒険者だった頃から、一緒に戦ってきた相棒であるオルフ。
次の定期メンテナンスまでの半年間という短い間ではあるが、別れを惜しむ二人を、俺は黙って見届けることしか出来なかった。
■ユキオ 転生133日目
一夜明け、定期メンテナンスまで残り二日。運搬層に異変が起こる。
まず、上層である湧き層からモンスターが降ってこなくなった。次に、全てのモンスターが処理層で処理された後、運搬層の流れる床が止まり、処理層の燃え盛る火も止まった。
壁に張り付いている拠点にいる時以外はずっと流されていたため、なんだか不思議な感覚。突然の困惑に戸惑いながらも、周囲の様子を確認する。
「定期メンテナンスが始まるから、全トラップが止まったのかな?それにしては、早くない?まだ二日あるよ」
「定期メンテナンスの前日には収穫祭があるからのう。収穫祭から定期メンテナンスの終了まで、トラップタワー内の全トラップは停止するぞい」
「収穫祭?何それ?」
「半年に一度の王都のお祭りじゃ!何を収穫するかというと……、説明するより見た方が早いのう。もう少ししたら分かるから、待っとるんじゃ。あと、処理層の火が消えたからといって、絶対に穴の中に入るんじゃないぞ」
普段見れない処理層の中を覗き込んでいた俺に、ローグ爺が注意する。
「それに、そんなところに立ってたら壁の下敷きになるぞい。早くこっちに避難するんじゃ」
天井を見ると、ゆっくり透明な壁が降りて来ている。どうやら、処理層の穴を囲うようだ。潰されては堪らないってことで、ローグ爺の近くへ移動する。
「その壁には、定期メンテナンス中の処理層への落下を防ぐのと、収穫祭用の特別なモンスターが逃げるのを防ぐ役割があるんじゃ」
「収穫祭用の特別なモンスターが逃げるのを防ぐ?収穫祭って特別なモンスターと戦う祭りなの?」
「まぁ、そんなとこじゃな。この運搬層で長い時間を過ごしたユキオは、湧き層が九部屋あることには気付いておるじゃろ?」
「ぱかっと開く天井が九つの区画に分かれてるから、湧き層は九部屋あるかなーとは思ってたけど……、ん?」
九つの区画に分けられた天井は、時計回りで順にモンスターを落としていたが、思い返してみると一つの違和感に気付く。
「そういえば、真ん中の区画が開いてるとこを見たことが無いな。もしかして真ん中が、収穫祭用の特別なモンスターの湧き層ってこと?」
「そのとおりじゃ!どんなモンスターかは……、実際に見た方が早いのう!ほれ、天井が開くぞ」
ローグ爺が指差した方を見ると、ちょうど処理層の穴の周囲を透明な壁で囲んだところだった。この状態なら、真ん中の天井からモンスターが落ちてきても、周囲に逃げることはない。
透明な壁が完全に処理層の穴を囲んだ時、今まで一度も開かなかった中央の天井がゆっくりと開く。
「うわ!なんだ、あの金銀のマルモコは!?」
金色のマルモコと銀色のマルモコが天井から大量に落ちてくる。
「あれは、金マルモコと銀マルモコじゃ。真ん中の湧き層は特別な召喚石を使って、あの二種類のみを湧かせるようにしておる。」
「金マルモコと銀マルモコのみ?わざわざその二種類のみを?そんな特別なモンスターなの?」
「かなり特殊なモンスターじゃ。金マルモコと銀マルモコは、ダンジョン内にめったに湧かない代わりに、膨大な経験値を蓄えておる。このトラップタワーでも一日に、三匹程度しか湧かないんじゃが、そんな金銀のマルモコを半年かけて湧かせておき、ダンジョンに挑めない若手冒険者にまとめて倒させ、一気にレベルを上げてもらおうってのが収穫祭じゃ」
某国民的ロールプレイングゲームにも、メタル系のモンスターでそういうのいたなぁ。目の前の金銀のマルモコを見ながら、ふとそんなことを思う。
「このトラップタワーは、ドロップアイテムだけじゃなくて、経験値も稼げるようになってるんだな。でも、どうやって戦うの?まさか、処理層に降りるわけじゃないでしょ?」
「金銀のマルモコは素早いから初級冒険者には倒せんわい。あそこを見てみるんじゃ。壁に拳大の穴がたくさん開いてるじゃろ?あそこから杖を出して、魔法で攻撃するんじゃ。少しでも当れば、経験値取得できるからのう。壁に囲まれて逃げられない金銀のマルモコを、たくさんの若手冒険者で囲んで、魔法を使って倒すのじゃ」
「なるほど」
ローグ爺に収穫祭の説明を聞いて納得した俺は、モンスターが湧かなくなって暇になったので、のんびりと拠点に戻る。
そんな俺に、ローグ爺は双眼鏡のような物を渡してくる。首からかけるための紐もついている。首にかけ、覗いてみると遠くがはっきり見える。うん、何の変哲もない、普通の双眼鏡だ。
「収穫祭は若手冒険者の魔法とはいえ、数多くの魔法を見れる良い機会じゃ。他の冒険者が魔法を使うところを見て、勉強するんじゃ!」
「だから、双眼鏡か!なるほど、分かった!」
■ユキオ 転生134日目
一夜明けて、収穫祭は始まった。
収穫祭が始まって気付いたが、処理層の一部は窓ガラスのような透明な壁になっている。ローグ爺に聞いたところ、金銀マルモコを狙うために収穫祭の時だけ一部の壁が変わるらしい。
双眼鏡があるおかげで、処理層を数多くの人が囲んでいることが分かる。この異世界に来て、ローグ爺以外の人間を見るのは初めてだが、異世界だけあって個性豊かな人が数多くいる。
アニメやゲームでしか見ない、水色や赤色といったカラフルな髪の人。様々な動物の耳を頭から生やしている人は獣人ってやつかな?様々な人が笑顔を浮かべながら、収穫祭の開始を今か今かと心待ちにしている。
高貴な服を身に纏う管理人と思われる男が開始の合図をしたところで、処理層を囲んでいた人達が、金銀のマルモコに向けて、一斉に魔法を放つ。
火の玉、水流、風の刃、飛ぶ大きな岩、といった様々な魔法が金銀マルモコに向かって放たれる。魔法が当った冒険者は笑顔を浮かべ、避けられた冒険者は悔しさに満ち溢れた表情を浮かべる。
一喜一憂の表情を浮かべる冒険者達を横目に、様々な魔法を観察する。基本的な属性である地水火風の魔法以外にも、小さな爆発や暗い霧も発生している。ローグ爺に修行の合間に聞いたが、魔法は複数の属性を重ね合わせることで、様々な発展系魔法を使えるようになるらしい。俺がシルバーブル相手に水魔法と火魔法を合わせて使った、ホワイトミスト(仮)も同じ原理だ。俺は発展系魔法の参考とするため、冒険者達の放つ様々な魔法を、ひたすら目に焼き付けた。
異世界での初めての祭りは、参加することが出来ずに遠くから見守るものだったが、魔法の効率的で効果的な使い方など、得る物はとても多かった。魔法の修行が楽しみだ。
その後も収穫祭を見守っていた俺だが、途中から魔法の効率的、効果的な使い方なんかどうでもよくなった。
様々な魔法が生み出す、キラキラと極彩色に視界を彩る様々な魔法の色彩に心を奪われた。
赤、青、緑、黄色。
色々な属性がぶつかり、はじけ、多彩な色が視界を埋め尽くしていく。
咲き誇る色取り取りの魔法の花。
まるで、子供の頃に祭で見た、夜空を埋め尽くす花火。
なるほど。祭りとはよく言ったものだ。
必死にモンスターと戦う冒険者を横目に、俺は子供のように溢れる色を眺めていた。
最後の金マルモコが倒されたことで収穫祭も終わり、運搬層は静寂を取り戻す。
明日はトラップタワーの定期メンテナンス日。ローグ爺とここで過ごす最後の日。俺達は寂しさを紛らわせるためか、たくさん話をした。
トラップタワーで出会ってからのこと、ローグ爺の子供の頃の話、俺の転生前の話、これから冒険者として生きていくための秘訣。中でも俺の転生前の話を聞いたローグ爺は、転生前も不幸じゃったんじゃのうと涙を流しながら慰めてくれた。歯を食い縛ることも出来なかった転生前の不幸な人生だが、ローグ爺が涙を流してくれたことで、なんだか少しだけ救われた気がした。
■ユキオ 転生135日目
一夜明けて、ついに定期メンテナンスの日が訪れた。
運搬層の出入り口が開き、五人の男達が現れる。おそらく、あの五人がトラップタワーの管理人なのだろう。これで、ローグ爺はこのトラップタワーから脱出することが出来る。
そんな状況で、ローグ爺は名残惜しそうに俺の意思を確認する。
「それでは、わしは行くが、本当におぬしは来ないのかのう?今なら間に合うぞい」
「何度も言ってるけど、俺はここに残るよ。残って修行して、半年後。ローグ爺に並び立てるレベルになったら一緒に冒険をしよう」
俺の声に応えるように、俺の影の中から首を出したオルフもわふっと一鳴きする。
「こういう時のオルフは相変わらず口が悪いのう……」
すでに従魔魔法の上書きが完了して、ローグ爺はオルフの言ってることが分からないはずだが、長年の付き合いだからだろうか、意思疎通ができている。
「オルフもこう言ってるしさ、ローグ爺は堂々と仲間の下に戻ってよ」
「ユキオもオルフも意思は変わらず……、ってとこじゃのう。分かったわい!わしは一足先にトラップタワーの外で待っておるぞ!それじゃ、しばしの別れじゃ!」
これ以上話していたら、寂しくなって別れることが出来ないと察したローグ爺は、いつもと変わらない笑顔で、少し寂しそうに運搬層の出入り口付近へ走っていく。オルフに乗っていなくても、驚くほどの速さだ。
ローグ爺を見送った俺達は、出入り口から離れた場所に隠れる。定期メンテナンス中に、俺達が発見されてしまってはトラップタワーから連れ出されてしまうだろう。隠れる場所の少ない運搬層だが、幸いにも、処理層の火が消えているため、この場所は薄暗い。一定の距離を保っていれば隠れ切ることは可能だろう。床に身を伏せ、息を潜める。そこで、胸に何か固い物が当っていることに気付く。
「あ、ローグ爺に収穫祭の時に借りた双眼鏡を返し忘れてた。まぁ、いいか。ここから出た時に返そう。ちょうど良いし、ローグ爺の門出をこの双眼鏡で観察しますか!」
首にかけたままだった双眼鏡で、走っていくローグ爺を観察する。
あっという間に出入り口に到着したローグ爺は、五人の男の前に立つ。彼らは少し驚いた表情を浮かべたが、ローグ爺が少し説明をした後、全員が笑顔になる。距離が離れているため声は聞こえないが、ローグ爺が仲間達に温かく迎え入れられたことが伝わってくる。
ローグ爺が何かを話すと、全員が笑う。きっとこの運搬層での苦労話を、面白おかしく仲間達に話しているのだろう。無邪気に仲間達に背を向け、とある一箇所を指差して笑っている。
「あそこ!あそこに拠点を作って、わしはこの運搬層で半年間を過ごしたんじゃ!ってとこかな?」
俺のつぶやきに、オルフはわふっと一鳴きする。オルフが保証してくれるんだから、間違いない。
数ヶ月一緒に過ごしたからか、こんなに離れていてもローグ爺の言ってることがなんとなく分かる。これからの半年間、ローグ爺に会えなくなることに寂しさを感じるが、この運搬層に残って修行をすることは自分で決意したことだ。ここはぐっと堪えて、ローグ爺の門出を祝うことにしよう。
「ははは、老人とは思えない無邪気な笑顔だな!ここからでも、かっかっかっていう笑い声が聞こえてきそうだ!幸せそうで、良かった良かった!」
仲間に出会えて喜びが爆発しているローグ爺を見守っていると、右手に何かが当るのを感じる。確認すると、オルフが鼻先をこすりつけていた。
「オルフは寂しいよな。ごめんな、俺の巻き添えになっちまって」
申し訳ない気持ちから、オルフの頭を撫でる。オルフは、わふふと一鳴き。
「俺自身がユキオと残ることを決めた、だから気にするな……?わりぃ、ありがとう」
オルフの頭を撫でながら、ローグ爺を見るとなぜか槍をつく真似をしている。どうやら、拠点をどうやって作ったか説明しているようだ。
俺とローグ爺が過ごした拠点は、流れる床に逆らうためにローグ爺が壁に何本も槍を突き刺して土台を作ったと言っていた。今はその説明をしているのだろう。仲間に背を向けたまま、嬉しそうに何度も何度も槍をつく真似をしている。
その時、妙に嫌な気配を感じる。
嫌な気配の発生源は、ローグ爺の背後に立つ目つきの悪い男からだった。高貴な服を身に纏うその男は、確か収穫祭の時に、開始の合図を出していた男。
さきほどまでの笑顔とは異なる不穏な笑顔を浮かべていた。その男はどこかに隠し持っていたレイピアを取り出しながら、他の仲間達へ視線を送る。
まさかと思った時には、すでに手遅れだった。
目つきの悪い男は、背後からローグ爺へレイピアを突き刺す。突然、胸から生えたレイピアに驚愕の顔を浮かべたローグ爺へ、他の男達も続け様に槍を突き刺す。
背中から何本もの槍で突き刺されたローグ爺は、反撃する間もなく一人の男が放った魔法による爆発で吹き飛ばされる。
「ローグ爺!!」
幸いにもローグ爺が魔法で吹き飛ばされたのは、俺とオルフが隠れていた場所のすぐ近くだった。
地面に叩きつけられる前に、ローグ爺を受け止める。軽い体から、どんどんと血が流れていく。
「かっかっかー……。わしとしたことか、不意をつかれてしまったわい……。HPの減りが止まらんのう……、これはダメかもしれんのう……」
「ローグ爺!!今、ポーションを使う!!待っててくれ!!」
ポーションを振り掛けるが、何本もの武器で体を貫かれたローグ爺の体から血は止まらない。
「ユキオ……、貴重なポーションを使うでない……。わしはもうダメじゃ……。さっきから、神様がわしに何かを伝えようとしとる……。死ぬ前の最後の言葉ってやつかのう……」
ローグ爺は息も絶え絶えに、死期を悟ったかのように天を仰ぐ。
ローグ爺の死を止められないことを悟った俺の目から、涙が溢れ出す。そんな俺の涙を震える手で拭ったローグ爺は、にやっと笑った後、懐から銀色のマグカを取り出し、俺に差し出して来る。
「かっかっか……。前に、発券機以外でもマグカを手に入れる方法のことを話したと思うが……、ユキオは覚えておるかのう……?」
溢れてくる涙を拭いながら、ローグ爺の言葉を遮らないように、俺は黙ってうんうんと頷く。
「どうやら……、死ぬ間際に近くにいる人がマグカを持っていなかった場合……、マグカごと全ての道具を相続できるんじゃ……。ユキオ、マグカを欲しがってたじゃろ……。かっかっか……、師匠らしいことが最後にできて良かったわい……。ほれ、プレゼントじゃ……」
ローグ爺が震える手で渡してくるマグカを、俺は丁寧に受け取る。手の中のマグカは白い色へ変わっていく。
「ユキオ……、オルフ……。ありがとう」
俺が支えていたローグ爺は白い光に包まれ、少しずつ軽くなっていく。にかっと笑顔を浮かべたローグ爺は、今まで倒してきたモンスター達と同じように光の粒になってこの世界から消える。
突然の師匠との別れ。
確かに今日別れる予定だったが、こんな別れ方じゃない。
なぜこんな別れになったのか考えていると、遠くから笑い声が聞こえてくる。ゆっくり声の方を振り返ると、ローグ爺の命を奪った五人の男が笑っている。
何が面白いんだ。何を笑っているんだ。人の命を奪ったんだぞ。
ローグ爺にもらったマグカをポケットの中に大事にしまい、ゆっくりと立ち上がる。
湧き上がる怒りの感情に身を任せ、流れる涙を歯牙にもかけず、腰の剣を抜き取り、ローグ爺の命を奪った五人の男に向かって走り出す。
しかし、走り出した足が激痛と共に止まる。
痛みと熱を発する右足を確認すると、オルフが鋭い牙で噛み付いている。
「オルフ、止めるな!!ローグ爺の仇だぞ!!」
俺の怒りの咆哮に対して、オルフは牙と足の隙間から小さくわふっと一鳴きする。
「俺の今の実力じゃ、あの五人には勝てない……?今は耐えろ……?」
俺の足に噛み付いてるオルフも涙を流し、悔しさに顔をゆがめている。
オルフだって湧き上がる怒りに身を任せて、今すぐあの男達の喉元に噛み付きたいだろう。
しかし、俺達にはあの五人を倒す実力がない。
ローグ爺を殺した仇を目の前にしながらも、今は耐えることしか出来ない。
歯を食い縛り、強く握った拳に血を滲むのを感じながら、ローグ爺の仇である五人を睨む。
一番最初に細剣をローグ爺に突き刺した、高貴な服を身に纏う目つきの悪い男。
おそらくこの男が主犯だろう。他の四人はこの男の取り巻きなのか、彼の言葉に相槌を打って笑っている。俺はこの男の顔を忘れない。絶対にローグ爺と同じ痛みを味わわせてやる。
取り巻きの四人も罪は変わらない。彼らは、槍でローグ爺を串刺しにした。
筋肉で膨れ上がったモヒカンの大男。
青白い顔に、下卑た笑みを浮かべる細い男。
少年のような顔つきに、冷徹な残酷さを秘めた優男。
メガネをかけた、いかにも真面目な見た目の男。
仇である五人全員の顔は覚えた。
五人が定期メンテナンスを終え、運搬層の出入り口から帰っていくまで、俺とオルフは男達を睨み続けた。胸に復讐心の火を燃やしながら。
厳しい修行の末、師匠であるローグ爺は目の前で殺され、愛犬であるオルフに足を噛まれる。しかし、オルフが噛んで止めてくれなかったら、俺もローグ爺のように一緒に殺されていた。
異世界転生したけど、俺より不幸なやついる?