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異世界転生したけど、俺より不幸なやついる?  作者: 荒井清次
第一章 不幸にも転生場所はトラップタワー編
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異世界転生したけど、俺より不幸なやついる? 第一章⑥「優しかった師匠が、修行になると異様に厳しくなる」

■ユキオ 転生二日目


俺の名前は、不破(ふわ)幸雄(ゆきお)。異世界転生者である。

前世でのふあ異世界転生物の主人公になった俺は、美少女ハーレム俺TUEEEEが待ってる!と喜んだわけだが……。

そんな俺の期待とは裏腹に、転生した場所はトラップタワー。危険なモンスターを沸かせ、自動で処理するトラップタワーに、初日から何度も殺されかけた俺は、ローグと名乗る老人に助けられる。他にも色々と不幸なことがあったけど、ひとまず疑問を感じざるを得ないことが一つ。


ヒロイン的なポジションの美女が現れない。


「異世界転生物といったら、ヒロインである美少女との出会いが重要であり、お約束でしょう!!なぜ、俺の前には美少女が現れない!!出会ったのは、老人と狼だけだよ!!違うでしょ!?そこは、先輩系美少女が「やれやれ、何も知らないあんたには、私がこの世界のことを教えてあげる」とか、クール系美少女が「私があなたを守る」って現れるとか、美少女のピンチに俺の中に眠っていた力が目覚めて「この力は、一体……!?」とか、お約束な展開が待ってるとこでしょ!!もう一度言うけど、出会ったのは、老人と狼だけだよ!!助けられたから、文句言えないけど!!」


スキル眠不知(ねむりしらず)によって眠れなくなってしまったことも相成り、不幸に対する不満が爆発した俺は、転生二日目は朝から流れるモンスターに火魔法で生み出した火の玉をぶつけまくっていた。

そんな俺に対して、どこかから渋い声が聞こえてくる。


「こんなところにおったのか、ユキオ!探したぞい、さっそく修行を始めるぞー……って、もうモンスターと戦っておるのか!ヤル気満々じゃのう!」


異世界で出会った老人と狼こと、ローグ爺がオルフに跨って現れる。

ローグ爺の話を聞くと、起きたら俺が拠点にいなかったため、寝相で流れる床に落ちてしまったと思い、オルフと一緒に慌てて探していたらしい。優しい老人である。


「おはよう、ローグ爺。オルフもおはよう」


オルフは朝の挨拶とばかりに、わふっと一鳴き。朝の挨拶代わりに、首元の毛をわしゃわしゃと撫でる。


「しかし、ユキオは早起きじゃのう!かっかっか!」


早起き?いいえ、徹夜です。

建物の中のため景色が変わらないが、どうやら朝が来たらしい。朝が来たが、俺は残念ながら一睡も出来なかった。


「ローグ爺、質問。昨日聞きそびれちゃったんだけど、スタミナって何?」


「スタミナは、人が動くためのエネルギーじゃ。走ったり、物理攻撃したり、武技を使ったりでスタミナが減るぞい。って、急にどうしたんじゃ?」


「ちょっと気になって。それで、スタミナはどうやったら回復するの?スキル以外で」


「魔力と一緒じゃ。基本的に寝れば回復するぞ。戦闘中は、スタミナ回復ポーションって名前の専用のポーションでも回復するのう。少し高価じゃがな。あとは……、レベルアップの時にスタミナは魔力と一緒に全回復するぞい。スキル以外だと、こんなところかのう」


「寝る、スタミナ回復ポーション飲む、レベルアップ、この三つでスタミナは回復か。ちなみに、スタミナか魔力が無くなるとどうなるの?」


「スタミナ切れも魔力切れも、行き着く先は同じじゃ。半分くらいで体がダルくなって、一割を切ったところで、だんだん体が動かなくなってきて、完全にすっからかんで倒れるぞい。強制的な睡眠で回復じゃな」


スタミナと魔力は基本的に寝て回復するのに、俺は眠れない。スタミナはスキル大食(おおぐい)のおかげで食事をすることで回復可能だが、魔力の回復手段は現状レベルアップでしか回復できない。今はレベルアップまでの必要量よりも消費量が少ないため、なんとかレベルアップの全回復でまかなえている。しかし、レベルアップに必要な経験値が多くなってきたら、スタミナと魔力のどちらかが尽きて倒れてしまうだろう。もし、その倒れた場所が流れる床の上だったら……?

せっかく、スキル眠不知(ねむりしらず)のおかげで、トラップタワー内の睡眠トラップを回避できたのに、今度はそのスキルのせいでピンチに陥るかもしれない。これは、何か対策を練らねば……。


「それじゃ、拠点に戻って朝食にするぞい!って、どうしたんじゃ?顔色が悪いぞ?」


「ローグ爺、相談。どうやら俺はスキル眠不知(ねむりしらず)のせいで、夜も眠れないっぽい。どうしたらいいかな?」


困ったら、その道の先達(せんだつ)に相談。俺より圧倒的に異世界生活の長いローグ爺に相談してみる。


「それで、こんな朝早くからモンスターと戦っておったのか!まさかレアスキル眠不知(ねむりしらず)には、そんなマイナス効果があったとはのう。眠れないということは、スタミナと魔力の回復が難しくなるのう。スタミナはユキオが取得済みのスキル大食(おおぐい)でなんとかなるじゃろうが、魔力の方はのう……。スキル魔食(ましょく)魔吸収(まきゅうしゅう)があればなんとかなると思うんじゃが、ユキオはマグカが無いからスキルを取得できないしのう……。困ったのう……」


俺の相談を聞いたローグ爺は、自分のことのように悩んでくれる。


「せめて、スキルの取得条件はここで満たすかのう。魔食は魔力の多いモンスターの肉とかを多く食ってれば満たせるが、魔吸収は難しいかのう。魔法を極めて、魔法の真髄的な部分を掴まないといけないからのう」


少し相談しただけで、ローグ爺は真剣に対策を練ってくれている。やはり、ローグ爺に相談してよかった。


「ひとまず、魔力の多いモンスターの肉を食べて魔食の取得条件を満たしつつ、魔力が切れそうになったら、わしが持ってる魔力回復ポーションで回復じゃな。あんまり数は無いが、モンスター倒して手に入る数も考慮すれば……、このトラップタワーにいる間なら足りるじゃろう。もし、魔力かスタミナ切れでぶっ倒れても、オルフが助けてくれるわい!じゃから、安心せい!」


ローグ爺に相談したところ、対策どころか解決策を教えてくれた。俺を不安がらせないために、笑顔を浮かべて。

そんなローグ爺に対して、俺は思わず呟く。


「美少女じゃなくて老人かよ、なんて言ってごめん」


「ん?何か言ったかのう?」


「いや、なんでもない!ローグ爺、ありがとう!さっきまでどうしようって落ち込んでたけど、ローグ爺のおかげで元気になったよ!」


「そう!その笑顔じゃ!落ち込んだ時ほど笑えじゃ!」


落ち込んだ時ほど笑え。

落ち込んだ時に、暗い顔をしてても事態は良くならない。奮起して笑った方が事態は好転する。という意味の言葉らしく、ローグ爺が若い頃、ローグ爺の師匠から聞いた言葉らしい。


「元気になったところで、今度こそ朝食にするぞい!その後は、修行じゃ!」


笑顔のままのローグ爺に連れられ拠点に戻る。パンにベーコンのような肉と、卵を挟んだ簡単な朝食を食べる。


「腹ごしらえもしたところじゃし、そろそろ修行にするかのう!ユキオ、準備は良いかのう?」


「朝のモンスターとの戦闘で、レベル12に上がったばかりだ!!魔力もスタミナもバッチリだぜー!!」


修行という言葉に、なぜか異様にテンションが上がるローグ爺に、俺も徹夜明けのハイテンションで応える。


「修行方針じゃが、ユキオには武技、つまり戦うための技術を中心に学んでもらうぞ!」


「その心は?」


「転生者はレベルが上がりやすいから、簡単に強くなっていくんじゃが、大事なのは基礎じゃ。レベルが上がってる内は、基礎が疎かでも、転生特典の力押しでなんとかなるんじゃが、50レベルを超えたあたりで技術がおいつかなくなってくる。じゃから、ユキオには低レベルの内から基礎を固めてもらおうと思うのじゃ!」


さすがローグ爺。俺の状況に合わせた修行プランを計画してくれる。異論は無いため、力強く返事をする。


「了解!」


「良い返事じゃ!次に、ユキオは得意な武器とかあるかのう?」


得意な武器?

全国でも屈指の治安の良さを誇る平和な日本で、武器を使う機会など滅多に無い。ローグ爺の質問に首を横に振る。


「それじゃ、色々な武器を試してみるかのう。器用貧乏になるよりは、一つの武器を極めた方が良いじゃろうから、これから使っていく武器を決めるぞい」


修行方針を伝えながら、ローグ爺はマグカから鉄の剣を取り出す。


「というわけで、まずは剣じゃ。ほれ、怪我をしないように気をつけるんじゃぞ」


ローグ爺に刃渡り五十センチメートルほどの鉄の剣を優しく手渡される。ローグ爺に見守られながら、渡された剣を振ってみる。

手の中の鉄の剣には、ずしりとした重さを感じるが、ステータスのおかげか問題なく振れる。そのまま、切り下ろし、切り上げ、横薙ぎといった簡単な基礎を学ぶ。

剣を試し終わった後は、ナイフ、槍、斧、弓、棍棒、ナックル、杖、大鎚といったメジャーな武器から、鎖鎌、トンファー、ハルバード、大鎌、鉄扇、ヌンチャク、モーニングスターといったマイナーな武器まで多くの武器を試していく。

途中、昼食を挟みながら長い時間かけて大量の武器を試していく。飽きてしまったオルフが拠点で昼寝を始める横で、流れる床に抗いながら武器を振り続ける。

杖などの魔法系武器の時は、実際に魔法を使う。その中で、火の玉をぶつける火魔法の基本魔法ファイアボールと、水の玉をぶつける水魔法の基本魔法アクアボールを習得した。


「うむ、どの武器もいかにも初めて使いますって感じじゃな!まともに使えそうなのは、剣、棍棒、杖ってとこかのう。ユキオは魔力のステータスも高そうじゃから、魔法を使いながら剣で戦う、魔法剣士スタイルが良さそうじゃが、自分が長く使いたいという気持ちが大事じゃ。そのために、色々な武器を試してもらったんじゃが、使ってみたい武器あったかのう?」


「見た目のかっこよさから、大鎌!」


「大鎌!?かなりマイナーな武器を選ぶのう……。まさかのチョイスに、わしは動揺を隠しきれんが……、まぁ、良いか。本人が使いたいって意思が肝心じゃ。それじゃ、試しにあそこを流れてるモンスター相手に試してみるかのう。その前に、ほれ。いざという時のポーションじゃ。危なくなったら飲むと良い。HP回復用とMP回復用があるんじゃが……って、HPやMPの説明はしてなかったのう。修行の前に説明してやるわい」


ローグ爺に聞いた内容をまとめると、この異世界には、体力を表すHP、魔力を表すMP、スタミナを表すSP、というゲームでお馴染みの数値が存在した。

この三つのポイントを意識しながら目を閉じることで、視界の右上に赤、青、緑のバーが表示される。それぞれ、HP、MP、SPのそれぞれの最大値と残りを表している。

このバーの色に合ったポーションを飲むことで、それぞれの数値を回復することが出来る。本当にゲームのような世界だ。


説明の後、ローグ爺から大量のポーションと一緒に、ポーションをつけるためのベルトを受け取る。用心しすぎじゃないかなと、過保護なローグ爺に思わず笑い出しそうになりながら、ポーション入りのベルトを腰に装備する。

戦うための準備を整えた俺は、ローグ爺が指差す黄色いもこもことしたモンスターに対して、両手に持った大鎌を頭上に掲げる。すやすやと気持ちよさそうに眠るモンスター目掛け、大鎌を力いっぱい振り下ろす。

ざくっとモンスターを貫いた感覚が両手に伝わる。大鎌の刃で頭を貫かれたモンスターは光の粒に変わり、ドロップアイテムの肉をその場に落とす。


「おー!さっくり!!大鎌すげぇ!」


「大きくて重い武器じゃから一撃の威力は大きいのう。ちなみに、今倒したモンスターが昨日の夜に、焼肉にして食べたモンスター、黄マルモコじゃ」


どうやら、今倒したモンスターが黄マルモコらしい。冒険者になったばかりの子供が戦うような雑魚モンスターと言っていたが、確かに難なく倒すことが出来た。


「ここで注意じゃが、わしが指定したモンスター以外に攻撃しないように気をつけるんじゃぞ。見た目弱そうでも、危険なモンスターはいっぱいいるからのう。燃え盛る穴に落ちたくなかったら、指示に従うんじゃ」


「了解!」


「雑魚モンスターを倒したところで、休んでる場合じゃないぞ!ほれ、次じゃ!」


いつの間にかオルフに跨り、流れる床に逆らっていたローグ爺は、近くを流れていた黄マルモコを俺に投げつけてきた。俺にぶつかった黄マルモコは、眠りから目を覚まし、俺に襲い掛かってくる。


「今度は起きて動き回るモンスターとの戦闘訓練じゃ!」


先ほどと同じように黄マルモコに向けて大鎌を振り回すが、見た目よりも速く動く黄マルモコに上から振り下ろす大鎌が当らない。

逆に、俺は大振りの隙をつかれ、何度も黄マルモコの体当たりをくらう。もこもこのモンスターからの攻撃のため、ぬいぐるみがぶつかってきた程度のダメージしか無いが、俺の攻撃が当らないのにマルモコの攻撃は当ることに少しずつイライラとしてくる。


「くそー、ちょこまかと!!当らねぇ!!」


「縦の大振りだけじゃなく、横振りや持ち手を短く持つとか、攻撃の仕方を工夫するんじゃ!!そんなんじゃ、戦いにならんぞい!!」


ローグ爺の指示に、はっとする。

今までは攻撃に遠心力をのせるため、持ち手を精一杯長く持っていた。これでは、確かに大振りになってしまう。刃のギリギリを持ち、横振りを黄マルモコへ繰り出す。先程までの縦の大振りとは異なり、素早く攻撃範囲の広い横振りは黄マルモコを両断し、光の粒へ変える。


「よしっ!!」


「なにが、よしっじゃ!!雑魚モンスターに苦戦して恥ずかしくないのか!!ほれ、ドンドン行くぞい!!」


ローグ爺は容赦なく黄マルモコを俺にぶつけてくる。同じモンスターとの反復訓練かと思ったが、続け様に二匹、三匹とマルモコをぶつけてくる。黄色だけじゃなく、ピンクや水色のマルモコも加わる。あっという間に、色とりどりの五匹のマルモコに囲まれる。


「次は群れとの戦いじゃ!!一匹に集中してると他のに攻撃されるから、立ち回りが大事じゃ!!そこらへんを意識して戦ってみるんじゃ!!」


大鎌を構え、近くのピンクのマルモコを狙ったところで、横から水色のマルモコの突進が脇腹に突き刺さる。さっきまでの黄マルモコの突進はダメージが極小だったが、この水色のマルモコの攻撃は痛い。例えるならバレーボールのアタックを受けた感じだ。

少しダメージが入ったことを感じる。水色マルモコの攻撃に怯んでいると、他のマルモコも続け様に攻撃をしてくる。幸いなことに水色以外のマルモコの攻撃は大したことないが、囲まれて少しずつHPが減らされる。

目を閉じ、現状を確認すると、赤のHPが最大値の四分の三まで減っている。マルモコの突進攻撃を受け続けたことで、HPがだいぶ減っていた。


「こんな雑魚モンスターの群れで苦戦してるようじゃ、話にならんぞ!!じゃが、ちょうどHPが減っておるのう!戦いの中でポーションを飲む訓練じゃ!!さっき渡したポーションを飲むのじゃ!!」


マルモコの突進攻撃を受けながらも、修行前にローグ爺から渡されたHP回復ポーションを、腰のベルトから取り出す。

蓋を取り、瓶の中のポーションをぐいっと口に含む。飲みこもうとしたところで、マルモコの突進を腹に受ける。ポーションを噴き出しそうになるところを、ぐっと堪え、一気に飲み干す。体から痛みが抜けていく。


「飲むタイミングがめちゃくちゃじゃが、まぁ今日のところは良いじゃろう。ほれ、ぼさっとしてないで反撃をするんじゃ!!どのマルモコを狙うべきか、もう分かっておるじゃろう!!」


「この水色のマルモコだー!!」


俺は一番の攻撃力を持つ水色のマルモコに狙いを絞る。水色以外のマルモコの攻撃は大したことない。まず、一番攻撃力が高いモンスターを倒すことで、受けるダメージを減らす。


「正解じゃ!そのマルモコ以外は、大した攻撃力を持たん!自分の脅威になるモンスターを先に排除するのが複数戦でのセオリーじゃ!!」


他のマルモコを意識しないようにし、水色のマルモコのみに狙いを定め、大鎌の横振りを放つ。しかし、大鎌の接近に気付いた水色のマルモコは後跳びで回避する。


「ファイアボール!!」


回避されることはお見通し。水色マルモコへ詠唱破棄の火魔法ファイアボールを放つ。俺の放ったファイアボールは野球ボール程度の大きさの火だが、もこもことした毛で覆われたマルモコには効果大。毛に燃え移ったマルモコは火で包まれ、光の粒へと変わる。

詠唱は魔法の発動前に唱える呪文のこと。この世の(ことわり)を歪め、魔法を発動する精霊へ魔力を与えるための呪文らしく、魔法を発動するためには必要なものらしい。

詠唱破棄は、読んで字のままだが、詠唱を省略し魔法を発動する技だ。威力や範囲が減ってしまうが、魔法を速く放つことが可能になる。


「物理攻撃の合間に、魔法攻撃!!そう、その臨機応変な攻撃が大事じゃ!!詠唱しながら攻撃する技術は、その内にでも学ぶとして、さぁ、残りのマルモコも倒しきってしまうんじゃ!!」


「ローグ爺、その前にひとつお願いがあるんだけど、良いかな?」


四匹のマルモコの突進攻撃を受けながらも、それを無視してローグ爺へ話しかける。


「どうしたんじゃ?まだ敵モンスターは残っておるぞい」


「俺の技術力じゃ、まだこの大鎌は使いこなせねぇ……。もう両腕が疲労でパンパンだ……。謝るから、最初の剣を使わせてくれ」


大鎌は自分と同じくらいの長さのため重量が大きく、いくらステータスによって筋力が強化されているとはいえ、振り回すには両腕への負担が大きかった。


「かっかっか!!大鎌を選んだ時点で、こうなるじゃろうなと思っておったわい!!ほれ、アイアンソードじゃ!これを使って、残りのモンスターを倒すんじゃ!」


「ありがとう!!」


ごめんな、大鎌。俺が力不足なばっかりに……。いつか使いこなせるようになるから……、それまではしばしのお別れだ。

大鎌を拠点に置き、ローグ爺から受け取ったアイアンソードを両手で持ち、軽く振ってみる。先ほどまで使っていた大鎌に比べ、重量が少なく両腕への負担が低い。


魔法剣士(まほうけんし)ユキオの冒険が、いざ始まる!!」


アイアンソードを天に向けて構え、決めポーズをする。魔法剣士と書いて、マジック・ソードマンとかの方が良かったかな?なんて、しょうもないことを考えていると、ローグ爺の注意が聞こえてくる。


「剣を構えてないで、早く残りのマルモコを倒してしまうんじゃ!!ほれ、武器も変わったから、敵もリセットじゃ!!いや、もう二匹追加じゃ!!」


ローグ爺は青いマルモコを三匹投げてくる。武器を変えても、先ほどの戦闘での疲労は減ってないというのに……。しかも、先ほどまでの水色マルモコより青マルモコは動きが早く、攻撃も痛い。例えるなら、水色はバレーボール、青はバスケットボールって感じ。

しかし、アイアンソードは大鎌より圧倒的に扱いやすい。大鎌のようなモンスターを一撃で倒す攻撃力はアイアンソードには無いが、突進を刃で受け、防御にも使うことができ、確実なダメージを青マルモコに与えることができる。攻守一体の剣技。多くのマルモコに対して、思っていたよりも優位に戦闘を進められている。どうやら、俺には剣の才能があったようだ。


「ユキオは、剣の使い方が全然なっとらんのう!!木の枝を振り回してる子供と一緒じゃ!!」


……。

熟練冒険者のローグ爺からすると、俺の剣技は児戯に等しいらしい。俺には剣の才能がなかったようだ。

そんな子供の剣技でも、なんとかマルモコの群れと優位に戦えている。もう少しで青マルモコを倒せるかなと思ったところで、ローグ爺の声が聞こえてくる。


「武器を変えたことで、優位に戦えるようになったのう。それじゃ、敵モンスターの追加じゃ。ほれっ!こいつは少し強いから気張って戦うのじゃぞ!」


ローグ爺が投げてきた黒いトカゲのようなモンスターが俺の近くに着地する。トカゲとは言っても、俺の膝くらいの高さがある。もはや、ワニだ。


「そいつはレッサーサラマンダー。弱いって意味のレッサーが名前についてるが、今のユキオは苦戦するじゃろうから、工夫して戦うんじゃ!」


新たなモンスターの登場に警戒しつつも、なぜかレッサーサラマンダーは動かないため、マルモコへ攻撃を集中する。全てのマルモコを倒しきったところで、レッサーサラマンダーの口ががぱっと開く。

開かれた口から、俺の火魔法ファイアーボールの何倍もある火球が放たれる。避けることが出来ないと判断した俺はアイアンソードを目の前に構える。なんとかアイアンソードで防いだが、目の前で炸裂した火球は、俺の手と顔へ容赦の無い熱を伝える。HPを確認すると、四分の一ほど減っている。


「魔法を使えるのが、自分だけじゃと思うんじゃない!!レッサーサラマンダーのように敵モンスターだって、魔法を使ってくるんじゃ!!」


動かなかったレッサーサラマンダーは、火魔法の準備をしていたようだ。やけどを受けた部分を水魔法で冷やしながら、レッサーサラマンダーに火魔法の溜めを作らせないように、攻撃を続ける。しかし、黒く固い鱗に攻撃が阻まれ、思ったよりもダメージを与えることが出来ない。


「くそっ、鱗が固い!!これじゃダメージが通らねぇ!!」


「ユキオの頭はフールモンキーか!!火を使うモンスターじゃぞ!!弱点属性をつかんかい!!」


フールモンキーというモンスターは分からないが、馬鹿にされてることは伝わった。


「そうか、こういう物理防御の高いモンスターには魔法で攻撃するのか。火を使うモンスターってことは、水が弱点かな?それじゃ、アクアボール!!」


拳サイズの水球がレッサーサラマンダーに当る。アクアボールは水遊びのような威力だが、レッサーサラマンダーが短い悲鳴をあげたことから、少ないながらも効果があったことを感じる。

青色のポーションでMPを回復し、いつの間にか戦闘に参加していたマルモコをアイアンソードで倒しながら、レッサーサラマンダーとの戦闘を続ける。十発ほどアクアボールを当てたところで、レッサーサラマンダーは断末魔の悲鳴をあげて光の粒へ変わる。


「かっかっか!無事にレッサーサラマンダーを倒すことが出来たのう!これで、基本中の基本の戦闘はお終いじゃ!」


「ふーっ、ちゃんとした武器を使っての戦闘は初めてだったけど、なんとかなったな!」


初めての戦闘を無事に終えることができたことに、満足感を感じる。体中の疲労やダメージすら心地よく感じる。今日はよく眠れそうだ。多分、眠れないけど。


「これこれ、基本中の基本の戦闘が終わったところで、やりきったみたいな顔をするんじゃないわい。やっと、これから今日の修行が始まるというのに」


角の生えたうさぎを両手に二匹ずつ持ったローグ爺は、淡々と今日の修行開始を宣言する。


「え?これから修行開始?今までのは?」


「準備運動」


「鬼ぃぃぃぃいいいい!!!」


オルフが哀れみの込められた視線で俺を見てくる中、今日の修行が始まる。


「ほれほれ、さっさと倒していかんと、モンスターに囲まれてしまうぞー!最初に、たくさんポーションを渡したじゃろ?あれを全て使い切るまでは、実戦訓練じゃー!」


角の生えたうさぎが俺の近くに投げ込まれる。武器を持ち直したところで、次々と様々なモンスターが降って来る。

どうやらローグ爺は周囲から俺が倒せると判断したモンスターを、随時こちらへ投げてきてるようだ。あっという間に数匹のモンスターに囲まれる。


「くっそー!!負けてたまるかー!!」


覚悟を決めた俺は、アイアンソードを強く握り、目の前のモンスターへ切りかかる。穴に落としてまとめて倒そうと時間を稼いでいたら、ローグ爺に捕まり壁へと担がれて移動される。さらに、モンスターも追加される。どうやら、燃え盛る穴は使っていけないらしい。ローグ爺の修行は甘くない。

やがて、最初にもらったポーションが無くなった。ローグ爺は、渡したポーションを全て使い切るまで戦闘訓練と言っていたが、ポーションが尽きてもモンスターの随時投入は終わらなかった。レベルアップでの全回復や、モンスターのドロップアイテムであるポーションを駆使し、ギリギリのところでモンスターと戦っていく。


もう何十匹のモンスターを倒したのか分からなくなった頃、ついにモンスターの随時投入が終わりを迎えた。最後のモンスターを倒した俺は、疲労感からその場に仰向けに倒れる。

動き回ったことによる呼吸の乱れを落ち着けながら、額の汗を拭うことも出来ない。震える体が、もう動けないと言っている。

アイアンソードの切れ味が落ち、モンスターを切ることが出来なくなったが、鉄の棒のようにモンスターを何度も叩いて倒した。魔法を使ったら、はね返してくるモンスターだったため、危うく火だるまになりかけた。弁慶の泣きどころや、みぞおちと言った急所ばかりを攻撃してくるモンスターもいた。そんな危ない場面が何度もあったが、なんとか倒しきった。

スタミナか魔力が切れたのか、段々と意識が遠のいていく。ゆっくりと目を閉じたところで、顔に水のようなものをかけられるのを感じる。目を開くと、ローグ爺が青い液体と緑の液体をかけていた。


「ポーションは、こうやって直接かけても効果があるんじゃ。飲んだ方が効果が高いがのう」


このまま意識を失ったら穴に落ちて処理されてしまう。それを回避するため、ローグ爺がMP回復ポーションとSP回復ポーションをかけてくれたようだ。


「さぁ、寝てないでドロップアイテムを回収するのじゃ!!マグカがあればドロップアイテムは自動回収されるが、ユキオはマグカを持ってないからのう。自分で集めるしかないのう。早くしないと、アイテムが燃やし尽くされてしまうぞー。燃やされたら、ご飯が無くなってしまうぞー。なにせ、今日からユキオは自分の飯は自分で手に入れないといけないからのー」


「お、鬼……」


「言ったじゃろ?わしの修行は厳しいと!さぁ、次は毒やマヒになりながらもモンスターと戦う訓練じゃ!かっかっか!良かったのう、ユキオは昏睡の状態異常を無効するから、その修行は免除してやるわい!」


修行が始まる前と同じ、無邪気な顔でローグ爺は笑う。そんなローグ爺の笑顔を見ながら、俺は異世界転生してから何度目かの死の危険を感じる。


優しかった師匠が、修行になると異様に厳しくなる。異世界転生したけど、俺より不幸なやついる?

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