異世界転生したけど、俺より不幸なやついる? 第一章幕間「転生特典の聖剣エクスカリバー、ネコババされる」
私の名前は、フィルネシア・エーデルワイス。
北大陸の大半を占める大国、エーデルワイス王国を治める王であるお父様の娘であり、王位継承権二位の王女です。
そんな私ですが、王族でありながらも剣の才能に富んでいたため、王属騎士団にも所属をしております。所属するだけでなく、実力者揃いの王属騎士団の中でも、群を抜いて上位の実力を持つ四騎士の中の一人に認められていたりもします。王都に在住する皆様は、そんな私のことを姫騎士、という異名で呼びます。王女が、そんな異名を持つなんて…。不相応ですよね。申し訳ございません。
そんな私ですが、雲ひとつない青空の下、王都の城下町を散歩しております。理由は単純。本日は天気も良く、絶好の散歩日和だからです。
冬の終わりと共に訪れた、程よい暖かさに頬が緩む陽気。暖かく優しい日差しを、両手いっぱい広げて全身に感じながら、私は鼻歌交じりに城下町の散歩を楽しみます。
本当はやらなければいけない公務がたくさんありますが、こんな天気の中で、机に向かって公務に従事するのは、せっかくの晴天が勿体無いです。そんなわけで、私は護衛の人達の目を盗んで、城下町へ繰り出しました。
ただ、勘違いしてはいけませんよ。公務をさぼりたいから城を抜け出したわけではございません。今の私は身分を偽り、冒険者フィーネとして散歩をしております。城の中にいては聞くことが出来ない、城下町の住人の苦情や不満を、冒険者として聞き出すだけでなく、時には解決をしているのです。父や側近の騎士達には非公認ではございますが、私にとっては重要な仕事です。
誰か困った人はいないかなー、冒険者フィーネが解決しますよー、とのんびり城下町を歩いていると、転生神殿の前で神官のディパラさんが焦った表情を浮かべています。普段のんびりとした性格の彼女が、焦った様子で辺りをキョロキョロ。
明らかに困っていますね!これは、冒険者フィーネの出番です!
「どうかしましたか、ディパラさん?何かお困りですか?」
「あ、姫様!」
「姫様……?私は冒険者フィーネです。この国の姫であるフィルネシア・エーデルワイスとは一切、関係がございませんが、何かお困りですか?」
「そうでしたね……、姫様がティアラと綺麗なドレスを外した姿は、冒険者フィーネでしたね……。でも、今回は好都合かも……?並じゃない実力を持った姫様なら、解決できる可能性が高い!ここは、頼るのが吉か……?でも、姫様に何かあったら、私が処されるしなー……。処されたくないなー、まだ若いし……。でも、私達じゃ解決できないもんなー……、困った。あー、困った……」
ディパラさんが小さな声で何かをぶつぶつと言っていますが、私に聞かれたくないようです。それなら、私はその期待に応えなければいけません。私は全力で明後日の方向を見ながら、ぽやーっとします。
そんな私の表情に、ディパラさんは覚悟を決めたのか、ぐっと拳を握り締めた後、私の手を握り締めて相談の続きを始めます。
「冒険者フィーネ!ちょうど良いところに!ひとつ困ったことがございまして……。相談にのっていただけないでしょうか?」
冒険者フィーネは、住民の悩みを解決する不思議な冒険者として、近ごろ城下町では有名になっております。こうして、相談を受けることも珍しくございません。
余談ですが、町の人は冒険者フィーネを一瞬、私の本当の身分である姫と勘違いしますが、なぜでしょう。姫様モードの豪華な貴金属やドレスを身に纏っているわけではなく、冒険者モードの鎧を装備し、身分を隠していると言うのに。
なぜ王都の住人達は私のことを姫様と呼ぶのでしょう?毎回、訂正しているのですから、そろそろ覚えて欲しいものです。
おっと、話が逸れてしまいました。本題は目の前の神官ディパラさんの相談です。
「相談ですか?もちろん構いませんよ!冒険者フィーネは、城下町の皆様の味方ですから!」
「ありがとうございます!それでは、こちらに来ていただいても良いですか?」
深くお辞儀をした神官ディパラさんに続いて、私は転生神殿の奥に招かれます。途中、数人の神官に出会いましたが、私に気付いた方は深くお辞儀をします。私は冒険者フィーネなのですから、そんなに畏まる必要はないのですよ。気軽に、おいーっすで良いんですよ。
おっと、神官の様子に驚いてる場合ではございません。私がいる転生神殿について説明をさせていただきますね。
転生神殿は年に数回、別世界からの転生者が訪れる場所です。そんな転生神殿の奥に、こうして案内されるということは、十中八九転生者絡みでしょう。
相談内容が、新しくこの世界にいらした転生者が問題児だった、手も付けられない暴れ者だから冒険者フィーネになんとかしてほしい、といった先輩冒険者として教育を施すだけの依頼であれば、とても楽なのですが……。
ディパラさんのこの表情、そんな簡単に終わるはずないですよね。覚悟を決めて、神官ディパラさんの後に続いて、転生神殿の奥を目指します。
「姫……、じゃない……、冒険者フィーネ。問題が発生しているのは、こちらになります」
神官ディパラさんが案内してくれた部屋には、中央の床に大きな魔方陣が描かれております。
その魔方陣を取り囲むように作られた壁には、神話をモチーフにした神々と魔獣の戦いを描いた大きなステンドグラスが張り巡らされております。そのステンドグラスから差し込む太陽の光が、キラキラと反射し、部屋全体を幻想的に彩っております。
多彩な光に目を奪われていると、神官ディパラさんが神妙な表情で私へと相談を始めます。
「昨日、転生者が現れる兆候があり、我々も迎え入れるために待機していたのですが、一日経った今でも一向に転生者が現れないのです。今までは兆候があってから、数時間以内に転生者の方が現れるのですが、今回はまだ現れないのです。兆候も止まってしまい、さすがにおかしいと、大神官様を呼びに行こうとしたら、姫……、冒険者フィーネがおりましたので、声をかけさせていただきました」
「なるほど……、分かりました。私が部屋の中を確認してみます。もしかしたら、スキル等を使って隠れているかもしれません。私が探知系スキルを使って部屋の中を確認しますが、何かあった時のために、皆様は守りを固めて少し下がっていてください」
「分かりました!すみませんが、よろしくお願いします!!」
神官ディパラさんが転生の間を後にしたのを確認した私は、部屋の入り口に立ち、様々な探知系スキルを使ってみます。しかし、人の気配は感じません。人の気配は感じませんが……。
なにやら異様な雰囲気を部屋の中央から感じます。冒険者として高い実力を持つ私でも、少し気圧されてしまう程の異様な気配。
覚悟を決めて部屋の中央に踏み入ると、そこには見事な装飾が施された一本の剣が置かれていました。私が持っている剣のコレクションの中でも、ここまで見事な剣はございません。手にとって観察いたします。
「この異様な気配を放っている剣は、どうやら転生特典の強力な武器のようですが……。肝心の転生者がいないのに、なぜ武器だけがあるのでしょう?不思議ですね……」
疑問に感じながらも、私は手の中にある剣を鞘から抜いてみます。
剣を扱う者として、明らかに上物と分かる、鞘に収められたままの剣を目の前に、刀身を見てみたいという衝動への我慢が出来なかったのです。
「見事な刃ですね。この部屋のステンドグラスにも負けないくらいの美麗さです……。まさか、この剣は神話級の一本ではないでしょうか……?」
逸る気持ちを収めながら、懐から取り出したマグカで目の前の剣を確認してみると、驚くことに聖剣エクスカリバーという星五の神話級武器でした。
初めて見る神話級の武器。
王族、冒険者、騎士といった様々な立場で、数多くの剣に触れてきましたが、こんなに私の手に馴染む剣は今まで持ったことがございません。近くの小石に、剣の切っ先をそっと置いてみましたが、何の抵抗も無く切っ先が沈み、二つの小石が出来あがりました。見事な切れ味です。
そんな聖剣エクスカリバーを、私はそっと自分のマグカにしまいます。
「持ち主がいないのですから、仕方ありませんよね!はい、仕方ないのです!!」
こうして、私は持ち主不明の聖剣エクスカリバーを手に入れました。
決して、ネコババではございません。聖剣エクスカリバーも、このようなところで置かれているだけでは不本意だと思います。それ故の回収です。もう一度言います。回収です。決して、ネコババではございません。回収です。
聖剣エクスカリバーは私の愛剣として、その見事な刃でたくさんのモンスターや違法冒険者を切り捨てていくことでしょう。早く訓練場で試し切りをしたいものです。
逸る気持ちを抑えながら、神官の方々には脅威がなかったことを伝え、転生神殿を後にします。
後々知ったことですが、この聖剣エクスカリバーは、ユキオという名の転生者が、転生特典でもらったものでした。では、なぜ聖剣エクスカリバーだけが、この転生神殿に置かれていたのでしょう。
どうやら、転生時のエラーというものにより、ユキオは例外的にトラップタワーへ、聖剣エクスカリバーは本来の転生場所だった転生神殿へ別々に転生されたそうです。
私が聖剣エクスカリバーを手に入れたのは、本当の持ち主になるはずだったユキオという男に出会う一年近く前の出来事。
そして、聖剣エクスカリバーの本来の持ち主であるユキオに出会った私は、色々な不幸が重なり、聖剣エクスカリバーで彼をボコボコにしてしまうのです。
どうしてこうなったのでしょう?神様とは、人々に数奇な出会いをさせるものですね。