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異世界転生したけど、俺より不幸なやついる?  作者: 荒井清次
第一章 不幸にも転生場所はトラップタワー編
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異世界転生したけど、俺より不幸なやついる? 第一章④「久しぶりの食事は異常に獣臭い肉」

トラップタワーってのが、ダンジョン内に生成されるトラップを利用して自動でモンスターを処理し、ドロップアイテムを効率的に集める施設ということを理解した。悲しいことだが、そんなトラップタワーに、俺は処理される側で転生したことも理解した。


「ローグ爺の説明のおかげで、トラップタワーがどんな場所か理解できたよ。ありがとう!それにしても、ローグ爺はやけにトラップタワーに詳しいな」


「そりゃそうじゃ。わしは、このトラップタワーの管理人の一人じゃったからのう」


夕食の準備なのか、どこからか鍋を取り出したローグ爺は、俺の質問に何気なく答える。


「ローグ爺が管理人の一人?だから、こうして運搬層に拠点を築いてるのか?」


ローグ爺は首を横に振る。オルフも一緒に、わふふと鳴きながら、首を横に振る。


「違うのう。管理人は、普通は第三層にある安全な管理スペースにおるわい」


「じゃあ、ローグ爺はなんでここで拠点を築いてるの?流れる床に、燃える穴があって危険じゃない?」


「そうじゃ、危険じゃ!危険じゃが、わしがここにいる理由!!それには、聞くも涙、語るも涙の悲劇があるんじゃが、聞いてくれるかのう?聞いてくれるかのう!?」


ローグ爺が前のめりになって、俺に顔を近づけてくる。今日一番のハイテンション。よっぽど、その悲劇を話したいらしい。

普通に気になるし、トラップタワーのことを教えてくれたこともあるので、断ることは出来ない。姿勢を正して、ローグ爺の悲劇を聞くことにする。


「聞いてくれるんじゃな!それじゃ、気合入れて話すぞい!まず、前提知識じゃが、このトラップタワーには、半年に一回、運搬層の定期メンテナンスがあるんじゃ。悲劇はその定期メンテナンスで、わしが当番の時に起きたんじゃ!わしはその日、弟子と仲間の冒険者を連れて……」


「ストップ!運搬層の定期メンテナンス?何それ?」


一気に全てを話し始めようとしたローグ爺を一旦ストップし、運搬層の定期メンテナンスという新しい謎の単語を詳しく聞くことにする。


「おっと、わしとしたことが、ユキオを置いてきぼりにしてしまうとこじゃった!そうじゃな、運搬層の定期メンテナンスの説明から必要じゃのう。トラップタワー内には、稀にトラップだけじゃ処理しきれないモンスターが湧いてしまうんじゃが、それを倒すのが定期メンテナンスじゃ!」


「トラップだけじゃ処理しきれないモンスター?そんなのいるの?」


「いるぞ。ほれ、あそこを見てみ。説明するのにちょうど良いのがいたわい」


ローグ爺が指差した先には、ふわふわと緑色の剣が浮かんでいた。緑色の剣は浮かんでるため、流れる床の影響を浮けず、近くに流れて来たセイウチのようなモンスターに切りかかっていた。


「あれはリビングソードというモンスターじゃ。あいつは眠らないし、浮いとるからトラップの影響を受けないんじゃが、喧嘩っ早いモンスターでのう。ああして近くのモンスターに切りかかるから、眠ってるモンスターを起こしてしまうんじゃ」


緑色の剣が切りかかってたセイウチは、執拗な攻撃に我慢できなくなったのか、ついに眠りから目覚め、緑色の剣に自慢の牙で襲い掛かる。

緑色の剣とセイウチはしばらくの間お互いを攻撃し合っていたが、地を這うセイウチは流れる床の影響を受ける。どんどん穴の方へと流されていき、最終的には仲良く二匹とも穴の中に落ちていった。


「基本的には、今のように最終的に処理されるんじゃが、稀に異常に強いモンスターが湧いてしまうんじゃ。そいつらは、トラップタワーの中で生き続け、周囲のモンスターを食い荒らし、より強い個体へ進化を続け、このトラップタワーの中に巣を作ってしまうんじゃ」


「モンスターが、トラップタワー内に巣を作る……。今のローグ爺みたいだな!」


思ったことをそのまま口にした俺の言葉に、ローグ爺は目を見開く。怒らせてしまったかと背筋がひやっとしたが、ローグ爺は大きな口を開けて笑い始める。


「かっかっか!そのとおりじゃな!!言い得て妙じゃのう!定期メンテナンスは、そういう巣を作ったモンスターを倒すのが目的なんじゃが、まさかわしが巣を作る側になるとは思ってなかったわい!わしの今の状況は、まさにミイラ取りがミイラになった状況じゃな!かっかっか!!」


ローグ爺は両手を叩きながら、大きく口を開け、大きな声で笑う。オルフも、わっふっふと笑う。なにが面白いのか俺にはわからないが、ローグ爺とオルフはずっと笑い合っている。

話が先に進まないので、軽く咳ばらいをしてからローグ爺の話の続きを聞いてみることにする。


「今までの情報から、定期メンテナンスはトラップタワー内で処理できなかったモンスターを、トラップ止めて処理すること。ってことは分かったけど、ローグ爺とオルフはその定期メンテナンス中に何かが起きて、ここに取り残されたの?」


「そうなんじゃ。弟子と数人の仲間とパーティを組んで定期メンテナンスに来たんじゃが、その時に異様に強い飛竜、デスブラッドワイバーンの異常種が湧いておったんじゃ。そいつの放つ異様な威圧感から、わしらのパーティじゃ倒しきれないと察したわしは、殿(しんがり)になることを決め、弟子と仲間達をトラップタワーの出口へと逃がしたんじゃ」


ローグ爺の言葉に、アニメや漫画では有名な、俺が人生で一度はやってみたいと常々考えている、とあるシーンが思い浮かぶ。


「ここは俺が止める!!先に行け!!ってやつだな!」


「そう!!まさに、それじゃ!男なら、いつか言ってみたい台詞じゃな!わしは満足感に満ちながら、弟子と仲間達が無事に逃げるのを見送ったんじゃ!弟子の言い間違いのせいで、最近は老騎士(ろうきし)と不名誉な異名で呼ばれているが、一昔前は狼騎士(ろうきし)としてオルフと共に、数々の強敵を討ち取ってきた……。わしとオルフの最後の戦い、せめて相打ち!!全てを出し尽くすぞい!!と思って玉砕覚悟で戦ったんじゃが、普通に勝ててしまったんじゃ」


「まぁ、今こうして目の前に無事でいるってことは、なんとかワイバーンに勝てたんだろうけど……。って、あれ?ローグ爺は定期メンテナンスのために、外からここに来たんだよね?ってことは入り口があるってことじゃん!そこから、早く一緒に外に出ようよ!」


ローグ爺は首を横に振る。オルフも一緒に、わふふと鳴きながら、首を横に振る。え?入り口ないの?


「わしも出れたら出てるわい。運搬層の出入り口は、トラップが動いてる間は絶対に開かないんじゃ。運搬層のモンスターが外に出たら危険じゃろ?だから、絶対に中から開かないように固く閉ざすんじゃ。次に出入り口が開くのは、四ヵ月以上先の、次の定期メンテナンスじゃな。そん時まではここから出られんわい」


「でも、さっき聞いた話じゃ、定期メンテナンス中はトラップが止まってるんじゃなかった?トラップが止まってたんなら、飛竜を倒した後、ローグ爺達は普通に出入り口から外に出れたんじゃないの?」


「弟子に、処理層からの出口を光魔法シールドで固く閉ざして、全トラップを起動するように言ったからのう」


「なんで、そんなこと言ったの?」


「重力トラップと火炎トラップを利用すれば、異常種のデスブラッドワイバーンにも勝てると思ったからのう。実際、最後のとどめは燃え盛る穴に落としたからのう」


「でも、その代わりにトラップタワーの処理層に残されてしまったと……」


ローグ爺が、なぜこのトラップタワーの運搬層に閉じ込められているか理解することが出来た。そんなローグ爺に対して、俺は満面の笑みを浮かべる。


「ローグ爺にはごめんだけど、俺としてはその悲劇に感謝だな!」


「なんじゃと!?わしの悲劇に感謝とは、どういうことじゃ!」


俺の満面の笑みに、ローグ爺が目を見開いて怒りの表情を浮かべる。ローグ爺の怒りの表情に少し怯みながら、慌てて続きを話す。


「だって、そのおかげで俺はローグ爺に会えたんだろ?さっき、大猪と戦ってる時に、ローグ爺の助言が無かったら……、いや、こうしてローグ爺に出会えてなかったら、俺はいつかは穴の中で燃えてたよ!だから、俺はローグ爺の悲劇に感謝!それ以上に、助けてくれたローグ爺に感謝!ありがとうございます!」


俺の感謝の言葉に、さっきまでの怒りの表情は吹き飛び、満面の笑みを浮かべる。


「かっかっか!!確かに、わしがいなかったらユキオは火の中じゃったろうな!!そう考えると、わしがここに閉じ込められたのは、ユキオを助けるためじゃったかもしれん!!無駄じゃなかったと言われて、なんだか嬉しくなってきたわい!かっかっか!!」


ローグ爺は楽しそうに笑う。俺も一緒に笑う。そんな俺の右腕を、オルフが甘噛みで引っ張る。


「ごめんごめん、オルフにも感謝してるよ。ありがとな!」


俺の感謝の言葉に、オルフはわふっと誇らしげに一鳴きする。そんなオルフのあごをわしゃわしゃと撫でてあげる。オルフは気持ち良さそうに、目を細めている。しばらくの間、俺達は笑い合った。運搬層に二人と一匹の笑い声が響く。



笑い疲れたところで、ふと気になったことをローグ爺に聞いてみる。


「ローグ爺、質問!」


「何じゃ、ユキオ?遠慮せず聞くが良い」


トラップタワーの説明で少し疲れたのか、ローグ爺は湯飲みでお茶のような物を飲んでいた。オルフは、わふ~と、大きく口を開けて欠伸をしている。眠いのかな?


「さっき、このトラップタワーは魔力を使って動いてると言ってたけど、魔力って何?」


「魔力は、魔法の源になる力じゃ。ユキオもシルバーブルと戦ってる時に火や水を出しとったが、その時にも魔力を使ってるんぞ。弟子は、MPと呼んどったな。その魔力で、このトラップタワーは動いておる」


「じゃあ、このトラップタワーは人由来の魔力で動いてるの?」


「そうじゃぞ。第三層の管理スペースに置かれた魔力石(まりょくせき)という魔力を溜める石に、人が魔力を溜めておき、その魔力を使ってトラップタワー内のトラップは動いておる」


ローグ爺は何気なく教えてくれたが、人の魔力を使ってトラップタワーは動く、という言葉に最悪の憶測が浮かぶ。

まさか、このトラップタワーの中には、自由を奪われ、魔力を吸われ続けるだけの人間が、何人も存在するんじゃないか……?


「なんじゃ、その顔は?まさか、非人道的な方法で人から魔力を奪って、このトラップタワーを動かしてると思うたのか?」


ローグ爺に、ずばり思い描いていた憶測を言い当てられる。


「安心せい。ちゃんと問題ない方法で魔力を集めとるわい。魔力は一晩寝れば回復するんじゃが、戦場にでもいない限り、消費しきることは出来ん。その余ってる魔力をもらってるんじゃ。苦学生や、一戦を退いた冒険者から、余った魔力を貰っておる。ちゃんと、お金も支払っておるぞ」


どうやら、この世界には魔力を使ってのアルバイトがあるらしい。


「その魔力で、こんな大きな施設を動かして元が取れるの?ドロップアイテムってそんなに高く売れるの?」


「ピンからキリまであるが、ユキオが思ってるより、高く売れるぞー!ドロップアイテムは、本来は何人もの冒険家でダンジョンに潜って集めるものじゃからのう。それが、安全に、効率よく手に入るんじゃ!余裕で元が取れるわい!さらに、このトラップタワーを動かすのに、そんなに多くの魔力は必要ないしのう。魔力適正が低いわしでも、一人で一日の半分以上はまかなえるぞい。まぁ、わしはレベルが高いから、普通の人の何十倍も魔力を持っておるがのう!」


「ドロップアイテムって、さっき大猪を倒した時に手に入った肉や、この竜の鱗のことだよね?これって、そんなに高く売れるの?」


ローグ爺のレベル高いアピールはスルーして、先ほどドラゴンが穴の中で焼け死んだ時に手に入れた、竜の鱗をポケットから取り出す。


「ほー!風竜の鱗じゃのう!それ一枚で、ユキオは半月は過ごせるゴールドを手に入れられるぞい!」


手の中にある竜の鱗と、ローグ爺の顔を見比べる。冗談を言ってるわけではなさそうだ。え、この鱗そんなに高価なの?

意外に高価だった鱗を、丁寧にポケットの中にしまう。


「かっかっか!安心せい、盗ったりしないわい!ユキオが見せてくれた竜の鱗は、モンスター素材の中でも高額で取り引きされるものじゃが、このトラップタワーで手に入るドロップアイテムには、もっと高価なものがあるぞい」


「もっと高価なもの?なにそれ?」


「武器、防具といった装備品。それに、装飾品、家具といった特殊ドロップアイテムじゃな」


「ひとつひとつ説明をお願いします」


「装備品は、もちろん冒険者が強くなるために求められる。性能が良ければ良いほど、高値で取り引きされるぞい。装飾品は、きらきらとした分かりやすい宝石だけじゃなく、この世の物とは思えない見事な造形が施されたアクセサリーがある。煌びやかに彩りたい貴族にはバカ売れじゃ!貴族達に高価で取り引きされるのう。ダンジョンで手に入れた宝石で、冒険者の家が建ったというのは、よくある話じゃぞ!最後の家具は、お主らの世界産の便利家具じゃ。便利さにもよるが、これまた高値で取引されておる」


確かに、地球のゲームではモンスターを倒すと、素材以外の色々なアイテムが手に入るが、このゲームによく似た異世界もそうらしい。しかし、モンスター倒して、ドロップアイテムを売って家が建つのか。俺もこのトラップタワーを抜け出せたら、ダンジョンに潜って生活するのも悪くないな……。


「そんな高価なドロップアイテムが、危険を冒さず安全に手に入るってんだから、このトラップタワーはすごい施設だな」


「そうじゃな!高価なダンジョン産のドロップアイテムを、安全に効率的に手に入れられるトラップタワーのおかげで、王都の人達は優雅に暮らしとる。トラップタワーは、王都にとって大事な施設じゃ!」


このトラップタワーの管理人をしていたローグ爺に話を聞けたことで、自分が今いる場所について、詳細を知ることが出来た。


「他にもひとつ、このトラップタワーには大きな目的があるんじゃ!それもついでに説明してやるわい!」


ぐぐぐーっ。


追加で説明をしようとしていたローグ爺の言葉を遮るように、俺のお腹の虫が抗議の声を上げる。


「かっかっか!ユキオは腹ペコか!それじゃ、食事を先にするかのう!ユキオは火魔法を使えたよな?ここに魔法を使って、火をつけとくれ」


ローグ爺は、どこかから大きな深い鍋を取り出す。その中には、木炭と木の枝がたくさん入っていた。


「ん?何この鍋?この木を食うの?」


「木で出来ているこの家で、普通に焚き火したら、床が燃えてしまうじゃろ。しかし、外で焚き火をしたら、流されてしまう。じゃから、運搬層流の焚き火は、鍋を使うのじゃ。さっきのシルバーブルの肉で、豪快にステーキにするぞい!」


どうやら、この鍋は焚き火代わりのようだ。

得意気な顔で語るローグ爺に言われるとおり、指の先から火を生み出し、ガスバーナーの要領で、鍋の中の木炭に火を当てる。木炭に火をつけていて気付いたが、自分の火魔法で生み出した火は熱くないが、木炭から出る火は熱い。魔法で生み出した火と、自然発生の火の違いかな?不思議なものだ。

魔法という不可思議なものの前には、自分の常識を捨てるのが得策だろう。


「やはり、火魔法が使える仲間がいると食事の準備は楽じゃのう。今までは、あの穴からなんとか火をつけてきたからのう」


「ローグ爺は、火魔法を使えないのか?」


「わしは水魔法しか使えないぞ。魔法に長けた者なら、複数属性を使えるが、わしは得意じゃないから水属性だけじゃ。まぁ、そのおかげで飲み水には困らずに、この運搬層で生き残れとるがのう。ほれ、その火を貸しておくれ。シルバーブルの肉を焼くぞい」


俺から火のついた鍋を受け取ったローグ爺は、その上に大きなフライパンをのせ、シルバーブルの肉を三枚同時に焼き始める。焼き色がついていく肉を見ながら、先ほどのローグ爺の言葉について考えてみる。

そういえば、転生前に出合った神が、この世界の人々は地水火風(ちすいかふう)の四つの基本属性から最低でも一属性を使えると言っていた。

俺はエラーの影響で火属性と水属性が使えるが、この世界では二つの属性を使えるのは、魔法を得意とする人でも半分もいないらしい。エラーでトラップタワーに転生されたが、それと差し引きで二属性の魔法を使える俺は、普通の転生者よりも強い転生者かもしれない。不幸な俺には珍しいラッキーだ。

そんなことを考えていた俺に、ローグ爺のウキウキした声が聞こえる。


「シルバーブルの肉には、シンプルに塩コショウじゃな。肉本来の旨味を引き立てるためには、これが一番じゃ!」


両面しっかり焼き色のついた肉に、ローグ爺はぱらぱらと塩コショウをふりかける。先ほど、処理層から匂ってきたシルバーブルの肉が焼ける美味しそうな香りが、あたりに充満する。


ぐぐぐーっ。


異世界に来てから初めての食事。いや、転生前でも長いこと食事をしていなかったことを考えると、本当に久しぶりの食事だ。

それが、目の前で焼かれる見るからに美味しそうな肉。あふれる肉汁がじゅうじゅうと焼ける音を聞きながら、垂れそうになる涎を必死に堪える。オルフもわふわふと嬉しそうに鳴きながら、シルバーブルの肉が焼けるのを待っている。オルフと一緒に体を揺らしながら、肉の焼き上がりを待つ。


「ほれ、出来たぞい!火傷しないように気をつけながら食べるんじゃぞ!」


どこかから取り出した皿の上に、焼けた肉をのせたローグ爺は、俺とオルフの前に差し出す。

自分の前の皿にも肉をのせ、全員の前に肉がいきわたったことを確認したローグ爺は両手を合わせる。


「いただきますぞい!!」


ローグ爺はいただきますと同時にシルバーブルの肉にかぶりつく。美味い肉を食べ、満足感に満ち溢れた満面の笑顔だ。否応なしにも、目の前のシルバーブルの肉への期待度が高まる。


「いただきます!」


俺も両手を合わせていただきますをする。俺の声に合わせるように、オルフもわふっと一鳴きし、肉にかぶりつく。美味そうにかぶりつくオルフを横目に、俺も不躾ながらも手づかみで焼きあがった肉を口に運び、豪快にかぶりつく。


「うむ、もぐもぐ……。うんうん」


口の中の肉はとても柔らかく、簡単に噛み切ることが出来る。煮込んだわけでもないのに、筋を感じさせない柔らかい肉は、ジューシーな肉汁を口の中に溢れさせる。

久しぶりの食事。その味を黙って堪能する。


「どうじゃ、シルバーブルの肉は?わしの弟子の大好物じゃぞ!踊りだすほど美味しいじゃろ!」


ローグ爺の質問に答えるために、口の中の肉をごくりと飲み込む。


「ローグ爺、はっきりと言うけど……」


「おう、なんじゃなんじゃ?あまりの美味さに言葉を失ったか?無理もない!シルバーブルの肉じゃからのう!」


期待に満ちた表情で、ローグ爺が覗き込んでくる。


「この肉……、異常に獣臭い……。無理……、これ以上は食べられない……」


「なんと!?」


ローグ爺が大絶賛していたシルバーブルの肉は、俺には異常に獣臭い肉だった。久しぶりの食事だからか、味に敏感になっているようだ。シルバーブルの獣臭さが気になって仕方ない。口元を押さえながら、なんとかローグ爺に謝罪の言葉を伝える。

自慢の食材が俺の口に合わなかったのが信じられないのか、ローグ爺は慌ててシルバーブルの肉の擁護を始める。


「確かにシルバーブルの肉は獣臭さが少し強いが、それがアクセントになって堪らないと人気高い肉じゃぞ!!わしの弟子の大好物じゃぞ!」


「この柔らかさと、無駄にジューシーなのもダメだ……。溢れてくる獣臭い肉汁がきもちわるい……。ローグ爺には悪いけど、俺にはこの肉は合わない……」


後になって知った話だが、転生時のエラーの際に、マイナススキル味音痴(あじおんち)が追加されたようだ。そのため、王都でも美味で人気高いシルバーブルの肉も、俺には異常に獣臭い肉として受け入れられてしまった。他にも、マイナススキルが追加されているが、長くなるので今回は割愛する。


これ以上はシルバーブルの肉を食べられないと悟った俺は、美味しそうに肉を食べていたオルフに残りを差し出す。オルフはわふっ?と首を傾げる。食べても良いんだよ、とオルフに笑いかけ頭を撫でると、オルフは嬉しそうに肉にかぶりつく。


「シルバーブルの肉がユキオの口に合わないのは残念じゃのう。かと言って、あんなにいっぱい走った後に、何も食べないわけにはいかんのう。ひとまず、クセの少ない肉を焼いてやるわい」


ローグ爺はどこかから取り出した肉を、フライパンで焼き始める。先ほどの肉より、赤身が強い肉。脂身が少ないからか、肉汁があふれることもなく、じゅうじゅうと焼けていく。

そんな赤身の肉を焼きながら、ローグ爺はシルバーブルの肉を美味しそうに食べている。両頬ぱんぱんに肉を溜め込みながら、美味しそうに食べるローグ爺の様子に、まずい肉をドッキリで俺に食べさせたわけではないことを理解する。


「ローグ爺、その赤身の強い肉は何の肉?」


「これは、黄マルモコの肉じゃ。冒険者になったばかりの子供が戦うような雑魚モンスターじゃが、その肉は一般家庭の普段の食卓によく並ぶんじゃ。癖の少ない安い肉じゃ。この肉を筆頭に、ユキオの口に合う肉が見つかるまで、いろんな肉を順に焼いてやるわい。感謝するんじゃぞ!」


ローグ爺は俺に向けて、にっこりと笑いかける。ユキオが食えない肉は、俺が食うぞ!と言わんばかりに、オルフがわふっと一鳴きする。

オルフと一緒に、肉が焼きあがるのを待つ。先ほどよりも濃い焼き色がついたところで、ローグ爺が俺に笑いかける。


「ほれ、黄マルモコの肉が焼けたぞい。食べてみるが良い」


そんなローグ爺が焼いてくれた肉は、さっきまでのジューシーな肉とは違い、見るからに硬そうな粗末な肉だった。火が通った黄マルモコの肉は黒に近い濃い茶色へ変わっており、肉質は見た目通り堅く、フォークを刺すのにも少し苦労した。見た目も、肉の堅さも先ほどのシルバーブルの肉の方が美味しそうだが、果たして黄マルモコの肉の味はどうか。


「もぐもぐ……。うんうん」


「どうじゃ、黄マルモコの肉は?」


先ほどのシルバーブルの肉より筋張っているため、噛んで飲み込むのにも少し苦労する。少し時間をかけながらも、ごくっと黄マルモコの肉を飲み込んで、ローグ爺の質問に答える。


「うまい!これなら食べられる!」


「おー!ユキオの口に合って良かったわい!それじゃ、もっと焼くから待ってるんじゃぞ!」


フライパンの上に肉を並べ始めたローグ爺が着ているローブの端を、オルフがくいくいと引っ張る。


「分かった分かった!オルフの分も焼くから、そう怒るでないわい!」


オルフは満足気にわふっと一鳴き。

オルフと一緒に、目の前の肉が焼き上がるのを待つ。数枚の黄マルモコの肉を焼きながら、ローグ爺はため息を吐く。


「今焼いてる黄マルモコの肉は、シルバーブルの肉の数十分の一の価値なんじゃがのう。絶対、シルバーブルの肉の方が美味しいんじゃがのう」


ローグ爺は、俺のことを味の分からない子供舌と思ったのだろう。哀れみの込められた目で見てくる。

なんだか少し悔しい気持ちになったが、目の前に置かれた肉を見てどうでも良くなる。オルフと一緒に肉にかぶりつく。

ローグ爺が焼いてくれる肉を、出されるがままに食べる。十枚近い肉を胃袋に収めたところで、ローグ爺が驚いた顔で俺を見てくる。


「しかし、ユキオはたくさん食べるのう!」


「転生前じゃこんなに食えなかっただろうけど、スキル大食(おおぐい)のおかげだな。転生特典として取得したスキルの一つ」


「スキル大食を?いっぱい食べられるようになって、食事で少しスタミナが回復するスキルじゃが、他にもっと良いスキルがあったじゃろ?なんでそんなノーマルスキルを取得したんじゃ?」


「転生前はまともな食事を全然できなかったからな。転生後はいっぱい食べるぞー、くらいの気持ちで取得した」


「折角のレアスキル取得のチャンスなんじゃから、もっと戦闘に有利なスキルを取得したら良かったのに……。もったいないのう」


ローグ爺の言葉に、オルフはわふっと一鳴き。どうやらオルフもローグ爺に同意のようだ。


「異世界がこんなに危険と隣り合わせって思わなかったんだから仕方ないだろ。転生後は、身の丈に合った職業に就いて、安全なのんびり生活を過ごそうと思ってたんだから」


俺の言葉にローグ爺は驚いた顔をしたが、すぐに優しい表情に戻る。


「そうじゃな。わしの弟子の転生者が強くなることに躍起になるタイプじゃったから、同じ転生者のお主も、勝手にそうじゃと思っておったわい。すまんのう」


「気にするな!こんなモンスターだらけの世の中だったら、そう思っても仕方ないよ!転生して一日だけど、俺も今では強くならなきゃいけないって感じるもん!」


「そう言ってくれると助かるわい!ほれ、肉が焼けたぞい!」


ローグ爺は俺の皿の上に、焼き上がった黄マルモコの肉をのせる。ローグ爺はシルバーブルの肉一枚を食べたところで満腹になったようで、ずっと俺のために肉を焼いてくれている。

そんなローグ爺を見ながら、俺はずっと抱いていた疑問を聞いてみる。


「トラップタワーについて、いろいろと教えてくれた時もそうだけど、なんでローグ爺は今日出合ったばかりの俺に、こんなに優しくしてくれるんだ?」


俺の質問に、ローグ爺は何気ないことのように答える。


「ん?別に優しくしとるつもりは無いぞい。人として、困ってたらお互い助け合うのが普通じゃろ?」


「そう……だな」


ローグ爺は根っからのお人よしだった。人を疑うことを知らない表情で、ローグ爺は俺に笑いかける。

出合った時は見るからに怪しい老人だったが、俺の質問にも真摯に答えてくれた。おかげで、自分が置かれた状況を理解することが出来たし、こうして落ち着いて食事をすることも出来ている。

……殴りかかったことは、いつか謝ろう。そう心に誓いながら黄マルモコの肉を食べ進める。


今食べている肉は美味しく食べられているが、久しぶりの食事は異常に獣臭い肉だった。異世界転生したけど、俺より不幸なやついる?

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