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異世界転生したけど、俺より不幸なやついる?  作者: 荒井清次
第一章 不幸にも転生場所はトラップタワー編
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異世界転生したけど、俺より不幸なやついる? 第一章③「転生した場所は、モンスターを効率的に処理するトラップタワー(ただし、処理される側)」

溢れ出る涙を両手で拭いながら流れる床に抗い、全力で走り続けること数分。時間経過により感情の爆発が収まり、高ぶっていた気持ちが段々と落ち着いてくる。


ぐぐぐーっ。


突如、周辺に鳴り響く、低くぐぐもった音。

生きるか死ぬかの戦いを繰り広げた強敵である巨大猪が、猛烈な火によって燃やされ、今にも命を散らそうとしているその時、不謹慎にも俺の腹の虫が鳴いたのだ。


「猪だからかな……。肉を焼いてる時の美味しそうな匂いがする……。ドラゴンが燃えていた時は、正直きつい匂いがしていたけど、今は食欲そそるジューシーな香りが辺りを包み込んでるぜー。よく考えれば、俺は転生してから何も食ってないし、転生前もろくに飯を食ってない!!お腹空いたー!!焼肉食いてー!!旨そうな匂いが堪らないー!!」


「シルバーブルの肉は旨いぞー!!肉の旨味が凝縮された肉、でも上質な脂が口の中にじゅわーと広がる。間違いなく絶品じゃぞ」


「そうかー、やっぱり絶品かー。なんとかして食べられないかなー。でも、肝心の肉は燃え盛る穴の中だもんなー。諦めるしかないかー」


「シルバーブルは肉を確定ドロップするから、少し待てば確実に手に入るぞ!しばしの辛抱じゃ!」


「そうかー!待ち遠しいぜー!!……って、誰だ!!」


いつの間にか会話をしていた渋い声の持ち主に、たまらず俺は勢いよく振り返る。


振り返った先には、一人の老人がいた。いや、老人だけじゃない。恐ろしい狼もいた

眠たげな腫れぼったい目、口が塞がるくらいの長いひげ、顔に大きな傷を持つ痩せた白髪の老人。

そんな仙人のような老人が、雄々しい角と鋭い牙と爪を持つ大きな狼に跨っている。黒い毛の中に、部分的に赤い毛を持つ狼は、流れる床なんてなんのその、優雅に俺の隣を走っている。

先ほどまでは、俺の他に人はいなかったはず。いつの間にか隣を走っていた老人と狼とのあまりにも突然な出会いに、警戒心の針は振り切れ、思わずファイティングポーズを構える。


「かっかっか!そう警戒するでない!わしらにお主を害しようという気は無いわい!さっき、お主のピンチに声をかけて助けてやったじゃろ?」


得意気に笑う老人の渋い声は、確かに先ほど巨大猪と戦った時に聞こえたものと同じだ。


「さっきの声はあなたか!助けてくれて、ありがとう!」


巨大猪との戦闘にて、老人の声が無かったら確実に俺は穴の中で燃えていた。絶体絶命のところを救ってくれたことへ感謝の言葉を述べる。俺の言葉に応じるように、老人の乗る狼がわふっと一鳴きする。


「感謝は無用!救って当然じゃ!なにせ、ここに閉じ込められてから、初めて出会った人間じゃからのう!!かっかっか!」


「ここに閉じ込められてから、初めて出会った人間……!?老人、この場所を知ってるのか!?」


老人と狼に警戒心を抱いている場合じゃない。

睡眠ガスでモンスターを眠らせ、流れる床で運び、燃え盛る穴で焼き殺す施設。この異様な場所の正体を、どうやら目の前の老人は知っているらしい。


「なんじゃ、お主はここを知らんのか?」


「転生して、気がついたらここにいたんだ。だから、この場所を知らない。転生神殿じゃないことは、薄々気付いてるけど、どこなんだ、ここは?」


「お主、転生者か……!?まさか、このトラップタワーに転生したと言うのか!?」


老人が見るからに驚いた表情に変わる。老人の言葉に、俺は首を縦に振りながら答える。


「転生の門っていう場所をくぐったら上の部屋にいて、変なガスが出たなーと思ったら落とされて、ってのが現状だから、多分そうだけど……?ここはトラップタワーって言うのか?」


「転生先がトラップタワー……?なんて不幸な転生者なんじゃ……」


俺の言葉になぜか老人は落ち込み、悲哀に満ちた表情を浮かべる。

どうしてそんな表情をするんだろう、という疑問が浮かぶが、ひとまず一つ大事なことが分かった。どうやら、俺が転生した場所はトラップタワーと言うらしい。

え?トラップタワー?俺が転生場所に選んだ、王都の転生神殿はどこいった?

疑問と困惑を感じながらも、このトラップタワーという場所を知るため、老人に話を聞く。


「そのトラップタワーっていうのは、どういう施設なんだ?」


「トラップタワーとは、どういう施設か……。一言で言うのは難しいところじゃのう……。しっかりと説明してやりたいところじゃが、そうも言ってられん。ひとまず、安全なわしの拠点に移動するぞ。ここじゃ、もう少ししたら、上からモンスターが降ってくるからのう」


老人の言葉に応じるように、黒い狼は走るスピードを上げる。謎だらけのこの施設、その全容を知る機会を逃すわけにはいかない。俺は大人しく老人と狼の後を追う。


「ユキオはレベル10に上がった!HPとMPが全回復した!

攻撃が4上がった!防御が2上がった!魔力が8上がった!魔法防御が2上がった!速さが16上がった!スタミナが2上がった!状態異常耐性が2上がった!」


老人と狼の後ろをしばらく走っていると、頭の中でレベルアップ音声が流れる。それと同時に、目の前にステーキ肉が三枚落ちる。


「そうか、お主は転生したばかりじゃから、マグカを持っていないのか。久しぶりに、アイテムがドロップするとこを見たわい」


「ドロップアイテムってのは、ゲームで使われる言葉だから知ってるけど……。マグカ?何すか、それ?」


「転生したばかりじゃと、マグカも知らないか。マグカの話も拠点に戻ってからじゃのう。ひとまず、その肉を回収しておいてくれ。夕食のおかずにするぞい!」


老人に言われるがまま、夕食になるであろう三枚のステーキ肉を拾い、老人と狼の後を追いかける。べちゃっと地面に落ちたため、結構な量の砂がついていたが、水魔法で発生させた水で洗い流す。


モンスターが天井から降ってくるタイミングを避けるため、時にはその場に留まり、時には流れる床の推進力を利用したりしながら、しばらく走り続ける。やがて、とある壁に辿り着く。


「ほれ、ついたぞー!ここがわしとオルフの拠点じゃ!」


老人が指さす先には、小さい家が、壁に張り付いていた。家の土台自体が、床から少し上の壁に張り付いてるため、流れる床の力を受けず、その場に留まることが出来ている。


「拠点と言っても、壁に槍を何本も刺して土台を作って、板を数枚置いただけじゃがのう!かっかっか!狭い家じゃが、遠慮せず上がってくれ。持っている肉は上がるのに、邪魔かのう。わしが預かっておいてやるわい。ほれ、貸すのじゃ」


老人は、俺が持っていた肉を受け取ると、小さい家に軽やかに上がっていく。老人を乗せていた黒い狼は、わふっと一鳴きした後、老人の影の中に吸い込まれるように消える。消える!?


「ほれ、ひとまず着替えじゃ。お主、シルバーブルとの戦いで、汗と汚れでひどい見た目じゃぞ。お主は水魔法が使えるようじゃから、適当に体を洗った後、一緒に渡したタオルで拭いて着替えるんじゃ。ちょっと大きいサイズかもしれんが、我慢するんじゃぞ」


ローグ爺は、簡素な服一式を俺に渡してくる。


「汗でベタベタだったから、着替えは正直すっごい嬉しいけど……、その前に!!狼がローグ爺の影の中に消えたんだけど!?どういうこと!?」


「ん?そうか、そうじゃったな!驚かせてすまんのう。オルフはスキル影潜(かげもぐ)りを持ってるのじゃ。こうやって、影に潜ったり現れたり出来るんじゃ!」


老人の説明を証明するように、影の中から先ほどの黒い狼が顔を出し、わふっと一鳴きする。頭だけを影から出す黒い狼を眺めながら、異世界では転生前の常識を捨てようと決意する。水魔法で体の汚れを簡単に洗い流した後、老人がくれた服に着替え、家へと上がる。

老人が拠点と表現した小さい家は、見た目は頼りない感じだったが、床の上に立ってみると意外と足元がしっかりとしていることに驚かされる。久しぶりの流れることのない床に、逆に違和感を感じながら、改めて老人の拠点を観察する。


「六畳一間、トイレ風呂なし、壁は一面だけ。でも、屋根はあるから、雨は防げる。雨降るのかな、ここ?モンスターは降ってくるけど。って、この屋根は降ってくるモンスター避けか?」


「何をぶつぶつ言ってるんじゃ?早く座らんか。説明が出来ないじゃろう」


いつの間にか、あぐらをかいていた老人が、ここに座れと言わんばかりに、目の前の床をぽんぽんと叩く。老人に言われたとおり、俺は硬い床の上に大人しく座る。


「トラップタワーの説明の前に、まずは自己紹介じゃな。わしの名前は、ローグ。皆はわしのことをローグ爺と呼ぶ。お主もローグ爺と呼んでくれ!」


「分かった、ローグ爺!俺の名前は、不破(ふわ) 幸雄(ゆきお)!特にあだ名とか無いから、好きに呼んでくれ!よろしく!」


「やはり、転生者の名前は独特じゃのう。確か、名前と苗字が逆だったんじゃよな。それじゃ、お主のことはユキオと呼ばせてもらうわい。よろしくのう、ユキオ」


ローグ爺が右手を差し出して来るので、俺も右手を伸ばし、がしっと握手をする。すると、影の中からオルフが顔を覗かせる。


「えーっと……、確かオルフだっけ?オルフもよろしくな」


俺の問いかけに、オルフはわふっと一鳴き。想像以上に人懐っこいオルフ。頭を撫で撫でしたいところだが、オルフの頭には雄々しい角があるため、指先であごをわしわしと撫でる。テレビでよくこうして顎下を撫でるのを見るが、実際にやるのは初めて。見よう見まねでの撫で撫でだが、どうやら気持ち良かったらしい。オルフは目を細め、わふっと一鳴きし、俺の手をぺろぺろと舐めはじめる。

正直くすぐったいが、見るからに恐ろしい狼が、無邪気な表情を浮かべていることに、なんとも言えない可愛さを感じる。愛おしさに包まれながら、オルフになされるがまま舐められるのを見守る。


「ほー、オルフがわし以外に懐くのは珍しいのう!かっかっか!これはめでたい!」


何がおかしいのか分からないが、老人は両手を叩いて笑う。しばらくの間、笑っているローグ爺を、オルフと一緒に見守る。俺達の視線に気付いたのか、ローグ爺はこほんとひとつ咳払いをし、真面目な表情で話し始める。


「いきなり笑い出してすまないのう。ちょっと、こっちの都合があってのう。気を悪くしたら謝るわい」


「別に気にしてないぞ。それより、このトラップタワーについて早く教えてくれ!」


「おっと、そうじゃった。本題はこの場所についてじゃったな!それじゃ、トラップタワーの説明をしてやるわい」


「お願いします!」


「簡単に言うと、トラップタワーはダンジョン内に発生し、冒険者を苦しめあるトラップを逆に利用し、モンスターを安全に倒すための施設じゃ」


「ダンジョン内に発生するトラップ?それを逆に利用してモンスターを倒す?どういうこと?」


聞き馴染みの無い言葉に首を傾げる。


「転生者じゃと、その辺りから説明が必要じゃのう。良かろう。順を追って、説明してやるわい」


ローグ爺は一呼吸置いた後、このトラップタワーの全容について話し始める。


「まず、ダンジョン。ダンジョンはモンスターの住処みたいなもんじゃな。世界の各地に存在しとる。危険がつきまとうが、モンスターからのドロップアイテムを手に入れ、売って金にするため、冒険者はダンジョンに潜るんじゃ」


「ダンジョンもぐって、モンスター倒して、ドロップアイテムを売って生活。なんか、ゲームみたいだな」


「そのゲームってのは分からんが、わしの弟子の転生者も同じことを言ってたのう。だから、ユキオのイメージは合ってると思うぞい」


ローグ爺の弟子には、俺と同じ転生者がいた。その人のおかげで、伝わらないと思っていた現代の日本の言葉が、問題なく伝わったのは助かった。


「そうか。この世界は、ゲームのような世界なのか。今になって気付いたけど、俺はこの世界のことを全く知らないで転生したんだな。こんなことになるなら、転生前にこの世界のことを色々と神様に話を聞いておけば良かったな。失敗失敗」


転生前に、神様と会話を出来るチャンスがあったが、早く異世界に転生して活躍したいって気持ちが焦り、あまり話を聞かずに異世界に来てしまった。

まぁ、終わったことを後悔しても仕方ない。転生直後にこんな不幸が襲うとは思ってなかった。だから仕方ない。そういうことにする。


「さらっと神様が話題に上がるのが、転生者の恐ろしいところじゃのう……。色々と神様のことを聞きたいところじゃが、今はトラップタワーの説明に戻るぞい。そのダンジョンの中には、冒険者を苦しめるトラップが度々設置されるのじゃが、それを利用した施設がトラップタワーじゃ」


「トラップ?この流れる床とかが?」


「そうじゃ。トラップタワーはダンジョンから集めた色々な種類のトラップを数多く使っておるが、流れる床もその中のひとつじゃな。そんな大量のトラップを、モンスターを処理するために魔力で動かしてるんじゃ。流れる床だけじゃなく、ユキオが上の階で体験した、睡眠ガスと開く床もトラップじゃぞ」


ローグ爺の言葉に、さっきまで俺がいた場所を確認する。目の前にモンスターが振って来たと思ったら、流され、中央の穴で燃やされていく。この流れる床とモンスターを燃やす部分が、ローグ爺の言うダンジョン産のトラップなのだろう。


「タワーってことは複数階構造?」


「その通り、トラップタワーは三階の地上部分と地下一階で構成されるぞい。じゃが、階ではなく、層で表現されることが多いのう。三階の地上部分と地下一階で、四層構造じゃ。トラップタワーを理解するためには、この四層の理解が必要不可欠じゃ。それぞれの層について、順番に説明してやるわい」


「お願いします!」


「一層目は、この上の層じゃな。モンスター召喚石でモンスターを湧かせ、睡眠ガストラップで眠らせ、下の階に落とし穴トラップで落とす層。湧き層じゃ」


モンスター、睡眠ガス、落とし穴。

どれも俺が上の部屋で体験したことばかりだ。俺が転生した場所は、トラップタワーの湧き層らしい。ローグ爺は、湧き層ではモンスターを湧かせると言っていたが、俺もモンスターと同じように湧いたのかな?あれ、俺ってモンスター扱い?


「……ん?さっきユキオは、上の層から落ちてきたと言っておったが、冷静に考えてみれば、何でユキオは上の階から落ちて助かったのじゃ?」


「多分、転生特典でもらったスキルのおかげかな。眠不知(ねむりしらず)っていうスキルのおかげで眠らずに済んで、落下防止(らっかぼうし)ってスキルのおかげで高いところから落ちても無事だったんだ」


「どちらもレアスキルじゃのう……。転生者は転生特典でスキルや武器をもらえると聞くが、ユキオはその二つのスキルのおかげで助かったんじゃな」


これは、不幸な俺には珍しい幸運だった。眠不知と落下防止のスキルだけでなく、スキル疲労減少(ひろうげんしょう)も、流れる床から走って逃げる時に役立った。

転生前の不幸経験から四つのスキルを選んだが、三つのスキルが転生早々に役立った。俺の転生人生も、不幸ばかりじゃない!少し嬉しくなる。もう一つの取得スキルは、まだ役立ってないけど。


「聞いといてなんじゃが、転生特典は他の人には言わない方が良いぞい。むしろ、ユキオが転生者ってことですら内緒にした方が良いのう」


「え、なんで?」


「転生者は能力が高いけど、異世界のことは無知じゃからのう。レベルが低いうちは、それほど脅威じゃないしのう。権力者や先輩冒険者に利用されてしまうんじゃ」


転生者を利用する人。そういう人がいるという情報を聞いた途端、目の前のローグ爺が急に怪しく感じてくる。なにせ、不思議な場所で初めて出会った怪しい老人だ。下手したら、俺がここにいる元凶かもしれない。信頼に足るべき人間だろうか。


「かっかっか、そんな警戒するでないわい!わしにユキオをどうにかしようという気は無いわい。そんな気持ちがあったらシルバーブルに追われてる時に助けたりしないわい」


「確かに……」


「それに、ユキオを利用しようとも思わんわい!なにせ、わしの方がお主より強いからのう!ぶっちゃけ、お主を利用する意味が無いわい!」


ローグ爺が俺より強い……?見た目、ひょろひょろの老人が?


「そうは言っても、簡単に信じられないって顔じゃのう。分かった!わしのことが怪しいと思ったら、遠慮なく攻撃してくれて構わんぞ……。って早速かい!!近頃の若者は怖いのう」


ローグ爺が攻撃してくれて構わないと言ったから攻撃したのに、ローグ爺は俺の攻撃に少し引いている。ローグ爺は、危ない人を見るような目で俺を見ている。心外である。

しかし、今はそんなことどうでも良い。目の前で不思議なことが起きている。俺が放った、わりと本気目の正拳突きは、細い腕の老人であるローグ爺の手の平に軽々と受け止められてしまっている。


「かっかっか、驚いとるのう。この世界は、レベルとステータスで、ユキオの思い描く世の(ことわり)なんて簡単に書き換えることができるんじゃ。ユキオのパンチも、転生直後の割にはなかなかの威力じゃったが、レベル86のわしにダメージを入れることは出来ないわい」


得意気に語るローグ爺から、大人しく拳を引っ込める。

強さの話に気を取られて忘れかけていたが、目の前のローグ爺が信頼できるかを考えることに戻ろう。……と思ったが、すぐにローグ爺を疑うことをやめる。


実際、ローグ爺から俺を騙そうという気は感じないし、自分よりも強い相手を警戒しても仕方ない。疑ってたら、この場所のことを知ることが出来ないし、脱出することも出来ない。そういうわけで、ローグ爺を疑わないことにする。


「転生者ってことだけじゃなく、スキルや武器も秘密にした方が良いぞ。自分の戦術をばらすようなもんじゃからな。転生特典の武器なんか特にそうじゃ。まだレベルの低い内は、レベルの高い冒険者に強奪されることが少なくない。転生特典を狙う、転生者ハンターもいるくらいじゃ」


ローグ爺の言葉に、俺が転生特典でもらったはずのエクスカリバーのことを思い出す。確かに神様に申請したはずのエクスカリバー。転生直後は暗い部屋だったから、落としたかな?

転生してから一度も目にすることなく、失ってしまった転生特典のことを後悔しても仕方ない。このくらいの不幸は、俺にとっては日常茶飯事。エクスカリバーのことは、すっぱりと諦めることにする。


「それじゃ、トラップタワーの説明に戻るぞい。今いるここが、二層目の運搬層じゃ。その名の通り、一層目の湧き層で発生させたモンスターを、三層目以降の処理層へ運搬する層じゃ」


「処理層?処理層って、この部屋の真ん中にある、轟々と炎が噴き出す穴のこと?」


「そうじゃが、少し補足があるぞい。三層目はお主の言うとおり、炎でモンスターを処理する一次処理層じゃが、実は重力増加トラップも動いておる。飛べるモンスターは少なくないからのう。穴から飛ばれたら、処理することが出来ないからのう」


見るからに強大な力を持つドラゴンが、穴から這い出せなかったのは、その重力増加トラップってのが原因なのか。納得。


「ちなみに、穴の回りのスペースは、このトラップタワーを管理する場所になっとる」


確かに、中央の穴は部屋を九つに分けたうちの真ん中だ。この運搬層の広さと穴の大きさから、三層目には、周りに広いスペースがあることが伺える。そのスペースで、この施設を管理してると。よく考えられているなぁと素直に関心してしまう。


「最後の四層目じゃが、この層は全て毒沼トラップじゃ。炎耐性が高く、三層目の炎じゃ倒しきれないモンスターを落として処理するための層じゃが、二次処理層と呼ばれとる。壁が壊れて、毒の沼がタワーの外に漏れたら危険じゃから、四層目は地下にあるぞい」


穴の下には毒の沼……。

さっきまで、そんな危険な穴の前で、俺は落ちるか落ちないかの全力疾走をしていたのか……。無事にここまで来れて、本当に良かった。


「湧き層、運搬層、一次処理層、二次処理層。この四層構造でトラップタワーじゃ。ユキオが転生前にいた世界のタワーに比べたら低いかもしれんが、こっちの世界じゃ王都で一番の高さの建物じゃぞ!」


「はい、質問!」


手をぴーんと伸ばし、処理層の話を聞いた時に浮かんだ質問を聞く。


「なんじゃ、ユキオ?」


「なんでわざわざ運搬層でモンスターを運ぶんだ?もっと高いところに湧き層を作って直接落下させて倒したり、処理層に直接モンスターを落として倒したら良いんじゃないか?なんか、この運搬層ってのが無駄に感じる」


「お主は運搬層のおかげで助かったのにのう……。まぁ、良いわい。この運搬層の必要性について、説明してやるわい」


「お願いします」


「このトラップタワーの創設者も、最初は高所から落とすだけのシンプルなトラップタワーを考えたんじゃ。しかし、発生するモンスターの防御力から必要な高さを計算したら、人間じゃ建設不可な高さになってしもうたんじゃ。それで高所落下型のトラップタワーは断念じゃ」


確かに、あの巨大なドラゴンを落下死させようとしたら、相当な高さが必要だろう。転生前に神様に聞いた話では、この世界は魔法があるため、工学的な発展が進んでいないらしい。

集合住宅でも、三階建てを限界とするこの世界の建設技術では、ドラゴンを倒せる程の高さの建物は、建設出来ないだろう。


「次に、毒沼の処理層に直接落とすことも考えたらしいんじゃが、処理が全然追いつかないことが予想されたんじゃ。飛ぶモンスター、毒無効のモンスターは多いからのう。そこで、湧き層と毒沼の間に火炎トラップと重力増加トラップを設置するわけじゃが、全然数が足りん。火炎トラップと重力増加トラップはダンジョン内の発生数が少ない上、発動するための魔力も高く、運用コストが高いからのう。そこで運搬層ってわけじゃ」


「少ないトラップでも処理できるよう、処理を集中化するための運搬層を作ったんだな。納得」


「運搬層の必要性について納得してくれて良かったわい。今まで話した内容が、トラップタワーの全容じゃが、説明として充分かのう?」


「ひとまず、今までの情報をまとめると、トラップタワーは、ダンジョン内に発生するトラップを利用してモンスターを倒す施設、ってことは理解できたよ。効果的な施設だなーって感心したけど、何のための施設なの?」


「逆に聞くぞい。モンスターを機械的に倒すトラップタワーは何のためにあると思う?」


ローグ爺の逆質問に、俺は腕を組み考えてみる。にやにやとローグ爺に笑われながら、少しの間、このトラップタワーの必要性を考える。そして、ひとつの結論に辿り着く。


「モンスターを倒すと、他の場所にモンスターが湧かなくなって、人々は安全な暮らしを過ごせる、ってとこかな?」


この世界に来てから出合ったモンスターは、どれも凶悪的な見た目だった。普通の人が出会ってしまったら、簡単に殺されてしまうだろう。

そんなモンスターを一箇所に集めて倒すことで、人々は平和な生活を過ごすことが出来る。それがこのトラップタワーの存在理由、と俺は予想した。

そんな俺の予想に対して、ローグ爺はにやりと笑う。


「違うぞい」


「違うの?」


俺が思い描いたトラップタワーの存在理由推測は、どうやら違ったらしい。

今まで黙って聞いていたオルフも、わふーっと溜息を吐いたように感じる。


「モンスターを倒すと、他の場所にモンスターが湧かなくなって、人々は安全な暮らしを過ごせる……。そうだったら、この世界は平和になって良いもしれんが、残念ながらそうじゃないんじゃ。トラップタワーは、モンスターのドロップアイテムを効率的に集めることを目的にしておる」


「ドロップアイテムを効率的に集める?ドロップアイテムと言えば、ゲームじゃモンスターを倒したら手に入るアイテムってイメージだけど……。あー、そういうことか。モンスターを効率的に処理して、ドロップアイテムを効率的に集めるのが、この施設……、トラップタワーの役目ってことね。なるほど」


「そのとおりじゃ!ユキオは理解が早くて助かるわい!」


ローグ爺から聞いた情報で、この施設の全容を理解する。

苦労してモンスターを倒して手に入れるドロップアイテムを、機械的に、工場のライン生産のように処理することで、苦労せず効率的に手に入れる施設。それが、トラップタワー。


「よく考えられた施設だ。感心する。感心するけど……」


今の感情を表す言葉を、自分の語彙の中から探す。そして、思いついた言葉をそのまま口に出す。


「なんだか、すごい腹立つ」


「かっかっか!そうじゃのう!腹立つのう!トラップタワーの中にいる側としては、それが正解じゃ!処理される側じゃからのう!」


笑うローグ爺を横目に、俺は自分の異世界転生について考える。

トラップタワーを一言で表すと、効率的にモンスターを処理して、ドロップアイテムを効率的に集める施設。そんな施設に、俺は処理される側として転生した。何も持たない俺を処理しても、ドロップアイテムなんて手に入るはずもないのに。

転生特典スキルが無かったら、転生した世界の景色を一目見ることも叶わず、睡眠ガスで眠らされ、落とされた上に運ばれ、火に包まれて焼かれ、それでも死ねなかったら毒沼に落とされる……。そんな効率を極めた方法で、俺は淡々と処理されていただろう。

この世界に転生した意味を感じること無く、誰の目にも止まること無く、何も残さず、この世界を去る。無意味に生まれ、無意味に死ぬ。

そんな無意味な存在として、異世界転生ライフを無意味に終える。


そんな無意味な死が、不幸な俺にとってはお似合いの不幸的な異世界転生だったかもしれないが、ギリギリのところで回避することが出来た。

まだ俺の異世界転生ライフは終わってない。不幸な俺のことだから、これからも多くの不幸に見舞われるだろう。それでも、俺は諦めずに力強く生きていくことを心に決める。


「ひとまずは、このトラップタワーからの脱出が目標だな!!」


「かっかっか!神妙な顔で少し黙ったと思ったら、急な目標発表!ユキオは変なやつじゃのう!!じゃが、前向きな姿勢は良い!そのくらいの気合が無いと、この中ではやっていけんからのう!」


俺の異世界での最初の目標に、ローグ爺は大きく口を開けて笑い、オルフはわふっと一鳴きする。


異世界転生した場所は、モンスターを効率的に処理するトラップタワー(ただし、処理される側)。異世界転生したけど、俺より不幸なやついる?


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