異世界転生したけど、俺より不幸なやついる? 第一章①「異世界転生したら全力疾走を強いられる」
「突然だけど、クイズ!今現在、俺がいる場所はどこでしょう!」
薄暗い部屋の中を一人の青年が全力疾走をしていた。
燃え盛るような赤い髪と、入院患者が病院の中で身に纏う病衣という服を着てる以外は特段変わったことのない、十代後半の中肉中背の青年。そんな青年は誰もいない空間へと大声を上げる。
薄暗い部屋の中には、彼以外の人間は近くにいない。そのため、回答する者はいなく、周囲は静寂を取り戻す。
しかし、そんなことは百も承知の赤髪の青年。彼は大声でクイズを続ける。
「ヒント!一箇所に留まったまま全力疾走を続けられる場所!エクササイズジム?ルームランナー完備の自宅?残念、不正解!ヒントを追加しましょう!」
長い時間、薄暗い部屋の同じ場所を走り続けていた彼だが、急に降りかかった謎現象に耐え切れなかったのか、突然大声で回答者のいないクイズを始めた。
全力疾走をしながら大声での独り言。街中で始めたら異常者極まりない彼の行動だが、独り言が日常であった彼にとっては、些事であった。
「今現在、俺がいる場所は、一箇所に留まったまま全力疾走を強いられる場所です!エクササイズジムや、ルームランナー完備の自宅は、機械の電源をオフにするか、全力疾走を止めて機械から降りてしまえば問題解決でしょ?無理矢理に全力疾走を強いられないでしょ?残念ながら俺が今いる場所は、そんな生温いところじゃないんだよ!じゃあ、どこにいるのかって……?それはー!!」
青年は薄暗い部屋の中で、好き好んで全力疾走を続けているわけではない。青年にも全力疾走を続ける理由があるのだ。
クイズ番組の司会者のように、正解発表を少しもったいぶった青年の口から、ついに彼が全力疾走を続ける理由が語られる。
「正解は、俺も分からない、でしたー!!」
全力疾走を続けている青年も、自分がどこで、何の目的で走らされているのかが分からなかった。大げさに両手を振りながら、少年は独り言を続ける。
「おいおい、そんな怒るなって!分からないものは仕方ないだろ?逆に、今俺がいる場所がどこか教えて欲しいくらいなんだぜ!!」
まるで、しょうもないクイズをした司会者が、言い訳を述べるように説明を続ける青年。忘れないでほしい、彼はこの薄暗い部屋の中で一人。大きな声での独り言中だ。
「こんなアホみたいなクイズで戯れている間も、俺は謎の力によって、後方に移動させられるのを全力疾走で耐えながら、現状の位置を必死でキープしているんだぜー」
独り言だけではなかった。彼は全力疾走中だった。
「諦めて後方に移動して、全力疾走を止めれば良いんじゃないの?って思うかもしれないけど、それが出来たら苦労しないよー」
彼が全力疾走を続けているのには、理由がある。
「走るのをやめられない理由?走るのをやめたら死んじゃうからだよ」
青年の声に答えるかのように、彼以外のものである大きな鳴き声が部屋の中に響く。床や壁を震わせる怒気に満ち溢れた大きな鳴き声。
地を震わせる大きな声に飛び上がった青年は、親指を立て後方を指し示す。
「見てよ、あれ!!ドラゴンだよ、ドラゴン!!俺の後方では、燃え盛るドラゴンが咆哮をあげてるんだぜ!!あの牙と爪!!そして大きさ!!走るの止めたら、あのドラゴンに急接近よ!!」
青年の後方では、一軒家よりも大きいドラゴンが体中を赤く燃え上がらせながら、咆哮を上げていた。両腕を振り回しながら、鋭利な爪にて近づくモンスターを切り刻んでいる。
「こえぇぇよ!!何が怖いって、ドラゴンは俺を殺そうとして咆哮をあげてるじゃないんだよ。燃え盛る炎で受けるダメージに対して、咆哮をあげてるんだよ。咆哮というより悲鳴だよ!!」
青年の後方にいるドラゴンは、火竜のような体に火を纏うタイプのドラゴンではなかった。風竜とも呼ばれるウィンドドラゴンである。ウィンドドラゴンは青年の後方に開いた大きな穴に落ち、その穴から噴き出した炎によって燃やされている。
その炎から逃れるため、ウィンドドラゴンは必死に両手を振り回しているのだ。
「つまり、俺が全力疾走を止めた先の後方では、ドラゴンすら燃やすような激しい炎が燃え盛っていると!もし、全力疾走を止め、後方への流れる力に任せてしまったら、俺も激しい炎に焼き殺されてしまうと!まとめると、後方に流れる力から抗うために、全力疾走を強いられているんだよ!!」
結論に辿り着いた青年は、天に向かって大きな声を上げる。
青年も走るのを止めたら、ウィンドドラゴンの爪で切り裂かれるか、穴の中に落ちて燃やし尽くされるだろう。
「だー!!ちきしょう!!なんで、こうなった!?俺は異世界に転生したはずだよな!?神からもらった力で余裕綽々の俺TUEEEE、可愛い女の子と一緒にハーレムライフでキャッキャウフフするんじゃなかったのかよ!?」
大声で叫ぶ青年の名前は、不破 幸雄。
名前を略したら分かるとおり、不幸な男である。幸せになってほしいという両親の願いから、幸雄と名づけられたが、その想いに応えることができず、何度も何度も不幸な目に遭い、最終的には不幸な死に方をした。
彼が地球でどんな不幸人生を歩んだかは、彼が現在全力疾走を強いられることとは全く無関係なので、省略する。省略するが、あまりにも不幸過ぎる生前に、彼の魂は消耗しすぎてしまい、輪廻転生の流れに乗って地球に転生した場合、彼は最下層の生物にしか転生出来なかった。
具体的に言うと、来世はウミケムシと呼ばれる気持ち悪い生き物にしか転生できないレベルだった。ウミケムシがどんな生物化を調べるのは、自己責任でお願いしたい。
当然、彼はウミケムシは嫌だーってごねました。ごねた結果、異世界の創造神は、
「擦り減った魂をゲームのような異世界でのんびり過ごして回復すればー、ウミケムシ転生を回避できるよー!」
と妙に間延びした声で言われ、彼は二つ返事で異世界転生をオッケーした。
つまり、彼は神が異世界に転生させた、異世界転生者だ。
神から異世界の説明を受けた彼は、昨今の異世界アニメのように、異世界で楽しい人生を歩むことを夢見る。神からの恩恵である転生者特典まで得た彼は、余裕な戦闘をこなし、数々の美少女達から好かれる異世界ハーレムライフを夢見ながら、数時間前に異世界に転生した。
そんな彼の期待は、転生早々に裏切られた。
転生門をくぐって異世界に転生早々、一時間もしない内に彼は全力疾走を強いられ、そのまま数時間が経過していた。
それでは、なぜ青年がそんな状況になってしまったのか。
それは、今から少し時を遡って説明しなければいけない。しばらくの間、青年がこんな状況に陥ってしまった理由を、彼の回想と共にお付き合いいただきたい。
■ユキオ 転生直後
「なんだ?異世界ってのはこんなに暗いとこなのか?何も見えないぞ?」
異世界に転生できる転生門っていうのをくぐって異世界に転生した矢先、俺は暗闇の中で一人立ち尽くしていた。
「あれ?転生場所は、王都の転生神殿ていうとこを選択したはずだが、異様に暗いな」
左右を見回してみても、一寸先も見えない程の見事な暗闇。
「転生神殿っていうのはこんなに暗いとこなのか?神殿っていう位だし、ステンドグラスから神々しい光が差し込んでるイメージだったが……。神々しい光どころか、一陣の光すら差さないぞ?ガスのような気体も立ち込めてるし……。どこだここ?」
独り言を呟いてみても、俺の声は暗闇の中に消えていってしまう。周囲は、神殿には似つかわしくない不気味さが立ち込めていた。
「現状の確認のためにも、何か灯りが欲しいとこだが……。ここまで暗いと、灯りを点けるどころか、一歩も踏み出すことが出来ないな……。足元が安全とも限らないし。一歩踏み出したら、崖から真っ逆さまーってのも、俺の不幸なら余裕でありえる……。前世で体験済みだから、崖から落ちるのはもう勘弁だし、動かないで何か灯りを点ける手段は無いかな?」
無駄だと分かってても、暗闇の中をキョロキョロと見回し、周囲の様子を確認しようとする俺に、どこかから機械音声が返答してくる。
「灯りが欲しいのであれば、火魔法の使用をおすすめします」
「ん?聞いたことない声だけど誰?」
「私はあなたの異世界転生をサポートするものです。あなたの異世界転生は、初期情報の登録時、シークレットスキルの干渉によって一部エラーが発生したため、かなり困難な異世界生活に変わってしまいました。そんな不幸なあなたに、例外的に私が一時的にサポートをさせていただきます」
どうやら俺の異世界転生は、一部エラーが発生したらしい。
「そうか、エラーか。まぁ、このくらいの不幸、俺なら日常茶飯事。サポートしてくれる人がいるだけ、まだマシってポジティブに考えるようにしよう!」
日本での不幸生活に慣れてしまった俺は、降りかかる不幸に落ち込まない。
「そんな素敵なサポートをしてくれるあなたは、なんて名前ですか?」
「名前はとある事情で明かせません。私のことは、サポートとお呼びください」
「それじゃ、サポートさん!灯りが欲しければどうすればいいって?」
「灯りが欲しいのであれば、火魔法の使用をおすすめします」
「火魔法?魔法で火を生み出せば良いってこと?確かに、火があれば周囲の状況を確認できるな!って、火魔法?転生時に俺が選択したのは、水魔法のはずだぞ?」
俺が転生したマグノキスという異世界は、剣と魔法でモンスターと戦う日本のRPGのような異世界らしい。転生時に初期魔法を地、水、火、風の四つの基本属性の中から選べたが、その時に俺は水属性を選択した。だから、俺は火魔法は使えないはずだ。
しかし、サポートさんは俺に使えないはずの火魔法の使用をおすすめしてくる。どういうことだろうと思首を傾げていると、なかなか火魔法を使わない俺に痺れを切らしたのか、サポートさんが回答をくれる。
「エラーの影響で、あなたの使用可能魔法に火魔法が追加されております」
「あ、そうなの?エラーってのも悪いことばかりじゃないんだな!得した!で、その火魔法ってのはどう使うの?」
「魔法は、イメージを固めて念じると発動します」
「イメージを固めて念じる?曖昧だなー。どうやんの?もっと具体的に教えて」
「それでは、手の平に火を生み出すイメージをしてみてください。あなたのイメージに合わせて、火が生み出されます」
「手の平に火?熱くない?」
「魔法で作り出した火は、発動者にはダメージを発生させませんし、熱くありません。安心して火魔法を発動させてください」
それなら安心。右手を前に出し、拳くらいの火をイメージする。火は子供の頃に見て以来だけど、微かな記憶を頼りに、なんとか火のイメージを固める。しばらくの間イメージしていると、手の平にメラメラと小さな火が生まれる。
「おー!火だー!立派な火だけど、サポートさんの言う通り全然熱くない!不思議ー!これなら、周囲もしっかり見えるなーって……、あれ?」
手の平に生み出された火の光に照らされ、周囲の状況が見えてくる。
真っ先に目に入ったのは、白い虎。図鑑やテレビで見た虎とは少し異なり、大きい牙と鋭い爪を携えている。そんな白い虎が目の前で眠っていた。
思わず飛び出しそうになった悲鳴をなんとか押し殺し、目の前の明らかに危険な生物から逃げるため、ゆっくり視線を左に移す。そんな俺の視界に飛び込んできたのは、堅牢なクチバシと大きな赤い羽を持つ鳥だった。そんな鳥が目の前で眠っていた。
正面は白い虎。左は大きな赤い鳥。
だめだ……。今度は右へ視線を移すと、大きな山があった。危険なモンスターはいないけど、これを歩いて登るのは骨が折れそう。
登山の覚悟を決めたところで、ズズッという重い音と共に、目の前の山が少し動く。
目をこらして気づいたが、目の前にそびえ立つのは山じゃなかった。
一言にまとめると、巨大な亀。俺が山と勘違いしたのは、人間を一飲みしそうなほど巨大な亀だった。そんな巨大な亀が目の前で眠っていた。
正面は白い虎。左は大きな赤い鳥。右は巨大な亀。いかにも強そうな三体のモンスターが、俺の前と左右を取り囲んでいた。
不幸中の幸い、周囲が暗いせいか三体のモンスターは体を丸め、深い眠りについている。眠りについているとはいえ、三体とも見たこともない巨大なモンスター。明らかに人間が勝てるモンスターではない。
異世界特有の凶悪なモンスター。寝ているというのに、異様な威圧感をもっている。
額に汗が浮かび始めるのを感じながらも、三体の眠りを妨げないよう、恐る恐るゆっくりと後に下がりながら逃亡を図る。前と左右がダメなら後方だ。
ゆっくりと一歩下がった俺のかかとに、堅い何かがぶつかる。嫌な予感をひしひしと感じながらも、恐る恐る後を振り返ると、巨大な二つの目と目が合う。ゆっくり手の平の火を近づけると、鱗一枚一枚が俺の頭くらいある、角の生えた巨大な青いトカゲだった。
「大きいし、角が生えてる……。もしかして、トカゲじゃなくてドラゴンってやつかな?すげー、初めて見た」
鋭い牙、豪壮な角、威圧的な目を持った、異世界代表と言っても差支えがない、ドラゴンというモンスターに思わず溜息がこぼれる。
「察しの通り、目の前のモンスターはドラゴンです。風竜とも呼ばれる、ウィンドドラゴンです。ウィンドドラゴンは、周囲のモンスターと異なり、昏睡状態ではございません。注意してください」
「え?ウィンドドラゴンは、起きてるんですか?」
サポートさんの言葉を聞き、目の前のウィンドドラゴンを確認する。ウィンドドラゴンは巨大な両の目で、まっすぐ俺を見ている。鋭い眼光。ウィンドドラゴンは俺を獲物として捉えていた。
前と左右にいた三匹のモンスターはぐっすりと眠っていたが、後方にいたドラゴンは両目を開き、俺のことを睨んでいた。
「ドラゴンさん、目を開けて寝るタイプ……、ではないですよね……?」
俺の呟きに応えるように、ドラゴンが大きな咆哮をあげる。あまりの大きな咆哮に、周囲にいた三体のモンスターも眠りから目覚め、ドラゴンに共鳴するかのように咆哮をあげる。
それだけでも絶対絶命だが、見えない範囲にも数多くモンスターがいたらしく、様々な種類の数多くの鳴き声が、前後左右のあちこちから聞こえてくる。
暗闇の中から、いくつもの目が俺を睨んでいる。まるで、格好のエサを見つけたかのように。
「あー……。すごい数のモンスターが俺を狙ってる。敵意っていうのかな、そういうのを感じる。流石にこれは無理だ。異世界ライフも開始早々ついてないなぁ」
「安心してください。時間が来ましたので、睡眠ガスの噴出が始まります」
サポートさんは安心してくださいと言うけど、モンスター達の鳴き声は止まらない。サポートさんには悪いが、全く安心できない。
目の前で大きく開かれたドラゴンの口を見ながら、転生してもダメだったか……と諦めかけたその時、ぶしゅーっとあちこちから白いガスが噴き出す。
突然の出来事に立ち尽くすことしか出来なかった俺の視界は、噴き出したガスによってあっという間に白一色で埋め尽くされる。あちこちからズシンズシンと謎の重低音が響いているが、何が起きたのだろう。
突然のガス噴出に、俺は動けず立ち尽くすことしか出来なかったが、しばらくするとガスの噴出が止まる。周囲は静けさを取り戻した。
「サポートさん、火魔法を使っても大丈夫っすか?」
「噴き出したガスは可燃性でないため、問題ございません。現状を理解するため、火魔法の使用をおすすめします。」
なにが起きたか確認するため、先ほどと同じように手の平に火魔法を発動する。一度発動したことによってコツを掴んだため、先程よりも簡単に手の平に火を生み出すことができた。
手の平に生まれた灯りを頼りに、周囲の様子を確認すると、咆哮を上げていたモンスター達が深い眠りについていた。ガスが噴出しているときに聞こえてきた謎の重低音は、咆哮を上げていたモンスター達が眠りにつき、倒れる音だったようだ。
「サポートさんがさっきのガスで眠らせたんすか?ありがとうございます」
「その睡眠ガスは私が発生させたものではありません。その場所特有の睡眠ガス噴出となります」
「この場所特有の睡眠ガス噴出?じゃあ、なんで俺は眠ってないんすか?」
「あなたが転生時に取得したスキル、眠不知のおかげで、状態異常「昏睡」を無効化しています」
「転生時に取得したスキル、眠不知……?」
転生時に取得したスキル……?サポートさんの言葉に、俺は異世界転生に心が浮きだっていた、少し前の転生手続きのことを思い返す。
「あー!そういえば、そんなスキルを選択してました!そのおかげで、俺は眠らずに済んでるんですね!不幸な俺にしては、珍しくラッキー!」
転生時に特典として眠不知という、眠らなくて済むスキルを取得していたことを思い出す。転生前に飽きてしまった睡眠をしなくてすむ、という理由で取得したスキルだが、まさか転生早々に役に立つとは。不幸な俺には珍しいラッキーだ。
他にも三つスキルを取得したが、今後も何かしらで役に立つだろうか。取得した三つのスキルがどんなものだったか思い返そうとしたが、今はそんなことをしている暇では無い。この場所がどこかを把握する方が重要だ。
「いかにも強そうなモンスターがいっぱいいて……、そのモンスターを睡眠ガスで眠らせる……。転生神殿って物騒すぎません?」
「そこは、転生神殿ではございません。エラーの影響で初期転生地点が変わっております」
エラーの影響で転生場所が変わってる?
「転生神殿じゃないの?じゃあ、ここどこ?」
「そこは……、おっと、詳細な説明をしたいところですが、私が説明できる時間もそろそろ限界のようです。手近なモンスターを、手の平の火で炙ってください。睡眠ガスは強力なため、少しくらいなら目覚めることはございません。安心してモンスターを炙ってください」
手の平の火で、目の前のモンスターを炙る?……サポートさんの指示の内容がよく分からない。
「手の平の火でモンスターを炙る……?どういうことっすか?」
「いいから!!さぁ、早く!!」
先ほどまで丁寧な口調だったサポートさんの口調が突然荒々しくなる。
よく分からない指示だが、サポートさんの焦り様から素直に従った方が良いだろうと判断。近くで眠っていたドラゴンのあご、大きな亀の指先、白い虎の尻尾、赤い鳥のだらんと開いたクチバシの間から垂れ下がった舌先を、恐る恐る手の平の火で炙る。
何してるんだろ、俺?
「指示に従ってくれて、良かった!最後に、忠告をひとつ!!足元注意!!」
「足元注意?」
サポートさんの言葉に首を傾げていると、パカッという乾いた音とともに、足で捉えていた床の感触がなくなる。少しの浮遊感の後、お尻に鈍痛が走る。
どうやら、突然床が抜けて、下の部屋の床に盛大に尻餅をついたようだ。
「いってー!!尻、いてー!!割れる!!尻が割れる!!なんだ!?一体なにが起きたんだー!?上から落ちたっぽいけど、ここはどこだー!?」
確認したけど、サポートさんの声は返ってこない。どうやらサポート時間が終わってしまったらしい。一人になってしまったという現実に、寂しさがこみ上げてくる
しかし、寂しさを噛み締めている場合でない。ズキズキと痛むお尻をさすりながら立ち上がり、現状を確認する。現状とお尻の痛みから判断するに、先ほどまでいた場所の床が抜け、下に落とされたようだ。
周囲を確認しようと思った俺は、上の階とは違う明らかな異変に気付く。
明るい。
火を使わないと周囲が確認できなかった先ほどまでの場所に比べ、今いる場所は少し明るい。灯りの発生源はどこかと周囲を見回すと、離れた場所に大きな穴が開いている。その穴から強い光が漏れ出し、周囲を明るく照らしている。
穴から漏れ出た光を頼りに周囲を確認すると、この場所が四方を壁で囲まれた大きな部屋であることに気付く。中央に光る穴の開いた広大な部屋。
「かなり広い部屋だなー。東京ドーム九個分ってとこか?まぁ、東京ドーム行った事ないから、適当なイメージだけど。しかし、中央の大きい穴は何だ?あそこから強い光が漏れてるみたいだけど、ここからは何が光ってるのか見えないな……」
広い部屋に、上の部屋から落ちてきたモンスターと一緒に、俺は立ち尽くしている。高いところから落ちたというのに、モンスター達は眠りから目覚めない。上の部屋で噴き出した睡眠ガスはかなり強力だったようだ。深い眠りについているモンスターから、なるべく距離を取るように恐る恐る離れる。
モンスターから距離を取るのは簡単だった。なんせ勝手にモンスターが離れていくから。
「なんで、この部屋は流れる床になってるんだ?壁から離れるように床が不思議な力で流れてる。すごい変な感覚」
現状を分析している今も、視界は横に流れていく。
この部屋の最大の特徴は、その場に立ち尽くしていても体が自動的に動くこと。まるで、動く歩道の上にいるかのように、立っているだけで徐々に中央の光源に向かって体が動いていく。
ぐっすりと眠ったままのモンスター達も同じように、動く床で中央の大きな穴へと運ばれていく。なんとなく嫌な予感がしたため、流れに逆らい、部屋の壁に向かって走り始める。
しばらく走っていると、上の部屋で俺を取り囲んだモンスターの一匹、大きなドラゴンとすれ違う。
突然現れた強敵に肝が冷えたが、幸いなことにドラゴンは眠ったまま。ぴくりとも動かないドラゴンは、動く床で徐々に部屋の中央に運ばれていく。ドラゴンが運ばれていくのを見送ったところで、急に頭の中に機械音声が鳴り響く。
「ユキオはレベル4に上がった!HPとMPが全回復した!
攻撃が2上がった!防御が1上がった!魔力が4上がった!魔法防御が1上がった!速さが8上がった!スタミナが1上がった!状態異常耐性が1上がった!」
部屋の中央から逃げるように走りながら、突然聞こえてきた機械音声に首を傾げる。まるで、ゲームでレベルアップした時のメッセージ。
「ん?レベルアップ?え、なんで?」
ゲームでいうレベルアップと言ったら、モンスターを倒した時に手に入る経験値が、一定量たまると起こる現象のはず。でも、俺はモンスターを倒していない。ただ走っていただけ。転生時に、聞いていたレベルアップの情報と異なるぞ……?
転生してからの俺は上の部屋から落ちて、少し走っただけ。こんなことでレベルアップが起こるはずない。
まさか、この世界は走るだけでレベルアップするの……?一歩踏み出すだけでレベルアップする異世界ファンタジー?それなんてクソゲー?
いや、違うな。転生前、神はこの世界ではモンスターを倒したら経験値が手に入る、確かにそう言っていた。一歩踏み出すだけでレベルアップするクソゲーじゃないはず。
「実は落ちた時、尻で小さいモンスターを押し潰してた……か?そんなラッキー、不幸な俺に起こるか……?」
突然のレベルアップに首を傾げていると、またしても機械音声が頭の中で響く。
「ユキオはレベル5に上がった!HPとMPが全回復した!
攻撃が2上がった!防御が1上がった!魔力が4上がった!魔法防御が1上がった!速さが8上がった!スタミナが1上がった!状態異常耐性が1上がった!」
「ユキオはレベル6に上がった!HPとMPが全回復した!
攻撃が2上がった!防御が1上がった!魔力が4上がった!魔法防御が1上がった!速さが8上がった!スタミナが1上がった!状態異常耐性が1上がった!」
「また、レベルアップ!?しかも、二回連続!?どういうこと!?さすがにおかしい!!」
続け様に発生した、身に覚えの無いレベルアップに大声を上げる。しかし、答えてくれるサポートさんはもういない。
それに、疑問を感じている余裕ももう無い。現在進行形で、部屋の中央へと流されているから。
流れに必死に逆らっているが、少しずつ部屋の壁が遠ざかっていく。中央の穴までの距離を確認するために後方を振り返ると、ちょうど先ほど見送ったドラゴンが穴の中に消えていった。
全力疾走を続けていないと、俺も徐々に部屋の中央に吸い寄せられ、同じように穴の中に消えてしまう。穴の中がどうなっているかは分からないが、なんとなく嫌な気がするため、全力疾走を続け、穴の中に落ちるのを防ぐ。
そんな全力疾走を続けていると、後方から世にも恐ろしい咆哮が聞こえてくる。
異様な咆哮に思わず振り返ると、先ほどすれ違った大きなドラゴンが、穴の中から上半身を出し、上の部屋で出会った時と同じ威圧感を放っていた。
しかし、先ほどまでとは異なる点がひとつ。
「え!?あのドラゴン燃えてる!?」
上の部屋で出会い、運ばれているのを見送り、穴の中に落ちていったドラゴンの全身は燃えていた。体のあちこちが黒く焦げ、煙を上げながらも、これ以上穴に落ちないように両手で地面をしっかり捉えている。しかし、両手が捉える地面は不思議な力で後方に流されるため、ドラゴンはすぐに穴の中へ戻される。
たちまち悲鳴に似たドラゴンの咆哮が聞こえ、炎に包まれた尻尾が、部屋の中央の穴からちらりと見える。
その様子から導き出される結論。
なぜかは全く分からないが、部屋の中央に開けられた穴の中は、ドラゴンを燃やすほどの高温になっている。つまり、少しずつ流されている俺も落ちたら、同じように燃える……?
「燃えよドラゴン。そんな名前の映画あったなー、でも見たことないなーって、そんなこと言ってる場合じゃねえええぇぇぇえええ!!!まじか!!動く床の先は、燃え盛る穴って!!どんなトラップだよ!!」
燃えるドラゴンの二の舞にならないよう、俺は穴と逆方向へ全力で走る。しかし、悲しいことに俺が全力で走る速度と、後方へ流されていく速度は完全にイコールだった。近付かないけど、遠ざからない。
「あんまり疲れないのが不幸中の幸いだけど、これじゃ埒が明かないぞ!!」
全力疾走を強いられる不幸の中でも、転生時に眠不知と一緒に取得したスキル、疲労減少のおかげで、全力疾走をしていてもジョギング程度の疲れしかない。不幸中の幸い。
しかし、スキル疲労減少が、完全に疲れないってスキルじゃなく、疲れにくくなるっていう効果。つまり、このまま走っていれば疲れる。不幸中の幸い中の不幸。残念、不幸の勝ち。
いずれはスタミナが尽き果てる。スタミナが尽き果てた俺を待っているのは、ドラゴンすら燃やす巨大な穴。スタミナが尽きる前に、この状況を打破できなければ、俺も穴の中に落ち、燃やし尽くされてしまう。
以上!俺の置かれた現状までの遡り回想終わり!
まとめると、異世界転生したら全力疾走を強いられる。異世界転生したけど、俺より不幸なやついる?