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第六話 新しい味方

 シュツェルツはアウリールとともに自室に戻った。アウリールに目配せされ、エリファレットも神妙な顔つきでついてくる。

 部屋に入ってすぐに、アウリールが言った。


「殿下のお怒りはごもっともでございます。元はといえば、わたしが悪いのです。殿下に、きちんと事情をご説明申し上げなかったのですから」


 話が見えてこない。シュツェルツはぽかんとした。


「事情……?」


 隣で困惑気味の表情をしているエリファレットに、アウリールは顔を向ける。


「実は、昨夜は彼を食事に誘って、話を聴いてもらっていたのですよ。殿下のお話をね」


「僕の、話?」


「ええ。勝手ながら、殿下にはわたし以外にも、もっとたくさんの味方が必要かと存じまして。殿下のご事情をお話ししたら、エリファレット卿は快く承諾してくれましたよ」


「じゃあ、さっき部屋を出ていったのは……」


「殿下の誤解を解くために、彼にここまで来てもらえるよう、頼みにいったのです」


 アウリールはエリファレットに視線を送り、「ね?」と確認を取る。エリファレットは深く頷いた。

 それでは、アウリールは自分のために立ち回ってくれていたというのか。


 確かにそう説明されれば、納得がいく。

 周囲に悟らせないようにしていたのは、話の内容がシュツェルツのプライバシーに関わることだったからだろう。


 シュツェルツが両親からほとんど関心を寄せられていないことを批難交じりに口外すれば、露見した時に罰を受けるかもしれない。

 それは理解できる。けれど、まだ分からないことがひとつだけある。


「じゃあ、どうして僕にも黙っていたの?」


 アウリールは言いにくそうな顔をした。


「殿下はご反対なさるかもしれないと思ったのです。味方なんかいらない、とお撥ねつけになるのではないかと愚考致しまして」


 つまり、シュツェルツのプライドの高さがそもそもの原因だったのだ。今まで悩んだり、怒ったりしたことは、全て取り越し苦労だったというわけだ。

 シュツェルツは体中の力が抜けそうになったが、なんとか踏みとどまった。


「……僕は、君に今度こそ呆れられたのかと思った」


 実際は、そんなことは微塵もなかった。アウリールは、ちゃんと自分のことを考えてくれていたのだ。

 脱力感が去ってしまうと、シュツェルツは、胸の奥が温かいもので満たされていくのを感じた。


 アウリールは微苦笑をしてよいものか、それとも真顔になったほうがよいものか、迷っている様子だった。その複雑な表情のまま問う。


「それで、寝間着のままわたしをお捜しに?」


 シュツェルツは素直に謝罪する。


「うん。──怒ってごめんなさい。アウリール」


 アウリールは優しく口元を緩めた。


「わたしのほうこそ、申し訳ございません」


 シュツェルツとアウリールは、しばしの間、顔を見合わせてにっこりと笑い合った。

 タイミングを見計らっていたのだろう。エリファレットがおずおずと話しかけてきた。


「……あの、シュツェルツ殿下。今回、わたしがロゼッテ博士と食事に行ったことで、ご不快な思いをなさったかと存じます。申し訳ございませぬ」


 いつまでも申し訳なく思われても、こちらが迷惑だ。シュツェルツは短く答えた。


「もうよい」


 エリファレットは、なおも何か言いたそうな顔をしている。シュツェルツはエリファレットに続きを話すよう、目で促した。エリファレットの眼差しは真剣だ。


「先程、ロゼッテ博士がおっしゃったように、わたしは殿下にまつわるお話を伺いました。そして、思ったのです。わたしもあなたさまのお役に立ちたいと」


 シュツェルツは、一拍置いて尋ねる。


「それは、単なる近衛騎士としてではなく、私的に僕に仕えたいという意味か?」


 エリファレットはかしこまった。


「はい、さようでございます」


 とはいえ、エリファレットはアウリールの共犯だ。それに、珍しく深酒するほど、アウリールが心を許した相手でもある。

 シュツェルツは少し意地悪く言った。


「だけど、僕は第二王子だし、そなたも知っての通り、両親から目をかけられているわけでもない。僕に忠誠を誓っても損をするだけだ」


 エリファレットの鮮やかな青い瞳が、一層真摯な光を放つ。


「だからこそでございます。わたしは、昨夜、ロゼッテ博士からお話を伺って痛感致しました。殿下には、もっと親身になってお仕えする者が必要であると。わたしなどでお役に立てるかは分かりませぬが、少なくとも、剣をもって殿下をお守りすることはできますゆえ」


 この男はどこまでも真面目で真剣だ。アウリールとタイプは違うが、忠実に仕えてくれるだろう。それに、アウリールにも心を許せる同僚が必要だ。

 シュツェルツは一瞬だけ目を閉じ、そして笑った。


「分かった。そこまで言うなら好きにしなよ。これからよろしく、エリファレット」


「御意!」


 エリファレットは元気よく答え、片膝を突いた。

 シュツェルツはアウリールと目を合わせて苦笑いすると、エリファレットに立ち上がるよう言葉をかけた。


     *


 幻影宮の敷地内にある練兵場で、近衛騎士たちが二人一組になって対峙している。

 エリファレットに忠誠を誓われてから二日後。シュツェルツはアウリールとともに、近衛騎士たちの稽古を見学していた。


 エリファレットの姿を捜すと、ホワイトブロンドの頭髪はすぐに見つかった。彼もシュツェルツたちの視線に気づき、かすかに表情を崩す。


 エリファレットの稽古を見学してはどうか、と提案したのはアウリールだ。シュツェルツも腹心の部下となったエリファレットの実力を見ておきたいと思い、早起きをして練兵場まで赴いたのだ。


「始め!」


 号令がかけられると、近衛騎士たちがいっせいに動いた。訓練用の先を丸めた剣を振るい始める。

 エリファレットの動きは俊敏だった。


 武術の訓練を受けているシュツェルツでも、彼がどのように動いたのか分からないままに勝負はついた。エリファレットが相手の喉元に剣を突きつけたのだ。


 シュツェルツは呆気に取られた。

 アウリールがのんびとした口調で言う。


「おやおや、強いですね、彼は」


 シュツェルツはそんなアウリールに呆れた。


「強いなんてものじゃないよ、あれは」


「そうですね。でも、これで安心です。それだけの者が、殿下を守ってくれるのですから」


 正直、今でもよく分からない。その気になればどこまでも上り詰めていけるだろう、エリファレットのような若く実力もある近衛騎士が、「自分だけの」味方になってくれる本当の理由が。

 シュツェルツはアウリールに頷いて見せたあとで、ぽつりと呟いた。


「僕は、彼の──いや、エリファレットだけじゃない。君たちの忠誠に見合うだけの主君になれるのかな……」


 アウリールは笑顔のまま、まっすぐにシュツェルツを見た。


「そのお気持ちがあれば、いつかきっとおなりになれます」


 シュツェルツは、誰よりも信頼する侍医を見上げ、微笑した。


「うん、そう思うことにする」


 アウリールは若草色の瞳に優しい笑みをたたえていたが、やおら、いたずらっぽい光を浮かべた。


「ところで、殿下。エリファレットに稽古をつけてもらってはいかがです? いくら武術がお嫌いのあなたでも、上達なさるのではございませんか?」


「え、嫌だよ。だって、エリファレットに教えてもらったら、しごかれそうなんだもの」


「それくらいしないと、殿下のやる気のなさはどうにもならないかと存じますが」


「アウリールったら酷いな! そんな風に思っていたなんて」


 シュツェルツはむっつりと黙り込んだあとで、一言だけ付け加えた。


「……まあ、機会があれば、それもいいかもね」 


 アウリールの小さな笑い声が聞こえた。

 視線を前に戻すと、対戦を終えたエリファレットが、こちらに向けて歩いてくるところだった。


     *


 稽古を終えたエリファレットは、シュツェルツに付き従う職務に戻った。シュツェルツが護衛部隊の隊長に要請して、エリファレットをアウリールと同じく、お付きの一人に取り立てたのだ。


 エリファレットとアウリールを連れて、シュツェルツは東殿へと戻りがてら、庭園を散歩することにした。

 風で飛ばされてきた黄色い葉を、庭師が懸命に掃除している。


(捨てるのは、ちょっともったいないな)


 せっかくの秋の風物詩だ。シュツェルツは黄葉を一枚拾ってから、くるくると回した。

 黄葉を見て、アウリールが目を細めた。


「秋も深まって参りましたね」


 シュツェルツはふと思い出した。


「僕の領地はもっと黄葉が進んでいるかもしれない。王都ステラエよりも、北にあるんだ」


 アウリールが首肯した。


「メッサナですか。そうでしょうね。──殿下はメッサナにおいでになったことがあられますか?」


「ううん、ないんだ。でも初めて行く時は、必ず君たちを連れていくよ。ね、アウリール、エリファレット」


 うしろを歩いていたエリファレットが、感激したように声を弾ませた。


「わたしもでございますか!?」


 シュツェルツは苦笑する。


「他に誰がいるっていうのさ」


「はい! 必ずお供させていただきます!」


 意気込むエリファレットに、アウリールがため息をついた。


「あーあ、俺は君が羨ましいよ、エリファレット」


「何がだ?」


「俺なんて、殿下に名前で呼んでいただくようになるまで、一年近くもかかったんだぞ。君はたった五日で呼び捨てだ」


 エリファレットは言葉に詰まったあとで、何かを閃いたような顔をした。


「だが、お前に対する殿下の信頼の厚さは格別ではないか」


「まあ、そうだけどね。俺も今回の件でそれが分かって感動したよ」


 恥ずかしくなって、シュツェルツは思わず口を挟んだ。


「そんなことない! 僕はアウリールのことをそこまで想ってないよ!」


 アウリールの瞳が憂いを帯びる。


「それは悲しいですねえ」


 どうせ寂しがる振りなのだろうが、シュツェルツは慌てた。かといって、先程の発言が意に反していたと認めるのも癪だ。

 埋め合わせをしようと考えて、シュツェルツはあることを思い起こした。


「……あのさ、アウリール、前に髪を伸ばしたら、って言ったけど、あれ、忘れていいよ」


 不思議そうにしているアウリールの隣に並び、エリファレットがまじまじと彼を見つめる。


「髪を伸ばす? ああ、確かにやめておいたほうがいいな。もろに女に見え──」


 アウリールは見る者が凍りつくような笑みを浮かべた。


「……それ以上、口にしないでもらえるかな? でないと、せっかく成立した友情が壊れることになる」


「分かった! 分かった! 俺が悪かった!」


 二人のやり取りをシュツェルツはぽかんと口を開けて見守っていたが、不意におかしさが込み上げてきて、声を上げて笑ってしまった。


 こんな風に笑うのは、物心がついてから初めてかもしれない。

 お腹を抱えて笑っていると、アウリールとエリファレットが目と目を見かわしてほほえんだ。

 まだ木枯らしとはいえない風が、新たな黄葉を運んでくるのが見えた。


『ひねくれ王子のやきもち』完

前回よりも短い話ですが、読んで下さってありがとうございました。また、いつか続きを書くかもしれません。シュツェルツが大人になったあとの話かもしれませんが。

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