表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

第五話 嫉妬の自覚

(結局、アウリールはエリファレット卿と食事に行ったんだろうか)


 昨夜、シュツェルツはそんなことを考えてしまい、満足に眠れなかった。

 寝ぼけまなこをこすりながら寝台に身を起こし、ぼうっとしていると、アウリールが診察に現れた。いつもと変わらぬ爽やかな笑顔だ。


「おはようございます、殿下」


 自分に内緒でエリファレットと食事に行ったのだとしたら、よくそんな顔ができるものだ。シュツェルツは疑いのこもった眼差しをアウリールに向けた。


「……おはよう」


 シュツェルツは寝台の端に腰かける。椅子に座ったアウリールに手を取られたとたん、あることに気づいた。

 アウリールから、彼がいつもつけている香水とは違う、やや強めの甘い匂いがほのかに漂ってきたのだ。


(お酒の匂い……)


 アウリールが酒を残して自分の診察をするなど、今までは考えられないことだった。やっぱり、昨晩、アウリールはエリファレットと酒食を楽しんだのだ。しかも、相当楽しい酒だったのだろう。

 シュツェルツはうつむき加減に指摘した。


「……アウリール、お酒の匂いがするよ」


 アウリールは目をむく。


「え、さようでございますか!?」


 袖の匂いを嗅いだあとで、アウリールはすまなそうな顔をした。


「申し訳ございません、殿下。昨夜はつい、久し振りに深酒を致しました。今後はこのようなことがないように致します」


 そのようなことを謝って欲しいわけではない。シュツェルツは、なおもうつむいたまま尋ねる。


「……誰とお酒を飲んでいたの?」


 不意打ちを受けたように、アウリールは瞠目した。


「え?」


 とぼけているのだろうか。アウリールの態度に腹を立てる気持ちと、裏切られたような気持ちがないまぜとなり、強い怒りへと変わる。

 シュツェルツは顔を上げ、キッとアウリールを睨みつけた。


「エリファレット卿と飲んでいたんだろう? 僕、知っているんだからね」


「殿下……」


「どうして隠そうとするんだよ! そんなに僕には秘密にしたいことを話していたわけ!?」


 口にしてみて初めて分かった。

 確かに自分はエリファレットに嫉妬している。けれど、アウリールに裏切られた気がしたのは、そのせいではない。彼がエリファレットと食事をしたことを隠しているからだ。この期に及んでも、言い訳すらしてくれないからだ。


(お願いだから、何か言ってよ……)


 シュツェルツは拳を握り締め、アウリールの言葉を待った。

 アウリールは衝撃を受けたように、しばし微動だにしなかった。


 どれだけ時間がたっただろう。おそらく十秒かそこらだったに違いないが、シュツェルツには長い時に思えた。

 アウリールは端麗な唇を開く。


「……失礼致します、殿下」


 椅子から立ち上がったアウリールは、踵を返して退出しようとした。

 シュツェルツは弾かれたように腰を上げたが、扉の前に立った彼を呼び止めることができずにいた。


「あ……」


 シュツェルツの口から言葉にならない声が漏れた直後、アウリールは静かに扉を開け、出ていってしまった。

 今まで彼は、どんなに怒ったり、冷たくしたりしても、決してシュツェルツを見捨てず、赦してくれた。だが、もう、それも終わりだ。

   

(──アウリールは、きっと僕に呆れたんだ)


 自分の感情を持て余し、一方的に怒りをぶつけてしまったのだ。シュツェルツのそうした行動は今回が初めてではない。だからこそ、優しいアウリールも、さすがに耐えかねたのだろう。

 涙があふれそうになり、シュツェルツは歯を食いしばった。


 アウリールが消えた扉と反対方向には、大きな窓があり、蒼く穏やかな海が広がっていた。

 海を見るのは好きだ。どんなに孤独な時に眺めても、美しく光り輝いているから。


(でも……今は見たくない)


 これから待ち受けている独りぼっちの日々を、嫌でも思い知らされる。

 窓から目をそらしたシュツェルツの視界の端に、アウリールが診察の時にいつも座る椅子が映った。

 椅子に視線を移した瞬間、シュツェルツの脳裏に、ある思い出が浮かび上がった。


 一年前、高熱を出して寝込んだ時、アウリールは一晩中、あの椅子に座って傍にいてくれた。

 シュツェルツは右手をじっと見つめる。あの時、夢を見た。アウリールが自分に手を差し伸べてくれる夢を。

 多分、彼は自分の手をずっと握ってくれていたのだろう。だから、あの夢を見たのだ。


(アウリール……)


 シュツェルツの足は、自然に動いていた。

 アウリールに謝らなければ。今ならまだ、彼は廊下を歩いているだろう。姿が見えなかったら、部屋に行くまでだ。


 一瞬、本当に赦してもらえるのかどうか、不安がよぎる。

 その懸念を、シュツェルツは振り払った。自分の知っているアウリールは、そんな人間ではない。もし赦してもらえなかったら、言葉を尽くすまでだ。

 彼に赦してもらうためなら、プライドなんていくらでもくれてやる。


(僕にはアウリールが必要なんだ!)


 寝間着姿なのにも構わず、シュツェルツは駆け足で扉の前に立つ。勢いよく扉を開け、廊下に出た。

 扉の脇にたたずむ近衛騎士が、驚いたように声をかけてくる。


「殿下!?」 


 それには応えず、シュツェルツは辺りを見回した。アウリールの姿はない。彼を含めた側仕えの者たちが暮らす部屋がある方向へと、シュツェルツは走った。


 向こうからアウリールが歩いてくるのが見えた。隣にはエリファレットの姿もある。

 シュツェルツは一瞬、躊躇した。しかし、覚悟を決めて一歩足を踏み出すと、アウリールの前まで駆けていく。

 アウリールは目を見張る。


「殿下、どうなさったのです。そのようなお姿で」


 不思議なことに、アウリールの表情からは呆れも怒りも読み取れなかった。

 走ってきて息が切れたので、シュツェルツは呼吸を整える。


「──僕、君に謝りたくって」


「謝る……? ああ、先程のことですか」


 アウリールは困ったように笑ったあとで、提案した。


「まず、お部屋に戻りましょうか。ここでは、人目がありますゆえ」


 確かに今の自分は寝間着姿だし、必死で謝る様子を他の者に見られるのは、やはり恥ずかしい。シュツェルツは彼の言葉に従うことにした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ