第四話 二人の会話
最近は、夕暮れまでの時刻がすっかり早くなってきた。
窓外では、橙色の衣をまとった太陽が黄金色の海に沈んでゆくところだった。黒く染まった数多の帆船が、影絵のようにぽっかりと浮かび上がっている。雄大かつ贅沢な風景を眺めながら、シュツェルツは自室でアウリールが訪れるのを待っていた。
日が完全に沈み、藍色に覆われた空と海との境界が朧になった頃、いつものようにアウリールが現れた。断りを入れてシュツェルツの向かいに座り、脈を取り終えると、安堵の表情を見せる。
(訊くなら、今しかない)
シュツェルツは深呼吸をすると、口火を切った。
「ねえ、アウリールがエリファレット卿と仲良くしているって噂を聞いたんだけど」
アウリールは目を丸くした。
「おや、そのような噂が流れているのですか?」
「うん」
「確かに、彼とは年が近いこともあって、会えば積極的に話すようにはしていますが、まだ仲がよいというほどではございませんよ。何せ、出会ってから、まだ一週間もたっていないのですから」
(嘘だ)
シュツェルツは反射的にそう思った。
アウリールと出会って二年。彼が何か隠し事をしている時は、なんとなく分かるようになってきた。
シュツェルツは膨れっ面をしそうになったが、ここで追及の手を緩めてはいけないと思い直す。
シュツェルツは腕を組み直し、笑顔を作った。
「じゃあ、彼とはどんな話をしているの? エリファレット卿って、あんまり口数が多いほうじゃないからさ。ちょっと気になるんだ」
「どんな、と仰せられましても……。出会ったばかりの時にするような普通の話ですよ」
「普通の話って?」
「出身はどこか、とか。家族について、とか。あとは趣味の話とか……。そんなものです」
「ふーん……」
「殿下、どうなさったのですか? ずいぶんとご不満なようですが」
ようやく気づいたか。普段、アウリールは明敏だが、今回の件に関しては、鈍いにもほどがある。
シュツェルツは、ひとつため息をついて見せた。
「アウリール、僕に隠していることはない?」
アウリールは小首を傾げる。
「いいえ。特にございませんが」
シュツェルツは怒りにも似た感情を覚えた。エリファレットと食事に行く約束をしたはずなのに、アウリールはとぼけるつもりなのだ。
(それとも、僕の勘違いなのか?)
ふと、そんなことを考えてしまい、シュツェルツは急に弱気になった。もし、そうだとしたら、とんだお笑い種だ。
シュツェルツはアウリールから、ぷいと顔をそむけた。
「……もういい。下がってよ」
「はい……」
目の端に、アウリールの訝し気な顔が映った。
いつもなら、他愛のないおしゃべりを二人で楽しむはずなのに。
退出するアウリールの姿勢のよい背中を、シュツェルツは無言で見送った。
*
シュツェルツの拝診を終えたアウリールは、外套を着ると、幻影宮の外に出た。門を出て、五十イルト(約百メートル)ほど歩いたところで、一人の若者と合流する。エリファレットだ。
アウリールは彼に笑いかけた。
「待たせてしまったかな?」
「いや、それほどは」
「そうか、ありがとう。それじゃ、行こうか。あまり遅くなると、門番に通してもらえなくなる」
「野宿はごめんだな。ところで、どんな店に連れていってくれるんだ?」
「いい店だよ。俺も一度しか入ったことはないけどね」
アウリールはエリファレットを連れて、貴族街を抜けてすぐのところにある、高級な料理屋に入った。この店は、シュツェルツの前任の侍医に連れられて食事をしたことがある。
その時は、とある理由から酒と食事を楽しむどころではなかったので、今回再挑戦することにした、というわけだ。
あれから二年近くがたち、アウリールは高級店に来ても気後れしない立ち居振る舞いを身につけた。収入も増えたし、エリファレットに奢ってもよいくらいだ。
店の中は以前と変わらず、金がかかっている上にしゃれていた。客層も、貴族風の男たちや、羽振りのよさそうな商人たちが多い。
給仕に案内されて、アウリールとともに席に着いたエリファレットは、明る過ぎず暗過ぎない絶妙な照明の店内を見回した。
「まあ、王子殿下の侍医と近衛騎士が入る店としては妥当な線だな」
それだけ言うと、彼は落ち着いた様子でメニューを選び始めた。こういう店には慣れているのだろう。
そういえば、彼は父親も騎士だと話していた。幼い頃はシーラムの王都に滞在していたというし、地方出身の自分とは育った環境が違うのだ。
若干の敗北感を覚えながらも、アウリールは先程からずっと頭の中にあった本来の目的に意識を移した。料理を運んできた給仕が去るのを待ってから、話題を変える。
「それで、今日、君に話しておきたいことなんだが──」
アウリールは潜めた声で語り始め、エリファレットはそれを真剣な顔で聴いた。
数十分後、話を聴き終えたエリファレットは、声を荒らげ、憤りを露わにした。
「なんだ、それは! 全く道理に適っていない!」
(狙い通りだ)
テーブルを叩きそうな勢いのエリファレットをなだめながら、アウリールは笑顔になった。
「君なら、きっとそう言ってくれると思っていた。それで、相談があるんだけど」
まだ怒りが治まらないらしいエリファレットが、眉間にしわを寄せ、アウリールを見つめる。
アウリールは笑みを深くした。
「実は、協力して欲しいことがあるんだ」