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第二話 エリファレット・シュタム

 近衛騎士が目通りを申し出てきたのは、朝食を終えたシュツェルツが、香草茶ハーブティーを飲んでいる折だった。


 第二王子であるシュツェルツの護衛は、近衛騎士が務めている。この日、シュツェルツ付きの護衛部隊の隊長は、一人の見慣れぬ若者を伴っていた。


 年齢はアウリールより二、三歳下の二十歳頃だろう。顔立ちはややきついが、短いホワイトブロンドの髪に鮮やかな青い瞳が映える美男子だ。濃紺に銀が配色された近衛騎士団の定服が、引き締まった身体によく似合っている。身長は、アウリールより少し高いくらいだろうか。


 隊長は若者を手で指し示した。


「殿下、新しく我が隊に入った近衛騎士をご紹介致します」


 シュツェルツは注意深く若者を見つめた。今までも、護衛や侍医など、身の回りに仕える者が交代したり、新しく増員されることは時々あった。


 アウリールと出会うまでは、シュツェルツにとって同性の臣下など、特に注意を払うべき対象ではなかった。しかし、今は違う。シュツェルツは、目の前の若い近衛騎士を見定めようとした。

 斜め横に座るアウリールが、声を潜めて言った。


「殿下、睨むようにお見つめになっては、相手が委縮してしまいますよ」


 シュツェルツは、はっとした。

 人を信じられないがゆえに、他人に対して冷淡に接してしまうのは自分の悪い癖だ。

 シュツェルツはアウリールに頷いて見せると、努めて視線を和らげた。口調だけは、多くの臣下に用いる王子然としたものを選ぶ。


「そなた、名はなんと申す?」


 シュツェルツに声をかけられた若者は、感激したように顔をほころばせると、深く頭を下げた。


「はっ! エリファレット・シュタムと申します」


「エリファレット──隣国シーラムの名だな」


「は。母がシーラム人のため、この名がつけられました」


 エリファレットがシーラムの血を引いていると聞いて、シュツェルツは彼に興味を抱いた。幼い頃に亡くなった父方の祖母が、シーラムの王女だったからだ。


 祖母は両親とは違い、シュツェルツにも優しい人だった。だから、シュツェルツのシーラムに対する印象は悪くない。

 シュツェルツはエリファレットに向け、さらに質問した。


「そなたはシーラムに行ったことがあるのか?」


「幼い頃に、短い間、滞在致しました」


「どのようなところだ? シーラムは」


「わたしが滞在したのは王都だけでしたが、美しいところです。それに、我が国(マレ)とはだいぶ制度が違い、女性の騎士がおります」


 シュツェルツの胸に、新鮮な驚きが広がった。自然と声が弾む。


「ほう! 女性でも騎士になれるのか」


 シーラムはマレと違い、女王を戴いた前例がある。それゆえに、女性の就ける職業もマレとは違うのだろう。エリファレットとシーラムへのシュツェルツの興味は、ますます強まった。


 そんなシュツェルツの内心を察したのか、アウリールが助言してくれた。


「殿下、時間を取ってもらって、エリファレット卿と、もっとお話しなさってはいかがです?」


 出会ったばかりの男と距離を縮めることに、シュツェルツは若干躊躇したが、今までアウリールの助言が間違ったためしがないことを思い出す。


「隊長、エリファレット卿ともう少し話をしたいのだが、どうか?」


 壮年の隊長は笑顔になった。


「どうぞご随意に、殿下。では、エリファレット卿、わたしは食堂の外にいる。終わったら声をかけてくれ」


 エリファレットは元気よく返事をした。


「はっ! かしこまりました」


 エリファレットの返事は小気味よい。シュツェルツは彼に席を勧めると、心ゆくまでシーラムの話を聴いたのだった。


     *


 エリファレットが護衛に加わってから三日後の土曜日、シュツェルツは馬術の訓練のために、馬場に向かおうとしていた。王宮の敷地内とはいえ、一応、外に出るので、近衛騎士が一人付き従っている。幻影宮の馬場はそれだけ広いのだ。


 休憩時間のため、アウリールはついてきていない。彼とは、あとから合流する予定だ。

 近衛騎士が等間隔に立ち並び、警衛する回廊を歩いていると、遠目によく見知ったうしろ姿を見かける。アウリールだ。


 休憩が終わるにはまだ早いが、どうしたのだろう。

 ちょっと疑問に思ったところで、シュツェルツのいたずら心が頭をもたげる。


(僕に気づいていないよな。少し驚かしてやろう)


 足音を忍ばせ、ゆっくりとアウリールの背後に近づいていこうとして、シュツェルツは足を止めた。アウリールの前に、誰かがいる。距離が遠いので話し声は聞こえてこないが、どうやらアウリールはその人物と話している最中らしい。


 立ち止まったシュツェルツは、回廊の端に寄り、遠くからアウリールの話し相手が誰かを確かめる。ホワイトブロンドの青年の姿が見えた。近衛騎士の定服は着ておらず、私服姿だ。


(エリファレット卿……)


 護衛は交代で主の部屋を守る。今日、エリファレットは休日なのだろう。

 彼は真剣な表情でアウリールの話を聴いていたが、ほどなく笑顔になった。それに応えるアウリールも笑みをこぼしている。


 シュツェルツは胸に何かがつかえたような気持ちになった。アウリールに声をかけるべきだろうか。しかし、身体が強張ったように動かない。


 逡巡しているうちに、二人の立ち話は終わったようだ。アウリールとエリファレットは回廊の奥に向け、並んで歩いていく。

 シュツェルツは相変わらず動けずに、棒立ちになったままだった。


     *


 今日一日の課題と夕食を終え、部屋に戻ったシュツェルツは機嫌が悪かった。

 まだ動揺は残っていたし、自分が何にショックを受けているのかもよく分かっていないが、とにかく面白くなかったのだ。


 もちろん、シュツェルツは休憩から戻ったアウリールを冷たくあしらってやった。また主の気まぐれが始まったのだろうと、当の本人は受け取ったようだが。


(アウリールの奴、僕以外にもあんな顔を見せるなんて……)


 そう思ったあとで、シュツェルツはぎょっとした。


(これじゃあまるで、嫉妬しているみたいじゃないか)


 いくら相手がアウリールとはいえ、男同士が話していただけで、自分が嫉妬することなどありえない。


 もちろん、シュツェルツだって嫉妬くらいしたことがある。母に愛されている兄にだ。しかし、その感情はどうにもほの暗く、今感じているようなもやついた気持ちではない。


 大体、アウリールはシュツェルツの女官たちともよい関係を築いているのだ。彼が女官たちと話している時は、特に嫉妬めいたものは感じないのだから。

 そう自分を納得させようとしても、なかなか気分は晴れなかった。


「殿下、どうなさったのですか? 先程から難しいお顔をなさって」


 急に声をかけられ、シュツェルツは顔を上げた。寝間着への着替えを手伝ってくれていた女官の一人が、怪訝そうにこちらを覗き込んでいる。


 シュツェルツは、しまったと思った。彼女たちには、とてもこんなことは相談できない。

 ごまかすため、それに憂さ晴らしのために、シュツェルツは甘い笑みを浮かべた。

 女官に誘惑めいた態度をとるのは、アウリールが嫌がるから控えていたが、今は知ったことか。


 そう、シュツェルツは美しい女性が大好きなのだ。母との関わりが薄いから、反動でそうなったわけではない(と、シュツェルツは思っている)。彼女たちは男性とは違って、可愛いし、おしゃれだし、何より一緒にいると安心するからだ。


(そりゃ、アウリールは女官たちに負けないくらい綺麗だし、優しいけどさ……)


 またアウリールのことを考えてしまい、シュツェルツは心の中で、ぶんぶんとかぶりを振った。表情を整え、女官たちを見上げる。


「なんでもないよ。ねえ、ところでさ、僕の着替えが終わっても、しばらくここにいない? 君たちが僕を寝かしつけてくれたら嬉しいんだけど」


 ところが、二人の女官は同時に吹き出した。

 シュツェルツは困惑して問いかける。


「な、何? 何がおかしいのさ?」


 笑いをこらえながら女官たちが答えた。


「殿下、そのようなことをおっしゃっていては、ロゼッテ博士にまたお叱りを受けてしまわれますよ」


「そうでございますよ。まだまだ殿下は可愛らしいお年頃でいらっしゃるのですから」


 シュツェルツは呆気に取られた。思えば、アウリールが傍に仕えるようになってから、女官たちに子ども扱いされることが増えたような気がする。


(くっ! 五、六年後を見てろよ。今に後悔させてやる)


 シュツェルツは心中で悪態をついた。優雅な一礼を残して退出していく女官たちを見送る。

 アウリールはエリファレットと親しげにしていたし、女官たちからはからかわれる。

 面白くないことが重なって、シュツェルツは憤懣ふんまんやるかたなかった。


 だが、いつまでもこんな気持ちを引きずってはいられない。

 明日は日曜日。シュツェルツとアウリールの休日だ。自分の休日と同じ日に、シュツェルツはアウリールに非番の日を与えている。勤勉なアウリールだって同じ人間なのだ。彼に体調を崩されてはたまらない。


 もっとも、アウリール以外の侍医の診察は受けたくなかったので、朝晩の来診だけは頼んでいるのだが。


 その休日が明ければ、再びアウリールは自分に付き従うことになる。いつまでも冷たい態度を取り続けるわけにもいかないだろう。


 シュツェルツは悩んだ。その末に、ある名案が形を成す。

 いっそのこと、アウリールがエリファレットと何を話していたのか、突き止めてはどうだろうか。


(そうだ、それがいい!)


 そうすれば、きっとすっきりするだろうし、自分がエリファレットに嫉妬をしているわけではないと証明できる。

 決意したシュツェルツは、誰も見ていないのに拳を掲げたのだった。

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