第4話 金髪の少女
突然我が家に現れた魔法使い――エリス。彼女は坂田優斗ととある魔法使い『セレソ』を対面させるために坂田優斗の前に現れたという。
セレソの特徴は坂田優斗と同じ学生服を着ていること。それしか情報は掴めていない。
セレソがいるであろう高校に無事にたどり着くことができたエリスと坂田優斗は、いよいよ本格的にセレソを探し始める。
「――ってことでエリス、お前の担当はここな」
そう言いながらやってきたのは高校の本校舎の裏にある旧校舎だ。そこは本校舎の陰に隠れており、近々取り壊し予定があるため今は誰も建物内に入る者はいない。
その外見は木製の校舎の三階建てで、校舎の近くは雑草だらけで手入れをされていないことが伺える。
「あの、からかってるんですか優斗。こんなとこにセレソがいるわけないじゃないですか!」
「いや、そうとも限らないぜ? 誰も寄り付かなそうな場所で魔法の研究やら何やらしてるかもしれないだろ?」
「……なるほど。そう言われてみればそうかもしれない……です」
納得したようなエリスの返答を聞いた坂田優斗は「チョロいな」と思いながらにやつく。
何故ならそれらしい理由をつけて旧校舎にエリスを押し付けることが坂田優斗の狙いだった。
高校のジャージに着替えて魔法使いということを隠すことができていても、銀髪少女が高校をうろついているなんて注目の的だ。恐らくセレソ探しどころではなくなってしまうだろう。
もしも旧校舎にセレソがいるのならそれで良し、本校舎にセレソがいるのなら旧校舎に連れて行けば良し。
エリスを旧校舎に留めておくことさえできればスムーズにセレソの捜索をすることができるのだ。
「じゃあお昼の時間、十二時になったらどこかで待ち合わせしましょう」
エリスがそう提案する。確かに途中で合流して情報交換する時間も必要だ。それにエリスも魔法使いと言えども人間、手ぶらのエリスが昼食の食べ物を用意できるかと聞かれればできないと答えるだろう。
その提案を坂田優斗は受け入れる。
「よしわかった。場所は……旧校舎の入り口にしよう。本校舎だと人が多いからな」
本音は「本校舎だとお前が他の生徒に見つかっちまうからな」だが、それを言ってしまうと「見つからないようにするもん!」なんてこの魔女は言いかねない。
「了解なのです!」と元気よく返事を返すエリスを見て、上手くエリスを丸め込むことができたと心の中で安堵する。
二人の探す場所が決まった時、エリスは何かを思い出したのか眉をあげると、両手を合わせその手の中から結晶を生み出した。
その結晶は無色透明で大きさはゴルフボールくらいの丸い結晶だ。エリスはその結晶を坂田優斗に手渡した。
「私の魔力で作った結晶です。その結晶を三回小突いて話しかけるとその声が私に届くようになってます」
「おおすげえ! 魔法でできた通信機みたいなものか。セレソを見つけたらこれでお前に声をかけるよ」
もらった結晶をズボンのポケットにしまい坂田優斗は本校舎を目指した。
振り返ると旧校舎に入ろうと扉を開けるエリスの姿が見える。
「じゃあ、また後でな」
「はい! セレソ探し開始です!」
ここで二人は一度別れ、それぞれセレソ探しを開始した。
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セレソ探しを二人は別行動で開始した。エリスは旧校舎を、坂田優斗は本校舎を探す。
先程エリスとトイレに隠れた時の男子生徒の会話から得られた情報だと『金髪の美少女』が転校してきたとの情報を得ている。
その『金髪の美少女』が『セレソ』なのか。
転校生ということもありセレソである可能性はかなり高い。
情報を整理しながら坂田優斗は本校舎にたどり着いた。今は授業中で廊下には人の姿はなく、その廊下にいるのは坂田優斗のみ。
金髪美少女と対面したいところだが、今が授業中であるのならば接触はできないだろう。
ならば坂田優斗が行うべき行動は――、
「――金髪の美少女転校生がどこの教室の生徒なのか。探すことだな」
自分のやるべきことを決め、坂田優斗は行動を開始した。
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かれこれセレソを探し始めて三十分が過ぎようとしていた。本校舎の教室を一つ一つ生徒や教師にバレないように教室のドア窓から覗き、金髪の生徒を探していた。
結果を報告すると金髪の生徒は見つけられていない。
トイレで聞いた男子生徒の会話の金髪美少女。あれはただの噂でしかなかったのか。
「ここはひとまず俺も授業に出席して、また次の休憩時間にセレソ探しを再開するか」
――その時だった。
「――あら? あなたは?」
授業中で本来誰もいないはずの廊下。今はセレソを探している坂田優斗しかいないはずの廊下で、男の声とは違う華やかな、そして麗しい声が坂田優斗の背後から耳に入る。
その声に反応して振り向くと、そこには探し求めていた金髪の生徒がいたのだった。
噂どおりのその金髪は背中まで伸びたストレートで先端がくるりと跳ね返っている。ぱっちりした目に青い瞳が宿っており、その瞳には驚く表情の坂田優斗が反映されていた。
そして確かに――、
「あの、授業行かないんですか?」
――美人だ。
前のめりな姿勢で顔を坂田優斗に近づける。その男心をくすぐる姿勢で問いかける金髪美少女の姿に坂田優斗は赤面した。
「え、あ、あぁうん、いくよ? きみは?」
「私? 私はその、ほら、授業中に抜け出すって言ったら……トイレしかないじゃないですか」
言葉の最後のほうを恥ずかしそうに小言で言うその姿は可愛いの他の何者でもなかった。風呂上がりにすっぽんぽんでそこらをうろつく銀髪魔法使いとは大違いである。
「じゃあ私は教室に戻りますね」
金髪のその子はそう言葉を残すと坂田優斗の横を通り過ぎていく。
本来の目的を思い出した坂田優斗は赤くなっている顔を改め、横を通り過ぎたその金髪少女の肩に手をかけた。
「あの! ちょっと待って!」
突然肩に手をかけられ驚く表情を見せる金髪少女に、坂田優斗は隠さずに言う。
「セレソさん……ですよね?あなたに話があるんです」
そう話した瞬間、ある不安が坂田優斗の脳内を駆け巡る。
――もしもこの金髪少女がセレソではなかったら?
それはもう恥ずかしさの極みだ。
それに一般人に魔法使いの名前が知られてしまったのだ。知り過ぎてしまった者は排除……なんてこともあり得かねない。
そんな不安を掻き消すが如く、その金髪少女は微笑みを浮かべ答える。
「はい、私もあなたとお話ししたかったんです。二人きりで」
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坂田優斗は無事セレソと会うことができた。
今は遅刻ということで授業に出席し、座席に座っている。坂田優斗の座席は教室の窓際で東京の景色が一望できる素晴らしい席だ。
今度はエリスとセレソを会わせなければならないわけだが、セレソも俺に用があったらしくお昼に旧校舎でもう一度会うことにした。エリスと会わせるのもその時でいいだろう。
――というか、俺と二人っきりで話したいことって?
金髪美少女のまさかの発言を思い出し、無意識に顔がにやける。
突然この学校に現れた金髪美少女魔法使い――セレソが俺と二人きりで話したいことってなんだ?!
まさか俺に会うために魔法使いの国から来たとか?!
なんて想像をしていると授業は終了していた。遅刻した挙句、セレソのことで頭いっぱいの坂田優斗の頭の中には授業の内容なんて一つも入ってはいない。
授業が終わり徐々にざわつき始める教室だったが、女性教師の声がそのざわつきを貫く。
「では提出用のノートをここに出して。集めたノートは遅刻した坂田と、日直の桜井さんがお昼休みに職員室に持ってくるように」
嫌な仕事を任されたものだ。遅刻した理由を話せばきっと腰を抜かすだろう。なにせ魔法の世界に寄り道していたのだから。
ちなみに提出用のノートのことはすっかり忘れていた。
――あぁ、早くもう一度セレソに会いたい。
そう思い続けていたのだった。