第2話 別世界へ
魔法使い――エリスと、奇跡的な出会い(朝起きたらいた)を果たした坂田優斗。
エリスはどうやら、坂田優斗をある人物と会わせたいらしく、坂田優斗のもとに現れたのだという。
ちなみに、その会わせたい人物については、エリスも二つの特徴しか知っていないらしい。
その特徴は坂田優斗と同じような服、つまり学生服を着ていること。そして、『セレソ』という名前であること。
その二つの情報しかエリスからは得られなかった。
だが、この情報はかなり有力だ。つまり、坂田優斗と同じ学校で、『セレソ』という人を見つければいい。
「ってことで今から高校に行って、そのセレソさんってのを探しに行くぞ」
「はぁーいです!」
「その前にだ」
坂田優斗は改めてエリスの姿を見つめる。銀色の腰まで伸びた髪、清さ溢れる純白のローブ。おまけに推定年齢六歳小学生。
これが高校や街を歩けば、周囲の注目を浴びてしまう姿は目に見えている。
「早く学校に行きますよー。授業が終わるとセレソもいなくなっちゃうかもしれませんし」
「ちょっと待て」
早く外に出たがるエリスを止め、坂田優斗は高校のジャージをエリスに渡した。
「その格好で外をうろつくのはまずい」
「なんですかこの服、なんか、地味というか」
「お前の派手すぎるそのローブよりはマシだ! 早くこれ着て行くぞ」
「わかりました、ちょっと待っててくださいね」
エリスはそのジャージを受け取り、別室で着替えを始めた。
リビングのソファで待つこと二分くらい。着替え終わったエリスが別室の扉を開け、坂田優斗はその姿を目に焼き付けた。
「なん……だと……」
代わりの服として用意した高校のジャージを着たエリスを見て、坂田優斗の口から思わず声が漏れる。
黒の生地に黄色のラインを特徴としたジャージで、別に何も特別な要素などないジャージなのだが。はずなのだが、
「まあ、ちょっとばかしは、いいじゃねえか……」
なぜか白い髪の可愛らしいその少女がぶかぶかなジャージを着込んでいる姿は、高校では見ることのできない新鮮さを醸し出し、坂田優斗の何かを刺激した。
「ちょっと、いや、そのジャージ姿すごく良いな。ぶっちゃけ俺の高校のどの女子よりも似合ってるぞ」
「あなたみたいなのを世間一般ではロリコンって言うんですよね。エリス、ドン引きです」
「そーいうことは知っているのに、なぜタオルで体を拭く、服を着るって常識が身についていないのか問い詰めていいかな?!」
褒めてあげたにも関わらず、若干引き気味なエリスは「さあ、早く高校に行きましょう」と玄関へと足を運ぶ。
坂田優斗にとって、これが人生が変わって初日の登校だった。
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『セレソ』を探すため、坂田優斗とエリスは自宅を後にし、高校へと向かう。
現在の時刻は九時頃、高校の規定する登校時間には間に合っていない。つまり遅刻だ。
しかし、それはかえって好都合だとも言えた。
高校のジャージに着替えさせたとはいえ、エリスと一緒に登校すれば間違いなく他の生徒からの注目の的になっていたからだ。
坂田優斗とエリスは住宅街をただただ歩いていた。高校まであと二十分くらいの距離だろう。
平日の午前のこの道は比較的通行人が少なく、電線の上に止まる雀の鳴き声が小さながらも響いている。
「ここは静かな街ですね優斗、こーいう街、私好きですよ」
「だろ? 都会にもこーいう静かな場所があるんだぜ。って、お前に俺の名前おしえたっけ?」
「優斗のことはちょっとだけ調べさせてもらってました。まあ、名前で呼ばれたくないと言うのならロリコンって呼びますね」
「年上に向かってそーいう態度はいけませんなロリスちゃん! 寧ろ一泊の宿泊料とか貰ってもいいんじゃないんですかね?!」
「ロリスって何ですか?! この魔法使いの中でも高みに君臨する私に失礼な! このバカ優斗、アホ優斗、ロリ優斗!」
口論の中でふと聞き捨てならない事を聞いた坂田優斗は、その事について掘り下げる。
「なぁお前ってそんなにすごい魔法使いなのか? 名前聞いた時も、超すっごい魔法使い! って言い切ってたけど」
「それは、セレソに無事に会うことができたらおしえてあげますっ」
言葉の最後にウィンクするエリスの姿は、不覚にも可愛いと思ってしまった。
そんな風に少しずつ坂田優斗をロリコンに導いているエリスは、「優斗こっち! こっちです!」と急に路地裏を指差す。
しかし、その路地裏は今向かっている高校とは全く関係ない道であり、
「高校にセレソさんはいるんだろ? 高校はそっちじゃないぞ」
「いえいえ! 優斗の通う高校に行くならこっちが近道です!」
強気に「こっちです!」と言ってくるエリスに「いや、ちがう!」とハッキリ言うことができず、結局、坂田優斗はエリスに無抵抗のままついて行くことにした。
坂田優斗は今向かっている高校の学生だ。近道なら土地感がある坂田優斗が全て把握している。こんな路地裏に近道などなかったはずだ。魔法の通路とかがない限り、
「ここです!」
エリスが路地裏のある建物の壁に触れると、その壁はどんどん窪んでいき、建物を貫くようにトンネルが形成された。
トンネルの高さは丁度二メートルくらいで、幅は坂田優斗とエリスがギリギリ並んで歩けるほどである。
トンネルの奥には木製の両手扉が見え、トンネルの入り口から両手扉まで五メートルほどの距離だった。
「おいおい、どうなってんだよ」
先程まで路地裏の近道を完全否定していた坂田優斗も、これには頭が上がらない。とても信じられない状況だが、それを一言で理解させることができる。エリスが魔法使いだからだ。
エリスがトンネルの奥の両手扉を開け、二人はその扉の向こうへと足を踏み入れた。
その扉の向こうは、別世界だった。
建物の外であり、和気藹々とした広い大通り。その街並みは日本ではなく、ロンドンのような街を連想させる。
大通りの脇には杖や箒を売っている店、大通りを走る馬車も馬ではなくペガサスが馬車を引いている。
そして、空を見上げると、箒に跨った魔法使いや、ペガサスが引いている馬車が空を飛んでいるのが見える。
そう、扉の向こうのそこは、魔法使いの世界だった。