侵入
授業終わり、私は桧倉さんの席を見やった。昨日のカツアゲショックからか、今日は欠席だった。
効果は抜群だったよう。これから会うたびに罵られるのかとびくびくしてたけど、長井君のおかげで少しだけ、気持ちが和らいだ。
いや、やり過ぎだとは思うけどね。
その長井君と言えばクラスの男子と雑談している。あまり変わらない様子だけど、お世話になったと言っていた人が殺されたのだ。大丈夫、かな。
「衣千葉、長井君と何かあったの?」
「へ!?」
美晴が私を見て、不思議そうにしていた。
「な、何かって?」
「今日、ずっと長井君見てるじゃない。今日まで話したことなかったでしょ」
実際は昨日まで、だけどね。
「……困ってるところを助けてもらったんだ。だからって言うのも変だけど、何か気になっちゃって」
「気になる、ね。」
私ははっとした。
「ほら、今朝の事件の被害者さんの話。気落ちしてないかなーとかさ。そういう意味じゃないからね?」
「何? どういう意味かしら?」
余計なこと言っちゃったなぁ。
「とにかく、美晴の思ってるようなことはまったくないから」
美晴は口元に手を当てた。
「はいはい、そういうことにしといてあげるわ」
「そういうことって……」
違うのに……。
美春と分かれた私はくつ箱の辺りで、長井君が来るのを待ってみることにした。クラスに親しい人はいるようだけど、帰宅部の彼はいつも一人で下校しているらしいので。
待ち伏せを始めて、五分後、長井君が階段から現れた。
「鷹浦か。ずいぶん前に教室出ていかなかったか?」
「いや、その……今朝の話」
予想通り、長井君は表情を曇らせた。
「そうか、ニュースで」
私は頷いた。
「余計なお世話かもしれないけど、大丈夫?」
長井君は肩を落とした。
「気にしてくれるのはありがたいが、鷹浦には関係ないことだろ? 大丈夫だ。覚悟はしてたんだ」
どう見ても、大丈夫じゃなさそう……。
小さい頃からお世話になってる人がある日突然いなくなるなんて、私だったら耐えられない。優しくしてくれたお手伝いさんや話を聞いてくれた近所の駄菓子屋のおじさん……今も当然ご健在だけど、親戚中敵だらけの私にとっては癒しだった。
「家まで送るよ」
私の言葉に長井君はぽかんと口を半開きにした。
「え、なんでそうなるんだ?」
「いいから」
私は半ば強制的に長井君を連れて学校を出た。
正門を抜けて歩き始めてすぐ、
「鷹浦って、結構強引なんだな。ちょっと驚いた」
本当に不思議そうに言われ、私は少し考え込んだ。
「……えっと長井君、特に迷惑そうじゃないみたいだから」
もちろん、迷惑そうだったら身を引く。拒否されたらそれ以上しない。
「え? まぁ迷惑じゃないけど、なんで」
もちろん、昨日助けてくれたからだ。恩着せがましくなるから言わないけど、何かお礼をしたい。
「殺人未遂って言ってたけど、犯人捕まりそうなの?」
「どうなんだろうな。今はなんとも」
「強盗か何か?」
長井君は首を振った。
「顔見知りが犯人の可能性が高いらしい」
「!」
無差別じゃなかったんだ……!
「だったら、すぐ捕まるよね。よかった」
「それがその被害者の人、町田さんが見つかった状況がおかしいんだ。俺とうちの母親、管理人の三人で部屋に踏み込んだ時、ドアや窓は内側から鍵がかかってたし、部屋の鍵はリビングにあった」
まさか第一発見者ってやつ……? それは予想外だ。
「町田さんはリビングの天井にフックをうちつけて、そこに縄を通して首を釣ってた。遺体が揺れてる状態で見つけたから管理人さんがとっさに足を持ち上げたんだけど、そのまま気を失ってな。俺と母親で縄を切って下ろした。リビングにあるソファやテーブルは壁沿いに寄せられてて足をつけないようにされてたんだ。それと、ビニール紐が遺体の手首や手足に巻き付けられてて、リビングや通路にも散らばってた。町田さんのそばに台もなかったから、自殺じゃなく、他殺だろうって話だ。……でもな、玄関は管理人のマスターキーで開けたんだ。だから」
「密室」
推理小説でよく見る単語だ。犯人がいるのなら、どうやって部屋を出たのだろう? ってことだな。
「長井君はなんでそんな朝早くから町田さんの部屋に?」
「隣なんだ。昨日の夜から今朝方に変な音がしてたから、うちの母親が気になったみたいで寝起きに連れ出されてな。玄関のインターホンで呼びかけてみても反応がなくて。町田さんはいつも早起きだから、起きてないはずがないって話になったから管理人に……いや待て、なんでそんなこと聞くんだよ」
私は笑顔で首を左右に振った。
「別になんでも」
決めた。町田さんを殺した犯人を、私が突き止めて捕まえよう。
はっと我に帰ると、長井君が私を不安そうに見つめていた。
「お、おい、鷹浦?」
やがて、長井君が住むマンションに到着した。右隣は運動公園、左隣は別のマンションが建っている。近くにはパトカーが一台。マンションの入り口に警官が一人立っていた。
「ここでいいよね」
「いや、なんで俺、送ってもらったんだっけ?」
「ちなみに長井君は何階に住んでるの? 何号室?」
「五階の五〇五号室……」
「町田さんの部屋は?」
「五〇六号室だな。……いや、だから何を」
私は長井君に背中を向けた。
「じゃあ、またね」
「おーい」
マンションの角を曲がり、細い路地へ。
まずは現場を見ないことにはわからないよな。
路地の真ん中で立ち止まった私は右の手の甲を強く意識する。光を帯びて浮かび上がったのは鷹浦の家紋というか、いわゆる魔法陣だ。
私は深呼吸し、長井君のマンションの壁へ思いっきりジャンプした。壁に足がついた瞬間、一気に魔力を放出して、隣のマンションの壁へ飛びつく。それから壁を蹴って一気に大きくジャンプし、長井君のマンションの屋上へと着地した。屋上を突っ切って、フェンスを飛び越え、五階のベランダの手すりへと飛び降りる。
「っ……はぁはぁ」
めまいと頭痛が一緒に襲ってきた。
手の甲の鷹浦魔法陣はすでに消え去り、魔力が尽きたことを悟る。
私はふらつきながらも五〇六号室を突き止め、ベランダへと侵入したのだった。
カーテン越しに覗くと、どうやら、五〇六号室には誰もいないらしい。捜査は中断しているのだろうけど、現場は保存されているよう。
私は鞄から小瓶を取り出して、中の液体を一気に飲み干した。
「んむ、んむっ……ぷはっ」
手の甲を確認すると、魔法陣が再び浮き上がっていた。
急速充電のようなものだ。私の微量の魔力はこうして数分の身体強化魔法を使用しただけで枯渇してしまうので、こうした急速回復薬を持ち歩いている。副作用は半端ないけどね。
私は手の甲に現れた魔法陣を確認し、ガラス戸へと押し付ける。戸を透過して、中へと侵入したのだった。




