魔法と殺人事件
私は魔法使の家系に産まれた。魔法師とは、普通ではない超常現象を引き起こす魔法と呼ばれる力を、その身に宿す魔力によって制御し、発現するもの。
私は魔法師の名家、鷹浦の長女だ。しかし、この身に宿る魔力の量は僅かな上、制御する力がかなり弱い。落ちこぼれの烙印を押された私は家を離れ、ここ西都町へとやって来た。
追い出された、といえば聞こえは悪いが、父と母は私のためを思ってのことだろう。親戚から、白い目で見られている私を一時的にでも逃れさせるために。家のことは弟と妹がいるから、心配はしてない。
私は、高校を出たら魔法使なんてものとは無縁の生活をするのだ。それが、私、鷹浦衣千葉の(たかうらいちは)細やかな夢。
……なんだけど。
私は通ってる高校の教室、自分の席で息を飲んだ。転校生と言われて入ってきた女子の名は桧倉夏々穂、黒板にデカデカと担任が書いたので間違うはずもない。
桧倉は鷹浦と肩を並べる魔法使の名家だ。
「というわけで、委員長、少しの間、世話してやってくれ」
「あ、はい」
クラス委員長が頷いたところで、桧倉さんが深々と頭を下げた。
「よろしくお願いします」
バレてない、よね。だって会ったことないし。苗字……いや、惚ければ良いんだ、うん。
そうこうしてるうちにホームルームが終わり、もうすぐ授業が始まる。
転校してきた桧倉さんとは絡むことなく今日の授業が終了した。
終始クラスメイトに囲まれていたので、声もかけられなかったし。本当に良かった。
「あー、疲れた。衣千葉、もう帰っちゃう?」
隣の席の枝川美春が伸びをしながら声をかけてきた。入学してから十ヶ月、一番仲良くしている友人だ。私の家系のことは知らないので、気軽に付き合える。
「うん、帰る。買い物していかないと」
「そっかぁ。独り暮らしってめんどいわね。じゃあまた」
「うん」
私は手を振って美春と分かれた。彼女は部活があるからな。
教室を出て階段を下りると、私のクラスのくつ箱前に桧倉さんが立っていた。
「 うっ」
しかも、こっち見てる。ここで引き返すわけにも行かず、気にしてない振りをしながらくつ箱の前へ。
「ごきげんよう、鷹浦のお嬢様?」
あぁ、やっぱり。
私はくつ箱からローファーを取り出して上履きをしまうと、桧倉さんへひきつった笑顔を向けた。
「ご、ごきげんよう、です。お嬢様ってなんのこと?」
桧倉さんは分かりやすい嘲笑を浮かべた。
「隠したくなるのもわかります。我々魔法を受け継ぐ家系の恥さらしですからね」
うう、胸に刺さるな。しかし酷い言いよう。
「いや、私は」
言葉を遮るように、桧倉さんが私の鼻の先に人差し指を押し当てた。
「!」
「この町を管理していた玉野平の家は一週間前、一月十日をもって、廃れました。西都町の守護は我々桧倉の家が引き継ぎます」
守護……魔法使の家系はそれぞれ縄張りが決まっていて、この町は父と仲の良い玉野平家が守護していた。跡取りがおらず、玉野平は時間の問題とのことだが、いつのまにか終わっていたんだ……。恐らく、玉野平の叔父さんが守護を止めると魔法使の管理会へ申し出たのだろう。私を受け入れてくれて、優しい人だ。この町に住めるのもそういうことだった、のだけど。
これから西都町は桧倉のものだ。守護とはすなわち、町に流れ込んでくる悪い気を祓う霊媒師のような役割を担う。
「あなたには出て行って頂きたいところですが、父上から構うなと言われています。その微力な魔力に免じて見逃しましょう。ただし、ここは桧倉の管理下、妙な真似をしようものから」
「なっ、しないよ!」
私は魔法使関係で失態をおかしたことなどない。
「そうですね、何も出来ませんよね。でも、恥さらしは恥さらしですから」
いちいち、腹が立つ言い方をしてくる。
……でも、事実かも知れない。ここで言い返しても、鷹浦の評判が落ちるだけだ。両親や弟妹にも迷惑がかかってしまう。
「……うん。見逃してくれるならありがたいよ」
「その態度でようやく許される存在なのですから、心に止めておくことですね。鷹浦の血を引くとはいえ、役立たずなのは変わりません」
と、いつの間にか私達の横にクラス担任が立っていた。
私はポカンとする。
え、何?
「桧倉、ちょっと職員室に来なさい」
なんか凄く怒ってる感じがする。ていうか、桧倉さん?
彼女も困惑しているようだ。
「な、なんですか、先生? わたしが何かしましたでしょうか」
「優秀な生徒だと聞いていたので残念だ。ご両親にも連絡させてもらうよ」
「へ? は?」
担任は私を見やる。
「今日は帰りなさい。明日にでも話を聞くから」
気遣うような、優しい眼差しを残して、担任は桧倉さんとともに職員室へと消えて行った。
「……」
呆然としていると、横から声をかけられた。
「何か揉め事か?」
首を傾げたのは、同じクラスの男子だった。長井伊吹君、あんまり話したことはないんだけど、彼がくつ箱を指でさしたのではっとした。
「あ、ごめん」
慌てて退くと、長井君は自分のくつ箱に上履きをしまった。思いっきり邪魔してたみたいだ。まさにピンポイント。
「もしかして聞いてた?」
桧倉さんが魔法使関係の単語を発していたので少し気になった。
長井君は靴を取り出して床に置くと、真顔で私の顔を見上げてきた。
「あぁ、だから担任に、鷹浦さんが転校生にカツアゲされてるって言っといた。あんなに堂々といじめするやつもいないよな」
「エグいっ」
助けてくれたんだろうけど、長井君は桧倉さんを社会的に抹殺する気なの!?
「そ、そこまでしなくても、良くない?」
「なんの話か知らないけど、鷹浦はかなり酷いことを言われてただろ? かばうことはないんじゃないか」
そりゃそうだけど。
「注目集めてたし、あれじゃあ良くない噂をされるぞ」
ま、まぁ、助けてくれたんだよね。
「うん。……ありがとう」
「じゃ、気をつけて」
長井君はそう言って帰って行った。よく知らなかったけど、凄いことするな。
桧倉さんに恨みでもあるんじゃないかってレベルだ。
でも、少しすっきりしている自分がいる。今まで酷いことを言われたら我慢するしかなかったから。
……うん、ありがとね。長井君。
翌朝、私はいつも通りに家を出た。昨日の夜に雨が降ったらしく、道路は濡れていて、朝日が反射してキラキラ光っている。今朝は寒いから外の水道が凍ったらしい。マンションの管理人さんが言ってたっけ。
今日から教室に桧倉さんがいると思うと、学校へ行くのは少し憂うつだけど、いつも通りでいよう。
と、学校の近くに差し掛かった時、見覚えのある背中が二つ。
「美晴」
名前を読んで歩み寄ると、彼女の横にいた長井君が振り返った。
「おはよ、衣千葉」
「うん、おはよう……」
私は思わず、長井君の顔をじっと見つめてしまった。
「よう、鷹浦」
「お、おはよう」
「ああ、長井君とは同じマンションなの。今朝、ちょっと色々あって一緒になって」
「色々?」
私達は自然と歩き出した。
「ここだけの話、殺人未遂事件があったらしいの」
「さ、殺人未遂? 」
長井君が微妙な表情を見せたのがわかった。
「詳しいことはわからないけど、救急車とパトカーが来てて、マスコミと野次馬が押し寄せてきててね」
朝なのに、美晴は疲れを滲ませている。相当大変だったようだ。
「ああいう人達って暇なのかしら」
「おかげで管理人室の裏口から出るはめになったんだ」
長井君が肩を落とし、スマホを操作する。
「もうニュースになってるな」
長井君のスマホを覗き込む。
確かにネットニュースランキング一位だ。
「……長井君、その人と知り合いなの?」
彼は目を瞬かせる。
「突然なんだよ?」
「今、変な顔したから」
長井君はしばし、口を半開きにしたあと、
「……まぁ、な。親戚とかじゃないけど、凄くお世話になってる人だ」
驚いたのは美晴だ。
「え、そうだったの? 」
美晴にも言ってなかったんだ。これはまずかったかな。内緒にしたかったのかもしれない。
「ごめん、長井君。気になったから」
「いや、大丈夫だ。うちの親も心配で病院に行ってるから、学校が終わったら俺も行こうかと思ってる」
自分のスマホでニュースをチェックすると、被害者は意識不明の重体、とある。あまり良くない状態のようだ。
そして、昼過ぎ、被害者が亡くなったと報じられた。




