第七話 団欒(2/2)
五人で、電車に乗って大学へ向かう。目立つのは仕方のない話だ。四人とも見目麗しい女性なのだし、何より、ゴスロリの二人組が一緒なのだから。
「もっと目立たない服とか持ってないのかよ……」
思わず、ぼやくように言う。
「この服が落ち着くの。勝手にさせて」
美音は淡々とした口調で言う。
「そういや、お前ら学校は……って、行ってる場合でもないよな」
「華音の癌が発覚してから、休学届を出してあります。少しでも二人でいられるように」
「そうだよな……」
彼女達は、この戦いにおける意気込みが違うのだ。
改めて、それを実感した。
電車を降りると、甘味処に寄った。
「珍しい大学ですね」
美音が、嫌味のように言う。
「姉様、大学じゃないみたいですよ。お店です」
美音は大胆不敵な、華音は生真面目な性格らしい。なんとなく、二人の区別もつくようになってきた。
「三十分ぐらいかまわないだろう、少し休憩しても。美音、お前、昨日の夜も一人で抜け出てサーチしてたみたいだな」
美音の表情が、やや硬直する。
「気を張り詰めすぎだ。少しは、気を抜くことも覚えないとな」
胸ぐらを掴まれ、壁に押し付けられた。
「貴方に、何がわかる……!」
「冷静さを欠いてることはわかるよ。禄に寝てもいないんだろう? 戦いに挑む以上、それは駄目だ」
美音はしばらく峠を睨みつけていたが、そのうち視線を逸らした。
「お前は、色々背負い過ぎだ。戦闘に差し障る。甘いものでも食べて、落ち着こう」
美音の目の端に、涙が浮かんでいた。
「貴方に、何がわかる……」
「辛そうだなってことは、わかるよ」
「姉様……」
五人で、甘味を注文する。
美音は意地を張るように注文しなかった。仕方がないか、と思う。
「なんでお前だけ三人分もオーダーしてるんだ?」
「峠さんの奢りだからですよ」
いけしゃあしゃあとこの悪魔は言ってのけた。
「太らないのかな」
「後のことを気にしては今を楽しめません」
「お前らー、こういう奴のことは信じちゃ駄目だぞ。基本頑張らない奴は後悔するんだ。息抜きは必要だが、な」
オーダーした品が出てくるまでしばし間があった。
拗ねている美音に困っている峠を楽しんでいるにっちゃん。空気がもたないな、と思う。
「お前ら何処の高校に通ってるんだ?」
「桜坂高校です」
華音が笑顔で答える。
「凄い……」
瑞希が声を上げる。
「エリートコースのお嬢様高校だな」
負けたな、と心の中で思う。
「私なんて高坂第二高校……」
「ドンマイ……」
県内でも受験失敗組が駆け込む高校だ。
「良いんです。頭悪いのは事実だから」
「成績の良し悪しじゃ人は決まりませんよ。私達なんてゴスロリ趣味だから、世間から奇異の目で見られています。ねえ、姉様」
「……うん、そうね」
美音が、少し気を取り直したように言う。
「その、失礼な言い方になるかもしれないんですけど、そんな服何処で売ってるんですか?」
「これ? これはねえ、K市の外れに専門店があるんだ。同好の士が集う場所だよ。ねえ、姉様」
「……うん、そうね」
「まったく、姉様ったら、うん、そうね。ばっかり」
華音は楽しげに笑う。
美音の瞳から、涙が、一筋零れ落ちた。
「姉様……?」
「気にしないで。ちょっと目にゴミが入っただけ」
「姉様……」
沈黙が、場に落ちた。
丁度良いタイミングで、甘味が運ばれてきた。
にっちゃんの前に並ぶ三皿。そのうちパンケーキを、美音の前に移動させる。
「食えよ」
「あー、私のー」
「五月蝿い悪魔。俺の奢りだ、俺の好きにする」
「酷いなあ。人権侵害だ」
「何処に人権侵害要素があったよ……」
「幸福を追求する権利を奪われた」
「屁理屈は一人前だな悪魔め。俺はいつから国政レベルの権限を持つようになったんだ」
「いいわよ……」
「いいから食えって。舌に合わなくても文句は受け付けんがな」
「……強引な人ね」
そう言って、美音は苦笑して、フォークを動かし始めた。
食べ終わって、五人で店を出る。峠と美音が前を歩き、にっちゃんと華音と瑞希が後ろを歩く。
「戦いに入ってから、久々に見たわ。華音の、あんな楽しそうな顔……」
美音は、呟くように言う。
「私は、一体何をしていたのかしらね」
「立派な姉だよ、お前は」
そう言って、美音の背を叩く。
「だから、辛い時は泣いたっていいんだ。俺が、必ず華音の癌を取り除く」
美音の表情が歪んだ。
けれども、それは一瞬のことで、美音は頭上を眺めて気丈に微笑んでみせた。
「私が泣く時は、この戦いが終わった時だけ。華音の癌がなくなった時だけ」
「そうか、強いな。歳に似合わず」
「姉は妹を背負わなければならない。そう教育されて育ったわ。背負いこむならば、泣いてなんていられない」
そう言って、美音は前を向いた。
「見つけましょう。大学に残ったラストワンを」
「そうだな。お前達と離れてから、戦闘モードをオンにするよ。無理をしない程度に学内を探索してくれ」
「わかったわ」
美音達と別れて、大学で講義を受け始める。そして、心の中で呟いた。
(戦闘スイッチ、オン)
「了解」
隣のにっちゃんが、そう呟くように言った。
サーチを行う。
「首尾はどうだ?」
「三つの反応がありますね」
「三つ……?」
「私達で一つ。美音と華音で一つずつでしょうか」
「アテが外れたか……」
「敵も、他の地域へ足を伸ばしてるのかもしれませんね。この辺りの敵は狩りつくされたみたいだから」
「そうか……」
早々上手くは行かないということか。
そのうち、にっちゃんが難しい表情になる。
「一つの反応が、徐々に近づいている……。反応が一つ消えて、二つ増えました。華音と瑞希でしょう」
「戦闘が、起こったのか?」
「いえ、二つの反応は離れすぎていた。戦闘スイッチをオフにしただけでしょう」
「なら、残った一つの反応は?」
「……敵、でしょうね」
シャープペンシルを動かしていた峠の腕が止まった。
「反応が二つ消えました」
スマートフォンが振動する。瑞希からの着信だった。
講義室の外に出て、対応する。
「もしもし、どうした?」
「変な反応があります……。峠さんに、接近してる!」
「俺も勘付いてるよ。敵のようだ」
「約束ですよ。守ってくれるって」
「……ああ。敵はこの近辺の相手しか食い散らかしていない。俺のほうがポイントは高いだろう」
「信じています」
「ああ、じゃあ、また後で」
そう言って、電話は切れた。
足音が近づいてくる。曲がり角の奥にその存在が感じられる。
そして、その人は現れた。
龍子だ。
「そっかあ。反応がないんじゃなくて、学外へ遠征してたか」
龍子は、不敵に微笑んで言う。
「龍子。考えがある。この危険な戦闘を終わらせよう。その為に、俺達は共同戦線を取るべきじゃないだろうか」
「その考えには私も同意ね」
龍子は、足を止めた。
「けど、もっと簡単な方法があるわ」
「簡単な方法……?」
「私が、全員、倒しちゃうことよ」
そう言って、龍子は駆け出した。
ぶつかると思った瞬間、二人は仮想空間の狭い通路に送り込まれていた。
敵の姿を見る。
敵の召喚獣は、三つの顔を持っていた。六本の腕を持っていた。それぞれの手に、剣を持っている。見上げるような大きさだ。
「どう、私の召喚獣は。大きいでしょう」
「大きいな……それ故、隙も多い!」
峠は地面を蹴る。周囲の景色が一瞬で後方に流れ去って行く。
剣を手に出現させて一撃を叩き込む。
敵の二本の剣に受け止められた。
残り四本の剣が、突き出される。
それを後方に跳躍して、回避する。
「その速度、そちらも相当鍛えたようね!」
「まあな……!」
「いけない!」
にっちゃんが、いつになく緊張した様子で言っていた。
龍子が、台座の前に立っていた。そして、彼女が台座に触れると、操作パネルが現れる。
にっちゃんが瞬間移動する。しかし、一手遅かった。
龍子は、高々と告げていた。
「フィールドをクローズ、茨木峠のこのバトルロイヤルに関する記憶を全てデリート!」
峠の動きが止まった。
気がつくと、大学の構内で尻餅をついていた。目の前には、同期生の龍子がいる。
峠は、何か頭の中に空白を感じていた。この数週間の記憶の中に、抜けがかなりある。どうして尻もちをついているのかも、思い出せない。
「危ないなあ、ぶつかるなんて」
そう言って、龍子は苦笑して、手を差し伸べてくる。
その手を峠は取って、立ち上がった。柔らかい感触に、頬が熱くなる。
「ああ、悪い。何か考え事でもしていたのかな……」
「荷物混ざっちゃったみたい。時計のパーツみたいなもの、持ってない?」
「時計のパーツ……?」
ポケットを探ると、それらしきものが出てきた。完成途中の、時計のパーツの集まり。
何か、大事なものだった気がする。けれども、それが何故大事なのか思い出せない。
「これか?」
「そう。それを、こちらに渡してほしいの」
そう言って、龍子は微笑む。
「わかった。時計を作る趣味でもあるのか?」
そう言って、時計のパーツの集まりを龍子の手に差し出した。
「駄目!」
そう言って、誰かに押された。
その拍子に、時計のパーツの集まりは地面を転がって行く。
それに向かって、龍子が飛びついた。
それよりも速く、新たに現れた女性は時計のパーツの集まりを握っていた。
「逃げますよ、峠さん!」
「……誰だ、あんたは?」
「にっちゃんです! ああもう、説明が面倒臭いなあ」
大学にはまだ早いような少女達が駆け寄ってくる。二人は、構内では見たこともないゴスロリ衣装だ。
「逃げるわよ! こいつには、勝てない! 負けもしないけれど、勝てもしないんだわ!」
「勝つ? 負ける? 何を言ってるんだ? 何かのゲームでもしてるのか?」
峠は、戸惑うように言う。
その一言に、少女達の表情が硬直した。
「峠さん……?」
「いいから、今は逃げて!」
にっちゃんと名乗る女性に手を引かれたままに逃げる。龍子が追ってくるのを感じるが、それよりもにっちゃんのほうが速い。
逃げ延びて、息を切らして座り込むと、にっちゃんが心配そうに屈み込んできた。
「……これは、なんの余興だ?」
峠は、思わず訊ねる。気がつくと大学の構内にいて、気がつくと見知らぬ時計のパーツの集まりを持っていて、気がつくとにっちゃんなる見知らぬ女性に手を引かれて逃げている。
にっちゃんは苦しげに表情を歪めて、峠の頬をはった。
何故はられるかわからないけれど、それが自然なことなのだとどうしてか納得している峠もいた。
次回『介入者の家系』