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第七話 団欒(1/2)

 朝起きると、何か温かくて柔らかくて香りの良いものが胸元にあった。

 目を瞑ったままそれが何か探ると、柔らかい感触があった。


(……ん?)


 目を開ける。寝間着の瑞希が胸にしがみついていた。


「うわぁっ」


 悲鳴を上げて後退る。

 瑞希は寝ぼけ眼を開けると、言った。


「あ……くーちゃんじゃなかった……」


 そう言うと彼女は自分の布団に戻り、くーちゃんなるファンシーなクッションのような召喚獣にしがみついて再度寝始めた。

 さっき触れたものの感触を思い出す。


(胸……?)


 黙って、手を開閉すること五秒間。


「峠さんはもっと欲望に忠実になって良いと思うんですよねえ」


 耳元で囁き声がし、再度後退る。

 部屋の隅にまで追い詰められていた。

 にっちゃんだ。


「周囲には腕力で抵抗できない女の子ばかり。何か起ころうとも事故ですよね」


 そう、人差し指を立てて囁く。


「お前は悪魔だ」


 峠は、怯えるようにそう呟く。

 その日、峠宅には四人の女性がいた。いずれも見目麗しい外見をしていた。

 それが峠と同じアパートの一室でシャワーを浴びたり着替えたりしていたものだから、落ち着かないことこの上ない。

 普段はシャワーを浴びないにっちゃんまでシャワーに参加していた。何かの誘惑のつもりだろうか。


「私は堕落する峠さんが見たいんですよ」


「俺の知らない所で勝手に死んでくれ」


「日に日に辛辣になりますねえ」


「愛想が尽きてるんだ」


「口説いちゃえばどうですか」


「何を……」


「瑞希ちゃんなんてファンを公言してますからね。双子にも恩を売った。狙い目ですよ」


 にっちゃんが薄っすらと微笑む。悪魔のように。


「俺達はこの戦いを終わらせると言う大義の元動いているんだ。そんな邪な気持ちはない」


「さて、この子達の寝顔を見ていていつまでそんなことが言えるか……まあ、そんな度胸もないか」


「絞められたいのか?」


「殺害予告で警察を呼びますよ」


「ごめんなさい」


 床に並んで寝ている少女達を眺める。服がはだけていたり、よだれを垂らしていたりで、無防備なことこの上ない。


「キスしたり胸揉んだりした程度じゃ起きませんよ~。バレませんよ~」


「バレなかろうとしない」


「まあ、年端もいかぬ少女を三人も部屋に連れ込んでる時点で世間体的にはアウトですけどね」


 にっちゃんの首根っこを引っ掴む。

 そして、低い、低い声で言った。


「提案したのはお前だろうが」


「そうでした。忘れてました」


 そう言って、肩を竦める。

 まったく、この相棒とはやっていられない。

 冷蔵庫を見る。五人分の食事には少し心許ない。しかし、朝だけなら誤魔化せるだろう。

 朝食を作り始める。

 匂いで、少女が起きてきた。


「おはようございます……」


 そう言って最初に起きたのは、双子のどちらかだ。一度混ざってしまうと、今の段階だとどちらかわからない。


「おはよう。美音? 華音?」


「華音です。シャワー浴びます」


「はいはい」


 そう言って、フライパンに視線を落とし、服を脱ぐシーンを見ないようにする。

 それをしなくとも、華音は風呂場に入り込んで服を脱ぎ始めて視界から外れたようだった。

 少し位置をずらしただけでそこには裸体があるのだよな、と思うと落ち着かない。布擦れの艶めかしい音がする。風呂場の外に、次々に衣服が投げ出される。

 そのうち、扉を閉じて、シャワーを浴びる音が聞こえ始めた。


「紳士ぶっちゃって。勿体なかったなあ。見れば良かったのに」


 耳元で囁かれる。


「お前は悪魔だ」


 しみじみとそう思う。諦めに似た思いがそこにはある。

 程なく、朝食は出来上がった。ベーコンエッグにサラダに昨日の残りのご飯。シンプルな品揃えだ。

 それを、五人で食べる。


「手ぇ抜いてないですか。食事は私の数少ない娯楽なんですからね。もっと凝ってくれていいんですよ」


「煎餅買っといた」


「さっすが峠さん、気が利くぅ~」


「調子の良い奴だなお前は……」


 安い奴でもある、と思う。

 煎餅を餌にすればなんでも命令を聞きそうな軽さがある。


「今後の方針についてなのですが……」


 と、口を開いたのは美音のほうだろう。


「なんだ?」


 ベーコンエッグを食べながら答える。


「各地に四人で散ってサーチを行う、と言う方針で良いのでしょうか?」


「散るのは危なくないかなあ」


「しかし、四人で固まって動くというのも勿体ないでしょう」


「それもそうだが、一人きりを襲われる可能性もある。距離を置きすぎるのは危ない。その心配もあるから、お互い不満はあれど同居生活をしているわけだ」


「安全策で行く、と言うわけですか……」


 美音が、難しい表情で考え込む。


「一つ、目星がついている」


「へえ、目星」


「興味深いですね、お姉様」


 華音も会話に加わってくる。

 喋るのが苦手、と言っていた瑞希は、くーちゃんをいじっていた。


「俺の大学に一人、召喚術師がいる。そいつを処理したいんだ」


「大学の構内を四人で探る。戦闘モードを常時オンにしておけば乗ってくるかもしれませんね」


 瑞希が、少し怯えたような表情になる。双子と違って、覚悟が出来ていないのだ。


「常時オンにしておくのは俺だけでいい。後は、オンオフを切り替えてくれ。正直、気が進まないけれど、他にあてもない」


 顔見知りと戦うのは、出来るだけ避けたかった。けれども、彼らを救う必要が出てきた以上、それを避けて通ることは出来ない。


「囮になる、と」


「そういうこと。この中で一番ポイント稼いでるのは俺だろ? 戦うのも、俺でいい」


 この少女達を危険に晒す。そんな愚は避けたかった。


「スマートフォンを常時手に持って、タッチしただけで仲間に連絡が行くようにするんだ。出来るだけリスクは避ける」


「わかりました。数日は、その方針に従いましょう」


「数日は?」


「うかうかしていたら他の連中にポイントを抜かれます。それに、華音にはタイムリミットがある。私と華音は、数日して相手に戦闘の意思がないと判断すれば、他の地を探りに行きます」


「おい……」


「ご心配なく。負けた時は相手の容姿からスキルまで全て伝えて差し上げますよ」


「生きている保証もないんだけどな……」


 なんの気なしに放った台詞に、部屋の気温が、数度下がった気がした。


「いや、失言」


 慌てて、取り繕う。


「その時はその時です。そこで死んだということはそこで戦闘があったということ。敵を見つける手がかりになるでしょう」


「姉様!」


 華音が大声を上げる。


「私のために姉様が死ぬようなことがあれば、私は生きていけません!」


「大丈夫。例え話よ、華音」


 そう言って、美音は華音の頭を撫でる。仲の良い双子だ。


「生き残ることが最優先だ。その為ならギブアップでもなんでも好きに使ってくれ」


「わかりました」


 受け流すように美音が言って、ベーコンエッグに手を付ける。


「……わかっているのかなあ」


 彼女の自然体の表情の奥には、硬い硬い意思がある気がした。

 食事が終わると、部屋を放り出された。着替えの時間というわけだ。


「隠しカメラとか買えますよね。今の峠さんの資産なら」


「お前、本当に悪魔だろう? 天使ではないよな」


「さてはて。私は欲に溺れた峠さんを見たいんですよ」


「俺に誘惑は通じないとそろそろ勘付いてくれ……」


「それでも私は誘惑し続けると思うな」


「なんでだ?」


「面白いから」


「死んでしまえ」


「胸揉んだ癖に」


 顔が一瞬で熱くなる。

 あれはやはり、胸だったのか。


「あ、あ、あ、あれは事故だ!」


「あ、認めた」


 まずい、と思った。


「認めてない」


「揉んだんですね」


「揉んでない」


「否認するんですか」


「秘書がやった」


 もうこうなると屁理屈だ。揉んだという事実がある以上正攻法では抜けられない。


「秘書なんていないじゃないですか」


「お前が秘書だ。お前がやった」


「悪徳政治家ですね」


 にっちゃんは呆れたように肩を竦める。


「ロリコン」


「悪魔」


 二人で喋って、時間を潰す。彼女のそういうキャラにも、居心地の良さを感じ始めていた。

 不快ではあるが、日常のワンピースがそこにあるような落ち着きを覚える。

 歯磨きが面倒だけれども日常の一欠片であるように。

 ないと落ち着かないもの。そんな存在に、にっちゃんはなりつつあった。


「お前さあ……」


「なんですか?」


「この戦いが終わったら、どうすんの?」


「いなくなりますよ」


「そっか」


 少し、落胆に似た思いを抱いたのは何故だろう。


「清々するな」


「たまにお煎餅を食べに来てあげましょうか?」


「いや、いらん」


「最後まで戦い抜けたらの話ですけどね」


「……やっぱりお前は、悪魔だよ」


 不吉な予告は忘れない。抜かりない奴だと思う。


『団欒』

『介入者の家系』

『まだ初恋も知らぬ君』まで書いて

現在は『百人斬りの凍矢』を執筆中です。

それぞれ二部分割一日一部で投稿するので来週の投稿スケジュールはとりあえず目処が立ちました。

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