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第五話 私がファン一号

 県の中央での敵狩りも順調に行かなくなってきた。どうやら随分と数が減ってるのと、戦場が各地に散っているのがあるらしい。

 索敵なら人通りの多いところを、と思いそうなものだが、死者が出て皆慎重になっているのもあるのかもしれない。

 にっちゃんとスタバに入る。

 にっちゃんは案の定注文に手間取った。散々唸った末に出てきた台詞がこれだった。


「えーっと、えーっと、トール・デカフェ・カプチーノ!」


「なんだそれ」


「ユー・ガット・メール、知らないんですか?」


「名前だけ知ってる。古い映画だろ」


「あれが古い! 私も老けるわけですね……」


 そう語るにっちゃんだが、二十代前半に見える。

 実際の年齢はいくつなのだろう。

 興味本位で聞いてみることにした。


「お前、何歳なの?」


「神性があると言ったはずですよ。人間の尺度では計れませんね」


「若く見えるよ」


「私は顕現した存在ですからね」


「けんげん?」


「私は一人の人間であるように見えるでしょう。けれどもこの地球上には同じ根っこを持った顕現が何百といるんです。私はその中の一人」


「……良くわからないな」


「峠さんに難しい話は無理でしたね」


 いけしゃあしゃあと言って、にっちゃんはコーヒーを一口飲んだ。


「首根っこひっつかんで引きずり回してやろうか。お前の説明が悪いんちゃうんか? お前の頭がぱーなんちゃうか?」


「神をも恐れぬその態度。精々戦闘で発揮してくださいよ」


 いい加減こいつの傲慢な態度にも慣れてきた感がある。

 そして、今日も成果はないかと帰ろうとした時のことだった。

 ある家の前で、男が警察に取り調べを受けている。男は通り道だと言い訳をしているが、警察は手放す気はないらしい。

 家の窓からは、少女が怯えるような目で男を見ていた。

 何か、気になった。


「にっちゃん」


「なんですか?」


「あの家の女の子、調べる訳にはいかねえかな」


「やだ、ロリコン趣味があったの?」


「ちげーよ」


 にっちゃんの頭を勢い良くどつく。


「浜田さんでももうちょっと手加減しますよ……はいはい私は低級使い魔みたいな扱いですもんね。行ってきますよ」


 そう言ってにっちゃんは歩いて行くと、家のチャイムを鳴らした。

 少女の母親らしき人物が出て来る。

 にっちゃんは穏やかに微笑んで訊ねると、何やら憔悴した様子で答えてくれているようだった。


「ストーカー、らしいですよ」


 にっちゃんは、帰ってくると端的にそう言った。


「あの女の子を付け回してるみたいで。女の子、家から出れなくなっちゃったとかで」


「ロリコンでストーカーとかどんだけ前世に業を積んだんだよ」


「まるで峠さんみたいですね」


「吊るすぞ貴様」


 心底そう思った。


「峠さんのツッコミも段々辛辣になってきたなあ」


 にっちゃんは何が楽しいのかにこやかに微笑んでいる。


「……少し調査してみるか」


「ストーカーのストーカーになるわけですか?」


「貴様は一度吊るす。必ずな」


「そんなにパンツが見たいなら見せますが」


「海に沈みたいか」


 心底低い声が出た。


「慣れって怖いなあ。ちょっと好戦的な青年が今やただの危険人物だ」


 にっちゃんは何が嬉しいのか笑っている。


「お巡りさんに言おうかな。海に沈めるって脅されたっって」


「……それは、困る」


「そうですよね。好戦的でも法に怯えているのが貴方だ」


「わかったようなことを言うな」


「事実を述べたまでですよ。貴方はこの戦いが終わっても燻り続ける。一生ね。それは、見ていて愉快でしょうねえ」


「お前と一生一緒なんてごめんだね」


 そう言って、一先ずはその場を去った。

 その、翌日。同じ道に二人は辿り着いた。

 あの男は、相変わらずいる。気付かれないように家の様子を伺っている。

 しかし、少女は気がついている。真っ青な形相で窓の外を眺めている。


 峠は、男に近づいて、声をかけた。


「おい、何してんだあんた」


「なんだよ、関係ねえだろ」


「昨日ここらで捕まってたストーカーなんじゃねえか?」


 男は、黙り込む。


「通報、してやっても良いんだぜ?」


 男はしばし考え込んでいたが、地面を蹴ると去って行ってしまった。

 少女は安堵したような表情になる。

 それに向けて、手を振った。

 少女は、少し驚いたような表情で、手を振り返してきた。

 家の前に辿り着き、チャイムを鳴らす。


「やーいロリコン」


「ちゃうわ」


「ロリコンは皆そう言うんだ」


「そんなに吊るされたいのか」


「そんなにパンツが見たいんですかね」


 頭を抱える。


「お前を相棒に選んだ神を呪うよ」


「残念私が神です」


「言ってろ低級霊」


 少しして、少女が玄関の扉を開けた。

 不覚にも、胸が高鳴った。白い肌、柔らかそうな整った髪と薄紅色の唇、大きく開いたアーモンド型の瞳。近くで見ると、少女は、可愛らしかった。


「やーいロリコン」


 にっちゃんの声が脳裏に蘇って、思わず頭を振った。


「あの、ありがとうございました……あの人を追っ払ってくれて」


「昨日も通りがかってね。事情を聞かせてもらって良いかな? ボディガードになれるかもしれない」


「……対戦しろって言ってくるんです」


「対戦? それは、ゲームか何か?」


「普通の人には、わかりません!」


 その、普通の人、というのが引っかかった。

 玄関の扉を閉めようとする少女。その閉じる扉の隙間に、峠は靴を挟んでいた。


「もしかして、これか?」


 そう言って、時計のパーツを見せる。

 少女は驚いた様子で、必死に扉を引っ張り始めた。


「大丈夫だ、大丈夫だ。俺達はこの戦いを終わらせようと言う意思はあるが、好戦派じゃない。困ってるなら、助けられる」


 少女の、扉を引く手が弱まった。


「俺達なら、きっと君を助けられる」


 しばしの沈黙の後、扉が開いた。


「本当に、私とくーちゃんを助けてくれるんですか?」


 にっちゃんの次はくーちゃんと来たものか。


「もちろんさ」


 穏やかに微笑んで見せると、少女は少しだけ表情を和らげさせた。

 そして、にっちゃんに囁きかける。


「にっちゃんにくーちゃんって、お前のけんげんって奴はファンシーネームしかいねーのかよ脳みそお花畑だな」


「くーちゃんは顕現じゃない」


 その一言に、峠は戸惑った。

 ならば、まるでにっちゃんが特別なようではないか。


「ただの、パーツに宿った召喚獣ですよ」


 そう言うと、にっちゃんは扉の中に入って行った。

 峠も、遅れて中に続く。

 頭の中が整理できていない。にっちゃんは何かの顕現した存在でくーちゃんは召喚獣。その差は一体なんだ?

 わからなかった。

 そもそも、顕現という単語の意味が今一つ理解出来ないのだ。


 居間に、二人は招き入れられた。


「君も、召喚獣を持っているんだね?」


 峠の問いに、少女は恐る恐る頷いた。


「今はしまってあります。戦いでくーちゃんが死ぬのが怖いから……。だから、貴方達が脅してきても、くーちゃんは出しません」


 強い決意の篭った瞳で、少女は言う。


「お名前、言えるかな?」


 からかうようににっちゃんが言う。


「斎藤瑞希です」


「瑞希ちゃんの渇望はなんだい? 何故、この戦いに巻き込まれた?」


「私は……喋るのが下手で……」


「普通に喋れてるよ」


 峠がフォローを入れる。


「初対面の人は大丈夫なんです。けど、何度も会うと、駄目で……。だから、友達が欲しかった。それが、私がこの戦いに巻き込まれた遠因なのかもしれません」


「なるほどねえ。戦いたがらないわけだ」


 にっちゃんはそう言うと、頬杖をついた。


「あの人は何処からか、くーちゃんのことを嗅ぎつけてきた」


「サーチだね」


「ええ、そういうものがあるって、くーちゃんから後から聞きました。だから今は、戦闘モードもオフにしてあります」


「賢明だね」


「あの人は、どうしても私と戦いたいと言い張って離れようとしない。怖くて引っ越そうかと、家族とも話してるんです」


「当然だよ、瑞希ちゃん。瑞希ちゃんは、戦おうとしなかった。自らの召喚獣を強化しなかった。そんな存在」


 にっちゃんはそこで言葉を切ると、薄く微笑んだ。まるで、悪魔のように。


「今生き延びている連中にとってはカモでしかないわけさ」


「そんな……私は、くーちゃんと一緒にいたいだけなのに……」


 瑞希の大きな瞳が、涙で潤む。


「俺が守るよ」


 そう、峠は自然と言っていた。そんな言葉を自然と吐き出させるほどの可憐さが、少女にはあった。


「俺が、守る」


 峠は、繰り返し言う。

 にっちゃんが肩を組んで囁いてきた。


「おいおいおい~こいつはガチでロリコンですか~?」


「仲間が必要だって言ったのはお前だろ」


「こんな経験値ゼロのみそっかす仲間にしてなんになるんですか?」


「索敵に協力してもらうだけでも結構成果は違ってくる」


「尤もだなロリコン」


「死ね」


「あの……」


 瑞希が不安げに、声をかけてくる。


「大丈夫。あいつは、俺達が追い払う。だから、瑞希ちゃんは安心してこの家に住むんだ。安心して、学校に行くんだ。サーチの仕方も、くーちゃんに習えば良い」


「はい……わかりました。お願いします」


 そう言って、瑞希は深々と頭を下げた。

 動作の一つ一つがあざとく見えるほどに可愛い。

 人形みたいな子というのは彼女みたいな子のことを言うのかなと峠は思う。


 その夜、峠とにっちゃんは瑞希の家の前に座り込んで相手を待った。


「ロリコンって怖いね。テレビ番組も見せてくれないんだもんね」


「……お前はテレビ番組と日本の治安とどっちが大事だ?」


「テレビ番組」


 にっちゃんは断言した。どうしようもない奴だった。


「ロリコン」


 あてつけのように付け加えてくる。本当にどうしようもない奴だった。

 そのうち、男が現れた。

 最初は壁の影からこちらを見ていたが、そのうち開き直ったように近づいてくる。


「どうして邪魔をする?」


「お前と、戦いたいと思ってな」


 峠は立ち上がって、男を出迎えた。上から、見下される形になる。


「戦う? は、意味わかって言ってんのかよ」


「意味わかってるよ。戦闘モード、オン」


 そう言った途端に、戦闘モードのスイッチが入る。誰からの索敵にも反応するようになる。


「索敵してみろよ」


「羽鳥、索敵しろ!」


 上空に、巨大な炎の鳥が現れる。

 その後、男は苦い顔になった。


「……確かに、召喚術師のようだ。時計のパーツ、見せてみろよ」


「嫌だね、そっちが見せてみろよ」


 時計のパーツを見せることは、自ら倒した敵の数を語るのと同じだ。

 膠着状態に陥った。


「俺達は瑞希ちゃんを守る。お前を逆に追い詰めてやっても、かまわないんだぜ?」


 戦いの予感が、峠の気分を高揚させる。


「それともビビって仕掛けてこれないのかよ」


「お前も俺と同じ、人殺しか……」


 男が目を細めて言った言葉に、峠は背筋が寒くなった。

 この男は、人を殺したのだ。

 このまま、力を持たせていてはいけない存在だ。

 必ずここで倒す。その決意を、峠は持った。


「良いだろう。やってやるよ! お前との勝負をな!」


「望む所だ」


「戦闘モード、オン!」


 男がそう言った途端に、上空にいた羽鳥が、男の肩へと移動した。そのとたんに、光が弾けた。

 場所は、開けた闘技場。

 空高くに炎の巨鳥が舞っている。

 峠は、両手に剣を出現させると構え持った。


 巨鳥が炎を吐く。それは峠ではなく、にっちゃんを狙っていた。


「ひぇっ」


 言って、にっちゃんが瞬間移動し、お馴染みの台座の影に隠れる。


「さっさとやっちゃってくださいよあの焼鳥ー!」


「駄目だ!」


 ジレンマがあった。

 跳躍すれば、鳥に届く。けれども、落下に移ったら。攻撃の回避は不可能だ。


「ははははは、俺の羽鳥は最強だ。体格向上と飛翔スキルを高め続けたからなあ」


 そう語る男は、羽鳥の背中に乗っている。

 吐き出される炎の数々をにっちゃんは瞬間移動で回避して行く。


「火は苦手なんですよねえ……」


 にっちゃんを本体と見たか。本体狙いの攻撃だ。本体狩りに特化した性能。真性の殺人者だ。


「奥の手、使っちゃって良いですか?」


 にっちゃんが、渋い顔で言った。


「あるなら、使ってくれ!」


「実は黙って貯めてたポイントがあるんです。それを使えば、大きなスキルが一個取れる……」


「頼む!」


 迷っている暇はなかった。

 にっちゃんがまた横ピースをした。


「飛翔スキル、付与完了!」


「それ、やらなきゃ駄目なのか?」


 にっちゃんは炎を回避しつつ、返事をする。


「いや、決めとかないとなーって思って」


「決まってない。ぜんっぜん決まってない」


「いいから迅速にやっつけてくださいよー」


 飛翔スキル、と言った。

 ならば、飛べるはずだ。

 峠は、羽鳥に向かって一直線に跳躍した。

 その凄まじい速度に、男の形相が変わる。峠は、炎の怪鳥を掠めて天へと上昇した。そして、翼が溶けたイカロスの如く落下を始めた。


「はれ?」


 飛べない。ドラゴンボールの舞空術をイメージしていたのだが、全然飛べない。

 空中でもがくが、このままでは頭部から落下して死亡するだけだ。

 そこに、炎が襲いかかった。


「背中に羽を生やすイメージで!」


 にっちゃんが言う。

 背中に翼を生やすのをイメージする。イメージの中の翼は中々動かない。けれども、飛べるはずだ。飛翔スキルなのだから。

 炎が接近してくる。

 翼が風を掴むのを、峠は感じていた。

 そのまま、滑空する。

 次々と繰り出される炎を、見事に回避しながら。


「やった! 流石峠さん!」


 地面に着地して、もう一度跳躍する。一直線に。怪鳥に向かって。

 怪鳥が回避の姿勢を取る。

 そこを、翼で軌道修正して完全に貫いた。


 羽鳥が消える。落下していく男を、峠は掴んで地面に降り立っていた。

 そして、男の姿も消えていく。


「フィールド、クローズ」


 峠の一言とともに、バトルフィールドが閉じていく。

 そして、気がつくと、三人は瑞希の家の前で向かい合っていた。


「くそ! 畜生!」


 そう言って、男は駆け去っていく。


「あいつは殺人鬼だ。裁く方法はないのか?」


「無理ですよ。明確な証拠が無ければあからさまな殺人でも犯罪に出来ないのが貴方達でしょう? 超能力犯罪、だなんて、そもそもジャンル外ですよ」


「……だよな。被害者、成仏したかな」


「もっと欲にまみれてほしいなあ」


「たまには感慨に浸らせろ」


 苦笑して、瑞希の家を去る。窓からは、瑞希が体を乗り出して、精一杯伸びをして手を振っていた。



+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



 後日、改めて瑞希の家を訪ねた。協力を要請するためだった。


「くーちゃんの力を、どうかこれ以上犠牲者を出さないために使わせて欲しいんだ」


 そう言って、頭を下げて頼み込む。


「頭を上げてください」


 瑞希は、照れくさげに微笑んでいた。


「なんだって言うことを聞きます。その、あの、私は、貴方のファン一号だから」


 瑞希はそう言うと、手を差し伸ばしてきた。

 それを、峠は握る。

 ここに、一つの同盟が誕生した。

 これがこのバトルロイヤルにどういう影響を及ぼすかは、まだわからない。


「ロリコンに触ったら手が汚れるよー瑞希ちゃん」


「お前が瑞希の心を汚してるんだよにっちゃんさんよぉ」


 相変わらず相棒はあてにならなかった。

次回『双龍鉄壁』

【宣伝】並行更新中のエクストラの5が本日最終回を迎えます。

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