第四話 豪遊
翌日も雑魚を相手にして勝利を納めた。この戦い、初動が勝負を分ける。勝利回数が多いほど、敵と当たった時の条件が良くなる。
「順調順調」
にっちゃんは浮かれ気分で煎餅を食べてテーブルに頬杖をついてテレビを眺めている。
彼女の食べる料理を作っているのは、峠だった。
(なんで俺がこんなことを……)
そんなことを思う。
この精霊、家事一切が駄目らしい。出来るのにしないだけなのではないか、と少し思う。
「料理、出来たぞ」
料理をフライパンから皿に移してテーブルに並べる。
「わあ、今日は中華ですかあ。嬉しいなあ」
「勝利報酬の時にお前に家事してくれるように願うかな」
「ポイントが足りませんねー。神性を持つ相手を動かすには膨大なポイントが必要なんですよー。その時計程度じゃ収まりきらないぐらいの」
神性を持つ? 時計の精霊風情が? 馬鹿らしいと、峠は一笑に付した。
「もっと勝ってメイドでも雇うかね……」
「そうそう、その欲。その欲が私のやる気となるのです」
「神は神でも邪神だな、お前は」
「言いたいようにどうぞ。あ、言い忘れていたけれど、登校時は戦闘スイッチオフにするの、もう少し早くしたほうが良いですよ」
「なんでだ?」
「大学にもいるんですよねー。敵……」
そう言って、にっちゃんは餃子を一切れ口に入れる。
「山野だけじゃ、なかったってのかよ……」
山野との戦いは、良い気分にはなったものの、結果的には損しかなかった。
あんな戦いを何度もするのはごめんだ。他人の不幸を背負いたくはない。
テレビではニュースが流れていた。それが、見慣れた景色を写した。
近所の、公園だ。
「最近K市近辺で起きている連続変死事件ですが、またも心臓麻痺で死んだ女性が発見されました。現場には複数の男性が確認されており……」
にっちゃんの箸が止まった。
「バトルロイヤルの被害者ですね」
にっちゃんの言葉に、峠は小さく震えた。
「被害者って……」
「本体狙いをされるか、もしくは峠さんのように本体が戦うタイプが死ぬと、現実世界でも死にます。怪我は回復しますが、命までは回復しません」
「なっ……」
峠は、思わず立ち上がる。
「聞いてないぞ!」
「言い忘れてました」
にっちゃんは、穏やかな笑顔で言ってのける。
その首根っこを掴んで、前後に振った。
「それは初っ端に言っとくべきこーとーだーろー?」
「けど、最初は死ぬ気で戦ってたでしょう?」
それもそうだ、と手を止める。
いつの間にか、ゲーム気分になっていた。なんてことだろう。これは本当の、殺し合いなのだ。
「二百人の犠牲者が出るって言うのかよ……」
「相手に降参させれば、命までは取らずにすみます。峠さんみたいな人が活躍してくれると良いですねえ」
他人事のように、にっちゃんは言ってのけた。
「この戦い、中止できないのか?」
「一度始まった戦いは中断できませんね。中断しようと呼びかけても、無視する集団がいるでしょう。今回確認された、複数の男性のように」
「複数の、男性……?」
「グループで戦っている奴がいるってことでしょう。我々も、仲間を募るべきかもしれませんね」
「仲間、かぁ……」
「そして最後に戦ってラストワンを決める。美しい戦いじゃあございませんか」
そう言って、にっちゃんは再び餃子を食べ始めた。
「なあ……」
「なんでふ?」
「お前、油断してる隙に餃子の八割ぐらい食ってねえか」
「きのせいでほう」
「二人でいて二人で食ってて気のせいなわけねえよな? なあ?」
再びにっちゃんの首根っこを前後に振る。
「吐いて出して差し上げましょうか?」
その一言で、萎えた。峠は、腕を止めた。
けれども、気分転換したいなと思ったのだ。
翌日、峠は外出すると、大学に向かわずに百貨店に向かった。
そして、大きな袋を抱えて帰ってくる。
「……なんです? それ」
「ぱーっと金使っちゃった」
「いいですね。欲にまみれるのは非常に良い」
袋からゲームハードの箱を次々に取り出していき、中身を取り出し、日時を設定していく。
そして、ゲームソフトの箱をテーブルの上に並べた。
「何からしようかなー。大作ロールプレイングゲームなんかが良いかなあ」
「何かと思ったら、ゲーム機ですか」
呆れたようににっちゃんが言う。
「金がなくて今まで買えなかったんだよ。豪遊だ豪遊だ」
そう言って、ゲームハードをテレビに接続し、ゲームソフトを入れる。選択肢を少し選ぶと、すぐにオープニングムービーが始まった。
「おー、やっぱグラ良いよなあこの会社」
「テレビ見れなくて邪魔っけですね。テレビもう一台買ってくださいよ」
「そんな無駄な出費はしない」
「ゲームは無駄な出費ではないと?」
「楽しむから無駄じゃない」
二時間ほど進んで、序盤ももう終わりに差し掛かった頃だった。
「行きましょうよー、次の戦い」
焦れたようににっちゃんが言う。
「今日は気分転換に費やすと決めた。ゲームをする」
「さいですか。じゃあ私は不要ですね」
拗ねたように言うと、にっちゃんは姿を消した。
何処へ行ったか多少気になったが、放置しておくことにした。
そのまま深夜までゲームを進め、置きたのは翌日の昼だった。
「あー……良く寝た」
上半身を起こして伸びをする。何か違和感があった。部屋が、やけにすっきりしているような気がしたのだ。
「あれ、ゲーム機は?」
唖然として言う。山のように積んであったゲームソフトも、ゲームハードも、なくなっている。
「捨てましたよ、あんなもの」
テレビドラマを見ながらにっちゃんが言う。
「なんでだ!」
にっちゃんの首根っこを掴んで前後に振る。
「邪魔っけじゃないですか。私達の戦いに」
「心の清涼剤ってもんが必要だろう?」
「その間に犠牲者が出ても?」
峠の手が止まった。
「峠さん。犠牲者を減らすのは私達しかいないんですよ。今も敵はチームで動いている。犠牲者を出しながら」
「そうだな……」
峠は項垂れる。現実逃避なんて何を甘いことを考えていたのだろう。今の自分達には、豪遊している時間などはないのだ。
「それじゃあ、今日はちょっと早いけど、索敵に行くか」
「一時間後のテレビドラマ見たいんで待ってもらっていいですか」
にっちゃんの首根っこを激しく前後に振った峠だった。
「お前、さっきの言い分も、そう言えば俺が動くからだと思ったからだろ? 建前だろ?」
「まあそういう側面も否定できませんが……実際我々は夜しか動けないってハンデを持ってるわけで……」
「ゲーム機回収するから捨てた場所教えろお! 戦いが終わった後で遊ぶ!」
「もう回収されてっちゃいましたよお。往生際が悪いなあ」
もう、言葉が言葉にならなかった。
この鬱陶しい居候を捨てられたならどれだけ良いだろう。そんなことを、峠は思う。
次回『私がファン一号』