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第九話 まだ初恋も知らぬ君(2/2)

 K公園で待ち受けていたのは、明るい三人の若者達だった。

 金色の髪の毛が公園の外灯に透けている。


「いやー、いやいや、リタイア希望の人? 俺達があんっぜんにリタイアさせてあげるからね!」


 そう言って、にこやかに歩み寄ってくる。

 胡散臭いな、と思ったのは峠だけではないらしい。三人の少女は、峠達の影に隠れている。


「ああ、もう十分に金は稼いだ。この戦いから、リタイアしたい」


 そう、峠は言う。もちろん、嘘だ。


「そっか。じゃあ、戦いが始まったらすぐにリタイアを宣言してくれ。君の召喚獣は?」


「こいつだ」


 そう言って、峠はにっちゃんの腕を引っ張る。


「可愛らしい召喚獣だね。失うのは惜しくないかい?」


「言っとくけどこいつは悪魔だぞ。縁が切れて清々するね」


「峠さん!」


 にっちゃんが非難がましく名前を呼ぶ。しかし今更気にする峠ではない。


「なるほど、なるほど。わかったよ。じゃあ、戦闘モードをオンにしてくれるかな」


「そちらもしてくれるんだな? 不意打ちはなしだぜ」


「もちろんだとも」


「戦闘スイッチ、オン」


 峠は、淡々と言った。

 相手が、にこやかに微笑んだ。


「戦闘スイッチ、オン」


 その瞬間、周囲の光景は激変していた。闘技場に、二人はいる。

 そして、相手が銃を構えているのを視認した瞬間に、峠は動き始めていた。

 三発の銃声。放たれた弾を、全て回避する。

 相手の形相が変わる。

 そして、刀剣制作で剣を手に作った。

 接近する。

 銃弾が放たれる。放たれる。放たれる。

 しかしその全てを、身体能力向上によって生み出された動きによって回避する。


 そして、刀剣を相手の銃を持つ腕に突き立てた。


「うああっ」


 相手は狼狽して、銃を取り落とす。

 それを、手に握った。

 そして、逃避していく相手の足を、撃つ。

 相手は被弾して、倒れ伏した。


「案外当たるもんだな」


 そう、呟くように言った峠だった。

 峠は、怒っていた。

 こんな卑怯な不意打ちで、リタイアしたがっていた人々を殺した相手に、怒っていた。


 仲間達は今無事だろうか。それを思うと、一刻も早く戦いを終わらせなければならなかった。

 峠は相手の顎に銃を突き付けた。


「降参しろ、卑怯者」


 相手は、笑っていた。


「舞い降りろ、恵黒!」


 風を切る音がして、峠は後ろへと引いた。

 次の瞬間、土煙と共に何かが地上へ着弾した痕跡が残る。

 空には、鳶程の大きさの黒い鳥が飛んでいた。



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



 若者の残り二人は、龍子の召喚獣によって完全に拘束されていた。

 役割があると示しているようだ。美音にとっては面白くない。


「ねえ、暇じゃないかしら」


 美音が、魅惑するような声で言う。


「貴方達の二人のうち、一人でもバトルロイヤル参加者はいないの? 私に勝てたら、ここから逃してあげる」


「本当か?」


 若者の一人が反応する。


「ちょっと、貴女……」


 龍子が顔をしかめる。


「オバサンは黙ってて」


「オバサン?」


 龍子の声が引っくり返る。


「やる! 俺はやるぞ! 逃げ延びて、戦い続けてやる!」


「そう。じゃあ、戦闘モード、オン」


「戦闘モード、オン!」


 双龍が立ち並ぶ。

 相手は、銃を持っていた。それを、龍の影に隠れてやり過ごす。


「召喚獣を、出しなさいな」


「出せば狙われて負けるだけだろ! そんな木偶の棒の攻撃、潜り抜けてその可愛らしい頭を吹き飛ばしてやる」


「そう……やりなさい」


 美音の言葉に、華音が頷く。

 二匹の龍が、ブレスを吐いた。

 炎の散弾と氷の矢の数々。それが、相手に接近して、掠めていった。


「さぞ欲望を果たすために望みを使ってきたのね」


 呆れたように美音は言う。


「もう一度言うわ。召喚獣を出しなさい」


 その低く澄んだ声が、闘技場に響き渡った。

 相手は絶望した表情で、膝をついた。



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



 峠は、現実世界に帰ってきた。

 不意打ちで敵を狙ってきた相手だ。実戦経験は乏しく、すぐに本体を壁にして怪鳥の羽を防ぎ、降参に持ち込めた。

 敵も戻ってくる。相手は逃げ出そうとして、龍子の召喚獣に首根っこをひっ捕まえられた。

 双子も、バトルフィールドから戻ってきたようだった。


「戦ったのか?」


 美音は、そっぽを向いて頷いた。


「ちょっとした憂さ晴らしよ」


 そう言って、時計のパーツを手渡してくる。そこそこの量だった。


「今回増えた分。足しにして」


「わかった」


 時計のパーツを手に持つと、にっちゃんが手を重ねてきた。

 それを、唖然とした表情で美音も華音も瑞希も見ている。

 時計のパーツが光となる。それは、峠のポケットの中へと吸い込まれていった。


「一体化、完了しました」


「華音の治療に、足りる……?」


 美音が、恐る恐ると言った様子で聞く。


「十分足ります、が」


 にっちゃんは、珍しく厳しい表情になった。


「残り人数は三十人を切っています。ここでスキルを取っておかないと、後々悔いることになるかもしれませんよ」


 迷いは、一瞬。峠は、告げていた。


「華音の病気を治してやってくれ」


「言うと思いましたよ」


 にっちゃんは苦笑して、指を振った。

 華音の体が光りに包まれる。そして、その輝きが消えた。


「治ったの……?」


 美音が、にっちゃんの胸ぐらをつかむ、


「治ったよ。皆、私に対しては乱暴だなあ」


 にっちゃんは苦笑する。


「今すぐ、検査を受けるわよ、華音! 私達は、病院に行きます」


 その目は、真っ直ぐに峠を見ていた。


「ああ、わかった」


 峠は、苦笑して手を振る。

 美音は近づいてくると、峠の頭を持って、かがませた。そして、その頬に、キスをした。


「ありがとう。貴方の行動には、いくら感謝しても足りない」


 何かが間違っていたらこの唇とキスをしていたのだ。それを思うと、峠は頬が熱くなる。


「この病院に行きなさいな」


 龍子が、メモ帳の一ページを千切って、切れ端を美音に手渡す。


「この病院で、水島龍子の名前を出せば、この時間帯でも優先的に検査してもらえるはずよ」


「ありがとう」


 美音が言って、切れ端を握る。しかし、それはすぐに彼女には手渡されなかった。


「オバサン呼ばわりしたのは特別に水に流してあげるわ」


「……案外と執念深い人ね」


 龍子の手が離される。

 美音は、華音を連れて去って行った。


 次は、龍子の番だった、


「この三人をうちの組織で投獄するわ。召喚術犯罪者としてね。後から合流しましょう」


 そう言って、龍子は進んで行く。

 傍目から見れば、三人が彼女に付き従って歩いているように見えた。


「帰りましょっか」


 にっちゃんが言う。


「そうだな……今日はなんだか、達成感がある日だ」


「ご苦労様でしたっ!」


 瑞希が大声で言う。


「おう」


 元気の良さに、峠は苦笑して返す。

 月を見上げながら、三人で帰る。

 一人ではないことにも、慣れ始めていた。

 帰りの橋で、今回の戦いで手に入れた銃を入念に指紋を拭いて川に投げ落とす。


「それにしても、良かったんですかねえ。スキル強化しなくて」


「しつこいな。美音達の念願だったんだ。しょーがあるめえ」


「次の戦いで、足元をすくわれるかも知れませんよ」


 そう言われると、不安になってきた。


「スキルポイントは余っているか?」


「光剣制作がレベル一個上げれる程度には。新しいスキルも取れるっちゃ取れますね」


「新しいスキルを取った方が戦略性が増すか」


「どうでしょう。ここまで戦い抜いた猛者に、付け焼き刃が通用するかどうか……」


 家に帰って、お茶を淹れる。

 にっちゃんは煎餅を食べてテレビを見ている。瑞希も、そのお供をしている。

 そう言えば、五人分、今となっては六人分の食材を買うのを忘れていた。

 こうなっては、コンビニ弁当で我慢してもらうしかあるまい。

 また、にっちゃんが五月蝿いかもしれないが、そこは我慢してもらう他ない。


 龍子が、遅れてやって来た。大きなバックに、布団と枕を持参している。泊まる気は満々のようだ。


「寝る場所もうねえぞ」


「通路ででも寝かせてもらうわ。この戦いを最後まで見届けるのが私の役割だと思うから」


「それじゃ、コンビニ弁当買いに行くから付き合ってくれ」


「そんな食生活してるの? 非経済的ね」


「いきなり六人も養う食材が冷蔵庫に湧いて出てきたらいいんだけどな……」


「なるほど」


「私もついて行きます!」


 瑞希が立ち上がって言う。

 最近、彼女は柄にもなく積極的だと思う。

 その理由が思い当たらずに、峠は首を捻るしかない。

 三人でコンビニ弁当を六人分買って家に戻った。


 双子が、真っ青な表情で帰ってきたのは、一時を過ぎた頃だった。


「時間、かかったな」


「捕まってたのよ……」


 美音が真っ青な表情で言う。


「捕まってた?」


「百人斬りの百人目に、貴方を指名したいって人に」


 場の空気が凍った。

 九十九人を倒した猛者。それが、目の前に立ちはだかろうとしているようだった。

次回『百人斬りの凍矢』

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