第6話 イラックマを倒せ
「ローザ、絶対に動いたらダメだからね… やっぱり相手は熊なんだから死んだフリよ、死んだフリ!」
「あの〜 こうして埋めらている以上、生死に関係無く私達を食べる気満々なのではないでしょうか?」
「ううっ、そうかも…」
どうしてこうなっちゃったのよ…
目が覚めたら私とローザは地面から首から上を出した形で埋められていた。
夜の闇の中で雲の隙間から月明かりがそっと辺りを照らし出す。
私達の周囲にはリュックサックの中に入っていた干し肉を始めとしたジャガイモや人参などの食材が転がっていて「フガッフガッ!」って荒い息使いで一心不乱に食べている巨大な熊の姿があるのだ。
熊って獲物を埋めておいて、後から掘り出して食べるって聞いた事があるけど… それかな?
最初に私達(新鮮なお肉)じゃなくて良かったけど、何度も人間を襲っているらしいから手強さを知ってて無力化するためにこうしたのかも。
こうしておけば後で新鮮なお肉がゆっくり食べられるもん…
ヤメて〜 私は痩せてて食べる所なんか無いから!
生きたまま怒熊に食べられる自分を想像して身震いする。
やっぱりエマ様親衛隊のみんなを帰さなきゃ良かったのかな?
「ショコラ様、なぜ冒険者達を帰してしまって良かったのですか? 放っておけば勝手に私達の露払いをしてくれたと思いますが…」
ローザからはエマ様親衛隊を王都ラナンに帰した後で、その事を悔やまれた。
仮に彼らを利用して討伐任務を遂行したとしても、私達が誇れる物は何も無いと思う。
そんな思いから親衛隊員達の同行は、今後遠慮して貰える様にも頼んでおいた。
そして私達は夕方まで歩き通したんだけど、その後も結局は怒熊を見つけられなかった。
諦めて野営の準備をして夕食を済ませた後は交代で寝る事にしたんだけど、エマちゃんが最初の見張りを引き受けてると言ってくれたため、ローザと二人で先に寝る事になった。
昼間に歩き通した疲れからか泥の様に寝てしまい、こんなになるまで目が覚めなかったのだ。
今はそのエマちゃんの姿が見当たらない。
食べられちゃったんじゃないよね… 確かに巨大な熊からしてみれば、一口サイズで食べやすそうな気がするけど… エマちゃん、何処にいるのよ。
「ショコラしゃま、大丈夫でしゅか?」
何処からか聞こえたエマちゃんの声が、私の中の不吉な考えを払拭させてくれた。
「エマちゃん! 無事だったの? 良かった…」「ふぅ、本当に良かったですわね!」
背後の木の上から聞こえるエマちゃんの無事な声に二人が同様に安堵する。
「ごめんなしゃい… ついウトウトして熊が来たのに気付くのが遅れてしまいまちた…」
エマちゃんは申し訳無さそうに謝るが、私達の方が絶対に悪い。
秘技"幻影包み"で大人の女性に見えるし、戦ってる姿を見ても安心出来る位に強いから、つい勘違いしちゃうけど、本当はまだ6歳の女の子なんだもんね。
「慌ててショコラしゃまとローザしゃんを起こしたけど… 全然起きてくれなかったでしゅ…」
本当に重ね重ね申し訳ございませんでした!
首から下が埋まってなければ土下座して謝らなきゃいけない所です。
「で、この後どうしよう? エマちゃんの秘技"影縛り"で熊の動きを封じられそう?」
「熊が思ってたよりも大き過ぎてダメでちた。 森の奥まで振り飛ばされて、今やっと帰って来た所でしゅ…」
確かに立ち上がったら3m以上はあると思う。
一体この状況をどうしたら良いのか…
「首まで埋まってましゅから、掘り出すにはちょっと時間がかかるでしゅよ」
エマちゃんも困り顔だ。
あ、あるある良い方法が! こんな時のためのアナベルとレオンでしょ。
私は無理やり首を動かして周囲を探る。
「ええっと、アナベルは確かリュックサックに立て掛けておいたんだけど… そう言えばローザ、レオンは?」
「レオン様は当然、私の寝袋の中ですわ。 毎晩この胸に抱いて寝ていますから」
『ああ、愛しのローザ。 君から絶対に離れないよ 』
「レオン様… 勿論ですわ…」
「もう… そう言うのは宿に帰って二人でからやってね! こんな大ピンチに何してるのよ!」
気を許すといつも唐突に始まる愛の劇場。
基本的に魔剣のレオンは意思疎通が出来るだけで自分から動く事は出来ないんだけど、魔斧のアナベルは自ら動く事も出来る。
本人?達に聞くと製作時に込められた魔力の差だと言っていた。
「で、アナベルは何処に行ったの?」
辺りを見渡しても姿は無い。
『主の頭の上だ』
「最初に熊に蹴り飛ばされて木に刺さったでしゅよ、本当に使えない奴でしゅね…」
エマちゃん、あなた容赦無いわね。
でもアナベルってドラゴンの様に強いんじゃ無かったの?
『最初に言ったであろう。 持ち主の強さに合わせて姿を変えるとな。 この大きさでは当たり負けして当然だ。 それに私は主が手にする事によってこそ、その力を発揮するのだ』
「それなら何とか掘り出して欲しいんだけど、大理石の床だって砕いたんだから土の地面なんか簡単でしょ」
『あれは私に残された魔力を使ったのだ。 最後に残っている分を使い巨大化すれば、暫くの間は私自身の魔力を貸す事は出来ぬがそれでも良いか?』
「今のままなら全滅って言うか私達は怒熊の餌だから、やるしかないよ」
『了解した。 ならば行くぞ!』
アナベルが最初に見た巨大な魔斧に戻ると、刺さっていた部分から木が折れて、その太い幹が大きな音を立てながら私とローザが埋まっている間に倒れて来たので肝を冷やす。
「こらぁ! もうちょっと考えさいよ。 危うく下敷きじゃないの」
「グガァーッ!」
怒熊の叫び声の方向を見ると、お尻が倒れて来た木の下敷きになってジタバタしていた。
そのチャンスを逃さずにアナベルがザクッっと大きく地面を抉る。
大量の土砂と共に掘り出される私とローザは、勢いあまってゴロゴロ転がりながらも無事地面から抜け出す事に成功する。
「うわぁ、泥だらけだよ… 何か身体中が獣臭いし。 いっぱい舐められてる?」
「私もですわ、ケダモノの分際で許しません事よ! 行きますわよレオン様!」
『ああ、ローザ。 二人で力を合わせよう』
レオンを片手に握り何とか木の下敷きから抜け出そうとしている怒熊に突っ込んで行くローザ。
寝袋で寝ていたからラナリア王国騎士団の鎧は着ておらず下着のままだったりもする。
でも残念でした、私の方はワンピースを着てますよ、下着じゃないもん。
えっ… 期待なんかしてないって? ぐすん。
「アナベル、私達も行くよ! エマちゃんは援護をお願い!」
『承知、参るぞ!』「了解でしゅ!」
私が右手をアナベルに向けて差し出すと、小さく姿を変えて飛び込んで来る。
先行したローザの魔剣が怒熊の巨体を幾度となく切り裂くが、鋼の様な厚い肉に阻まれ致命傷は与えられない様だ。
「グーッ、グゥオーッ!」
怒りに満ちた叫び声を上げて遂に倒木を持ち上げ抜け出す怒熊。
立ち上がって私達を威嚇して来る姿はまさにバケモノだった。
「凄い、やっぱり大きいよ…」
「ショコラ様、私にお任せを!」
華麗な動きで怒熊の動きを避けつつ、スキがあれば魔剣を叩き込むヒットアンドアウェイ。
しかし唸りをあげる豪腕を一撃でも貰ったら命は無いかもしれない。
その身を守るのはブラとショーツだけの下着姿だしね… 思わずトルテが準備していたピンクのビキニアーマーを思い出す私。
ハッキリ言って恐怖との戦いでもある。
怒りに燃える怒熊、その勢いは衰える事は無くエマちゃんのクナイが背中に何本も刺さっていたけど、全く気にも止めていない。
私も負けじと魔斧で挑み掛かるも鋭い爪を持つ巨大な手で弾き飛ばされてしまう。
魔斧だから受け止められたけど、これが無かったら即死だったわ。
『主よ、其方には魔力が無いので気力… 言うなれば生命力を使う事にはなるのだが、技を使ってみるか? 先程述べた様に私の魔力は尽きてしまったからな』
「どんな技? この状況を打破出来るなら何でもやる!」
『我が身から真空の刃を生み出し、離れた敵を斬り裂く程の斬撃を放つ… その名も"烈空斬"だ』
うわ、なんか漢臭いネーミングね。
背に腹はかえられぬって言うし、仕方が無い。
「どうやるの?」
『我が身に己の意識を集中させろ! 気が満ちたら熊に向けて放つのだ。 主の気力では一回が限度であろう。 それ以上は命に関わる。 狙いを外すなよ、一撃で方を付けろ!』
「わかった! けど… 何処を狙う? 首を落とせれば一撃だけど外したら終わりだし。 う〜ん、どうする?」
アナベルに意識を集中させると頭がクラっとして何かを吸い取られてる感じがしたけど、意識を保ち怒熊を睨む。
ローザの動きも何となく最初より鈍くなって来てる気がするし、エマちゃんもクナイを使い果たして今は牽制のみ… 私がやるしかない!
「ローザ、エマちゃん! 怒熊から離れて!」
私の声に反応して二人が左右に飛び退く。
「行っけぇ〜っ、"烈空斬"!」
頭の上に振り上げて両手で構えた魔斧を力をいっぱい振り下ろす。
その途端に身体中の力と気力が抜けて行く感じがして前方に倒れ込む。
地面に横たわり意識を失っていく私の目に最後に映ったのは烈空斬の一撃で頭から股下まで真っ二つに斬り裂かれた怒熊の姿だった。
「ショコラ様、気が付かれましたか?」
「あれ? ローザ。 私って…」
気が付くとローザに膝枕されていた私。
意識が混乱して状況が把握出来なかったが、徐々に思い出す。
確か怒熊に"烈空斬"を放って… そうだ!
「怒熊は? って、コレ… 私がやったの?」
目の前には真っ二つになって大の字になる怒熊の姿が… 更にその下の地面も遠くの方まで深く両断されている。
「さすがは私が主人と認めたショコラ様です。 感服致しましたわ」
「ショコラしゃま、さしゅがでしゅ!」
二人に褒められて結構嬉しかったりもする。
「おいおい、あの怒熊。 あの小さい子が倒したらしぞ」「ホントかよ、まるで破壊神だな。 怒熊どころか、大地まで深々と斬り裂くなんてあり得るか?」
街道沿いを通りかかる旅人達が怒熊の死骸と私とを見比べて噂しているのが聞こえて来る。
は、破壊神って何よ!
ムッっとした私が睨み付けると「ヒィ、命ばかりはお助けを!」と顔を青くして逃げて行った。
「最低限、討伐証明部位の牙や爪は切り取っておきました。 それに今朝王都に向かう馬車に冒険者ギルドへの伝言を伝えたので、その内に怒熊の死骸も引き取りに来るかと思いますわ」
私が気を失なっている間の事はローザ が全て手配してくれたそうで、どうやら怒熊の肝臓とか手の平とかが高く売れるらしい。
私達は休みながら冒険者ギルドの馬車を待つ事にしたんだけど、夕方になる頃に巨大な怒熊を討伐したと聞きつけ3台もの馬車がやって来た。
怒熊を積み込むと私達も一緒に乗せてくれると言うので、その好意に甘える事にした。
深夜に王都ラナンに辿り着いた私達は討伐依頼達成の手続きは明日になるため、白猫亭に帰った私達3人は私の部屋で重なり合う様にして深い眠りにつくのだった。