第5話 イラックマを探せ
先日の魔剣騒動の翌日から私が拠点にしている白猫亭にローザも住み始めたんだけど、それは私を護衛すると言う理由なら常にレオンと一緒にいられるから何だろうなと思うけど…
時折「んもぅ、耐えられない!」とか急に大きな声が聞こえて来たりして… 私が耐えられない…
確か私の部屋の隣は空いてなかった筈なんだけど… 何故か隣の部屋にいたりする。
そして今日は仕切り直すつもりで3人で冒険者ギルドに行ってみようと昨晩の内に皆で話し合って決めていた。
エマさん改めエマちゃんの事実を知ったローザも最初は凄く驚いた様だったが、それ以上にエマちゃんの秘技には興味津々の様子で、冒険者ギルドに向かう道中では色々尋ねたりもしている。
近頃の王都はラーナ大神殿で催される祭事に向けて各地から信徒達も集まって来ており、いつも以上の賑やかさを見せていた。
「ショコラしゃま、良い依頼はありましゅか?」
エマちゃんが冒険者ギルドの掲示板を食い入るように眺める私の後ろから声をかけて来る。
「う〜ん、薬草採取に鉱山までの護衛任務って言うのがあるけど、薬草は知識が無いとまず無理だし、護衛の方は白銀級からの条件付きの依頼になるみたい。 ローザの方はどう?」
「そうですね… こちらは商隊の馬車の護衛と言うのがありますが、やはり青銅1級からと言う条件付きになるので受けられません」
青銅3級の私達3人には受けられる依頼も限られて来るのに丁度良いのが見当たらない。
「こうなると王国から常に出されている恒例の妖魔討伐依頼を受けちゃうのがいつもの流れなんだけど…」
「妖魔退治は嫌でしゅか?」
「嫌って言うか、そればっかりなんだもん。 たまには違う依頼もこなしてみたいなぁって思わない?」
青銅3級が何を言ってるって言われちゃいそうだけど… 妖魔って言えば聞こえはイイけど、実際には来る日も来る日もゴブリン退治。
「私はレオン様と一緒なら、一生ゴブリンクエストでも文句はありません! ガンガン行きましょう! そして私達は伝説になるのです… あぁ、レオン様…」
ええっと… そう言うのは勘弁してください。
"ショコラ大事に"でお願いします。
「あら、依頼をお探しですか?」
声をかけて来たのは誰だろうと思ったら受付嬢のノエルさんだった。
「丁度新しい依頼が来た所なんですよ、腕試しにどうです?」
私達に依頼を振るって事は青銅3級でも受けられるって事になるのよね?
「どんな依頼内容ですか?」
「怒熊の討伐依頼よ。 ハーマン村への街道沿いに度々出没していて、旅人が襲われると言った被害も既に出ているの。 物流面にも少なからず影響が出始めてるらしくラナン商工会議所からの緊急依頼になるわ。 至急の依頼と言う事で階級は問わず討伐報酬は何と金貨1枚! でも早い者勝ちの依頼になるからライバルが多くなるかも知れないけど…」
怒熊【アングリーベア】は本来山奥に生息している動物なんだけど餌が不足すると人間の生息区域に現れる厄介な奴で、その名の通りいつもイライラしてる凶暴な熊なの。
「き、金貨1枚? 結構手強い奴だと思うけどエマさんの秘技影縛りで動きを封じれば私とローザで簡単に退治出来ちゃうんじゃない?」
「ん〜っ、多分大丈夫でしゅね」
「私はレオン様と一緒なら、スライムでもドラゴンでも構いませんよ」
「じゃあ、決まり! ノエルさん、その依頼は私達に任せて。 ライバルの件に関しては… エマさん!」
「冒険者の皆しゃま、怒熊は私達が退治しても良いでしゅか?」
エマちゃんが遠巻きに私達を見ていた冒険者達に声をかける。
「勿論です、エマ様! 邪魔する奴は我等"エマ様親衛隊"が絶対に許しません」「おお〜っ、エマ様からお声をかけて頂けるとは…」「エマ様、御武運を!」
こうしてエマちゃん人気も利用しながら怒熊討伐に乗り出す事になった私達は、ハーマン村に続く街道に向けての準備に入る事にした。
「ショコラしゃま! 食料は何日分準備しましゅか?」
「そうね、5日程度かな。 現れなければハーマンで再度仕入れればいいし」
「ショコラ様、移動は徒歩ですか? 馬車は無理にしても荷物の運搬に驢馬など手配してはいかがでしょうか?」
「急に襲われる事を考慮すると馬車馬や驢馬の保証金も高いからパス。 今回は諦めて歩きましょう」
ここは財布の紐を引き締めて行かなきゃ! いつもザッハ家の豪華な馬車に乗って依頼に向かうなんてハッキリ言って変だもん。
寝袋は各人が自分のを持ち、鍋や皿などの食器類と食材を分けて入れれば皆のリュックサックはパンパンになってしまった。
6歳児のエマちゃんが重い荷物を持って大丈夫なのかと言う心配は全く必要が無く、実は私より力持ちで体力もあったりするのだ。
翌日の朝早くに白猫亭を出発した私達は王都ラナンの北西の方角に位置する"鉱山都市ハーマン"に続く街道を進んでいた。
『我が主ショコラよ、此度は其方との初陣になるのだが… 気を抜くのでは無いぞ!』
「う、うん。 気を付けるね」
主のハズの私が命令されちゃうって… ずっとそんな感じで海賊王の魔斧アナベルは私に対して口煩い。
流石に街中とかで話しかけて来たりはしないんだけどね。
「ショコラしゃま、気付いてましゅか? ラナンを出てから、私たちを付けてる者がいっぱいいるでしゅよ」
ええっ! エマちゃんに言われて背後を振り返ったけど私には全くわからない。
「ローザは気付いた?」
「いえ、お恥ずかしいですが… 私も全然わかりません」
エマちゃんの索敵能力は優秀で気配をいち早く感知する事が出来る。
聞いた話ではエマちゃんが生まれ育ったのは"忍びの里"って言う隠れ里で、そこに住んでいるのは様々な特殊能力を持った一族らしい。
「アナベルは何か感じる?」
こうなったら私のリーサルウェポン、アナベルに聞いてみる。
『そうだな… 敵意は感じぬが、周囲に10を超える気配は感じるぞ。 ドラゴンが蟻を気にせぬのと同じで、この私も特に気にはならぬがな』
「そう言うのは気にしてよ… 私はドラゴンじゃないし、急に襲撃とかされたらアッサリと死んじゃうかも知れないもん」
『この私が共にいる限り、主に危害を加えられる存在は滅多にいるとは思えんがな… 了解した』
トルテの女神ラーナへの祈りによって起きた奇跡は私の魔斧アナベルとローザの魔剣レオンと言う人格を生み出している。
今の所、その強さは未知数で聞いてる感じだと強そうなんだけど、それを扱う私自身は強くないのが大問題だと思う。
「エマちゃん、アナベルは敵意は無いみたいだって言ってるけど…」
「そうでしゅね。 いるのはたぶん親衛隊の皆しゃんでしゅから」
「心配になって陰から見守ってくれてるとか?」
無言で"うんうん"と首を振るエマちゃん。
もしかして朝から半日以上歩き続けても獣一匹見かけないのは、麗しのエマ様のためにと親衛隊の先行部隊が駆除してくれてるからなの?
まぁ、安全なのは助かるけど… 冒険じゃなくて遠足に行くみたいになってない?
「安心したらお腹が減って来ちゃったな。 二人はどう?」
「食べましゅ!」「そう致しましょう!」
二人もだいぶお腹は減っていたらしい… 気を使わなくても良いのに。
今回は塩漬けの干し肉と日持ちするジャガイモや人参などの野菜、カビ難いカチカチに乾燥させたパンを持って来ている。
料理は侍女を務める職業柄、得意だと言うエマちゃんが担当し、鍋に具材を入れて手際よく仕込んで行く。
私は石を積んで即席の竃作り、ローザは薪になる枯れ木を拾って来てくれる。
本当ならローザは侯爵令嬢なのに… 貧乏って辛いね。
鍋を火にかけて暫くすると辺りに美味しそうな匂いが漂い始める。
「エマちゃん、何かさ… 3人で食べるにしては鍋に作ったスープの量が多過ぎじゃない?」
具材が焦げ付かない様に鍋をかき回しているエマちゃんに尋ねてみた。
「これで大丈夫でしゅよ。 さぁショコラしゃまもローザしゃんも、お椀をくだしゃい」
私とローザが木製のお椀をエマちゃんに渡すと煮込んだスープを入れてくれる。
「う〜ん、良い匂い。 いただきまーす」
そのスープを一口飲んで見ると… 美味しい! 香辛料って言うのかな、エマちゃんが持って来た貴重な胡椒とかハーブとかも使ってるみたい。
流石は名家ザッハ家の侍女、料理の腕も超一流ね。
零落してても侯爵令嬢で昔は高級料理を食べていたはずのローザも一口スープを飲んでから私の方を振り向き目を合わせて驚いてる位だもん。
硬くて食べ難いパンでもスープに浸すと柔らかくなって、更に美味しいスープの味が染みて… これまた美味しい!
「あれ? エマ様達ではないですか、偶然ですね」「奇遇ですな、我々もちょうど近くを通りかかりまして」
美味しそうなエマ様の手料理の匂いに我慢出来なくなったエマ様親衛隊の連中が何処からともなく現れる。
ふ〜ん、総勢12名が辺りに潜んでいた訳ね。
皆の視線が食い入る様に鍋へと向かっていて、中には耐え切れずにヨダレを垂らしている人もいる。
「良かったら食べましゅか? いっぱい作ったから大丈夫でしゅよ!」
「うおーっ、俺… 今日まで生きてて良かった!」「俺はもう死んでもいい…」「エマ様の手料理が…」
優しく微笑みながら手料理を勧められた親衛隊員は歓喜の声を上げる。
荷物から自分のお椀を取り出して鍋に向かい一列に並ぶ親衛隊の皆さん、思ったより礼儀正しかったりもする。
エマちゃんの手料理を口にしてからは「美味い!」と叫んだり、泣きながら食べる人もいたけどね。
私達は皆で鍋を囲んで昼食を済ませたんだけど… アレ? エマちゃん全然食べてなくない?
「エマさん、お昼ご飯食べた?」
えっ?と言う顔で親衛隊の冒険者達がエマちゃんを見る。
「食べてましぇんけど… でもこれが私の仕事でしゅから大丈夫でしゅよ、皆しゃんが喜んでくれたらエマは嬉しいんでしゅ」
うわっ、ここに女神様がいた!
「え、エマ様、申し訳ありません!」「俺がお代わりなんかしなければ… クッ!」「こうなったら死んでお詫びを…」
次々と狼狽える親衛隊員達。
「美味しいって食べてくれるのが一番嬉しいんでしゅ。 みんなありがとでしゅ!」
親衛隊達が落ち込ませない様に微笑むエマちゃんの後ろに後光が見えるのは私だけじゃないみたいで、親衛隊員全員がエマちゃんに向かって平伏していた。
えっ、ローザまで平伏してるんですけど…
「あ、そうだ。 エマさんってコレ好きだったでしょ!」
私は出発前に屋台で買ったキャラメルポップコーンを取り出す。
エマちゃんのために開店駆けしました。
私はこの甘ったるい匂いが苦手だから、袋に入れて口を紐で固く縛っておいたのだ。
紐を引っ張って解くと辺りに広がる甘ったるい匂い。
「わわわっ、ソレ大しゅきでしゅ! ありがとでしゅ、ショコラしゃま!」
満面の笑みで私に駆け寄ると手渡されたキャラメルポップコーンを無心になって頬張るエマちゃん。
やっぱり"もきゅもきゅ"食べている姿は何か小動物みたいで愛らしい。
私とローザが追加で鍋を煮込む間、エマちゃんにはキャラメルポップコーンを食べていて貰ったんだけど、親衛隊員達はエマちゃんの前に並んで正座したまま瞬きもせずにそれをずっと眺めているのであった。